最終話 逢いたい、な
凛とした静謐なる空気が、本殿の中に満ちていた。
その中央に立つのは、一人の若者。
幽玄とした、どこか儚さを感じさせるたたずまいに、しかし、その両目は硬く閉じられている。
巫女装束を身に纏い、溢れ出る気配は、どこかこの世のものとは思えない程、気高く、重い・・・・・・
その瞳が、いま、静かに開かれた!
その瞬間
全ての者が、その動きを止めた
全ての音が、世界から消滅した
世界が、世界としての機能を停止させる
ただ、一か所、その中心部のみを除いて・・・・・・
「恋様、長き夢見の儀、お疲れ様でございました。御目覚め頂き、ありがとうございます」
店長が深く頭を垂れ、床に跪く。
「うん・・・・・・ 永い、永い夢を見ていた・・・・・・」
放たれたのは、まだ若さ残る青年の声。
しかし、ああ、なんということだろう!
その開かれた瞳には黒目が無いではないか。
それはまるで、死んだ魚のよう
真っ白に白濁し、虚ろに視線を彷徨うばかり・・・・・・
「どうぞ、御手に、お納めください」
しかし、店長に驚いた様子は無い。
恭しく、細長い豪華な刺繍に彩られた包を差し出すと、中身を取り出す。
現れたのは、一本の刀。
鯉口を赤い糸で厳重に封じられてもなお、収められた刀身から得体の知れないオーラが溢れ落ちている。
恋は光の無い瞳でそれを見つめ、首をかしげる。
「・・・・・・それは ・・・・・・何だい?」
「おぉ! 何と言うこと! これこそ恋様の愛刀、草薙の剣でございます」
店長は大仰に声を上げる。
「・・・・・・ああ、そうだったね・・・・・・」
恋は抑揚の無い声で応えた。その反応に、店長は満足そうな笑みを浮かべる。
「残念ながら、この世界も悪夢でございました。創り直さねばなりません。我々の悲願である、よりよい未来の為に、ね・・・・・・」
「・・・・・・そうかい」
まるで感情が抜け落ちてしまったかのような、無機質な、作り物のような返答。
そこからは、発せられた者の『想い』がまるで感じられたかった。
それはまるで、『もみもみめいど』に飾られていた人形を見ているかのよう。
その材質が『肉』である、ただそれだけの違い・・・・・・
しかし、それで問題無い。少なくとも、この者にとっては!
「どうぞ、断罪を!!」
愉悦に満ちた店長の声が、神田明神本社奥にある秘密の部屋の中に響き渡った。
その瞬間、一陣の風が舞う
それに乗りどこからともなく響く、小さな笛の音。
やさしい旋律でありながら、力強く、それでいてどこか物悲しいメロディー・・・・・・
それは、あり得ないはずのタイミングであり、絶対的に不可能な場所だった。
驚きに周囲を見回す店長。
差し出そうとしていた手の運びが止まる。
その時、『真上』から飛翔した何かが、店長の腕を叩いた! その軌跡は、草薙の剣を落とし、そのまま主の元へと戻っていく。
「恋ちゃんを悲しませたら許さないと言ったのですの!」
小さな体躯に可愛らしい顔を乗せ、しかし恐ろしい程の怒気を放ちながら立っていたのは、冥途の一人、琴だった。そのまま戻ってきた扇子を掴み取る。
「あら、誰も悲しませてなんていないじゃない・・・・・・」
振り返り、落とした刀を拾おうとした店長の腕が、そのまま固まる。いつの間にか、そこには赤い紐が、雁字搦めに縛っていた。
「もう、よろしいのではなくて? これ以上、何を望むというのですか?」
朱き紐の端を握るは、やはり冥途の一人、鈴だ。
その顔は、見たことが無い程穏やかな険しさを見せていた。
「貴女までいたの・・・・・・ まったく、これじゃあ管理責任者として情けないわねェ・・・・・・ ちょっとお仕置きをしない、と、ねぇっ!!!」
その瞬間、圧倒的な怒気が店長を中心として溢れかえる。
高濃度に圧縮された空気の塊のようなものが、店長を中心に四方八方に弾け飛んだ!!
「きゃあぁぁぁ!!!」
咽びかえす程の狂気・・・・・・
縛っていたはずの鈴の紐は、いつの間にか散り散りにバラされていた。
二人は得体の知れないプレッシャーに弾き飛ばされ、猛烈なスピードで壁にぶつけられそうになり、その寸前で急速に減速する。
「危ないなぁ・・・ 二人とも先走り過ぎなんだって」
そこに影のように現れたのは、蜜と、麻美だった。それぞれがクッションとなり、琴と鈴を抱き止めていた。
「なに、あなたたち、いつの間に仲良しこよしになったのかしら?」
嘲り笑う店長の口調に、蜜が覚めた声で応える。
「別に・・・・・・ 仲良くなったつもりは無いけど、途中でジタバタもがいていたから、拾ってきたまで」
「ちょっと!! あんた、昔っから冷めたヤツだったけど、モノには言いようってものがあるでしょうに!」
憤慨して叫び返す麻美は、意外にも本気で腹を立てているようだ。
「そんなのはどうでもいいのです。助けてくれたことに感謝はしますが、昔の同窓会がやりたいのなら、勝手にそこらへんでお茶とお菓子でも用意してやっているといいのです・・・・・・ あ、もし、ライオン屋の羊羹を用意しているんだったら参加してあげてもいいのです」
「およしあそばせ、みなさん! 今はもっとやるべきことがあるでしょう!」
琴が、鈴が、各々勝手に喋り出す。
しかしその視線の先はただ一点、店長を通り過ぎ、立ち尽くす、袴の青年の元へと注がれていた。
いや、正確には、青年の持つ、光無き灰のように濁った瞳に吸い寄せらずにはいられなかった!
