咲間さんと咲間荘
小鳥のさえずりが聞こえる中、ほんのり頬に痛みを感じつつ目が覚める。
「朝か……」
夢の中できわどい服装の、昨日挨拶したばかりの咲間さんが出てきたなんて、本人に知られたら絶対距離を取られるだろうな……と頬の痛みから思考をそらしつつ、布団から脱出する。にしても俺ってそんな趣味があったのか。まだ片付けが終わっていない寝室の隅に、隠すように置いた段ボールを見ながら考える。……うん、俺の趣味ではないな。そう結論付けた俺は、朝食を確保しに行くために寝室の扉を開ける。と、そこでとあることに気づいた。
「物音……?それにいい匂いがする……」
もちろん存在すらしない甲斐甲斐しく世話をしてくれるかわいい幼馴染と一緒に引っ越してきたわけでもなく、昨日の今日でそこまで好感度を稼いだ知り合いがいるわけでもない俺は心当たりがあるわけでもなく、疑問に思いながらリビングへと向かう。
「~♪~♪」
扉を開けたらそこには、鼻歌を歌いながら料理をする黒髪ロングの女の子がいた。……え?
「……え?」
つい声が出てしまった。さすがに気づいたらしく、彼女は振り返り、笑顔を向けてきた。
「……あ!起きたんですね!おはようございます!ちょっと台所を借りてます!」
……これが朝チュンってやつか……そんな的外れなことを考えつつ、現実逃避をしようとした俺。だってそうだろう。笑顔を向けてきた彼女。咲間さんの料理をしている後ろ姿には、どうみても小さな蝙蝠のような翼と、機嫌よくゆらゆらと揺れる黒いしっぽがついていたのだから。
「お、おはようございます……じゃなくて!?咲間さん!?ってことはこの頬の痛みは幻覚じゃない……?それより昨日の事はやっぱり……?」
「あ、あはは……その件はごめんなさい……それについてはあとでまた説明しますので、冷めないうちに、朝ごはん食べませんか?」
そうばつが悪そうに笑いながら答える彼女。色々聞きたいことはあるが、さっきから食欲を促進させる匂いに敗北した俺は、彼女の言に従って、朝食の準備を手伝うことにした。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした」
――――――――――めちゃくちゃおいしかった。朝食の定番のベーコンエッグと侮るなかれ。まるで俺の好みを知り尽くしたかのような黄身の半熟加減。カリッカリのベーコンは程よい塩加減で、卵と最高の相性となっていた。ぜひとも機会があればまた作っていただきたい。と、食レポをしてる場合ではない。昨晩のことだ。そして今朝見た彼女の後姿からも何となく想像がついてしまったが、彼女の口から説明してもらいたい。
「朝食ありがとうございました。おいしかったです。……咲間さん。さっき料理してる時に見ちゃったんですが、背中に翼としっぽが……」
「あはは……さすがにごまかせないですよね。私のほうから説明しますね。何となくお気づきかもしれませんが、私、サキュバスなんです」
彼女はぎこちない笑顔をみせながら、そう告げた。
「私、サキュバスとして成人するためにこの世界にきたんです。サキュバスとして成人するためには、その……いままで男女経験がない異性の方の精気を吸うことが条件になってて……この咲間荘も、実はそういったサキュバスやインキュバスのために建てられた場所なんですよ?」
……え?
「あ、あの、それってつまり……」
「はい、その……えっと……ここに住める人って、成人の儀のためにきてる私たち淫魔か、その……そういったお方だけなんです……」
「Nooooooooooooooooooooooo!!!!」
知られてた!最初から隠すまでもなく童貞だって知られてた!畜生!神は死んだ!もういない!!!そう落ち込んでいた俺に対して彼女は気まずそうに説明を続けた。
「じ、実は明さんが利用された不動産屋は、インキュバスの叔父が経営してまして、そういった成人の儀にふさわしい対象が来たら対象の方にこの物件を紹介してまして……ですのでここに住んでいるのは私と同じ種族の方か、そういった方だけなんですよ?」
そういった彼女はとてもばつが悪そうな顔をしていた。俺自身心にとんでもないダメージを受けたが、それでも聞かないわけにはいかないことがある。
「お話はよく分かりました。ですが、どうしていきなり俺のところに?しかもなぜこのことを打ち明けてくれたんですか?」
そう、もし成人の儀のための試練だというのなら、このことは俺にはバレてはいけないはず。もしくは俺みたいな……くッ……俺みたいな童貞なら誘惑すればコロっと落とせるはずなのに。自分で考えて自分の心が傷ついた気がする。しかし彼女の顔が暗い。触れてはいけないところに触れてしまったのでは?
「その、実は私、ずっと成人の儀に失敗してて、周りの友達がどんどん成人するのにいつまでたっても成人できない半人前なんです。あがり症で、いざ精気を吸おうとしたら固まってしまって、それで……今回こそはって、あなたが来たので、頑張ろうって思って、勢いでやっちゃえって思って……布団の上までは何とか行けたんですけど……」
「なるほど、固まってるうちに俺が目を覚まして、見つかってしまったわけだ。でもそれならあのまま勢いで済ませることができたんじゃ……?」
そういった俺に対して、彼女は恥ずかしそうに答えたのだった。
「わ、私、男の人といざそういうことをしようとしたら、恥ずかしくなっちゃって……いつも逃げちゃうんです……」
……それサキュバスとして詰んでない?