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3-10章

 クリスマス・・・・・・

 ジングルベルの響きに乗って、寒いはずの秋葉原の空もどこか温かみを感じられるような週末、「もみもみめいど」は私がかつて経験したことのない忙しさに追われていた。

 冥途メイド? なんのことでしょう?

 はっきり言って、それどころではない。もう、主業務のリフレが大繁盛なんてもんじゃない程忙しい状態なのだ!!

「恋ちゃん! 次のご主人様いらっしゃったわよ!!」

「はーい!! すみません、すぐお部屋をきれいに片付けますから!!」

 店長の声に、私は通常の三倍速のスピードで動きながら答える。

 今日は開店してからずっとこんな調子だ。途中、お手洗いで席を外した以外は、ずっとリフレルームに篭りっぱなし状態が続いている。

 原因は分かっている。

 お店の壁に貼られたチラシ、『クリスマススペシャルサンクス企画 ~ご主人様大集合! みんなで仮装して、もみもみしまくられましょー!!』のせいだ!

 ちなみにこの酷いネーミングセンスは、言わずと知れた店長によるものなんだけど、それでもいくつか出てきた候補の中では一番まともなものを、メイドみんなで多数決をとった結果だったりする。

 クリスマスイブの日曜日限定で、私達メイドはみんな仮装をして(普段から仮装しているようなものなんだけど)、さらにご予約頂いたご主人様とはツーショット写真サービス付! ということで、ネーミングセンスとは関係無しに、開店から閉店までビッチリと予約で埋め尽くされていた。

 当然、メイドは総動員!

 中には「クリスマスだから、ちょっと~」みたいなことを言う人もいっぱいいたみたいなんだけど、そこは店長が一人ずつ拝み倒し、それでもダメならオネエ言葉で脅迫し、最終的には自給五十円アップで説得に成功していた。

 かく言う私も、その中の一人だったりするんだけどね。

 やっぱりお金は重要だよ。

 よく、「世の中にはお金じゃ買えないものがある」って言うけど、これって前提として、「世の中の大半のモノはお金で買えるけど」って付くよね。最低限度のお金が無いと、人間幸せは享受出来ないのです。少なくとも私は、来月に発売される大好きなアニメの特典付きDVD限定盤が買えなかったら、地獄に突き落とされる程不幸になってしまうのは間違いないのだ・・・・・・


 もっとも、それだけじゃない理由も一つだけあったりするんだけど・・・・・・


 お店の予約表はクリスマスイベントの日の分は一週間も前に全部埋まっていた。私がシフトで入っている時間は、開店から20時まで。

 その一番遅い時間帯に、誰よりも早く予約をしてくれた人の名前が書いてあった。

(・・・・・・スガさん)

 ちょっと口に出すだけで、何だかホッコリとあったかい気持ちになる。

 何も変わらないのに、何度も何度も見返しては、名前が有ることを確認してしまって、当たり前のようにある名前を見るだけで、思わず顔がニヤケてしまう・・・・・・

 間違いなく、今日のメインイベントだ。

 ううん、もっと言ったら、今年一番のイベントだ!!

 成功させたい! ううん、むしろ、失敗したくない!!

 だって、『成功』って何なの?!

 お付き合いすること?

 キスすること?

 嫌われないこと?

 でもだってさ、だってさ! 違うよね、絶対!!

 もはや自分の中でも何が成功なのか良く分からなくなっているんだけど、そのくせ、失敗のイメージだけはハッキリと想像出来てしまう・・・・・・

 ううううぅぅぅ、ドキドキする・・・・・・ どうしよ? どうしよ? どうしよう!!

「あっ痛っ!!」

 などと、ポワポワしながら仕事をしていたせいか、思いっきりスッコロんでしまった!

