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3-4章

「まず、はっきりとさせておくことがありますわ」

 お店に面した通りに、私は再び鈴さんに連れられてやって来ていた。

 目の前には、多くの行き交う人の群れ。今日は日曜日、秋葉原の街は、オタクやら、外人やら、オタクやら、オタクやらで溢れている。

「・・・・・・はい」

 私は緊張した面持ちで頷いた。

 我ながら、売り言葉に買い言葉だったというか、もう少し考えてしゃべった方がよかったなぁとは、思わないでもない。でも、あの時、言葉が溢れて止まらなかったのは事実だ。

 そして私は、自分の直感をわりと信じている。

 ちょっと「やっちゃった」感はあるけれども、それでも後悔は全く無い。

 どちらかというと、問題があるのは鈴さんに対してだ。私の暴走につき合わせてしまったのでは? という心配は拭えなかった。

 そんな私の心を知ってか知らずか・・・・・・ まあ、当然知る由も無いんだけど、鈴さんは嬉しそうに語りかけてきた。

「恋さん、よく言ってくれましたわ! 私、ちょっと店長には色々と言いたい事があったんですけど、恋さんが代わりに言ってくれてスッキリしましたわ。ありがとうございます」

「そ、そんな! 私こそ、すみませんでした。もし鈴さんにご迷惑が掛かるようでしたら、言ってくださいね。あの、まあ、何にも出来ないんですけど、それでも何とかしますから・・・・・・」

 うん、言っていて、自分で情けないったらありゃしない。

 でも、こんな所で自分を飾ってもしょうがないでしょ。

「いいえ、きっと、そうやって自分の気持ちを正直に出せるのは、間違いなく恋さんの長所ですわ。ご謙遜なさらなくて良いですわ」

 何だか鈴さんがキラキラした目で見つめてる!

 うう、そんな事、言わないでください。照れちゃうじゃないですかぁ。

 生まれてこの方、褒められるのには慣れてなくて、あんまり耐性が無いんです・・・・・・

 だめだ、思考を切り替えないと!

「でも、どうしたら良いんでしょう・・・・・・?」

「その前に、恋さんは『どうしたい』んですか?」

 私の質問を、質問で返されてしまった。

 でも・・・・・・

 ど、う、し、た、い、のか?

 どうしたいんだろう? 私は・・・・・・ 確かに可愛そうに感じたし、憤りも感じた。

 でも、だから?

 これじゃあ、ネットの書き込みに、ディスったコメントを書いて後はシランプリするのと変わらないじゃないか?

「・・・・・・ごめんなさい、鈴さんには正直に言いますね。実は、あんまり『どうしたい』って思いがないままにしゃべってました。強いて言えば、店長の一方的な言い方に、どうしても我慢が出来なくなっちゃって・・・・・・」

「それで、十分『したい』理由になってますよ」

 鈴さんが優しく微笑んでくれる。ああ、何て癒されるんだろう・・・・・・

 お客さんに、熱心な鈴さんファンが多いのもうなづける。

 この女性ひとだったら普段からメイド服着ていても、全く違和感が無いだろうなぁ。むしろ、もっとコテコテのゴシックロリータの衣装を身に纏って、優雅にアフタヌーンティを飲んでいて欲しい・・・・・・ 後ろには綺麗なメイドさんがいて、足元にはおっきなシェパードとか侍らせて、その犬が机にぶつかって紅茶を溢しちゃって、鈴さんが慌てずにどこからか鞭を取り出して、こう、ビシッ、バシッ!! って感じで、それをメイドさんが『お嬢様、いけません!』とか言って止めようとするのを、『あなたの躾がなってないわ!』みたいな感じでメイドさんに向けても鞭をビシビシやって、『あーれー』って服がボロボロにっちゃって、見えちゃいけない部分が露になっちゃったりなんかして・・・・・・

「恋さん? どうかされました?」

 はっ! やばい、ちょっと現実逃避してしまった!

「いいえ! すみません、何でもないんです」

 いけないいけない、気を引き締めないと。鈴さんはキョトンと不思議そうな顔をしていたけど、自分の中で何か納得したのか、再び話出した。

「恋さん、これはとても重要なことですわ。よく考えてみてください。なぜ彼らがこの社会に存在するのか? なぜ人間と全く同じ姿形をして生活しているのか? そしてそのことに、なぜ誰も違和感を感じないのか?」

「それは・・・・・・ なぜでしょう? すみません、分かりません」

 言われてみればそうだ。いくらなんでも、これだけ人間がたくさんいるのに、どうして誰も気づかないんだろう?

「そう、その『わかりません』が、答えなのですわ。誰も分からない。だからこそ、分かるものがありますわ」

「・・・・・・それは、なんですか?」

 うぅ、鈴さんの言っていることが難しいよぉ・・・ 私の脳みそってこんなにバカだったっけ? さっきから「わからない」しか答えられてない!

