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 家から出る前日に父とデニスがなにかを話したらしい。なにを話したのか聞いても教えてくれない。引き下がっても「約束した。それだけだ」というだけで内容を言ってくれない。これ以上引き下がっても無駄だろうと思って、私は聞くのをやめた。

 家から出て行く時、父はむっつりと黙り込んでいて、母とマリーは私に色々と持たせてくれた。どっさりとノート類をくれ、丈夫なペンもくれた。私は二人にお礼を言って、デニスと一緒に平原に向かった。

 うちから提案した獣人の権利や地位をあげる運動は確かに賛同を大いに受けているらしく、街は活気にあふれていて、チラシをもらった。チラシには「今こそ、声をあげる時だ! 我々はなにも悪くなどないのだから、胸を張ろう!」と書かれていた。デニスはもらったチラシをポケットの中に入れ、渡してきた人にお礼を言い、肩を叩いた。

 平原のデニスの家に着くと、彼は荷物を置いて、すぐに私を連れ立って、村に向かった。

 デニスの話によく出てくる村だ。私はドキドキとしながらデニスの隣に立って、ついて行った。

 村は確かに小さく、ぽつぽつと野菜などを育てるための敷地をとった家が十何軒か立っている。それぞれ違うような建物で個性がある。デニスに聞くと、自分たちで作っているらしい。大工もいるから、色々聴きながら家族で建てるのだそうだ。

 時折すれ違う住人は、彼に声をかけてはのんびりと歩いて行く。

 デニスは一軒の大きな家の前に止まり、どんどんと扉を叩いた。中から太くて大きな声がすると、ドアが開き、大きな男の人が現れた。腕と首回りに茶色い毛があってがっしりとしている。デニスは私に「これがクマのおっちゃん」と耳打ちした。確かに、これは強そうだ。

 クマのおっちゃんさんはデニスを見ると「デニスじゃねえか! ひっさしぶりだなあ。今まで、なにやってやがったんだよ」と言い、私を見て「誰だ?」と聞いた。

「俺の親友。あそこの領主のお嬢様でジゼルってんだ。行っとくけど、おっちゃんだろうと、誰だろうと、ジゼルを傷つけたら容赦しないからな」

「おやおやおや! 人間のお嬢ちゃんかい!」

「そうだ。俺の大切なやつだ」

「大切な!」とクマのおっちゃんさんは大きな声を出し、家の中に向かって「おい、母ちゃん! デニスが大切な人を連れてきたぜ!」と叫んだ。中からは少し小柄だけれど、十分に大きな女性がやってきた。

 私と彼をしげしげ見ると「あんた人間の娘じゃないかい!」と声を少し荒げた。

 デニスはさっと私の前に立って「だから、なんだよ。こいつは俺の親友だ。絶対に守んなきゃなんねえ、大事なやつなんだよ。文句あっかよ!」と叫び返した。おばさんは眉を少し釣り上げ「本当の本当に大切な人なんだろうねえ」と言った。

「当たり前だろ! なんて言えばいいのかわかんねえけど、ここんとこがぎゅうってなるくらい大事で、守ってやりたいし、支えてやりたいし、こいつのためならなんでもしてやりてえって思う。それに、笑顔もずっと見てたいって思うんだ。これを大切じゃなかったら、なにが大切だってんだよ!」

 おじさんとおばさんは顔を見合わせた。それから、毛を逆立てて唸るデニスと私を交互に見て「大変だあ」と言った。

「お前、そりゃ、この娘を愛してるってことじゃねえか?」

「あい?」

「デニス、お前、ちゃんと愛ってのをしったんだなあ……」

「愛だって……?」とデニスは私を見た。私もデニスを見た。

「愛? 俺が?」

 おじさんは涙を流しながら「そうだ、お前がこの娘に思ってることが、愛さ! ようやく、知ったんだなあ!」と言って抱きしめた。デニスは鬱陶しそうに引き剥がした後に「泣くなよ、おっちゃん」とハンカチを差し出した。おじさんはさらにオイオイ泣いた。

 おばさんも少し涙を流しながら、私たちに家の中に入るように進めた。

 私と彼は今までのことを話し始めた。彼らはいたく感動屋だったようで、わっと泣いたり笑ったりと、話していて楽しかった。彼らは荒れていた頃のデニスを面倒見てくれていた人たちらしく、唯一デニスが少し心を開いている人物だったらしい。

