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3-3章

 そうだよ! 何であのヒトたちを殺さなくちゃいけないのよ?!

 ぽけーと立っている(個人的主観)鈴さんを置き去りにして、私は店長の元へズンズンと歩き出した。

 分からないことは山ほどあるけど、良く分からないことは、とりあえず後回しにしよう!

 今、確実に出来ることから一つずつ。

 それには、やっぱり店長にちゃんと聞かないといけない!

「店長! ちょっといいですか!」

「あ、ちょっと待って・・・・・・」

 勢いよくあけたドアの向こうに、まさに着替え真っ最中の店長のまばゆく輝く背中が見える!!

 そのむき出しの上半身には、見紛うことない、ピンクのブラが!!

「見たわねぇ!!」

「ひぃぃ、ごめんなさい!!」

 そこには、鬼がいた。いや、般若がいた!

「さあ、選択しなさい・・・・・・ 楽に死ぬのがいいか? 苦しんで死ぬのがいいか?」

「ご、ごめんなさい! 見てません、知りません、私の記憶は一切機能停止してますぅ!!!」

 すみません! 知りませんでした!! この世にこれほどオゾマシイものが存在していたなんて!!!

 店長は両手を胸の前で組んでブラを隠すと(隠せてない!!)、のっしのっしと音を立てて私に近寄り、大きく息を吸い込んで、吐き出した。

「ふぅぅ・・・・・・ まあ、冗談よ。忘れて」

「はいい!! 忘れます、忘れさせてください! っていうか、この記憶そのものを抹消させてください!!」

 店長の「冗談よ」が、いったい何を指しているのかは、この際考えないことにしよう。

 死ねと言ったことなのか、それともブラをしていたことなのか・・・・・・ どちらにしても、精神衛生上良くないことこの上ない・・・・・・

「で、どうしたの? まだお仕事終わらないでしょ」

 そうだった、肝心の来た目的を忘れていた。

「・・・・・・あの、その前に、店長、何か服を着ませんか?」

「あら、二十歳前後の娘にはちょっとばかし刺激が強かったかしら。ちょっと待ってて」

 ロッカーから取り出したのは、いつもの大きめな白のワイシャツだった。

 良かった、これでメイド服を取り出したら、私は今日でここのお仕事を止めていたかもしれない・・・・・・

 ってか、どうしよう・・・・・・ ブラの線が透けている・・・・・・

「お待たせ。それで?」

 はっ! やばいやばい、意識を現実に引き戻さねば!

 私は大きく息を吸い込むと、少し前のめりになって話しを切り出した。

「あの、改めてお聞きしたいんですけど、冥途メイドの仕事って何なんですか?」

「言わなかったかしら。一言で言えば、『正義の味方』よ」

「聞きました! でも、すみません、『正義』って何なんですか? あの顔の無いヒト達は何なんですか? あのヒト達を殺すのが正義なんですか?!」

 私はそこまでを一息でしゃべった。ちょっと息が荒い。

 対する店長は、恐ろしいほどに無表情のままだった。

「言ったでしょ。彼等はヒトじゃない。この世界にいるべき存在でもない。それを元いた場所に戻すのは、悪い事かしら?」

「詭弁です! 確かにあのヒト達は人間じゃないのかもしれない。けど、何にも悪いことしてないじゃないですか! それなのに、何で、あんな風にわざわざ正体をばらして、首をはねて・・・・・・ それに何の意味があるんですか!!」

