16
久しぶりの学校は相変わらずだった。わたしはほとんどいない者扱いで、先生にだって意地悪される。だけど、暴力はない。最初の頃よりも、よっぽどマシだと思えば耐えられる。図書館にいけば、グレンさんだっている。少し気まずいけれど、喋らなくなってしまうよりよっぽどいい。
デニスは相変わらずお店でお仕事をしている。楽しそうに毎日出て行っては帰ってきている。
ある意味、問題は山盛りだけど、実質はゼロみたいなものだ。最近はよく街に出ている。グレンさんとも出るけれど、最近は一人であちこち行っている。まだまだ、怖いと思うし、少し怯んでしまうところもある。それでも、街に出ると色々なことに気がつく。
王都の中でも穏健派と言えるような人々もいて、気がついてもなにも言わないし、助けない人がそうだ。彼らの生活圏や職業を考えると、案外彼らと離れたところにいる人が多い。どちらかというと、同じ肉体労働の人たちの方が嫌っている場合が多い。仕事を取られているという事実がそうさせるのだろう。
本屋では、彼らの買える本は少なく、種類を調べて見たところ情報操作ができるようなものだ。だいたい新聞は買えたりしない。政治から離れるようにされている。理由を本屋さんに聞くと失笑とともに「獣にゃそんなことわかるまいよ」と言われた。彼らが買っていく本といえば、仕事探しのものや大昔の神話なんかだ。
デニスにきつく言われたので、彼らには近づいていないけれど、もしかしたら、彼ら独自のなにかがあるんじゃないだろうか、と思う。地下とかに溜まり場があって……。
まだ本当にあるかどうかはわかっていないけれど。
陰鬱とした彼らというイメージがあるけれど、それは生活の環境ではないかと思うのだ。生活保護を受けている家庭が大半で、この前はパン屋で「保護金もらってるくせに……」なんて言われていた。それに肩身狭そうに彼女らはパンを買っていた。デニスが散々仕事がない、とわめいたように、本当にないらしい。
寮の部屋で、あれこれとその日気がついたことを言うと、デニスは必ず自分の意見も言ってくる。
「ここの街の独自のものがあるんじゃないかって思うの」
「前言ってた地下の?」
「そう! そういうのないか探してみたいんだけど……」
「絶対危険だと思うけど、あんたが探したいなら、手伝うぜ。仕事、明日休みだし、どうせ暇だしな!」
「いいの?」
「そのかわり、俺から離れんなよ。ここら辺のやつら、暗いわりに暴力的だからな」
「ちゃんと関わったことあるの?」
「あるに決まってんだろ。一応、俺、獣人だぜ? しかも、わかりやすい方のな。だから、人間に近い獣人相手からいびられまくるぜ」
「そうなの?」
「獣人にもカーストみたいなのあんだよ。俺は中の下。人間に近いせんせみたいなのは上の方。ツバメの野郎みたいな人間の手足を持ってないのは下の方だ。馬鹿らしいけどな。なんで人間に近いと上なんだか」とデニスは肩をすくめて、チキンを食べた。
「そんで、明日よ、街中に出るなら、暑いかもしれねえけど、顔得ないようにストールとかで隠した方がいいぜ。石投げられても、俺がなんとかしてやるから安心しな」
「うん……」
「石、投げられるなんざ、村でもあったし気にすんなよ。そんなもんどこでもある。適当に街ぶらついてるとこに合流するから、何時とか決めなくていいぜ。なにせ匂いでわかるからな、俺」
デニスは自慢げに胸をそらせた。
次の日、学校が終わるとグレンさんが「僕も是非おともしたい」と言うので、彼も加わった。途中できちんと合流したデニスは「あんたもきてるだろうと思ってた」と少し複雑な顔をした。
「お守りが増えた」
「僕はお守りになりませんよ」
「とりあえず、これで顔隠せ」とデニスはグレンさんに首に巻いていたスカーフをかぶせた。
グレンさんはそれをセンスよく被ってみせた。
私たちは街を歩き回り、少し治安の悪い路地裏に足を運んだりした。デニスはふっかけてくる喧嘩に応酬したり、しなかったりした。それにグレンさんは「慣れてるんですか?」と聞き、デニスはジト目で「ボコられたいなら、そう言えよ? いつでも脇腹にゲンコツ叩き込んでやるから」とだけ言った。寮の門限まで私たちは探し回り、結局、見つからずじまいで寮に戻ることになった。
