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 次の日の朝から私たちの間には重苦しい空気が漂っていた。両親の計らいで、先生とデニスは我が家に泊まっていた。デニスはテーブルマナーなんて知ったこっちゃないという食べ方で、寮にいる時と同じような感じだった。彼は変わらないなあ。

 私がぼうっとそう思っていると、父が一つ咳払いして「昨日の話しを早速なんだが……」と喋り始めた。

「私と母さんで話し合ったんだがね、受けた方がいいという結果になった。だけど、お前の言うこともわかる。それにな、合わない環境にいて、精神がダメになった人だっている。そう考えると断った方がやはりいいのではないかと思うんだ。だからね、受けた方がいいというのは家の話で、お前がどうしたいかなんだよ」

「私が、どうしたいか?」

「さすがに愛人発言を聞くと、いろいろとね……」

 それに先生は深く頷いた。

「まあ、私は貴族ではないので、よくわかりませんが、彼女にはそういう環境が合うとは思えませんね。悩んで自滅しそうだ」

「そうなのよねえ……」

「デニスくんは、どう思う? 友人として」

 それに今までパクパクお代わりを食べていたデニスはごっくんとご飯を飲み込んで「俺は、こいつが嫌だってんなら、それだけだと思う。俺、難しいことわかんねえし。正直、この話し合いの意味もよくわかんねえ。だから、俺はジゼルの肩を持つぜ。それだけだ」とだけ言った。

 それで私に向かって全員の目が向いた。

 私はぎゅっと膝の上で拳を握りしめて「私は、やっぱり、断りたい」と言った。

 大人たちはただ静かに頷くだけだ。

「でも、断ってどうする? 彼を断ったら、もうこないかもしれない」

「この家は、どうなる」

 それを言われると弱い。家がどうなるんだって言われると、つらいばかりだ。私は一人娘で全部背負い込まなくちゃならない。

 デニスはしばらく黙って、両親の言葉を聞いていた。それから、彼はうんうん頷いて、首を傾けて口を開いた。

「家なんてのは、いつかなくなるもんだし、あんたらもいつか死ぬんだぜ? 一生なんて儚いとは思わないか? 数十年で閉じちまう。俺のお袋だって、俺が十になる前におっ死んだ。顔なんざ覚えてないくらいちっせえ時分にだ。でもよ、お袋はこれだけは覚えとけって言ってた。一生は短いんだから、生きたいように生きろって。なあ、あんたはそう思わねえのか、せんせ」

 それに先生は頷いた。

「それは一理ある。生きたいように生きるべきだとも思うよ。でも、それで傷つく人がいる。それを踏みにじっていいものだろうか。私個人の意見としては、断るべきだと思うけれどね、それとこれは別だ。私とマリアは好きなように生きた方だと思う。そのおかげが、彼女の両親と私の養父だ。その報いと負債はあるんだよ。それを、払えるかい?」

「なんで俺に聞くんだよ」

「カラスは頭がいいからね。なんでもお見通しなんですよ」

 デニスは舌打ちすると、両親の方を見た。

「あんたら、この領っての? それのボスなんだろ? ボスってのは一番えらくて、そんで一番すげえいい奴で、人がダメだって言うこともよ、例えばー……、こないだは女同士の結婚にオーケー出してたし、そういうことするような奴なんじゃねえの? やりたいってなら、やらせてやったらどうだよ。俺、あんたらのこととか、きぞく? ってののことは考えないで話してるけどさ」

「確かに、それがあるべきリーダーの姿だろう。でも、少し難しいんだよ。複雑でね」

「複雑? あんたら、獣人の家庭教師雇ってんのに? 王都とここじゃまったく違うぜ? あんたらは違う一個の国みたいだ。あそことは違うとこだ。俺たち獣人はよ、王都の話くらいいっぱい聞く。だって、あっちから死にかけみたいな野郎がたくさん渡ってくるからな! それでもよ、ここはいいとこだぜ、職業はしっかりあるし、おんなじ対等な存在だ! 俺たちゃな、あんたらに感謝してんだぜ、これでもよ!」

 それに父は少し頭をかき「いいや、それは我々側もイーブンだったからだ。君たちの食料でもって食べていけている部分もある。この土地には君たちが必要で、そうしなければ生きていけないから、仕方がないんだよ」と言った。

「違うだろ! なに、守ってんだよ。あんたらのとこにいる人間は、獣人相手に自分たちよりちょっとばかし短気でちょっと違うだけの中身はおんなじ人間だって思ってんだぜ。あんたらだって、そう思ってるから、このせんせを雇ったんじゃねえの?」

 それに先生が少しだけ驚いて目をパチクリさせて、両親を見た。

「そうとも、彼は獣人だとも! 知っているよ、それくらい。最初に聞いたからね。彼はひどく怖がっていた。自分が何者か知られるかということに。我々にとっちゃ、獣人だろうが人間だろうがどうでもいいんだよ。優秀な者を雇う。それだけの話だ」

