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3-9章

 ジングルベルの響きが、日に日に大きくなっていく十二月。

 この年になってサンタクロースを信じてるなんてことも無いんだけど、それでも街に溢れてくるワクワクした雰囲気は大好きだ!

「恋くんは、今日のお目当ては何かい?」

「ふっふっふっ、それを探しに行くのだよ、麻美ぴょん君」

 十二月最初の日曜日。私は親友にして悪友の麻美ぴょんを引き連れて、渋谷の街に繰り出していた。

 今日の麻美ぴょんの格好は、ジーパンに白のファーのコート。そこにぴょこんと揺れる猫耳フードが、彼女曰く、今日一番のチャームポイントらしい。

「ふーん、じゃあとりあえず画材屋さんに行きたいなぁ。で、その後アニャメイト行って新作商品を確認して、んでもって古本屋でお気に入りのマンガが・・・・・・」

「ストッッッツプ!!! ダーメ! 今日はそういうのじゃないんだから」

 ダメダメ! そんな魅力的なプランを過ごしていたら、それだけで今日は終わっちゃう!! 今日はもっと大事な目的があるんだから!!

「とは言っても恋くんさぁ、せめて方向性くらいは提示してもらわないとねぇ。この頭脳明晰、眉目秀麗、清廉潔白、馬耳東風の麻美ぴょんとしてもアドバイスが出来ないのだよ」

「もう、馬耳東風って、聞く耳持たないって自分で言っちゃってるじゃない・・・・・・ はあ、馬耳東風でも麻婆豆腐でもどっちでもいいんだけど、方向性かぁ・・・・・・ やっぱり必要だよね?」

「あったりまえじゃない! っていうか、方向性無くてどうしようと思ってたわけ?」

「・・・・・・適当に歩いていたら、巡り合えるかなぁ・・・・・・ って」

「『犬も歩けばくたびれる』ってやつだね」

「『犬も歩けば棒に当たる』でしょ」

「いーや、間違いなく『くたびれる』でしょ! この広い東京砂漠でそんなあても無くウロウロして、運良く巡り逢おうなんて、お気楽トンボにも程がある!!」

 麻美ぴょんが大きなため息をつく。

 まあ、そりゃそうだよね・・・・・・

 それは私にも分かっているのだ。でも、世の中には分かっていてもどうしようもないことがある。

「・・・・・・クリスマスプレゼント」

「誰の?」

「・・・・・・友達」

「どんな?」

「・・・・・・変な友達」

「ええい!! 往生際が悪い!!!」

 麻美ぴょんがビシッィ!っとばかりに指を突き立てる。

「いいかい、恋くん。この麻美ぴょん、伊達や酔狂で五年以上親友をやってるわけじゃない。渋谷なんて、およそ我々には似つかわしくない場所、大好きな漫画やアニメよりも優先し、時はまさにクリスマスまであとちょっと! これだけ条件が揃って、何も気づかないとでも本気で思っているのかね? さあ、正直に吐いちゃいなさい!!」

 正面から切って落とされた啖呵に、私はなすすべも無くうな垂れてしまう。

「・・・・・・ちょっとだけ、気になる人がいて」

「男? 女? 両生類?」

「・・・・・・たぶん、男」

「年上? 年下? 年齢不詳?」

「・・・・・・たぶん、年上」

「キスした?」

「!!!! してないしてないしてないし!!!!」

「よし、よっく分かった!! つまりまとめると、恋くんはその『年上の男性とキス出来るようなクリスマスプレゼントを贈りたい』ということだね」

「誰もそんなこと言ってないでしょ!!!」

 よくよく見れば、麻美ぴょんがニタニタと気持ち悪い笑顔を浮かべている。

 その、やけに生温かい視線に耐えきれず、私はニパニパと手を振った。

「隠すな、隠すな。いやー、めでたいじゃないか! あのBLにしか興味が無かった恋くんが、まっとうな純女みたいに恋心を抱くことがあるなんて、これは世界が崩壊でもするかな」

「もう、勝手にしてよ・・・」

「はいはい、照れるな照れるな! んで、どんなの贈りたいのかね?」

「それが分からないからこうして麻美ぴょんに付き合ってもらってるんでしょ」

「そりゃそうだ。んじゃあ、彼の好きなものとか、趣味嗜好とかは?」

「だから! 彼じゃないって・・・・・・ 知らないの。一応、写真が趣味、っていうか、昔お仕事でもやってたみたいなんだけど、さすがに本職の人にカメラなんて渡せられないし・・・・・・」

 そうなのだ。よくよく考えると、私はスガさんの事はほとんど知らないことに愕然としてしまった。

「うーん、じゃあ何か、よく身に着けているものとかは?」

「どうだろ? アクセサリ類はしているの見たことないなぁ。着てる服も、センスが悪いってことは無いんだけど、特にブランドとかにはこだわってなさそうだし・・・・・・」

「うーん、それは難敵だね・・・・・・ まあ悩んでいても仕方ないか。とりあえずセンター街の方で色々物色してみようか」

「・・・・・・あても無く彷徨さまようと、東京砂漠で遭難しちゃうんじゃなかったの?」

「まあ、人間ジッとしてても始まらないからね。とりあえず、分からないなりにジタバタしてみよっか。大丈夫、この『麻美ぴょん様』に任せなさい! 絶対に恋くんのバージンを捧げさせてみせちゃうんだから!!」

