3-2章
「よろしくお願いしますわ」
鈴さんが優雅なお辞儀をしてくる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
返答する私も、思わず口調が改まってしまった。目と目が合うと、ニッコリと笑いかけられ、思わず照れてしまう。
リフレではよく一緒の時間にお仕事をしていたんだけど、鈴さんは見た目がとてもお嬢様っぽい。品が良いというのだろうか? フワフワのソバージュの髪は、とても細く、柔らかで、お辞儀と一緒にふわっと広がる感じは、まるでシャンプーのCMを見ているかのように、絵になっている。
「でも、恋さんもとうとう冥途さんになったんですね。ちょっと意外ですわ」
「そうですか? そうですよね・・・・・・ 私もそう思います」」
はて? 何で私はこんなことをやっているのだろう?
「でも、こういった慈善活動をされるのは、とても恋さんにあっている気がしますね」
「・・・・・・慈善活動ですか?」
「ええ、世のため、人のため、身を粉にして無償で働くなんて、誰にでも出来ることじゃありませんわ」
にこやかに微笑みながら言われた内容に、思わず恐縮しそうになって、でもその中に聞き逃せない単語が含まれているのに気づいた!
「あの、そんな大層な事はしてないですし、何よりちゃんとお金もらいますよ。っていうか、鈴さん、まさかボランティアでやってるんですか?」
「またまた、誰もお給料とかもらって無いですよ。恋さん、店長にだまされるんですわ」
いやですわ! と、コロコロと面白そうに笑う鈴さんを見て、私は冷や汗のようなモノが額から伝わり落ちる気分になっていた。
そうだよ、忘れてた! 私が冥途になったのって、すべてはお給料の為だった!!
まさか、店長にだまされてる?!
私の脳内で、店長がシナを作って「ごめんねぇ」と、罪悪感皆無の顔で謝る姿が、はっきりと再生される。
そう言えば、全部口約束だった! しまった、一生の不覚だ!!
「あ、でもお小遣いならちゃんともらえますから、大丈夫ですわ」
「はい?」
・・・・・・あの、いま、なんとおっしゃりましたか??
「えっと、その、お給料とお小遣いの違いって何ですか?」
「あら? そんなこともご存知ないのかしら? お給料はお仕事をしてもらう賃金で、お小遣いはお駄賃みたいなものですわ」
「・・・・・・ちなみに、鈴さんはお小遣いを店長からいくらもらってるんですか?」
「一回一万円くらいですわ」
「ああ、はい、分かりました。納得です」
そう言えば、昔、メイドバイト仲間から聞いたことがあったっけ。鈴さんは正真正銘のお嬢様だって。あれって比喩じゃなくて、そのままの意味だったのかも・・・・・・
私は遅まきながら、世界の真実の一端を垣間見た気がした。
「さあ、じゃあやりましょうか」
「あの、鈴さんもそこら辺の人を叩いてくんですか?」
自分で聞いておきながら、あまりにもイメージに合わない。なんとなくだけど、鈴さんはもっとポワポワしたイメージを持っている。実際に、私の言葉に鈴さんは不思議そうに小首を傾げた。
「何のことですか?」
「えっ? だって、私、琴ちゃんから、そういう風に教わったんですけど?」
「いやですわ、もう、恋さんったら冗談がうまいんだから! そんなことしたら、おまわりさんに捕まっちゃいますよ」
そう言って、心から面白そうに笑う鈴さん。そのあまりに純粋な笑顔に、私はお店の皆にだまされているような気がして来た・・・・・・
「これがありますわ」
「・・・・・・それって、あやとりですか?」
鈴さんが肩から掛けている猫型ポーチからゴソゴソと取り出したのは、真っ赤な紐が輪っかになったもの。
私の脳内では、それは「あやとり」と判断を下した。
「そうとも言いますわ」
「いえ・・・・・・ 他に何て言うんですか?」
「そうですわね? 輪っかとか、紐とか?」
あ、やっぱりそうなんですね・・・・・・
「あの、それでどうするんですか?」
とりあえず、一番の謎はそこだ。それに比べたら、その他の疑問なんて些末に過ぎないと判断した。何より、そうしないと話が先に進みそうもないし・・・・・・
「はい、ではちょっと、見ていて下さいね。あ、あの人が良いですわ。あのー、ちょっとすみません、いっしょにあやとりしましょう!」
「まんまですか?!!!」
私の心の叫びは届かないまま、目の前では鈴さんが淡々と道行く人に声をかけている。
なんだろう・・・・・・ ある意味、何かの新興宗教のように見えて仕方がない・・・
あ、30半ば位の男の人が、鈴さんに捕まった! あんなに怪しいのに、危険察知能力というか生存本能が欠けているのだろうか? いや、鈴さんほど可愛らしい女性なら、そのリスクなど関係無いと思えるような猛者なだけかもしれない。
しかしこうして傍から見ると、メイド姿の20前後の女性とサラリーマン風のおじさんが道端であやとりをするという行為は、全然違法じゃないんだけど、とても犯罪ちっくだ・・・・・・ 私が警察だったら、それだけできっと職務質問をしているに違いない。
と、鈴さんがあやとりをしていた男の人が、急に動きが止まった。
視線が定まらない。頭が小刻みに激しく揺れる。
苦しい、というより、むしろ戸惑ったような表情を浮かべている。明らかに挙動不審だ!
