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最終話 第3章

 麻美の声が世界の隅々まで広まって行く中、店長の動きは素早かった。

「ちょっとあんた、いい度胸してるわね」

「うぅ、だ、だから、何さ、オカマ風情に、い、言われる筋合い何て、こっち、こそ、ないね!」

 しかしその言葉の文字通りの強さは、発せられた言葉の中身には無かった。

 電光石火の勢いで再び麻美のもとに詰め寄った店長が、がっしりとした掌で、麻美の細い首を締め上げる。

「あなた、死にたい? それとも、生きたい? 今ならまだ、その選択をさせてあげてもよくてよ!」

 そう不敵に笑う店長の腕には、クッキリとした青筋が走っている。いったいどれ程の力が込められているのか分からないが、しかし、真っ青になりながらも麻美は言い返す。

「死ぬ? 生きる? それが、な、何だって言うのさ! わ、分かっている、こと、を、あえて聞くような、人間は、嫌い、だ、よ!」

 締め上げられた喉に、息も絶え絶えになりながら、それでも気丈に言い放つと、血の混じった唾を店長の顔に飛ばした。

「フンッ、このぉガキがぁ!!」

 店長が鼻白んだ一瞬を逃さず、麻美は力強く店長の足先に踵で蹴りを入れる。

 思わず握力の弱まったその瞬間を逃さず、回転するように体を捻り上げ、店長の体を空気投げの要領で振り飛ばす。

 店長は片手を床につけたものの、投げられた体の勢いをそのまま受け流し、一回転をして何事も無かったかのように立っている。

 いや、その顔だけが、堪え切れぬ憤怒の色に染め上がっていた。

「そうね、私が悪かったわ。確かに、『死ぬ』も『生きる』も関係ないわね。だって、これで終わりなんだもの!!!」

 その刹那、荒れ狂う程の力の奔流が、部屋一面を蹂躙した!

「きゃぁぁぁ!!!」

 たまらず悲鳴を上げる、麻美と冥途めいどたち。

 まるで小さな竜巻のように、部屋の中を所狭しとその暴風でなぎ倒して行く。

「もう、終わりにしましょう。さすがに私もいい加減飽きたわ。あなた達には、次の世界でキッチリと再教育してあげるから、楽しみにしていることね。と言っても、ここまでやっていて、次の世界でも同じ自分でいられるとは思わないことだけど」

 店長が赤黒く変色した顔で、床に突っ伏している冥途たちを睨みつけ、ニヤリと歪な笑みを浮かべた。

 それはまるで、子供が小動物を無遠慮に可愛がろうとして、くびり殺す様を100倍醜くさせたようにさえ見えた。

 つまるところ、自分以外の存在など、はなから眼中にも無い。道端の雑草、そこかしこに湧き出す蚊や虻と何ら変わらない、どうでもいい取るに足らない存在・・・・・・

 そして振り返りながら、天高く叫ぶ!

「さあ、れん様!! 粛清を!!!!!」

 店長の狂気に満ちた声が、部屋の中に木霊する。

 ・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・

れん様?」

 そこで初めて店長は気付いた。その違和感に。

 何だ? この違和感の源は?