「こら!! 勝手に自分の脳内でストーリーを進めるんじゃないの!!」

「あはは、まあ良いではないか。さあ、行こ!」

 そう言って、麻美ぴょんは猫耳フードをポフッと被ると、私に手を差し出してきた。

「・・・何でフード被ったの?」

「ふっふっふっ・・・ 何を隠そう、この猫耳フードには特殊機能が内蔵されていて、被ると半径五キロ以内の針の落ちる音さえも聞き分けてしまうのだよ!」

「・・・それ、なんの役にも立たないんじゃないの?」

「大丈夫、要は気分の問題なのだよ、恋くん! さあ、行くよ!!」

「あぁん、そんな手をひっぱらないでってば!!」

 渋谷駅前交差点の信号が青に変わる。

 さすが、通行量の多さでギネスに載るほどの交差点だ。

 私の手を握ったまま、人込みを縫うように駆け出した麻美ぴょんの後ろ姿を、私は転びそうになりながらも懸命に追うのだった。


 ・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・


 それから三時間後

 精気を使い果たした乙女が二人、陸に上がったマグロのように息絶え絶えになっていた。

「麻美ぴょん、ごめん、私もうだめ・・・ 何? 何でこんなに人がいっぱいいるの?」

「うぅ、いやぁ、こっちこそごめん。『人に酔う』って初めて実感したわ・・・」

 何て言うんだろう、ただ人が多いだけだったら私たちの住んでいる千葉だって、場所によっては結構人込みがすごいし、もっと言ったらコミケだったらもっとたくさん人がいるんだけど、『人種が違う』とでも言うのかな?

 純粋なオタク文化に染まり切った、それほど対人スキルが高いとは言えない私達には、もはやここは異次元な世界だった。

「世の中の女の子って、こんなにもオシャレに飢えているだね、初めて知ったよ・・・・・・ 私、もうちょっと『まっとうな』女子力を上げておくべきだったぁ・・・・・・」

「まあ、そんなのがあったら、恋くんの魅力も半減しているんだから置いておくとして、私もちょっと認識が甘かったなぁ・・・・・・」

 今、私達はフルーツパーラーの中にいる。

 疲れ切った心と体を癒すには、圧倒的に『甘いもの成分』が不足していた。

 『甘いもの成分』は足りなくなると、注意力が散漫になって、情緒不安定、挙動不審を引き起こし、禁断症状によって暴れ出す危険性すらあり得る、とっても大切な成分なのだ!

「お待たせしました。こちら、パンケーキ二つと、ココアとコーヒーになります」

「お、来た来た。とりあえず食べようか」

 麻美ぴょんは、パンケーキについてきたメイプルシロップをドバドバ洪水のようにかけ、一緒に来たコーヒーには角砂糖を十個も入れ、スプーンでグルグル回す。

「相変わらずだね・・・・・・ そんだけ甘いものばっかり食べてもちっとも太らないなんて、その遺伝子を分けて欲しい」

「ふふふ、なら結婚してあげようか」

「結婚したって、私が遺伝子もらえる訳じゃないし、ああ!! なんて神様は不公平なんだ!!!」

「大丈夫だって、恋くんだって気にする程太ってないから」

「違うの! ほら、この二の腕が!! ほらほら!!」

 私はプニプニしっぱなしの二の腕をつまんで見せる。

「女の子はそれくらいの方が可愛いって。私なんかガリガリだから、きっと恋くんの方がモテるよ。まあ、いらないなら、そっちのも私が貰ってあげるけど」

「ダメ!! それとこれとは別なの!! 食べるんだけど、太るのが嫌なだけなの!!!」

 私のパンケーキに手を伸ばそうとしている麻美ぴょんの手をブロックし、私は手付かずのパンケーキに、麻美ぴょんの半分の半分くらいのメイプルシロップをかけ、パクリと頬張った。

うー!! 癒されるぅ!!!

 糖分が血液に乗って体の隅々まで行き渡り、灰色の脳細胞を活性化させるのがはっきりと分かる!

 昔誰かが、「世の中の皆がパンと砂糖を食べれれば、世の中の戦争の大半は無くなるだろう」と言っていたのが良く分かるよぉ。この幸せを感じ取ったら、世の中のみんなが諍いなんて不毛なことしないでしょ。

 と、私が現実逃避気味にパンケーキを味わっていると、さっきから口を閉ざして難しそうな顔をしていた麻美ぴょんが口を開いた。

「ねえ恋くん、この際、『プレゼントを買う』っていう発想を変えない?」

「どういうこと?」

「考えたんだけど、リボンを体に巻きつけて『わ、た、し、を、あ、げ、る!』って・・・・・・」

「うわぁぁぁ!!! 何考えてるんのよ、麻美ぴょん!!」

「『美味しく食べてね(うふ!)』って、ダメ?」

「だめったら、だ、め!!」

 私は叫び声と共に、お皿の上のパンケーキを、手にしたフォークで勢い良くブスッと刺した。

 お皿とフォークがぶつかる硬質な音が、当たり一面に響き渡る・・・・・・

 はっ!!