 昔のデニスは誰にも心を開かず、悪童で反抗的な子供だったらしい。誰かが騙そうとしているのではとか、優しさには裏があるんじゃないかとか、そういうことを考えて、なかなか心を開かなかったらしい。私はそれに驚いたけれど、最初にあった時は、そんな感じだった。

 だから、彼らはデニスがちゃんと友達を作ったことが、心を開ける人物ができたことを泣いて喜んだのだ。なんていい人たちなのだろうか、と私も思わず涙が出た。

「デニスもあんたも苦労したんだねえ……」

「いえ、デニスがいたから、私、全然」

「そうかい! それにしてもお前さんも確かに変わってるねえ。こんな獣人の村に来たり、デニスと生活しようとか……。それに人間なのに、獣人のことを知りたいだとか、記録を取りたいだとか。俺たちは構わないさ。あそこの領主様はいいやつだしな。その娘なら全然かまわねえ。村のみんなにも話しを通しとくよ」

「ありがとうございます」

「いいって、いいって! それにしても、一緒に住むんだって?」

「おう、増築するから、部屋二つ作るんだ。あとトイレももう一個な」

「トイレ?」

「水で流れないから穴掘ってな、そこにカゴ置いて、そこにするわけ。そんで、それは肥料にするんだ」

「がんばる」

「はは、すぐ慣れるさ」

 彼らはデニスの笑顔に驚いた表情をした。

「あんた、本当にこの娘のこと、愛してんだねえ!」と言われたデニスは「んな、恥ずかしいこと言うなよ!」と言った。だが、おばさんは慣れっこなのか、何度も頷いては目頭を拭っている。

「恥ずかしいよなあ?」とデニスは私に聞いた。

「聞いてる分には面白いかな。デニスのそんな顔見るの初めて」

「あんたなあ!」

「ごめんなさい」

「チッ!」と舌打ちすると、デニスはそっぽを向いた。そっぽを向いたまま、デニスはおじさんたちに向かって「言っとくけど、愛してるっていっても、大親友としてだからな」と言った。それに彼らは肩を落とした。デニスはフン! と鼻を鳴らし「あんたらの思ってることはわかりやすいんだよ」とだけ言った。

 彼は、もう十分挨拶し終わったと思ったのか、私の腕を引っ張って、彼らの家を後にした。彼らは手を振って「手伝って欲しいことがあればいえよー!」と叫んだ。とても大きな声だった。デニスは彼らを振り返ることはなく、手だけ振り、私は振り向いてぺこっと会釈をした。

 しばらくふくれっ面をしていたデニスだったが、増築の準備にかかり出した。私も彼の指示の通りに用意したり、なにかにトンカチを入れたり、地面をならしたりした。私たちはどんな部屋にするか話し合って決めていたので、簡単だった。

 もう炎天下というほどの暑さはないけれど、汗をかくくらいではある。

 デニスは黙々と時々、喋ったりはするけれど、ほとんど黙々と作業をした。

 夜になって、私たちは疲れた身体で家の中に入り、隣あってベッドに腰をかけて倒れ込んだ。こんなに肉体労働って大変だったんだ……。

 私たちがしばらくダウンしていると、ドアが叩かれた。デニスの代わりにドアを開けると、あのおばさんがいて「改築するんだから、きっとヘトヘトだろうとおもってね! ご飯を持って来たんだよ。お食べ。お鍋は明日返しておくれよ。あ、そうだ。出来上がったら呼んでね」とそれだけ言って、あっさりと帰っていった。

「いい人だね」

「おせっかいすぎるけどな。気をつけろよ。ちゃんと嫌だっていわないとどこまでも踏み込んで来やがるからな」

「デニスったら……。とにかく、ありがたく、ご飯食べよう。お腹すいちゃった」

「俺も」

 ご飯はうさぎと木の実とトマトの煮込みだった。酸味がきいているけれど、木の実の甘さで緩和されていて、不思議と美味しい。

 私たちはパクパクすぐに完食してしまった。デニスは私に座っているように言って、外に出て、溜まっている雨水で鍋を洗った。

 デニスは私にベッドを譲り、自分は床で丸くなった。

「なあ、ジゼル」

「ん?」

「今日、色々考えたんだけどよ」

「なに?」

「とりあえず、ここの暮らしになれて、村のやつらからちゃんと受け入れてもらってから、あんたの行きたいだろう、向こうの方まで行こう。ここで受け入れてもらえねえなら、他のとこでもやってけねえだろうし、前とは違う生活基準になれねえと大変だと思うんだ」