「そういうとこがそもそも王都と違うんだって。言ってやれよ、せんせ!」

 先生は少し肩をすくめると「間違いなく、認識と考え方からして違いますよ。彼らは長い歴史の中で、そもそもは最初は差別なんかなかったのでしょうけれど、意識が芽生えてきて、混ざり合って、領土だのなんだのを争う内にこうなった。それが、長く続いている。彼らは無意識にでも差別しますよ、我々を。あなたたちは根本からして違う」と言った。

 両親はそれにため息をついた。

「本当は、我々も王都基準の方がいいんだ。国からの金も薄くなってきて、貧乏になった。社交でだって、つまはじきにされてる。それがつらいのもあるが、領の皆を考えると王都基準にいやでもしないと、飢え死ぬ。だが、この土地ではそれは難しいことだ。王族だってわかっている。だが、政からの圧迫で減らさざるをえない。そうすると……。とにかく、家のことはこの領の皆のことになる。好きにさせたいよ。でも、それは難しい。そうは思わんか。どうしたら、国に逆らえる? 違う相手にまた戦争の一つでもしようかっていう国相手に、一領土が? 無理な話だ。この話は複雑すぎるんだよ」

「あんたら、バカだな!」とデニスは叫んだ。

 それに両親は驚き、マリーは、まあ! と言った。

「んなもん、俺ら獣人はあんたらの味方になるに決まってるし、そもそも、いつかはあそこまでひどいのをなくすべきなんだ! 領の一つが声をあげるだけでかわるし、近くの違う領土だって、同じようなもんだって、ツバメの野郎が言ってた。だから、あんたらは声あげていいんだって。泣き寝入りすんなよ。やってやれよ! 俺たちのためでもなくさ、お前らのためにもよ!」

 そう叫ばれた父は、何度も首を振り「いや、いや、いや……」と唸った。それにデニスはまた舌打ちをして「だから……」と会話の平行線を全力で行こうというところに客人がやってきた。

 そう、まさかのグレンさんが。

 彼は食堂のドアを開けると「おや、お揃いで。ちょうどよかった」と微笑んだ。なぜだか、とてもスッキリした顔をして、私を見つめてふわっと目を細めた。デニスは歯を見せて唸った。だが、それをグレンさんはあっさり無視して、私の近くに立った。

「あの、グレンさん……。私、やっぱり」と再度断ろうとすると、彼は待ったと手を私の前に掲げ「お断りを受け入れようと思ってきたのです。もう一度断られると泣いてしまう」と言った。

 食堂にいる全員が驚き、両親はあからさまに動揺してみせた。

 グレンさんは私の手を取ると「昨夜は、自分でもどうにかしてたと思います。とても攻撃的で、ずる賢すぎた」と言い始めた。

「それに、愛人だとか離れてくらすとか言ったけれど、実際、僕にはそんなことができるだけの能力と度量もありませんし、する気もありません。あなたに頷いてもらうためにそうは言ったけれど、言った後でとても後悔した……。それで、昨晩ずっと考えて結論を出したんです。これはデニスくんが正しい。だから、僕はこういうだけです……」

 グレンさんは私の手に軽くキスして、世間の女の子たちがたちまちのぼせ上がりそうな笑顔で「また来年、頷いていただけるまで挑戦します。覚悟しておいてくださいね」と言った。私の顔は一気に熱くなり、デニスは驚いたようでバッと彼と私を離し「お前、なにしやがった?! なんでこんな急に赤くなってんだよ……! おい、大丈夫か、ジゼル? 大丈夫なのか??」と本気で心配した顔をしていた。

「大丈夫、大丈夫だから……。さすがは、イケメン……」

「おい、ジゼル? ジゼルー!!」

「デニス、うるさい」

「わり。っていうか、本当に大丈夫か? なんか風邪か? そこらへんで効く薬草取ってこようか?」

「大丈夫だから」

 私はデニスに落ち着けと言った後、恥ずかしくもグレンさんと向かい合った。彼は楽しそうに笑いを堪えている。

「グレンさん、私のわがままを聞いてくれて、ありがとうございます……」

「いえ、今回は僕のやり方が最低だった。それだけです。待つっていったのに、いけないなあ……。それでは、もう行かねばならない時間ですので。では、学校で」

 グレンさんはウィンク、一つパチンとして帰って行った。

 両親も先生も嵐のようにすぎさったグレンさんをただ呆然と見送るだけだった。

「それで、えっと、まず、私の婚約については解決したんだけど……」

 両親は私たちを見回した。それから、一言「閉廷!」と叫んだ。だけど、その後、先生だけ別に呼ばれていて、私とデニスは一緒に森の小川でのんびりピクニックを楽しんだ。


「嵐だったな、なんか」

「ほんと、それ」


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