 でも、私の質問に対して、鈴さんは無慈悲にも首を横に振ったのだった。

「その答えは、恋さん自身で見つけるべきですわ。いいえ、恋さんだったら、もう気づいているかもしれない・・・・・・ ただ、その『気づき』があまりに自然すぎて、きっと理解されていないんでしょうね」

「あの、ヒントとか、ありませんか?」

「そうですわね、ヒントは、恋さん自身の中にある、とだけお答えしますわ」

「・・・・・・それだけですか?」

「それだけです」

 はぁ、思わずため息が零れた。ダメだ、全然分からない・・・・・・

「まず、今は、この後どうするかを考えましょう」

「そうですね、あの、鈴さん。ひとつ聞きたいことがあるんですけど、さっきのヒトに私が顔を描いた時、描いただけの口が動いたのって、見ました?」

 実は、店長と話をする前からずっと気になっていたことだった。

 気のせいだと思うんだけど、これだけはどうしても確認せずにはいられなかった。

 ・・・・・・気のせい、ですよね?

「見ましたわ」

「やっぱり!! そうですよね、絵の口が動きましたよね!! その時何か言葉が聞こえませんでした?!」

 良かった、やっぱり現実だったんだ! 最近夢想癖があるから、自分で自分のことが信じられなくなっていたんだけど、鈴さんも見たんだったら間違いない!

「あら? ごめんなさい。そこまでは分からなかったですわ。何て喋られたんですか?」

「あ、その・・・・・・ 私も聞いた、というより、聞こえた気がした程度なんですが・・・・・・ 『ありがとう』って・・・・・・」

「恋さん、なつかれてますわね!」

「えぇ!! 何ですか、それ? 犬や猫じゃあるまいし!! でも、いったいどういう意味なのか分からなくて・・・・・・」

「言葉のままの意味ですわ、きっと」

 そう言うと、何が可笑しいのか、クスクスと鈴さんは笑いだした。

 その笑顔を、どこか他人事のように感じながら、私も鈴さんと同じ想いを感じていた。何も理論付けた結果じゃないし、どう考えても論理が飛躍しているんだけど、それでもやっぱり、あのヒトは感謝の言葉を私に告げたんだと思う。

 だったら、やってみたいことがあった。

「あの、鈴さん。お願いがあるんですけど、今度そのあやとりで誰かを拘束したら、首を刎ねないで私にお話させてもらってもいいですか?」

「もちろん、いいですわよ。ただ、少し危険かもしれないですわね・・・・・・ ちょっと左手の小指を出してもらってもいいですか?」

 私は指切りげんまんをするような感じで、左手を鈴さんの目の前に差し出した。

 鈴さんは、先ほどの猫型ポーチからソーイングセットを取り出すと、赤い糸を選び、私の小指にミサンガのように括り付けた。

「あの? これは何でしょう?」

「赤い糸ですわ」

「あの・・・・・・ そういう意味じゃなくて・・・・・・」

「いやですわ、小指に付けた赤い糸と言ったら、運命の赤い糸に決まっているじゃないですか」

「えぇ!!」

「ふふっ、冗談です。これはお守りですわ。私の愛情と怨念がたっっっっぷり詰まっていますから、変なものから恋さんを守ってくれますわ」

「・・・すみません、嬉しいんですけど、出来れば愛情だけがつまったやつだと、もっと嬉しいかなぁ、なんて・・・」

 そんな風に言われると、赤い色が妙に毒々しく感じてしまうのだから、人間とは不思議なものだ。

 もっとも、鈴さんにこれ程の怨念を抱かせられる人がいたなら、それはそれでちょっと羨ましいかもしれない。

 鈴さんも、これだけ綺麗なんだから、やっぱり色々あったんだろうな・・・・・・

 こんなこと、鈴さんファンのご主人様には絶対に聞かせられない! って言うか、聞かれたら私が殺されちゃう!!

「恋さんは知りませんか? 愛憎は表裏一体なんです。片方だけだとご利益も薄まっちゃうんですわ」

 相変わらずの素敵な笑顔であるのは間違いないのに、同じ笑顔が今はどこか怖く感じてしまうのは、なぜ?!

 でも、なんかどこかでこの糸に見覚えがあるような・・・・・・

「ああ! この糸、前に私のボタンを縫ってくれたやつですね! 真っ赤で妙に違和感あるなぁとは思っていたんですけど、そういう意味だったんですね?」

「えぇ、ご利益があったでしょ?」

 はて? そうだったっけかな?

 思い出せない・・・・・・ 思い出せないんだけど、何だか嫌な記憶があったような気が・・・・・・

 まあ、いいや。思い出せないのなら、その程度の記憶だ! 他人の善意はありがたく頂戴しよう!

「えっと、よく分からないですけど、ありがとうございます」

「じゃあ、恋さん、ちょっとお待ちくださいね・・・・・・ あっ、そこの素敵なおじ様! 一緒にあやとりやりましょう・・・・・・」

 私が答えるよりも早く、鈴さんは通りを歩いている中年の男性に小走りして近寄ると、声をかけていた。

 ・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・

 しかし、なんだかなぁ・・・・・・

 うーん、やはり何度見てもこの光景は背徳感に溢れている・・・・・・


 私は思わずキョロキョロと、周りにおまわりさんがいないか確認してしまうのだった。


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