咲間荘の咲間さん
今年から大学生になる俺こと高石明は、一人暮らしを始めるため、引っ越し作業に追われていた。これから俺が住むことになるこの咲間荘は、学生向けの物件らしく、不動産屋で話をしていたところ、「そういえば…」と教えてくれた良物件だ。家賃はもろもろコミコミの4万円。各部屋に風呂トイレ完備。インターネットももちろんOK!見た目もきれいだし、なんと大学まで徒歩10分。なんでこんなに安くできるのかが不安になるが、卒業と同時に引き払うことが条件で、ちょうど部屋が空いたところだったらしい。
同じ大学の学生がほとんどらしいので、引っ越しの挨拶を渡して回ることにした。もちろん先輩方に勉強を助けていただく下心込みの挨拶だ。文句はあるまい。
部屋は2階の角部屋、206号室。まずはお隣さんに挨拶をと思い、表札をみると咲間と書いてある。咲間荘の咲間さん…管理人さんのような気がしてきた。最初の挨拶が肝心だと思ったらいきなりとんでもないハードル持ってきやがったな…と思いながらも覚悟を決めてインターホンを鳴らす。が、反応がない。留守だったかな…またあとで伺おうと思ったところで扉が開いた。
「えっと、その、ど、どなたでしょうか…」
中からこちらを覗くように顔を出したのは、同年代らしい女の子だった。目元は髪に覆われて隠れているため、印象に残りずらい気がする。
「すみません。俺、隣に引っ越してきた高石明です。引っ越しのあいさつに伺いました。」
とりあえず第一印象は大事。丁寧に対応を…
「あ、は、はい!!!ちょっとまってくださいね!!!!」
ものすごい勢いで扉が閉まってしまった。…うん、第一印象は大事だよね。扉の向こうからあわただしい音がするので、きっとタイミングが悪かったんだろう。そう思いたい。
少し待っていると、「お、お待たせしました…」と、扉が開き、先ほどの女の子が出てきてくれた。白黒のボーダーの七分袖に、グリーンのプリーツスカート。もし今挨拶するために着替えてくれたのなら申し訳ない気分になる。しかし今年から大学生の俺。ここはしっかり挨拶を決めるべき。
「いえ!では改めまして、隣に引っ越してきた高石明です。これからよろしくお願いします。」
そういって渡すは引っ越しそば。今日のためにしっかり準備してきたのだよ。
「あ、すみません。ありがとうございます。私は咲間楓といいます。咲間って名字でなんとなく察してるかもしれませんが、私の父が管理人をしていたんですが、今年から大学生なので、無理いってここに住ませてもらったんです。その代わりに管理人の仕事をするように言われちゃったんですけどね…」
「そうなんですね!ちょうど俺も今年から通うんです!同級生としてよろしくお願いします。」
「はい!これから4年間よろしくお願いしますね!」
そしてつつがなく引っ越しのあいさつを済ませ、各部屋の人たちに引っ越しそばを配り終えた俺は、慣れない事をして疲れがたまっていたんだろう。夜は倒れるように寝てしまったわけだが、それでもさすがにあったばかりの人を夢に見るってどうなんだろうか。