「・・・・・・彼らは存在するだけで、害となるのよ」

「誰に対しての『害』なんですか! 少なくとも私は、気持ち悪いと思ったこと意外に、別に『害』と感じたことなんてありません!」

「気持ち悪いだけでも、十分害じゃない」

「ち、が、い、ます!! そんなんで害なんて言ったら、害じゃない生き物なんて存在しません! そんなの、単にいじめの思考方法と一緒じゃないですか!」

「・・・・・・これだから理系の頭でっかちは面倒臭いのよね」

「だから文系ですってば!! もう、そんな言葉でごまかさないでください!!」

 店長は相変わらず無表情のままだったけど、やがて、首を振ると、大きなため息をついた。

「質問すれば、必ず答えが返って来ると思うのは、ガキの証よ」

「ガキで結構です! なんで答えてくれないんですか? そんなに私に聞かせたくないんですか? これだけ色々関わったんです、私には聞く権利があると思います!!」

「恋さん、そんなに息せき切って話しかけられたら、店長だって口を挟むタイミングがありませんわ。少し冷静になられた方が良いですわ」

 いつの間にか、私の真後ろに鈴さんが立っていた。

 その表情には完璧なまでのアルカイックスマイルが浮かべられていて、私の行為をどう感じているのか、窺い知ることは出来なかった。

 沈黙が重い空気となって、部屋の中を満たす。

 だれも身じろぎひとつしない。誰かの呼吸する音だけが、やけに耳に響いていた・・・・・・

 その静寂を破ったのは、秒針がきっちり一周した時だった。

「ねえ、恋ちゃん。あなたは人間?」

「な、なんですか? 店長、いきなり変なことを言い出して。人間に決まってるじゃないですか」

「どうして決まってるの? 恋ちゃん、これは変なことじゃない、真面目に聞いているの。恋ちゃんは『何をもって自分を人間』だと思ったの?」

「そ、それは・・・・・・ でも、どう考えても人間じゃないですか!」

「そうよね、誰も意識して考えたりなんかしない。それがきっと、ほとんど全ての人の漠然とした想いなんだと思う。でも、逆に考えてみて。そんな人たちが、『自分は人間じゃない』と気づかされた時の心境を。疑うことすらしなかった、自分の存在意義の根幹全てが崩壊した時の、果てしない絶望を、理解できる?」

「・・・・・・」

 店長の顔が怖かった。

 さっきまでの無表情だった顔から、さらに一切の感情が抜け落ちている。ただ、目だけが冷たく私を見据え続けていた。

 思わず逃げ出したくなるほどの恐怖・・・・・・

 でも、なんでだろう? むしろ、その恐ろしさを滲み出している顔からは、店長が泣いているかのように感じられてならなかった・・・・・・

「恋ちゃん、これだけははっきりさせておくわね。私は別に彼らを『殺せ』と言っているわけじゃない。むしろ彼らを『生かしたい』と思っているの。でもね、この世界に、彼らの生は存在し得ないの。魚が陸の上で生きられないように、男がどんなにがんばっても本当の女にはなれないように、彼らはこの世界では幸せになれない・・・・・・」

「店長、ひとつ聞いてもいいですか?」

 今の言葉に、私は引っかかったものがあった。

「なにかしら?」

「店長は、男ですか? それとも女ですか?」

「さあ? 些細な問題ね」

「些細なんですか?」

「ええ、だって私は私ですもの」

 傲岸不遜に言い放った店長に、微塵の陰も感じ取れなかった。実際、言葉の通りなのだろう。

 もっとも、そう言えるようになるまでに、どれほどの経験と苦しみを潜り抜けてきたのかは想像も出来ないけど。ただ、そう言える店長になら、私にだって言えることがある。

「なら、あのヒトたちだって一緒じゃないですか! 何で赤の他人が勝手に彼らの幸せについて語らなくちゃいけないんですか! そんなの身勝手です。大きなお世話です!」

「そんなこと言って、じゃあ、恋ちゃんどうするの?」

「・・・・・・そ、それは・・・・・・」

「大丈夫ですわ、私がお手伝いしますから」

「鈴さん・・・・・・」

 言いよどんでいた私に、アルカイックスマイルではない、血の通った笑みを見せる鈴さんが、腕を絡めてきた。

「面白いわね、お手並み拝見ってところかしら? まあ、鈴ちゃんが一緒なら死ぬことも無いでしょ」

「て、店長、死ぬって何なんですか!!」

「ほらほら、休憩はおしまいですわ。行きましょう!」



 そのまま恋は、鈴にズルズルと引きずられてお店の外へと連れて行かれた。

 後に残ったのは、店長だけ。

 再び、静寂が部屋を支配する。

「あと、ひと月ね・・・・・・」

 ガランとなった部屋の中に漏れた店長のつぶやきは、誰に届くことも無く、静けさの闇の中に溶け込んでゆく。

「・・・・・・あなたは、何を望むのかしら?」


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