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 あれからよくグレンさんとは出かけるようになった。

 デニスはなにも言ってこない。むしろお仕事が忙しいらしく、夕方を過ぎるまでは部屋に帰ってこなくなった。それは少し寂しい。

「あー、つっかれたあ」

「お疲れさま。ご飯できてるよ」

「お、まじか! 今日はなんだ? あんた、本読んでからレパートリー増えたよな」

「うん。もう美味しいって思えるでしょ?」

「うーん、どうかなあ」

「もー……、今日のお仕事はどうだった?」

「ちょっと失敗したけど、なんもなかった。これ、買ってきた」

 彼が私の手のひらに押し付けたのは、小さなネックレスだった。

「これ、買ったの?」

「おう。店のやつがうるさかったけど、買ったぜ、俺が! へへ、あんたに似合うと思ったんだ」

「ありがとう。綺麗……、毎日つけるね」

「おう! ところで、ガッコーの方はどうだ? なんもかわりねえの?」

「うん。もうひどいことはされてないし。悪口とかは言われるけど、そんなに気にしてないよ。私は大丈夫。2週間後に夏休み入るんだ。私、家に帰るけど、デニスは?」

「俺も帰る」

「そっか。一緒に帰れるんだ。よかった」

「へへ、俺の家に招待してやるよ」

「うん、いけたらいいなあ」

「そうだな」

 最近はデニスも私ができることできないことがわかってきて「やればいい、くればいい、そうしたらいい」などということが少なくなってきた。それが寂しいと思ってしまう。諦めない人が諦めていくのが辛い。どうしようもないと思われるのが悲しい。

 だけど、デニスの笑顔は相変わらずカラッとしている。

 この笑顔だけは変わらずにいてほしいと思う。


 少しだけ曇っていて、青空がまばらに見えている。

 今日もグレンさんに誘われて出かけることになった。いつもと変わらずではあったが、なんとなくグレンさんの雰囲気が違う。それにいく場所もちょっと大人っぽい。

「今日は遅くまで付き合ってもらってもいいですよね?」と少しだけ怖い顔で言う。私は大人しく頷いた。どうして、今日はグレンさん、怖い顔をしてるんだろう。

「ここ、僕のお気に入りの店なんです」

 綺麗なシャンデリアが天井からぶら下がっている。高い店なんだろうということがわかる。

 グレンさんは慣れていて、さくさく店員さんにお願いをしている。頷く店員さんは私たちを個室に案内してくれた。

「実は、最初から連れてくる気で予約していたんです。ジゼルさんの食の好みもわかりましたし……。でも、勝手にこのようなことをしてすみませんでした。どうしても食べていただきたかったんです」

「そんな……、わざわざありがとうございます」

「いえ、僕のわがままですから」とグレンさんは笑ってみせた。けれど、その笑顔は少し硬いものだった。

 様々な趣向を凝らせた食事が運ばれてきた。懐かしいような味がした。本当は食堂で似たような味のものを食べているのだけれど、なんとなくそう思った。舌がデニスと一緒に作る料理に慣れたからかもしれない。「おいしいですねえ」

「そうですか、よかったです」

「グレンさんはよくこういったお店に来るんですか?」

「しょっちゅうというわけではありませんが、まあたまに……」

「へえ、そうなんですか」

「ジゼルさんはこういうところには来られたりは?」

「私はこんな素敵なところあまり……」

「そうですか」

 グレンさんは黙ってしまった。私も黙って食べることにする。食事中に話が弾まないのは初めてだった。とても気まずい気がして、うまく食事が喉を通らない。話しかけたくてもグレンさんは怖い顔をしているし、ただただご飯を食べて、紅茶を飲むだけだ。

 食事も中盤にさしかかってきたけれど、グレンさんはなにかを考えているように黙り込んでいる。話しかけない方がいいだろうな。

 今まではグレンさんがたくさん話しかけてくださったから会話が成り立っていたのだろう。毎回、気を使わせてしまっていたかもしれない。申し訳なかったな。これからは、私もおしゃべりを頑張らなくちゃいけない。本当にグレンさんは気遣いのできるいい人だ。

 こういうお店のすごいところは、壁のどこかに目があるんじゃないかってくらいに絶妙なタイミングでお皿を出し、引っ込めるところだと思う。

 私とグレンさんは、結局デザートが来るまで、あまり話しは弾まなかった。ずっと、グレンさんは何かを言おうとしては考えたり、あたりを見回したりと、少しだけ挙動不審だった。このお部屋になにかあるのではないかと思うくらいだ。実際はなにもないのだろうけれど。