「うん」

「その間、俺、ちゃんと支えるし。村のやつら、ちょっと苦手だけど我慢するし……。俺さ、もしかしたら、あんたと五、六年も一緒にいたら、一生離したくねえって帰したくなくなるかも」

「ふふ、なにそれ……。大丈夫、私、きっとデニスから離れないよ。それに、まだまだ行ってないところなんていっぱいあるんだし、デニスの協力なしじゃきっとなんにもできないもん。私こそ、デニスのこと自由にさせてあげられないかも、ごめんね」

「別に、いいぜ。それだけだ。明日も朝から作業するから、もう寝るぞ。おやすみ」

「おやすみ」


 次の日の朝、私たちはすぐに作業をした。少しづつ進んでいく。お昼には村の方に行って、私が獣人の人たちと喋れるように計らってくれる。村の人たちはまだ警戒しているけれど、そこまで邪険にはしてこない。私は色々と喋ったことをノートに書いたりしている。いつか、村の行事とかあるなら、そういうのに参加できたらいいな。

 デニスは村の人と喋る時に少しだけ距離を開け、硬い表情を見せる。私が仲介に入った時に、少し笑うだけで村の人たちは少し驚いた表情を浮かべていた。

 私たちは増築作業が完了するまで、そんな感じの生活を繰り返した。私はなんとか少しずつなれない生活に適応していき、村人に野菜の作り方やカゴの作り方を教えてもらったりしている。初心者向けの野菜のタネをもらったり、土の耕し方や、どれだけの栄養があるかを見極める方法だとか、生活の知識を教えてもらっている。私はできる限りあまさずノートに記録した。

 デニスは増築作業が完成すると、嬉しそうに腕を振り上げて遠吠えのように叫び、約束通りクマのおじさんとおばさん、他の村人も招待して、外でお肉を焼いて食べた。色々な人と喋り、小さな子達とも交流をした。

 識字率は低いが、それでも困らないような生活をしている。各家庭で手助けをしたりしている。

 デニスの家が離れているのは、お父さんとお母さんの意向らしく、病気がちなお母さんのために離したそうだ。なんだかんだで病気がちの人というのは倦厭される。

 デニスと生活しながら、彼はぽつぽつと昔のことを話してくれるようになった。私は頷きながら、それを聞く。昔話をするデニスは苦い顔をする。ずっと誰かに聞いて欲しかったのだろうけど、言う相手がいなかったのだろう。

 私は合いの手を入れるだけで、なんの意見も言わずに耳を傾ける。そんな日々が続いた。

 

 一年後にはすっかりとも言い難いが、村の人たちとも仲良くなり、よく交流も持つようになった。デニスもその間に前よりもリラックスした表情で村の人たちを話すようになった。

 それを村人たちから「愛の力だ」と言われる。その度にデニスは顔を赤くさせて「だから、恥ずかしいこというなって!」と叫び、私は笑った。

 領がやっている運動は準備も終わって、すでに王都側に働きかけているのだそうだ。時折、手紙と一緒にやってくるツバメさんがそう教えてくれる。

 先生は忙しく動いているようで、運動のリーダーのようなことをやっているらしい。ツバメさんは肩をすくめて「さすが博識な元王都の人間は違うわなあ」と言った。

 手紙はだいたい母とマリーと先生で、本当に時々グレンさんが入っている。グレンさんからの手紙には学校のことや、王都側で動きが出て来たことや政治の中枢でもあれこれと議論に上がっていることを教えてくれた。それから、こちらの状況のことやデニスがどうしているかなんてことも書かれていたし、また申し込みにいくという旨まで書いてあった。

 そして律儀にきっちり夏休み期間にやってきて、申し込まれ、私は断った。

 グレンさんが申し込んでいる間、デニスはとても不機嫌そうな顔をしていた。だが、彼の持って来てくれた本を見て、すぐに機嫌を直していた。

 彼が泊まるのはデニスの部屋で、グレンさんがベッドでデニスが床らしい。なんでも「お坊ちゃんに床はきついだろ」ということだった。彼らはふざけあったり、悪態を付き合ったりしながら楽しそうに過ごして別れた。

 帰り際に何度もあれこれと言われることもなく「また挑戦しに来ますからね! たとえ、結婚していたとしても!」と言って、帰っていった。

 デニスはそれに「どんだけ執念深いんだよ……」と若干引いていた。

 そんな感じで時間がすぎていくのはあっという間だった。

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