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 夏休みが終わり、学校に戻る頃には、すっかりデニスは家に入り浸っていたし、私の馬車にも乗り込んでいた。

 父と母はそれにいい顔をしないかと思ったら「好きにすればいい。ただし、安全第一でな」とだけだった。なにがあったのか、私とデニスは顔を見合わせて二人に向かってしっかりと頷いた。痛いのはいやだもの。

 先生は旅をするような格好をしていた。

「先生、どこかに行くんですか?」

「ワタリガラスみたいなものだよ。デニスくんが言った通り、ここらの領、一帯では不満が溜まっているから、それをつついてちょっとした話し合いみたいなことを国としようかって。そのために私は派遣員としてお仕事をね。ちょうど教師の仕事もなくなっていたから」

「まじかよ! やったじゃねえか! 俺たち、好きなだけ本だって売ってもらえるし、ガッコーってのにも通えるんじゃないのか? うわあ、うわあ! すっげえや! おっさん、おばさん、あんがとよ!」

 歯を見せて笑うデニスに両親は静かに首を振り「本当は、もっと早くにやるべきだったことよ。お礼を言うのはこっち。さ、これ持っていきなさい。マリーのパイとサンドウィッチにサラダよ」と私たちに大きなカゴを渡した。

 マリーは「隣の坊ちゃんはどうやら大食いみたいですからね!」とウィンクしてみせた。

 デニスはなにかを紙に書き込んで、先生に渡した。

「これは?」

「他所に行くなら、案内役とちょっとした仲間は必要だろ? 高原の方越えんなら、仲間は絶対に必要だぜ。あっちの連中は平原よりも気が荒いし、乱暴だしな。ま、話せば陽気なやつらだけど。だから、それ、俺の知り合いの案内人」

「なるほど……。ええと平原のクマのおっちゃんの家……。どこにあるんです?」

「こっから東にまっすぐ行ったとこ。本当にまっすぐだぜ? そんでな、そのツバメの野郎はちゃんと読み書きできるしよ。俺からだって渡してくれよ。あいつ、俺がちっとは字が書けるようになったって知ってるし、変には思わねえよ! そうそう、あいつなあ、幼虫蒸しの饅頭好きだから、露店で買ってやると、すぐに機嫌直すぜ! あとは、そいつ肩甲骨から腕が翼になってるから、あんたみたいに腕はねえけど、だいたいなんでもできるし、足でスプーンだってもてるし、すげえんだぜ。とりあえず、会ってみりゃ、わかる! ちょっと陽気すぎるけど、いいやつだし、うまくやれるって。絶対、会いに行けよ。一人で高原も荒野も沼地も湿地も越えられると思うなよ。あんたが頭のいいカラスでもだ」

 それに、先生はしっかりと頷き、ポケットに紙を入れ「ありがとう、デニスくん。お嬢様を頼みましたよ」と言った。デニスは胸をドンと叩き「任せとけってんだ! 俺は平原で一番タフな野郎ってのは、この俺、ウルフドッグのデニスだからよ!」と言った。

 両親と先生、マリーたち使用人に見送られて、ゆっくりと馬車は走り出した。

 となりのデニスは窓から顔を出して、何回も手を振っていた。

 デニスは満足したのかちゃんと席に着くと、今度は立ち上がって、いろんなところを触ったり眺めたり嗅いでみたりした。ドアを開けようとした時は止めたけれど、それ以外は好きにさせていた。馬車の御者席近くの窓に顔をツッコミ、御者をしている使用人にあれこれ話してみたり、窓から顔を出して、向こうに沼があるだの、あの鳥の名前はなんだの、あの生えている花は毒があるだのという話をした。

 終始楽しそうにデニスは馬車の中をウロウロ立ったり座ったり、窓から頭を出してキョロキョロしてみせていた。

 やっと落ち着いた彼は、ブンブン揺れている尻尾を恥ずかしそうに握りしめ「初めて乗ったもんだからよ……」と唇を尖らせた。

「そんなに面白い?」

「おう! 面白い! 走ってないのに動いてんだもん! しかも、こんなでっけえのが! すげえよ!」

「そうかなあ」

「そうだよ! だって、だって、座るとこがあって屋根があるし、頑丈だし、壊れなさそうだし!」

「そっかあ」

「おう! なあなあ!」

「なに?」

「俺、屋根に登りたい! 屋根、登っていいか? なあ、いいか?」

「屋根に?」

「ぜってえ、気持ちいい!寝っ転がれそうだしよ!」

「そっか、いいよ。でも、落ちちゃダメだからね、気をつけてね」

「そんなヘマしねえって! それに落ちても、匂いで追いつけらあ」

 そう言うと、デニスは窓からするりと出て、屋根の上にトンという軽い音がした。それからごそごそという音がして、窓から逆さまのデニスが顔を見せて「やっぱり正解! すっげえいいぜ、ここ! 眺めもいいしよ。向こうまで見渡せるぜ。ほら! 湖だって見える!」と言った。