 デザートはチョコレートと果物だった。チョコレートがコーティングされていて、その上にさらに装飾のチョコレートがついていた。チョコレートが大好きな私は思わずニコニコしてしまった。それをグレンさんが微笑ましそうに見ていたので、恥ずかしくなった。子供っぽいと思われただろうな。大人にならなくちゃ……。

「ジゼルさんは、チョコレートがお好きですよね」

「え、ええ……。子供っぽくて……」

「いいえ、可愛らしいと僕は思いますよ。さあ、食べて。これは見た目もいいですが、味ももっといいですから」

「まあ、そうなんですか? ふふ、楽しみです」

 グレンさんはニコニコと頷いた。私は一口つまんでみた。

「あ! おいしい!」

「そうですか、よかった。ジゼルさんなら、きっと気に入ってくれるだろうと思ってたんです。僕もこれが大好きでね」

「そうなんですね」

「ええ、好きです……」と言うと、ふっとまた硬い表情で私を見つめた。

 私はどうしていいのかわからずにキョロキョロと目線をまどわせて、またデザートをつまんだ。よくわからないけれど、今のグレンさんは苦手かもしれない。なぜだか、少し怖い。まるで迫って来るような何かがある。

 グレンさんは少しの間だけ手を止めていたけれど、すぐに食事を再開させて「このあとは少しだけ街を歩いてから学校に戻りましょう」と言った。

「今日は、楽しかったですか?」とグレンさんは聞いた。

 私は頷いて「ええ、もちろんです。美術館の展覧会も企画的で面白かったですし、ミュージックホールなんて、私、初めて入って……。今日の、このレストランもとても素敵でした。とても、とても楽しかったです。ありがとうございます」と食事の手を止めて言った。グレンさんはホッと息をつき、にっこりと「よかった」と言った。

 なんだか、今日のグレンさんはやっぱり少し変だ。


 食事を終えた私たちはレストランの方々にお礼を言い、少し暗くなった道をゆっくりと歩いた。街はぽつぽつと灯りが灯っていて、とても素敵だった。お話に出てきそうだし、憧れていた王都の風景の一つだろう。私の家の領は灯りはあるけれど、ここまで華美で豪華じゃない。

 グレンさんがそっと私の手を握った。驚いて見上げると、グレンさんは固い顔で前をじっと見ている。なにかあるのかもしれない。人はそこまで多くないけれど、きっと理由があるんだろう。優しい人だ。そうじゃなきゃ、手を握る理由なんてあるのだろうか……。わからない。戸惑う。どうしたらいいかわからなくて、私を俯いてしまった。これじゃ、いけない。どうにかして、おしゃべりをしなくちゃ。

 そう思うのに、なかなか難しい。グレンさんは黙ったままだし。

 私とグレンさんは街の中心にある噴水広場までやってきた。この噴水を見ると、やはり王都はすごいもんだなあ、と思う。この王都の繋がりを持つ貴族の人と仲良くしなくちゃいけない。もう大半はダメだけれど、こうして優しい人もいる。だけど、それでも多数の恐い目がそれを押さえ込んでしまう。夏休みに帰ったら、なんて言おう。適当になんとか言えばいいのだろうか……。デニスの家に行ってみたいな。前に話してくれた熊のおっちゃんさんにも会ってみたい。

 そう考えていると、グレンさんとつないでいた手がグンと引っ張られるように止まった。

 グレンさんはこちらをじっとみている。私は恐る恐る「グレン、さん?」と聞いた。どうしたんだろう。私があまりにも喋らずにぼうっとしているからだろうか。ああ、私ったら、本当に愚鈍で愚図なんだから……!

 私が俯いていると「あの」と固い声が降ってきた。私は顔を上げた。

「あの、ジゼルさん……」

「はい、なんですか?」

「もし、よかったらなんですけど」

「ええ」

「あの……」

 いいよどむグレンさんは珍しかった。何事かを言おうとしては少しムッとして考えて、それからやはり口を開いた。

「僕と婚約してくれませんか」


「え?」


「図書館で穏やかに本を読んでたでしょう? 時々にっこりとしたり、悲しそうに眉を下げたり、正直、最初は見ているのが面白かったんです。でも、ずっと見ていたら、あなたがとても優しくて深く考える人だとわかって……。ほかの女の子とは違うと思ったんです。ジゼルさん、僕はあなたの嫌がることはしないし、守りたいと、そう思っています」

「ぐ、グレンさん……?」

「すぐに返事をもらおうとは思っていません。前向きに検討していただきたい……です……」

「え、あ、え?」

 グレンさんは「すみません、混乱させてしまいましたよね」とどこかスッキリした顔で微笑んだ。それから、また私の手を掴み、学校の方へ向かって歩いて行った。

 これって、どういうこと?