さすがにデニスも部屋に居候しているというのは言わない方がいいだろうと、勝手にどこかにいなくなってしまった。
「見つかったら教えてくださいね。興味があります」
「わかりました」
別れ際、グレンさんは私にスカーフを渡して「ジゼルさん、なんだかかわりましたね。少し活発になった」と言った。
「そうですか?」
「ええ、僕はそう思います。前より行動的になった。なんでですか?」
「ええっと、なんででしょう……。デニスに感化されたのかもしれないですね」
「なるほど。確かに彼といると、前向きになれそうですしね。それでは、また」
「はい、おやすみなさい」
「ああ、おやすみなさい」
部屋に戻るとデニスがすでにいて、私の手に持っているスカーフを見て「ああ、忘れてた。さんきゅ」と受け取った。
彼はベッドに横たわると「なあんもなかったな」と言った。
「でも、あんたの言うみたいなのはあると思うぜ、俺。こんな毎日で、どっかで発散しなけりゃやってけねえと思うし。これ、俺が勝手に探してくる。あんたが探すよりもすぐに見つけられると思うしな」
「そう? ありがとう」
「おうよ。どうせならたかり場知ってた方がなにかといいだろうからな」
「ふうん」
「情報ってのはそういうとこにも集まるし……。とにかく、俺はお守りで疲れちまったから、先に風呂もらうぜ」
「どうぞ」
デニスがお風呂場に入っていき、私はお茶を淹れた。
もしも、見つけたところでどうしようって感じではあるけれど、そういうのを知ることで王都での彼らのことをきちんと知れると思うのだ。
お風呂をさっさと出てくるデニスはさっぱりした顔をしている。
「俺、風呂、苦手」
「ふふ……」
「夏毛になったからよ、ちゃんと入らないと毛がよぉ……」
「夏毛」
「そろそろ終わるけどな。今が一番ひどい時期で、毛がどんどん抜けるんだ。たまに尻尾ちゃんとケアしないと毛だらけになんだ」
「そうなんだ」
彼は丁寧に尻尾の水気を切りながら「そんで、見つけてどうすんだよ。話しとかしてみようって思ってるなら、やめた方がいいぜ。口が聞けない振りして、俺に合図出してくれりゃいい」と言った。
「あいつらは、俺よりも人間に対する警戒心が強い。多分、あんたの言うようなとこがあっても、人間に近い形をとってるやつらは来ないぜ。あいつらは、人間の振りをして暮らすのに全精神傾けてるみたいなもんだしな」
「先生みたいに?」
「そ、せんせみたいに。でも、せんせみたいに変えてやろうって思ってるやつは中々いないぜ。そういうやつは王都にいないで別んとこで活動するもんだ。殺されてパアってのは、元も子もねえし。そういう連中には、独自のルートがあって、情報をやりとりしてるんだけどよ」
「デニス、詳しいね」
「おうよ。大昔、ガキん時に小金稼ぎにやってたからな。情報はあって損はねえ、それが金になる。ここらのルートは知らねえし、そこらへんで聞くのも危険だしな。多分、ツバメの野郎が知ってるから、会えたらいいんだけどなあ。難しいだろうな。せんせと一緒にいるんだし、多分」
「そうだね。そのツバメさんはそういう活動してる人なの?」
「うんにゃ、ただの運び屋。口もかたいし、早いし空飛べるからってんで重宝されてる。腕がないぶん、力強いんだよな、羽ばたきが! 俺も牙くらいは欲しかったぜ。ほら、俺の歯って案外ふつーなんだよ」と彼は口を開けてみせた。たしかに普通だけど、私より犬歯が鋭い。それを指摘すると「ちょっとだけなんだよ」とつまらなさそうに言った。
それから、ソファーに丸まって「俺、寝る! おやすみ」と眠り込んでしまった。私は彼に毛布をかけてやってからお風呂に入った。
次の日の授業の最中、私は先生に何度も何度も当てられた。むしゃくしゃしていたらしく、間違えると、嫌味を浴びせられる。獣人と友人の私は彼らにとって、ちょうどいいはけ口なのだろう。これを耐えていていいのだろうか? このまま我慢してエスカレートしたら? でも、言って、エスカレートしたら……。
ゾクッと背筋に少しだけ悪寒が走った。
でも、それは大きな鳥の羽ばたきと共に消しさられた。
バサバサという大きな羽ばたきのする方に目を向けると腕が鳥の翼になっている獣人がいた。彼はキョロキョロしている。もしかして、ツバメさん?
