最終話 第6章
華恋は軽く目を閉じた。
記憶の中に甦る、様々な風景。
自分の旅してきた世界、生きて来た場所、何度となく繰り返し続けられた夢と、それと同じ数の絶望。
「そうだね、もう、終わりにしよう」
目を開く。
左手には草薙の剣
右手には天叢雲剣
刀から、強大な意志と、凶悪なまでの力が伝わってくる。しかし、
「お願い、力を貸して」
華恋がフッっと微笑んだ。
両の腕をゆっくりと円を描きながら頭上へと持って行き、刀をひとつに合わせる。
「ま、待ちなさい、華恋ちゃん! なぜ天叢雲剣が、神田明神の奥深くにずっと封印されていたのか、その理由を知らないでしょ!」
鈴の紐と格闘していた店長が、華恋の姿を見て慌てて叫ぶ。
「そうよ、封印され続けてきたのにはちゃんと理由があるわ! その刀の力は強力よ、ええ、確かに華恋ちゃんが使えば、この世界を消し去ることだっけ出来るでしょ。でもね、使ったら間違いなく、あなた、死ぬわよ」
刀が合わさるまであと髪の毛数本分の隙間という所で、華恋の動きがピタリと止まる。
「死ぬって?」
「ええ、その刀は人を選ぶわ。夢見の一族、それも使われるに相応しい力を持った人間かどうかを。そして選ばれた人間の生命力を吸い取る。いいえ、『吸い尽くす』が正しいわね。その強大過ぎる力を発揮するために。過去、その刀を使った夢見は例外なく、その力を全て引き出す前に、自分の命を吸い尽くされて死んでるわ」
この世に二対の宝剣有り
ひとつは世界を創造し、この世を守護するものなり
天におわすその刀の名は『天叢雲剣』と言う
ひとつは世界を滅亡し、この世を創り変えるものなり
人に下賜かし与えられたその刀の名は『草薙の剣』と言う
天より下賜与えられた草薙の剣と違い、天叢雲剣は人の為に存在するものではない。人の身には余る存在。それにもかかわらず、その強大なる力が故に、夢見の一族はこの二対を宝剣と崇めてきた。
人に与えられたものでもないのに、どうやって?
簡単な話だ。
天叢雲剣に掛けられた、唯一にして絶対の制約。
傲慢にも天なる宝剣を使わんとして結ばれた、呪いとも言えるそれは
「契約の履行に等しい『命のカケラ』を差し出すこと」
それが、世界を支配し続けてきた一族に課せられた、もう一つの宿命。
「だから、誰もその力を使わない。だって、使えば使うほど、その者の命を使うのだから」
華恋はただじっと、店長の言葉を聞いていた。
夢の世界を壊す事は、契約の破棄。
その者の命さえ、釣り合わないだろう。
だが・・・・・・
だから、なに?
私の命なんか、どうだっていいでしょ!
「いいよ、私の命をあげる」
華恋は両手の刀を合わせると、この夢をぶった切ろうと、一気に振り下ろす!
その瞬間!!
辺り一面を竜巻のような暴風が吹き荒れた!
世界がきしむ音がする。
「きゃぁぁぁ!!!」
切り裂かれた空間から、とてつもないエネルギーが、荒れ狂う竜の如く、四方八方に咆哮を上げる。
そして、その直ぐ傍にいる華恋も、平常ではいられなかった。
体内から、ゴッソリと精気が抜かれていく感覚に、思わず意識が遠のく。
(だ、だめ・・・・・ 私じゃ、力が、足りない・・・・・・)
華恋は自分の命など「どうとでもなれ」と思っていた。それに嘘は無い。
しかし、そんな認識ですら甘かったことに、今更ながらに気付かされた。
体から一気に生命力が強奪され、もはや華恋の中に僅かしか残っていない状況になって尚、貪欲な強奪の底が見えない。これではとうてい、『釣り合わない』!
この世界を『亡くす』ことは、華恋一人の命程度で釣り合うものでは無かった。
薄れて行く意識。
「ごめん、なさい・・・・・・ ス、ガ、さん」
朦朧とし、現実が失いつつあるその中で、華恋は夢を見る。
愛しい人の姿を。
その瞬間、うっすらと、しかい確実な存在感をもって、スガさんの姿が幻のように浮かびあがる。
いや、違う! 今まで『そこで倒れていた』はずのスガさんが、自分の足で立ち上がり、華恋の目の前へと歩いているではないか!
その動作は軽く、少し前まで死の淵をさまよっていた人物の動作とはとても思えない。
もはや自分の苦しさよりも驚きで当惑した華恋の前にスガさんは立つと、やんわりとした笑みを浮かべる。
「そう、ここはお前の夢の世界だ。お前が夢を見れば、不可能なことは何も無い」
その笑みが、あまりにも優しかった。優しすぎた。
華恋の目から止めどなく涙が溢れだす。
「ごめんね、スガさん。私、力が足りなかったみたい。ごめんね・・・・・・ 本当にごめんなさい」
スガさんはその涙を拭くこともせず、一気に華恋の細い体を抱きしめた。
まるで、その細い体が折れんとばかりに、強く、強く。
目の前には、星の欠片よりも輝く、華恋の瞳。
薄紅色の唇は、細かく震えていた。
そして、スガさんはその唇に、自分の唇を重ねる。
そっと、そっと・・・・・・
華恋の瞳が、驚きに大きく見開かれる。
それは夢の続き? それとも現実?
(スガ、さん・・・・・・)
一瞬とも永劫とも判断が付かないその逢瀬は、スガさんから離れることによって終わりを迎えた。
いつの間にか苦しさが消えていた華恋が、その違和感に気付く間もなく、スガさんが語りかける。
「よく、頑張ったな」
「ううん、ごめんなさい。私、やっぱりダメだったみたい・・・・・・」
「いいや、お前は一つ忘れている。この剣は、既に俺の命を吸っている。腐っても、俺も夢見の一族の末裔だ」
「ス、スガさん? ううん、兄様?! 何を!!」
華恋はスガさんの言葉の中に、不吉な響きを感じ取る。
戸惑う華恋の手に、スガさんはそっと自分の手を合わせた。
もうカケラも残っていなかったはずの華恋の中に、たぎるような命の熱が注ぎ込まれる!
「さあ、俺の残りの命の欠片を吸い尽くすがいい!!」
そうしてスガさんの手が添えられた剣が振り下ろされ、世界が切り裂かれてゆく。
世界が悲鳴を上げ、崩壊していくのを、華恋は薄れゆく意識の片隅で感じていた。
もう、小指一つ動かす力も残ってはいなかった。
意識を失う間際、スガさんの声が華恋に聞こえる。
「すまないな、最後までダメな兄で。こんな結末しか与えられなかったんだから。
お前はきっと、自分を責めるだろう。だが、違う、これは俺の意思だ。
ダメな兄貴の最後のわがままだ。
だから、お前から俺の記憶を消そう。
恋、俺の最愛の人
これからは華恋として、普通の幸せを掴んでくれ」
しかし華恋はその言葉を最後まで聞くことが出来なかった。
全ての想いが、深い深い闇の奥底に沈みこんでゆく・・・・・・
ただ一滴だけ、瞳から涙がこぼれ、落ちた。




