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 頑張ったけれど、やはり私は愚鈍で愚図でとても仲のいい、いつもおしゃべりするような友人はできなかった。学校が始まって一週間でひとりぼっちではないけれど、気持ち的にはひとりぼっちになってしまった。

 別に一人が嫌なわけではない。けれど、友人同士の親しい、気のおけないおしゃべりというのには憧れがある。

 授業にはついていけている。むしろ、先生とやったようなところばかりで簡単な復習のような気持ちがする。

 学校でも、ある程度の獣人の話題は出て来るのだけれど、皆、なぜか嫌っている。

 彼らは不潔でもないし、野蛮でもないし、馬鹿でもない。しかし、ここにいる人たちは声を揃えてそういうのだ。もちろん、そうじゃない人もいるけれど、それを言うとおかしいと言われる。

 それは、少し悲しく苦しいことだった。だから、私は彼らの話題を一切出さなかった。聞かないふりをした。反論したら、ひどく怖い目で見られるのだ。あの街で出会った人たちのような。私には耐えられない。


 今日も空は晴れ渡っていた。雲がまばらに浮かんでいるけれど、真っ白で綺麗だった。

 先生の声が教室に響く。お昼の後だから、時々、船を漕いでいる生徒がいる。いつも通りの風景だった。私は窓際の席で、外を見てぼーっとしていた。

 それを見てクラスメイトたちは「いっつもぼーっとしてるね」と言ってきた。確かにぼーっとしているので、笑ってその言葉を受け取っていた。

 ダン! という音が急にした。

 教室はざわざわしだし、窓を皆が注目した。私の側の窓からだった。

 手が窓枠にかかっていた。それがぐっと力が入って筋が盛り上がったかと思うと、影のように消えて、こんどは一人の青年がそこにいた。

 耳と尻尾の生えた獣人が、右手に死んだ雉を持って教室の窓から現れたのだ。

 生徒たちは皆、窓から離れて、教室の隅に固まった。

 教室は、パニックが起こる前のような奇妙な静けさがあった。

「よっ、ジゼル。来たぜ!」

 彼は歯を見せてにっこりと笑った。

 私はどうしていいかわからずにいた。ここで彼に親しげに返事を返せば、教室ではひとりぼっちになるか、いじめられる。

 でも、私は思わず笑い返してしまった。

「これ! ここに来るまでにとって来た雉! ぜってえ旨いから、焼いて食えよ。それにしても、ここまで来るのに時間かかったぜ。なにせ、馬車で行ってただろ? 匂いが辿り辛くてよ。でも、会えて良かったぜ! へへ!」

 私は上機嫌の彼に何か言おうとした瞬間、誰かが「獣人……」と言った。

 ハッとして周りを見ると、奇異なものを見るような、あの怖い目をしていた。彼を見ると、驚いたような納得しているような顔をしていた。あまり悲壮感というのを感じなかった。

「デニス……」

 彼は、教室の隅で身体を強張らせ、壁にひっついている生徒たちに近づいた。なにかを言おうとした瞬間、顔を青くさせた女生徒が近くの筆箱を持ち上げて、悲鳴をあげながら彼に向かって投げた。

 彼はそれを軽くかわして「なあ」と言った。

 生徒たちはパニックになった。今まで接したことのない、彼らの嫌う獣人が急に現れて話しかけて来たのだ。パニックにもなるのだろう。何人かは、そこまでパニックにもなっておらず、呆然としながら周りの様子を見て行動していた。

 先生は大きな声で「全員、教室から出て!」と叫んだ。生徒たちは一斉に廊下に出た。

 それを見たデニスは少しだけ呆然とした後、背中を揺らして笑い出して、私の方を振り向いて「なんだぁ、あいつら」と面白いものを見るように言った。

 私は笑って、肩をすくめた。

「都の連中の獣人差別が酷いってのは聞いてたが、こりゃ、差別っていうより唯単に怖がってるだけじゃねえか。なっさけねえ」

 私は曖昧に笑った。

 デニスはじっと私を見て、ほっぺたを掴んで「あんた、ここに来てちょっと変わった。そんな笑い方、俺の前でしてなかった。あんた、ここの連中に感化されて怖がりになったんじゃねえの」と言った。

 確かにそうかもしれない。

 今までならやって当然のことをしなくなってきていた。誰かを庇ったり、意見を言ったりしなくなっていたと思う。

 私は頷いて「怖いの」と言った。

「怖い?」

「あの人たちの目が怖いの。街に出て、獣人の人を庇ったら怖い目で見られたの。私、怖いの。こんなの初めてで、怖いの」

「そんなもんぶっ飛ばせばいい話じゃねえか。きにするから怖いんだろ、そんなの。俺なんてな、怖いのなんて平原にいるおっちゃんぐらいなもんだぜ。こう毛を逆立ててな「仕事しねえなら、食っちまうぞ!」って」