 気が付くと、お店の中がシーンと静まって、痛い程の視線が私達のテーブルに集まっているではないか・・・・・・

 あぁぁ、やっちゃった!!

 私は大急ぎで「ごめんなさい」とばかりに頭を下げ、それでも残ったビミョーな雰囲気に所在が無くなっちゃって、とりあえずモシャモシャとパンケーキを口いっぱいに頬張って誤魔化すことにした。

「うーん、良い案だと思ったんだけどなぁ。じゃあ、次ね。恋くん、自分で絵を描いて贈ってみたら?」

「はへ?」

「そう、絵」

「へも、わはひっへ・・・・・・」

「うん、とりあえず口の中の物を飲み込みたまえ」

 そ、そうだ、通りで喋り辛いと思った・・・・・・

「んぐっ。ふう・・・・・・ でも、私ってあんまり写実画とか得意じゃないよ」

「別にいいじゃんか、写実じゃなくたって。要は、『恋くんが心を込めて描いた』っていうのがミソじゃない!」

「そうかなぁ・・・・・・? そんなの貰って嬉しいかなぁ?」

「嬉しいに決まってるって! 私だったら、下手なアクセサリーよりずっと心に響くね!!」

「本当?」

「もちろん!!」

 自信満々にうなずく麻美ぴょんの姿を見ていると、何だかだんだんと私もその気になってきた。

 うん、確かに下手なプレゼントよりは、よっぽど良い気がする!

「うん、じゃあそうしてみる! まだクリスマスまで二週間くらいあるし、何とかなるでしょ!」

「がんばれ!! まあ、振られたら私が慰めてあげるから、思いっきり特攻してきなね!」

「もう、だから、まだ告白するなんて言ってないでしょ!」

「えっ? 告白しないの?」

 麻美ぴょんが、心底驚いた顔を見せる。失礼な・・・・・・ そんなに意外かなぁ・・・・・・?

「だって、まだ、心の準備とか出来てないし・・・・・・ 今の関係だって、そんなに嫌じゃないし・・・・・・ 下手に告白して、今の関係が壊れちゃうくらいだったら、別にまだこのままでもいいかなって・・・・・・」

 私はアタフタしてしまって、自分でも何を言っているか分からなくなっていた。もう、やたら恥ずかしくて、思わず下を向いてしまう。

「恋くん、親友として、本気のアドバイスをするね・・・・・・」

 麻美ぴょんの声から、今までの、どこかおちゃらけた雰囲気が消えた。その声音にビックリして顔を上げると、私の目をまっすぐに見つめている麻美ぴょんの視線が突き刺さった。

「・・・・・・告白しなよ。じゃなきゃ、絶対後悔するから!」

「麻美ぴょん?! なんでそんなに強引に進めようとするの? 別に今のまま、ゆっくりと進めて言ったっていいじゃない?」

「恋くん。明日が何もしなくても、またやって来るなんて保障はどこにもないんだよ。今、出来ることを・・・・・・ 今の気持ちを、大切にしなよ」

 どこまでもまっすぐな瞳が、私の両目を貫いて、心の奥底の、何か懐かしいものを優しく揺れ動かしている。

 ただ・・・・・・

 同じような言葉をどこかで聞いたような気がして、私は必死になって記憶を掘り起こそうとしたんだけど・・・・・・ 麻美ぴょんの目が驚く程真剣で、その気迫のようなものに圧倒されて、ただただ、肯くことしかできなかった。

「う、うん・・・・・・」

 それでも私が肯定したのに満足したのか、麻美ぴょんは嬉しそうな笑顔を見せた。

「もうすぐ恋くんの誕生日だね。大人になる前の、きっと、最後にして最大のイベントだ・・・・・・ 大切にしなよ!」

 そう言うと、首をチョコンと傾け、タンポポの花のような笑みを浮かべる。


 季節外れの冬空の下に狂い咲いたダンデライオンは、暖められたお店の中でさえ、寒さに耐え震える姿しか思い抱かせず、それでも、いつか来るであろう春の訪れを信じたいと思わせるだけの希望を感じさせた。

 それが、どれほどに場違いであったとしても・・・・・・

「ありがとう」

 私は親友の想いに、素直に感謝の言葉を伝える。


 ただ、目の前で湛えているその笑顔の中にある瞳が、あまりにも優しい色を帯びていることが気になった。

 私が一度も見たことがないような、ただただ、どこまでも純粋に、優しすぎる瞳が・・・・・・


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