 私、今、この人に婚約してくれって言われた? この、学校中の女の子が追い回すような人に? なぜ? 私なんかちっとも綺麗じゃないし、愚鈍で愚図で鈍くって……。そんなのが、本当に? なにかの間違いじゃないの?

 そう呆然としているうちに学校についてしまった。

 グレンさんはダメ押しのように「前向きに、お願いしますね。では、おやすみなさい」と男子寮に入っていってしまった。

 本当だったんだ……。私、あのグレンさんに婚約を申し込まれたんだ……。とても嬉しいし、ありがたいことだし、とってもふわふわするけど。でも、なんでだろう。でも、私……。よく、わからない。

 私はふらふらと自室に戻った。部屋に入るといい匂いがしていて、デニスがご飯をよそっている最中だった。

 彼はこちらを向いて「食う?」と聞いた。私は頷いた。さっき食べたばかりだけど、ぐうとお腹が鳴った。きっと、緊張して食べた気がしなかったからだろう。

 デニスは椅子に腰掛けると「食べてきたみたいだし、少なめにしといたぜ」と言った。私は、ぼうっとしながらお礼を言った。

「おい、どうしたんだよ。なんか今日はいつもに増してぼうっとしてるぞ。どうしたんだよ、なにかあったか? 俺がぶっ飛ばしてきてやろうか?」

「ううん、違うの……」

「でも、なんかあったろ。言えよ。俺にできることならなんでもしてやるからさ!」とデニスは歯を見せて笑った。私はその笑顔を見て、ほっと思わず笑顔になった。

 それから、私は彼にさっきのことを言った。彼はじっと静かに聞いていた。時々質問はしたけれど、静かに聞いてくれた。ちゃちゃもいれなかった。

 彼は少し考えた後に「あいつは、いいやつだとは思う」とだけ言った。

「あんたがどうしたいかだと思う。あんたは、そのーこんやくってのを聞いてどう思ったんだ?」

「私……。私、よくわからない。嬉しいし、ありがたいとは思うの。でも……」

「でも?」

「でも、私……、私、わからないの」

 デニスはお皿をカンカンとつついて「そっか、わかんねえのか」と言った。

「わかんねえ、か……。あんた、頷いたら、あいつと結婚するんだよな? そしたら、あんたは幸せになれんのか?」

「しあわせ?」

「……。俺はよ、あんたと違って根無し草の無頼野郎だから、あんたと俺の幸せは違うかもしれない。でもよ、俺、ジゼルが笑えないのは嫌だぜ」

 そう言うと、彼は頭をガシガシかいて「あー! わっかんねえ! なんか、もやもやする!」とむすっとした顔をした。それが子供っぽくて、思わずクスクス笑うと、さらにむくれたように「んだよ。なんかモヤモヤすんだよ、ここんとこがさあ!」と胸を指した。どうして、デニスがモヤモヤするのかな。私がもやもやしているからだろうか。

「んー、モヤモヤするなあ。でも、とりあえずさ、俺はあんたの味方だ。そんで、もしも、結婚してもよ、あんたが幸せじゃないなって辛くなったら、俺はいつでもあんたをさらって平原に行くぜ。連れて行ってって言われたら、絶対に連れてくからな」

「うん、ありがとう」

「へへ、気にすんなって! 俺たち、友達だろ!」

「うん」

 私はほんわりと気持ちが暖かくなった。グレンさんもゆっくりでいいって言ってたし、時間をかけて考えていこう。私はデニスの作ったご飯を食べ終えるとお皿を洗った。もう慣れきった作業だった。彼はその間に本を読むのだ。

 まだ、少し衝撃的で足元がふわふわしてるけど、明日にはきっと……、きっと大丈夫になってるはずだもの。それに、もう少しで夏休みだし、じっくりと考える時間はあるわけだし。ちゃんと考えて、ちゃんとお返事しよう。自分に正直に……。

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