「湖? そんなのあったの?」

「知らなかったのかよ。ほら、手、貸せ」

 そう両腕を広げたので、私は迷ってから、やっぱり湖が見たいので彼に近づいた。デニスは私をひょいと窓枠に座らせると、足を使って私をもちあげ、自分の体の上に落とした。それに御者の使用人はギョッとした顔をしたが「落ちないでくださいね」とだけだった。

 顔を林の方に向けると向こうの方にキラキラと光る湖が見えた。私は、わあっと歓声をあげた。それにデニスは「な?」とニヤリと笑った。

「大きくて綺麗な湖だね!」

「あったりめえだろ。あそこはここらで一番綺麗な湖なんだからよ。でも、あそこにゃでかい主がいてちょっと危険だけどな。水飲むくらいなら問題ねえよ」

「主?」

「おう、でっかくてな、頭から水を吹くんだ。凶暴じゃないからいいけど。今度行ってみたらいい」

「うわあ、うわあ、見てみたいなあ……!」

「泳いでも問題ないし、間近で見てみるといい。俺も一回やったけど、すっげえ面白かったしな」

「いいなあ」

「へへ、自由な野郎の特権よ」

 そう言うと、デニスはゴロンと寝転がった。私も隣に寝転がった。太陽は輝いていて、眩しくて暑い。でも、馬車が走る風はとても涼しくて気持ちがいい。デニスは大正解だ。私だけだったら、絶対に屋根なんかに登らないし、怒られただろう。

「気持ちいいー……」

「だろ、俺、大正解。なあ、飯もここで食おうぜ」

「食べれるの?」

「できねえの?」

「カゴが落ちちゃうかも」

 そう言うと、デニスは少し耳をしゅんとさせた後、はっと気がついたかのようにピンと耳を立てて「あそこの席におけばいいじゃねえか!」と言った。御者席に置くと邪魔じゃないかしら。

 だけど、デニスはそう言う前に御者に「なあ、そこにカゴ置いていいか? 飯、食おうぜ」と言った。御者は「しかし、そのご飯はお二人のですから」と断った。私は「いいえ、みんなで食べた方が楽しいし、お腹も空いてらっしゃるでしょう? とってもたくさんマリーが入れてくれたから、ちっとも構わないわ」と言った。

 それを聞いたデニスは嬉しそうに尻尾をふると「じゃあ、食べようぜ!」と有無も言わせずにカゴを馬車の中から出してきて、御者席に起き、彼にサンドウィッチを一つわたし、わたしにも一つくれて、みんなで食べた。デニスは聞いたこともない鼻歌を歌っていて、ご機嫌だった。

「とってもご機嫌だね」

「おうよ! 馬車の上に乗って飯食ってんだぜ? ご機嫌になるっての。なー、おっさん」

「俺はお兄さんだ!」

「わり」

「デニス、サンドウィッチ食べちゃう前にサラダも食べとこ」

「え、俺、サラダ、嫌い」

「わがまま言ってると背、伸びないよ」

「俺はチビじゃねえ! おにーさん、サラダ食べていいぜ!」

 御者は「悪いけど、片手でも食べれるものじゃないと無理なので」と断った。デニスは渋々サラダをつつき始めた。彼はどうやら、生の野菜は苦手らしい。どうにも、舌が気持ち悪いのだそうだ。

 サラダを食べ終えると、私たちはマリーのパイを食べることにした。マリーのパイは絶品でとても美味しいのだ。デニスもすっかりマリーのパイに夢中で作り方を聞くために回りを何日もうろちょろしていたくらいだった。なんとか聞き出したらしいけれど「ありゃ、特別な日にしか食べれねえような食材ばっかじゃねえか」とにがにがしい顔をしていた。

 私たちは街につくまでの間、屋根の上でお昼寝を楽しんだ。





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