「食っちまうの?」

「おっちゃん、クマの獣人なんだ。身体がでっかくてな、力も強いんだ。それより、なんかめんどくさそうだ。俺は退散するぜ。とにかくさ、ぶっ飛ばせばいいんだよ! じゃあな!」

 そう言って、彼は私の机の上に雉をおいて、ひらりと窓から飛び出して行ってしまった。彼は振り返らずに学校を駆け抜けて、遠くに行ってしまった。

 私がそれを見送っていると教室に何人もの警備の武装した人がやってきて、私を見ると武器を構えたが、すぐにおろして「怪我はありませんか」と言われた。

 頷いて「もう行ってしまいました。なんの問題もありません」と答えた。彼らは不審そうな顔をして私を見つめたが、踵を返して、先生に「問題はないようです」とだけ言って、帰って行った。

 教室はまだ興奮冷めやらぬようで、私のことを皆露骨にジロジロと見た。その目はやはり怖くて、ぶっ飛ばせばいいと言われたけれど、そんなやり方は知らない。

 私は目線を下に向けてじっと耐えた。

 授業終わりには誰も私に話しかけず、ジロジロと嫌なものを見るような目をしていた。これはいじめられそうな気がする。

 先生に放課後に呼び出しをくらった。

 もらった雉は教室に置いたままにした。後で取りに行けばいい。

 先生に呼び出された会議室に行くと、いろんな先生が待っていた。皆、怖い顔をしていた。

「ジゼルさん、座りなさい」と言われたので、私は席に座った。

「今日の獣人のことでの話だというのはわかりますね?」

「はい」

「まさかこの学校に獣人の知り合いがいる生徒がいるとは思いませんでしたよ」

「まったくうちの品位というものも疑われることですよ。親御さんがどう思われるか……」

「あんな野蛮な獣風情と関わりがあるだなんて、ありえないことですよ」

「わかっているんですか、ジゼルさん」

 私は黙りこくって、机の真ん中を見つめた。

 どうして関係ないことを言われているんだろう。確かに授業を中断させてしまったことは悪いけれど、関係のない部分を怒られている。

 ここでは獣人は私たちよりも劣った存在だと思われている。馬鹿にしていると同時に強い彼らを恐れてもいる。彼らのことを知らずにあれこれと言っている。

 先生にもよくよく関わらないように言われていたけれど、ここまでではなかった。ただただ怖い顔をして「関わってはいけませんよ、危険ですから」というだけだった。なにが危険なのかと聞けば、力が強いから怪我をしてしまうという明白な理由があった。それだけだ。

 だけど、先生たちには明白な理由がないように思える。形のないなにかを怖がっている。そんな気がする。先生や生徒、街の人たちが彼らを差別するのは、まわりが色々と言って来たせいかもしれない。根拠のない聞いたものを信じているからの批判だと思う。

 先生は、私が参るまであれこれと叱りつけた。

「あんな獣人と付き合うと学校に迷惑がかかるんです」

「これからは付き合わないように」

「そもそも、どこで知り合ったのやら……」

「ジゼルさんの領は奴らのすみかが近いからそれでそうなったんでしょう。どうりでジゼルさんも垢抜けない、貴族らしくないんでしょうな」

「あら、失礼ですよ。でも、目と鼻の先にあるのですものね。彼女がそういった獣人と仲良くしてもいいだろうという思想になってしまうのも仕方のない話でしょう」

「ええ、だからこそ、この学校があるのですよ。人間が彼らを管理すべきだということをしっかりと言い聞かせねば」

「彼らは力が強いだけで文化や教養がない」

 それは、差別をしているから、先生たちの納得する教養がないだけの話だと思う。あれだけの差別をしていたら、そうなってしまうのも無理はない。もしも、知る機会があれば、彼らだって先生の納得いく教養というものを身につけるはずだ。

 だけど、先生たちの中ではそうではないらしい。

 私はずっと黙り込んでいた。ちらりと外を見ると、綺麗な茜雲が流れていた。それだけが今この時を慰めてくれるものだ。

 先生たちはあれこれと熱が入ったかのように色々と喋り始める。もうなにを叱られているのかわからないことばかりだ。ちっとも関係がない。

 ただ、私がデニスと仲良くしていることは彼らにとっての悪なのだ。だから、取り締まるべきだということなのだろう。

 まったく関係なくなってきた話を聞く気にはなれず、私はぼーっとし始めた。

 一人の先生が「あら、こんな時間」と言ったので、私はその空間から解放された。ただ、先生たちには怖い目で見られながら「わかっているわね、ジゼルさん」だの「これ以上とない問題は起こさないでくれよ」だとか言われた。