 振り返った視線の先には、先ほどと変わらず、呆然と立ち尽くしているれんの姿があるだけ。それだけのはずだ。

 しかし心の中を吹き荒ぶ、不吉な予感に、懸命になって答えを探し続ける。

 上、下、右、左、れんの髪の先端から、つま先に至るまで・・・・・・

 そして、気付く。

れん様? なぜ目を閉じている??」

 そう、さっきまでのれんには、黒目がなかったものの、決して目を閉じていた訳では無かった。

 いや、それ以前に、れんが勝手に動けるはずがないのだ。たとえそれが瞼一つであろうとも。

 そんな『命令』を、した覚えはない・・・・・・

 戸惑う店長の目の前で、動くはずのないその口が厳かに動いた。


「店長、そうですよね、もう、終わりにしましょう!」


「な、なんで!?」

 狼狽にまみれた叫びは、その声がゆえ

 小さいながらも、不思議な程明瞭に耳元に届いたその声は、先ほどまでの精気の無い声音が嘘のように、力強い生命力に満ちている。

 そしてそれ以上に驚愕させた事実。

「あなた、恋ちゃん?!」

 その声は、まぎれなく「れん」ではなく、「華恋」のものだった。

 世界のときが、凍りつく。

 誰もが、思わず息を止め見守る中、その中心に存在する人物は、静かに声を紡いで行く。

「滑稽だと思わない? 目的と手段が入れ替わった世界なんて・・・・・・ まして主役が一人でかき回す劇なんて、たとえ無料ただでも見る観客なんていないわ」

 小さいながらも高らかに放たれた宣言のもと、その瞼が開かれた時、そこにはあるべきはずの無い、いや、本来あるべき姿である漆黒の瞳が、全てを飲み込む程の深き闇の色を湛えて、光輝いていた。



  おお 汝 彷徨いし者よ

  その地は温かき場所か? 極寒の凍える場所か?

  温かき地であれば そのぬくもりをもって優しさを与え

  凍える地であれば その厳しさをもって心を鍛えん

  夢の旅路は終わりなき旅

  ただ 永久とわに その想いを伝え続ける

  永遠の旅人よ

  我はその案内人なり


  ゆめゆめ 忘れること無かれ



 華恋の口が、滔々(とうとう)詩を紡いでゆく。

「そ、それは『夢殿救世和讃』?! なぜ?! なぜあなたがそのうたを語れる?!」

 狼狽の悲鳴を上げる店長を、華恋は氷の水面のような瞳で冷やかに見つめる。

「なぜ? ですって。夢見である私が知っているのは当然のこと。さあ、すべてのことわりを元に戻そう」

「な、なんなのよ?! あなたは誰? れん様? 恋ちゃん?? いったい何がどうなっているの??」

 狼狽する店長。

 その声音には、間違いなく、れんの音が混じっていた。

 決して同時に存在しえないはずの、二つの存在が重なる。

「ごめんね、全ては私が弱かったから・・・・・・ 今更、許してなんて言えないけど、それでも! けじめはつけないといけない」

 恋が両手に持つ刀を、頭上高く掲げ、一つに重ね合せる・・・・・・

「ま、待ちなさい! いま、この夢を消せば、そこに横たわる男がどうなると思っているの? そのまま生き絶え、二度と目を覚ますことは無いわ!」

 店長の言葉は、明らかに苦し紛れのものだった。

 しかし、あと拳一つ分の隙間で、華恋かれんの両手がピタリと止まる。

 れんにはその言葉は無視できない。

 華恋かれんにはその言葉は重すぎた。

「そ、そうよ! 今ならまだ間に合う! また新たな夢を繋げれば、何だって出来る! れん様の思うがまま! なんだったら、そこで仲睦まじく夫婦になることだって可能よ!」

 それはあまりに甘すぎる言葉。

 どれほど嘘だと理性が叫ぼうとも、心の奥深くにある「僅かな希望」が、無視することを許さない。

「ダメなのです! そんな甘言にのってはいけないのです!!」

 琴が鋭い叫びと共に、手にした扇子を飛ばす。

 扇子は緩やかな放物線を描きながら、寸分違わず店長の首へと襲い掛かる。

 が、その猛禽類のような飛翔は、無造作に振るわれた店長の掌の中へ、いとも簡単に掴まれてしまう。

 そればかりかその扇子を倒れたスガさんの首筋に、ピッタリ押し付けた。

 その先から、うっすらと赤い血が滲み出る。

「あら、まだ息があったみたいね。大丈夫、今だったらまだ間に合うわ。まあ、それも、このまま直ぐに手当をすれば、だけれども」

 店長は華恋が動けないでいることを確認し、ニンマリとした笑みを浮かべる。

「ねえ、この世界は失敗よ。誰も幸せにならない。それが分かり切っているのに、このまま『やり直さない』で時を進めるの? そんなの誰も望んでいないわ。私たちは、もっともっと崇高な世界を作り出す、その使命と宿命を帯びて、今まで生きてきたんじゃない。ねえ、私たちの関係は、そんなに安いものじゃない、幾百、幾千年という月日を経て、まだまだ志半ばよ。ねえ、それとも・・・・・・」


 店長は血走った目で、指先ひとつ動かせない華恋を見つめながら、満足そうに頷いた。


「この男のいない世界を、あなたは耐えられるの?」


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