鈴さんはそんな男性の顔には目もくれず、あやとりをする手はそのままに、体をクルっと一回転させる。
あやとりに使っていた紐は、どうやったのか、そのままフワッと広がると男性を優しく包み込んだ。
「えぇっ?!」
真っ赤な紐が男性を包み込んだ時、目の前の男性は、ううん、「男性だったもの」は、よく分からない人型のモノに変貌していた・・・・・・
よく分からない、と言ったのは、顔に、目も、鼻も、口も無くなっていたから。
気が付けば、髪もサラサラと風に乗って抜け落ちていく・・・・・・
でも鈴さんは、そんな変化を眺めるでもなく、ただ淡々と、傍に立っているだけで動こうとしなかった。
「あの・・・・・・ それだけ、ですか?」
「恋さんは、どうしたら良いと思いますか?」
私の質問に、鈴さんは質問で返してきた。その瞳が、何故かとても真剣な光を帯びているように感じ、私は思わずドキっとする。
「どうしたら、というか、琴ちゃんなら、首を刎ねてましたけど・・・・・・」
「そう、琴さんならそうするのでしょうね。でも、正直に言いますと、私はどうするのが一番良いのか答えを出せないでいます・・・・・・」
鈴さんの表情は、本当に苦しそうだった。何故か分からないけど、見ている私まで、胸が苦しくなるような、悲痛な叫びが聞こえて来るかのように思えたほど・・・・・・
でも、その雰囲気とは裏腹に、両手から伸びた紐は、小さく円をすぼめ、もはや目の前のヒトであったものの首にぴったり密着するほどに小さくなっていた。
だから私は聞かずにはいられなかった。
「鈴さん、なんで、そんなに苦しそうなんですか?」
「だって、恋さん、聞こえませんか? このヒト達の悲しみの声が・・・・・・」
「悲しみ? ですか?」
悲しみ? ううん、その前に、鈴さんは「ヒト」って言った! 店長も琴ちゃんも「ヒト」と言うことは頑なに拒んでいたのに・・・・・・
「このヒト達、何も悪いことはしてないんですよ。ただ、普通に暮らしていただけ。それなのに、ちょっと他の人と違うからといって、何でその平穏な日常を奪われなければならないのでしょう?」
「でも、『ヒト』じゃないんですよね? それに、殺すわけじゃなくて、元の場所に戻すだけって聞きました!」
そう、確かにそう聞いた気がする。
「そんなのは関係ないですわ! ねえ、恋さん。もし恋さんが、実は日本人じゃなくて、外国生まれだったとして、『お前はみんなと同じ日本人じゃないから、この世界からいなくなれ!』って言われたら、どう思いますか?」
「そ、それくらいで差別するような人はいませんって。それに、この『ヒト』たちは人間じゃないんですから、やっぱりあてはまらないんじゃ・・・・・・」
「あら? 恋さんは意外と性善説を信じる方なんですね。じゃあ、そこにいる『にゃんこ』はどうなんです? 猫は人間じゃありませんわ。自分たちと違う存在を排除することに、何も問題などありませんわよね」
鈴さんの声に力が籠っている。
言おうとしている意味は分かっているつもりだけど、でも、いったい私に何を求めているんだろう・・・・・・?