いけないいけない! まだスガさんの予約時間までまだ三時間もあるんだから、集中集中・・・・・・


 さて、次のお客様は・・・・・・

「やあ、こんにちは! 今日はよろしく!」

「お帰りなさいませ、ご主人・・・・・・様?」

 現れたのは、背が低い、細身の、中性的な男性。

 ショートカットで童顔に見えるけど、多分、二十歳前後くらいだろうか? ジーパンに黒のアーミーコートというラフな格好がとてもサマになっているんだけど・・・・・・

「・・・・・・何してるの? 麻美ぴょん!」

「あれ? 何で分かったの?!」

「何でって、眼鏡外しただけじゃない! それで変装したつもり?」

 そう、眼鏡こそしていないものの、どっからどう見ても、このご主人様ならぬお嬢様は麻美ぴょんだった。

「眼鏡だけじゃないよ。今日はベージュのファンデーション付けて、ちょっと地黒のワイルドさを演出してるし、格好だって男っぽいでしょ? 我ながら、結構イケメンになってるつもりなんだけど」

「麻美ぴょん、いっつもお化粧しないもんね・・・・・・ しかし、お化粧した方が男装になるって、どんだけ色白なのよ・・・・・・」

「へっへー! あまりにイケメン過ぎて、ちょっとドキドキした?」

「別の意味でドキドキしたわよ!」

 得意げに薄い胸を張る麻美ぴょんを、でも私はそう言いつつも、思わず見とれてしまう。

 もともと麻美ぴょんはボーイッシュで飾り気が無いのに、童顔で無邪気な感じが少年みたいで、それはそれでとっても可愛いんだけど、あまりに飾り気が無さ過ぎて、どうしても女としての残念さが最初に来てしまっていた。

 それが、女らしさをとっぱらった瞬間、少年の可愛らしさばかりが前面に押し出されて、さっきはああ言ったものの、実は『ぎゅー』って抱きしめたいくらいには、ドキドキしてしまっていた。

「でもどうしたの? ここ結構高いのに、わざわざ来るなんて?」

「へっへー、そりゃあもちろん、恋くんの華麗なる仮装姿を見ながら、メリークリスマスをお祝いする為にきまってるじゃない! その衣装、とってもよく似合っているよ」

「そ、そうかな? てへへ・・・・・・ ありがとう、ね」

 そう、今日はメイドさんはみんな仮装状態。まあ普段からメイド仮装状態なので、最初聞いた時私は、『仮装の仮装だから私服?』って思ったんだけど、違ったみたい。ここで言うのは『メイド服以外』の仮装という意味。で、私は巫女さんの格好をしているのだった。

 実は何の仮装をするかは、みんなでくじ引きで決めたんだよね。

 なんてったって、仮装衣装は全部お店が用意してくれたのだ! 中にはバニーガールやら、どっかの猫型ロボットの着ぐるみやら、幼稚園児みたいな微妙な衣装が溢れる中で、燦然と輝いていたみんなの憧れNo1が巫女服だったのだ!

 それを引き当てられるなんて、もう、それだけで結構ハッピーだったりする。

「でも恋くん、巫女さんはバージンじゃないと成れないんだよ」

「だ、か、ら! 私はまだなの!! もう、何回言わせる気!!」

「ほら、だって、ねえ。最近の恋くんは妙に色っぽいし、クリスマスは男も女も狂わせるからねぇ!」

「そんなこと聞いたことないってば!! ってか、私、色っぽくなってる?」

「なってるなってる、もう、恋した乙女まっしぐら! って感じ」

 まさか麻美ぴょんから、ドストレートな褒め言葉が返って来るとは?! 慣れない事言われると、照れちゃうじゃないかぁ!

「もう・・・・・・ ほら、お嬢様、マッサージをしますので、こちらにお座りください」

「おっ! さすがメイドさん、じゃなかった、巫女さん!! でも残念でした! 今日の私は麻美ぴょんではなく、男の麻美君なのですよ! 呼びかけるなら『ご主人様』と呼んでもらおうか」