 疲れ果てて教室に戻ると、雉は綺麗なままだった。

 ただ机の上には「汚らわしい!」だの「獣人!」だのと書かれていた。私はそれを消して、部屋に戻ってベッドに倒れ伏した。

 どうして、ここまで酷いんだろう。

 なにが悪いんだろう。

 考え込んでいると、窓からノックのような音が聞こえた。ベッドから起き上がると、彼だった。私はすぐに窓を開け、彼はさっと入ってきた。

 彼はベッドの下に置いてある雉を見て「焼かなかったのか?」と聞いてきた。

 私は頷いて「私、料理したことないの」とだけ言った。彼は「ふうん。お嬢様だからか」と言って、私の顔を覗き込んだ。

「なんかあんた疲れてる顔してるぜ」

「先生に怒られたの」

「俺が急に入ってきたからだろ? 反省してる。もうしない。悪かった、ゆるせ」

「うん、いいの」

「お詫びにうまい肉食わせてやるからよ、今から!」

「その雉の?」

「そ! 脂のってて絶対うまいから」

 彼は窓に座って、羽をむしり始めた。私は彼を止めて、いらない袋の上で羽を毟るように言った。彼は素直に頷いて、どんどん羽をむしっていく。手慣れた動作だった。私はそれをぼーっと見つめていた。

 先生にあれこれと責められたのが、案外キテいたらしい。

「疲れてるんなら、ベッドで横になってろよ。長くかかるからさ。寝てたら起こすから」

「うん」

「なあ、ガッコーっての、楽しいか?」

「どうだろう」

「楽しくねえの?」

「わかんない。まだ一週間しか経ってないもん」

「ふうん。あのよ」

「どうしたの?」

「俺も色々知りてえんだけどさ、あの本とか読んでみてえんだ。俺、喧嘩ばっかりで力ばっかりでさ」

「読み書きができるようになりたいの?」

 彼は黙りこくって頷いた。羽根は大分むしられていた。

「じゃあ、教える。あんまりうまくないかもしれないけど」

「ほ、本当か!」

 頷いてみせると彼は喜んで「やりー!」と言った。

「ありがとな! 俺、頑張るよ。俺にできることがあったら、なんでもやってやるよ! お前をいじめるようなやつも全員ボコってやる!」

「それはちょっと困るかな」

「そっか、じゃあ、ちょっとボコるくらいにしとく」

「あの、教えるのはいいんだけど、どこで暮らすの?」

 彼は目をパチクリとやって、外を指差し「今の季節ならどこでも寝れるぜ」と言った。私は少しびっくりしたけれど、その方がなんとなく彼らしいと思った。

「平原では家で寝てなかったの? それともなかったの?」

「いえならあるぜ。でも、外でも寝たこともある。そんなに変わらねえよ」

「そう?」

「おう。でも、あんたがこの部屋に居候していいっていうなら、居候させてもらうけどよ」

 デニスはこちらをちらっと見てきた。

 さすがに男の子を部屋に居候するのは憚られたし、はしたない気がした。私が断るのを言いかねていると、彼はさらに「外でもいいんだけどさ」と言って耳をしゅんとさせた。

 確かにそうかもしれない。ここまできたのは、彼の勝手だけれど、外に放り出しておくのはなんとなく申し訳ない。それにここは差別のひどい王都だ。彼がどれほど強いのかは知らないけれど、危険かもしれない。きっと彼のことだから、寮で雇っている使用人たちに気取られずにいると思う。

 でも、やはり男女が同室で生活するとなると困る。

 彼は期待に満ちた顔でこちらを見ている。尻尾までゆらゆらと揺れている。

「あの……」

「おう」

「着替えてる最中にのぞいたりしないっていうなら、あの、線引きがちゃんとできるなら……」と俯くと、彼は「いいのか?」と聞いてきたので、こくりと頷く。

 街中でお腹を平気で蹴るような人たちがいるのだ。危険だと思う。

 だから、仕様がないことだと思う。

「ありがとよ! 本当は、外、嫌だったんだ。俺がいうのもなんだけど、あんたも警戒心とか持った方がいいぜ。大丈夫、寝るだけだし、あとは外でのんびりやってるからよ。仕事だって取ってくらあ」

「仕事?」

「おう。力仕事なら任せとけって! ま、ここで仕事が見つかるかもわかんねえけど、なんとかなるだろ。そら、全部むしれた。なあ、厨房ってあのちっちぇーとこ?」

「うん」

「ふうん。じゃ、借りるぜ。うまいって言わせてやるよ!」

 彼はお茶を入れることだけを想定した小さなキッチンに立って、手際よくさばき始めた。手慣れている。私は羽根が入った袋の口を縛った。あした捨てよう。

「なあ、その袋捨てんなよ。枕にするから」

 捨てられないことになった。


 彼がもってきた雉は今まで食べた中で一番美味しかった。

 美味しい! と顔をほころばせると、得意げに「だろ? 絶対にうまいと思って取ってきたんだ」と犬歯を見せて笑った。

 先生の言いつけは守れそうにない。

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