当惑して何も言えない私に向かって、鈴さんは問いかけた。
「自分が他人と違うことが、一緒に生きることを拒否される理由になるのですか? 私達の社会って、そんなにも生き難い場所なんでしょうか?」
「・・・・・・ごめんなさい、私には分からないです。でも、昔から変わらない気がしますけど・・・・・・」
「本当に? 恋さん、他人やテレビとかネットとかに汚染された考え方じゃなくて、本当に自分の考えとして、そう言っています? 恋さんが生まれた時、まだ幼かった時、自分と違う存在を認めることが出来ました?」
脳裏に、私が幼い頃におじいちゃんの田舎へ行った時の、のどか、というよりむしろ何も無かった町の光景がフラッシュバックされた。でもそれは、「都会的なものが何も無かった」ことが嫌だったわけじゃない。
産まれてから、千葉とはいえ、そこそこ都会で過ごした私にとって、田舎の景気も、風土も、食べ物も、何から何までが新鮮で、物珍しくて、でもだからこそ、そのどれもが輝いていて、キラキラしていて、私はそんな『自分と違うモノ』たちが大好きだった。
そう、大好きだったはずだった・・・・・・
「気付かなければ、このヒトもきっといつまでも普通の人として暮らしていたはずですわ。でも、こうなったら、もう戻ることはできない・・・・・・ 今はちょっとした違和感しか感じていなかったとしても、やがてその小さな差が積り積もって、全てを破壊してしまいますわ。そう、本人の『あったはずの人格』さえも」
鈴さんの両腕が音も無くクロスされる。
その手の先端からは、赤い紐が握られたまま。
ゴトっ、という鈍い音とともに、『ヒト』だったものの首が地面に転げ落ちる。
「・・・・・・だから、そうなる前に、元いたはずの場所に還して差し上げるが、せめてもの、私たちに出来ることですわ・・・・・・ その、『元いた場所』がどんな場所なのかもわかりませんが・・・・・・」
首を切り離された存在は、服だけを残し、消えてゆく。
それはまさに、「死」ではなく、「消滅」だった。
彼らに家族はあったのだろうか? でも、少なくとも日常生活を送っていたのだったら、その生活基盤となるものがあるはずで、そこには、家もあれば、職場なり学校なりがあって、関わった仲間がいて・・・
そこまであれば、恋人や肉親がいてもおかしくは無い・・・・・・
「そんなの、かわいそうです・・・・・・」
私は思わず、そんな言葉をつぶやいていた。
正しいとか、正しくないとか、そんなことは分からない。だけど、もっと単純に、シンプルに、可愛そうだと思った。
一緒に存在することを許されない、それくらいだったら、人間社会という器の中にいる私達にとって、仕方のない気もする。でも、存在したことさえ許されないのなら?
このヒト達が生きてきた証は? 一緒に過ごしたはずの時間は? かかわった人達の想い出は?
それらが全て無かったことにされてしまうのは、やっぱり違うと思う!
私は、地面に転がった、卵のようにのっぺりとした、「頭だったはずのもの」に触れる。
その感触は、暖かくも無く、冷たくも無く、固そうなのに、でもとても脆そうな、不思議なものだった。
私は無意識にGペンを取り出すと、顔だったはずの部分に、目と、鼻を書き込む。
・・・・・・こんなんだったら、もっとちゃんと顔を見ておけば良かった。
ちがう、こんなに少女漫画みたいな顔じゃない。極々ふつうの感じだった。でも、普通ってどんなだっけ?
おそらくは、元の顔とは似ても似つかないんだろうけど、でも、せめてもの「存在した証」を残してあげたっていいじゃないか!
「・・・・・・恋さん」
「うん、できた!」
それでも私は、不格好ながらも顔を描き上げる。若干少女漫画っぽくなってしまったのは、許してほしい。
と、その口がいきなりパカっと開いた!!
「ひぃぃっ!!」
私は思わず手にしていた「頭部のようなモノ」を落としてしまう。
それは、地球の重力に逆らうことも無く、アスファルトの歩道にぶつかり、小さく跳ね、そのまま煙のように霧散してしまった・・・・・・
「恋さん、今のは?」
「・・・・・・」
鈴さんが隣で声をかけてきていたのに、私はまるっきり耳に入らなかった。
だって、聞こえたんだもの。
さっき開かれた口が、音もなく、声の形に動いていたことを・・・・・・
「あ、り、が、と、う」と。