「はいはい、ご主人様。どうでもいいからさっさとお座りくださいませ!」

 うぅ、麻美ぴょんが変なこと言うから、顔が熱くてしょうがいないじゃない。

 私がちょっと怒ったように言うと、麻美ぴょんは素直に椅子に座って、それっきり何も言わなくなってしまった。

 それっきり、黙々と時間が過ぎる。

 麻美ぴょんの体は、普段の不摂生がたたっているのか、体のあちこちが硬く凝っていた・・・・・・

「・・・・・・でも、めずらしいね。本当にどうしたの?」

 マッサージを初めて30分くらい経って、私は沈黙に耐え切れずに声をかけた。

 麻美ぴょんはずっと目を閉じていて、寝ちゃったのかな? とも思ったんだけど、私の声に普通に反応してくれた。

「そりゃあ、もちろん、気になったからだよ」

「なにを?」

「恋くんがクリスマス以降も、ちゃんと生きて行けられるかどうか? に決まってるじゃない」

「・・・・・・どう言う意味かな?」

「まあ、そのまんまだよ。ところで、今日、お目当ての彼とは逢えるのかな?」

「・・・・・・うん、そのはず」

「その格好で?」

「お仕事中だからね、巫女服で会うことになるかな」

「なら、まあ、思ったより良かったかな」

「どういう事?」

「きっと、その格好が、恋くんを守ってくれるよ」

「麻美ぴょん、じゃなかった、ご主人様、相変わらず意味不明なことをおっしゃられますなぁ」

「ちなみに、ちゃんと下着は付けてないよね?」

「えっ? 付けてるに決まってるじゃない」

「ダメダメ、和服は下着を付けないのがルールなんだから。ほら、全部脱いで!」

 そう言って、巫女服の脇から手を突っ込んで、下着を脱がそうとするではないか!

 あわわわ!! 麻美ぴょんの細い、冷たい手が、ブラのホックを外そうと、服の中で変な蠢きをしてる!!

「ちょ、ちょっと、やめて! 恥ずかしいって!!」

「それが良いんじゃない! で、マッサージの時とかに、上の合わせ辺りから胸の谷間がチラッと見えちゃったりしたら、もうイチコロだよ!!」

「もう! 真面目なアドバイスなのか、冗談なのかハッキリしてよ!!」

 私は麻美ぴょんの魔手を振りほどくと、非難の声を上げる。

「もちろん、全部冗談に決まってるじゃない!」

 ・・・・・・いや、麻美ぴょん君よ、そんなドヤ顔で胸を張って言うような事じゃないでしょ。

 私は盛大なため息を付いてしまった。

「うん、いい感じで力が抜けたね」

「えっ?」

「あんまりリキミ過ぎてたら、うまくいくのも失敗しちゃうよ。大丈夫、恋くんは十分可愛くて、魅力的だよ。まあ、ちょっと癖はあるけど・・・・・・ でも、そんな所もひっくるめて、ぼくは大好きだよ。だからきっと、恋くんの想い人だって、ぼくと同じだと思う」

「麻美ぴょん・・・・・・」

 私は麻美ぴょんの背中に回って肩のマッサージをしていたんだけど、正面の鏡越しに、麻美ぴょんがまっすぐ、深く、私を見つめていた。その瞳の深遠さに、思わず意識が引きずり込まれそうになる。

と、肩に置いていた私の手に、麻美ぴょんは自分の手を重ね、顔の前へ導くと、私の手の甲に口付けをした。

 微かに感じる、濡れる感触と、麻美ぴょんの体温。

 息をするのも忘れて硬直してしまった私の体が自由を取り戻した時、手の甲に、バラの花びらのような、紅い口付けの後が残っていた。

「ふふっ、成功のおまじない。大丈夫、ぼくも付いているから」

「・・・・・・ありがとう」

 ぴぴぴぴぴぴぴ・・・・・・

 その時、時間終了を告げるアラームが鳴った。

「よっと、時間だね。話が出来て楽しかったよ。じゃあ、がんばって!」

 そう言い残し、麻美ぴょんは部屋を出て行く。


 ただ・・・・・・

 途中から感じていた違和感を、私はずっと引きずっていた。

 それは、ちょっと前に、私の部屋で感じたのと同じもの。

 男装姿の麻美ぴょんが、途中から、男性にしか見えなくなっていた・・・・・・

 でも、そうだとしたら、今日麻美ぴょんがお店に来た本当の理由は何なのだろうか?


 胸にチクリと感じる棘のような痛みが、なぜかとても切なく私の心を揺り動かす。

 麻美ぴょんが口付けした手の甲の部分が、火で炙ったかのようなほどの熱を持っていた・・・・・・


 私は時計を見る。

 時間は16時30分、スガさんの予約まで、あと一人。

 もうちょっとだ!

 今は集中しないと。


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