私も驚いて目を見開いていると、教室はデニスが来た時のように、悲鳴があがり、すぐに教室には私だけが残された。とてもデジャヴュを感じる。私は窓辺に顔を出し「ツバメさんですかあ?」と大きな声を出した。それに、鳥の獣人の彼は「おうさ、俺がツバメさんだね」と頷いた。
「私、デニスの友人のジゼルです」
「おー、お前さんがデニスの。そんでもってあのカラス野郎の言ってたお嬢様だねえ。初めまして」
「あ、初めまして」
「デニス呼べるかい?」
「デニスを?」
「さすがの俺でも、王都じゃちょいと大変なんでね。翼がもがれちゃ死んじまう」
私は大きな声で、窓辺から「デニスー!」と叫んだ。それに数分で本当にデニスはやってきて、ツバメさんを見ると「うお、ツバメ! グッドタイミングだけど、バッドタイミングだ」と言った。
「しゃあねえよお。俺だってねえ、別に好きでこんな目立つ時間帯に飛んでるわけじゃねえよ」
「とりあえず、教室に入ったらどうだ?」
「あー、ダメダメ。ここで言う」
それにデニスは少しだけしかめっ面をした。
「なんだよ。なんかあんのか?」
「いやあ、思った以上にあの領主様の言ってることに賛同が集まっててねえ。それの進行状況をお嬢さんに言いに来ただけなんだけどねえ。それがよお、ちょいと頼まれてほしいんだわ。王都側のルートの場所教えるからよ、このお嬢さんと一緒に行ってくれや。まあ、見つかりゃ退学処分は免れねえだろうけどねえ。そのお嬢さんさえやる気がありゃ、獣人の立場はきっちり上がるはずだ。なにせ、本当に思った以上が集まったからねえ。強いとこまで賛同してるくらいだ」
「ジゼルにガッコーやめさせる気はねえ。ガッコーでしか習えねえもんがあるって聞いた」
「まあねえ、そうだねえ。でも、こいつは俺たちにとっちゃ学校よりも大事なもんさね。お前さんがしっかりすりゃいい話だ。お前さんはこういうのに慣れきってるからね。だから、呼んだんだよ」
ツバメさんはこちらを向くと「今ここでやるか否か言ってもらおうか。俺はすぐに戻ってやんなきゃいけないからね、あのカラスの野郎、口しか達者じゃないからねえ」と言った。
彼はじっと見つめてくる。私は悩むことなく頷いた。学校を退学するのは惜しいけれど、もっと大事だと思うから。私が頷いたのに、デニスは頭を掻きむしって「クソ!」とだけ言った。きっと、色々と心配してくれてるのだろう。
ツバメさんはそれにニコニコすると、足元に括りついているたくさんのポケットの中から器用に足で一つ手紙を取り出して、私に差し出し「カラスの野郎からだよ。お前さんにってね」と言った。私が受け取ると、すぐさまツバメさんは上空に飛び上がり「それじゃあ、たのんだよお!」と大声で言って、飛び去って行った。
デニスは窓枠に座りながら、手を振り「お忙しいこって」とだけ言った。それから、彼はそのまま窓枠に寝そべるように足をぶらつかせ「じゅぎょーっての見てみたい」と呟いたが、少しだけ首を振って自嘲気味に「なんてな」と笑った。
彼が窓から飛び降りようとするのを止めて「受けたら、いいじゃない!」と言った。それに、デニスは驚いた顔をしていた。
「あんた、やっぱ、変わってるよ」
「そうかな?」
「そう思うぜ。んじゃあ、ここに、いよっかな」
「うん」
教室にやってきた警備員は彼を見ると「またお前か!」と怒鳴った。彼は肩をすくめて「じゅぎょーっての見たいんだもん。そんなにうるさく言ってっと、そのうち喉笛噛みきっちまうぞ。いやなら、じゅぎょー再開させろよ」と言い返した。私は警備員さんと先生に頭を下げた。先生はあれこれと私に向かって怒鳴り、警備員さんは心底軽蔑するような目で見てきた。でも、彼が見たいっていうなら……。
そうやって、頭を下げ続けていると、彼は先生と警備員さんの前で私を抱え上げて「こんなやつのじゅぎょーなんか聞きたくなんざねえや! 街にでるぞ」と言って、窓から飛び出してしまった。
私は初めて授業を休んだ。驚いた顔の面々が窓辺に並んでいて、なんとなくおかしい気がした。笑いそうなのを堪えて、手を振ってみた。一人、こっそりと振り返す人がいたが、グレンさんだった。
走るのが早いデニスはさっさと学校の敷地を飛び越えて街に向かって走った。
路地裏で「少し休憩」と私を下ろして、地面に腰を下ろした。私はその間に先生からの手紙を取り出した。
中には、今まで回って来た地域のことや獣人の話、ツバメさんとの旅の話。それから、両親が進め始めたらしいことまで色々と長い文章がつらつらと続いていた。そして、ようやくしてしまうと、王都の方にいるらしい情報員にこの手紙ともう一枚入っている紙を渡すようにということだった。
それをデニスに言えば、彼は「地図ねえんじゃどうしようもねえじゃねえか」とぶつくさ言った。私は先生が書いたのだろうきっちりとした地図を出して見せたが「王都の詳しい場所なんてわかんねえ」と言った。私だってわからないので、困ったことになった。
「よし、やつを拉致るか」
「は?」
「グレンのやつだよ。あいつならわかるだろ」
「学校終わるまで待ってた方がいいと思うよ」
「うーん、そうか……。そんじゃあ、待つかあ」
「うん」
私とグレンは路地裏で学校が終わる時間帯までじっとしていた。




