表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/60

4-3章

「『くあらねばならぬか? くあるべし!』 そう言ったのはベートーヴェンだったっかしら?」


 突如後ろから発せられた声に、蜜はハッと身構える。

「・・・・・・何もそれが全てっていうわけじゃあるまいに、ねぇ」

「店長! 気配をって近寄るのは止めてください!」

「あら、蜜ちゃん。本当に気付かなかったの? そんなお世辞はいらないわよ」

 いや、実際、蜜の背中には、冷たい汗が流れ落ちていた。

 蜜が気が付いた時、まるで『存在が急に湧き出した』かのように、紅色のドレスを纏った店長が、蜜と華恋の真後ろに立っていた。その手には、つまらなそうに、割り箸と、カップラーメンが握られている。

「何かあったのですか?」

「まあ、『あった』というよりは、これから『ある』が正しいわね」

 店長が割り箸でドアの方向を指した。

「何をおっしゃって・・・・・・ はっ!!」

 ドアは開かれている。その先は「もみもみめいど」の共有ルーム。

 そのはずだった。

 ドアの先の景色が、歪んでいる。

 最初は目の錯覚かと思った。しかし、その歪みは、微かな蠢動を繰り返し、やがて、はっきりとしたウネリとなって、部屋全体を激しく揺らす。

「まったく・・・・・・ ちょっとだけ恋ちゃんの意識を『飛ばした』だけだっていうのに、嫌になるわねぇ」

 そう言う店長は、ヤレヤレとばかりに首を振りながら、手にしているラーメンをズルズルすする。

 化学調味料に溢れた、空腹の胃と脳を刺激する匂いが、狭い部屋いっぱいに充満する。

「店長・・・ さっき渡した薬に、何を混ぜたんですか?」

「言った通りよ。単なる眠り薬。まあ、眠るだけじゃなくて、人間の意識丸ごと凍らせちゃうんだけど、同じようなものよ。恋ちゃんは、夢見ることも無く、一週間眠ることになるっていうだけなんだけどねぇ・・・・・・ 恋ちゃんが『夢を見なく』なったせいで、すこーし世界のバランスが崩れたのかもしれないわね」

「店長、それを知っていたのではなくて?」

 蜜の声のトーンが一段階低くなる。目が、スーっと細くすぼめられる。

 その響きの冷たさに、しかし店長は動じない。

「だったらどうなのかしら? 私達のすることは変わらない。あと一週間、12月31日が過ぎるまで、恋ちゃんを守り通すだけよぉっと!」

 ヒュン

 店長が右腕を振り上げる。

 その先には、崩れ落ちる『ヒトらしき』人影。店長の指からは、割り箸が消え去っていた。

 部屋の揺れが、少し治まったように感じられた。

「嫌だわ、これじゃあもうラーメンが食べられないじゃない」

「・・・・・・店長、いったい何杯カップラーメン食べれば気が済むんですか?」

 蜜があきれた様な口調で問いかける。

「そんな変人みたいな目で見ないでちょうだい。まだ、たった三杯しか食べてないわよぉ。あともう一杯くらい食べたかったのに、嫌になっちゃうわ・・・・・・ しょうがないわね、もうすぐ19時だし。蜜ちゃん、ちょっとだけ恋ちゃんをお願い。今日最後のご主人様をお迎えしなくちゃならないわ」

 そう言うと店長は、残ったカップラーメンのスープを、ズルズルと一気に飲み込んだ。

「店長、あんまりカップラーメンばっかり食べると、太るよ」

「・・・・・・いまさらね。何を後悔するかは、個人の主観よ」

 胸を張って答える姿と、対照的に緩められたコルセットのお腹を見て、蜜は大きなため息をつく。

 それは、諦めなのか? 同意なのか?

 いずれにせよ、店長の容姿が残念な道まっしぐらであることには変わらない・・・・・・



 華恋と二人、部屋に残された蜜は、静かに華恋をリフレ用のリクライニングチェアに横たえる。

 それでも、微動だに顔の表情は動かない。

 血の気が引き、月光に輝く白磁のように蒼白に凍りついた様は、着ている服も相まって、昔の日本人形のようにも見える。

 ただ、巫女服越しに、辛うじて分かるほど微かに、胸が上下していることだけが、華恋の『せい』を感じさせた・・・・・・

「ねえ、恋さん。あなたの王子様が来るよ。でもね、王子様が正義の味方だとは限らない。実は、その王子様こそが、世界を破滅に導こうとしているとしたら、あなたは信じるのだろうか・・・・・・?」

 蜜は優しく語りかけながら、華恋の髪を手櫛てぐしけずる。


 夢見ぬ姫の見る夢は、幸福なものか、それとも悲しみに溢れたものか?

 答える者の無い問いかけを心の内で発しながら、蜜は、ただただ、髪をけずり続けるのだった・・・・・・


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