知らぬうちに、麻美の瞳に溢れるほどの涙の球が浮かぶ。
「恋くん・・・・・・」
そのまま絶句し、後の言葉を紡ぐことが出来ない。
数瞬後、その想いは狂えんばかりの感情の奔流となって爆発した!
「・・・・・・違う、これは、ぼくの知っている恋くんじゃない! 貴様!! ぼくの恋くんをどこへやった!!!!」
その視線の先に立つ人物は、まるで心外だとばかりに大仰に手を広げる。
「『ぼくの』?? 麻次郎、いったい恋様がいつあなたたのものになったというの? むしろあなたの方よ、自分の都合の良い部分しか見ようとせず、それ以外をひたすらに耳を塞いでいたのは! さぞ恋様はご迷惑だったでしょうね!!」
「ばかな!! 貴様、侮辱する気か!!」
「はんっ!! これこそが恋様よ!! 天上天下、この世の唯一無二にして絶対なる創造者!!! この世界の唯一の正義!!! あんた達、何百年と繰り返しているくせに、いまさら寝ぼけたこと言っているんじゃんじゃ無いわよ!!!!」
隠しようの無い店長の侮蔑にまみれた嘲笑が、決して狭くない部屋の内部を汚染して行く・・・・・・
「・・・・・・だれの正義なのです?」
皆が押し黙った、重い重い空気のなか、ボソリ、と発したのは琴だった。
「そこに含まれているのは誰ですの? その結果が『これ』なんですの?!!」
その瞳に涙は無い。しかし、両の拳がきつく、きつく握りしめられ、細かく震えていた。
「『だれの』ですって? もちろん、すべての人間のよ!! 我らこそが正義! 我らこそが神!!!」
店長が高らかに宣言する。
目に狂気の炎が激しく渦巻いていた!
その手には、いつの間にか、再び草薙の剣が握られている。
「さあ、恋様! この悪夢を断罪なさいませ!!!!」
店長の絶叫に、恋の手が草薙の剣へと延びる。
「ダメだ!! 恋さんっ!!!!」
蜜の悲痛な叫びを無視し、恋の手に草薙の剣が手渡る。
恋はそのまま、機械のように、剣を掴んだ右手を、頭上高く振りかぶった。
その動きは滑らかで、その場にいる者達の意識の間隙を縫うかのように、スローモーションのコマ送りの如く、誰も、何も動けないまま、ただ光景を見送るのみ・・・・・・
ニヤリ
店長の顔が、歪んだ笑みに彩られる・・・・・・
その時、朗々と詠う声が響き渡った。
この世に二対の宝剣有り
ひとつは世界を創造し、この世を守護するものなり
天におわすその刀の名は『天叢雲剣』と言う
ひとつは世界を滅亡し、この世を創り変えるものなり
人に下賜与えられたその刀の名は『草薙の剣』と言う
艱難辛苦の果てに、聞け! まろうどよ
我ら夢見のまがう旅人
その旅路の果てにありし地を、両の刃の光もって照らすべし・・・・・・
振り上げた恋の動きが、そのまま固まる。
光りの無くした瞳に、狼狽の瞬きが宿った。
その刹那、電光より早く、店長の巨躯が動く!
「くぅ!!!」
次の瞬間、その拳は謳い上げた人物、麻美の首を絞め、麻美の体を大地から離さんとばかりに吊り上げていた!!
「麻次郎! なんのつもり?!」
気道がつぶされ、何も喋れない麻美を、店長は一気に床に叩きつける!
麻美はそのままゴロゴロと転がり、倒れているスガさんの体にぶつかる。
そのまま、喉よ裂けよとばかりに、ひしゃげられた声を絞り出し叫んだ!!
「恋くん!! 君は誰なんだ!! どこにいるんだ!!! 思い出してくれ! その想いを! その心を!!!!!」
そして、スガさんを貫いていた天叢雲剣を引き抜くと、一気に華恋に向かって放った!
剣は虚空で一度だけ回転すると、図ったかのように華恋の左手、草薙の剣とは反対の手の中に、スポっと収まる。
「恋くん!! 君の求めていたものは、何なんだ!!!!!」
麻美の魂の叫びが、この停止した世界を切り裂いてゆく・・・・・・




