2-10章 下巻
それから一年の月日が過ぎた。
朝次郎は公には恋の付き人として、当人達の間では友人として、平穏な日々を送っていた。
お館様は、ほとんど屋敷にはいなかった。
月に一度、戻ってこれるかどうか? しかし、戻ってきた時は例外なく、体中から血の匂いをまき散らしていた。
果たしてそれは、殺した者達の返り血か? はたまた自分のものなのか・・・・・・
朝次郎には分からない。
ただ、日々の仰せつかった仕事をこなすだけだ。
朝次郎の仕事は多岐にわたる。しかし、一言で言ってしまえば、雑用全般だった。
決まった仕事は当然あるが、家人から命じられたことは全て行わなければならない。
それに文句などは無いのだが、ただ、恋と会える時間がほとんど取れないのだけが不満だった。
それでも、一週間に一度、就寝前に行われる「夢見の儀」の時間は、恋と言葉を交わせられる数少ない貴重な時間だった。
「夢見の儀」は、恋が十三歳になった時、ちょうど今から三か月前から始まった。
基本的に、この儀式には誰も付き添わない。
しかし、その準備をする役目として、朝次郎があてがわれていた。
「夢見の儀」は、窓ひとつ無い土蔵で行われる。
そこに神聖な薬草を燃やし、その香気を充満させる。窓の無い代わりに、天井には小さな煙抜きの穴があるが、換気もままならない内部は咽るほどの熱気と、焼け付く程の香りが立ち込める。儀を行うものは、その中で一晩を過ごさねばならない。
その準備をすべて任せられているのが、朝次郎だった。
いや、正確には、朝次郎に全て任せるよう、不在がちな兄の代わりに一族を取り仕切る白墓の叔父を説得したのは、他ならぬ恋だったのだが。朝次郎はそこまで知らない。
ただ、恋の大切なお役目を手伝えることが、その中でも重要な「夢見の儀」の仕度を一から十まで、それこそ儀式に使用する薬草を採取するのも朝次郎だった、が出来るのは、朝次郎にとってこの上ない喜びだった。
そのお役目の日は、春といえども肌寒さを感じる陽気だった。
恋と一緒に暗い土蔵の中に入り、ロウソクに火を灯す。
土蔵の閂は、内側から錠を閉める事は出来ないが、重しで開かなくする事は出来る。そうすれば、そこは、恋と朝次郎だけの空間だった。
本来ならば、神聖な薬草を、火事にならにように絶妙な火加減で燻し、朝次郎は出て行かねばならぬのだが、「絶妙な火加減」を維持させるには時間がかかる。
そういうことにしてある。
その、ほんの僅かな一刻が、二人にとって至上の時間だった。
「けど、いつも思うけど、恋は、よくこんな中で眠れるよね」
「まあね。でも慣れれば何とかなるよ。しばらくすると、暑くて頭がぼーっとしてくるから、いつも気付いたら寝ちゃってるんだ」
恋が苦笑しながら応える。
この頃には、こうしてお互いをタメ口で話せるようにまでなっていた。
恋がひたすらに、気を抜けば敬語を使ってしまう朝次郎を注意し続けた賜物と言って良い。
もっとも、二人だけの時、限定の秘密ではあったが。
「確かに、ぼくも少ししかいないのに、煙いし、暑くてクラクラしてくる。少し薬草の量が多過ぎたかな? 今からでも少し減らそうか?」
「そんなことをしたら、白墓の叔父上に叱れらちゃうよ」
そうおどけて応える恋の顔色は、朝次郎から見ても疲れの色が見えていた。
心無しか、頬もこけて見える。動作に、年齢にふさわしいだけの「キレ」を感じられない。
確かに体が弱くはあったが、ここまで弱々しかっただろうか?
記憶の中にある、以前の恋の姿を思い出そうとして、最近は朝次郎も「夢見の儀」以外ではほとんど恋と会えていない事実に気づき、愕然とする。
「ねぇ、恋、今日くらい、『夢見の儀』をサボらないか?」
「え? ダメだよ。お役目をサボることは出来ないよ。兄様が戻って来るまでに、少しでも成長した証を見せないと!」
取りつく島もない返答。
そうだ、自分の主人はそういう人間であることは朝次郎も良く知っている。
知っているからこそ、無理やりにでも休ませたかったのだ。その思いは、恋の身体の重たげな挙動の一つ一つを見るにつけ、どんどんと大きく、不吉な塊へと膨れ上がっていく。
どうやったら恋を説得出来るのだろうか・・・・・・?
そんな時、ふと、先ほど耳にした会話が脳裏によみがえる。
「そうだ、恋。今日はお館様が戻られるらしいよ! 会いに行かないかい?」
「兄様が?! 本当に!!」
喜びの声を上げる恋。先ほどと打って変わって、恋の心が揺れているのが手に取るように分かる。
本当のことを言えば、女中らが噂程度に話していたのを、偶然耳にしただけのこと。本当かどうかは判断の付けようがない。しかし、例え偽の情報だったとしても問題無かった。
ここから恋を抜け出させたい。そうして、こんな堅い土蔵ではなく、柔らかい布団でゆっくり体を休めて欲しい。ついでに、今日くらいは久しぶりに、恋とゆっくり一緒にいたい・・・・・・
それが、朝次郎の本心だった。
「この機会を逃したら、またすぐお館様は発たれてしまうよ。大丈夫、白墓の叔父様には決してばれないように、うまくやるから」
「兄様が・・・・・・ うん、そうだね。行こう!」
ついに恋は決心する。
言いつけられたお役目を放棄するなど、生まれて初めてのこと。しかし恋にとって、兄以上に大切な事など存在しなかった。
そうと決めた二人の行動は早かった。
そもそも土蔵は、屋敷から離れた所に立っている。抜け出すという行為が行われるなど想定もしていないため、周りを見守る人間もいない。明日、陽が昇る前までに戻ってくれば、誰にも気づかれることはないはずだ。
二人は土蔵を抜け出すと、朝次郎がいつも行うように、入口を外から閂を通す。
そのまま、屋敷の方向には直接向かわず、いったん屋敷から離れるようにして、兄が普段休みを取る離れに向かう道を選択した。
幸いなことに、今夜は満月。灯りを持たなくても行動に支障は無かった。
いったん、大きく屋敷の外へ回り込もうとして、二人はふと、どこからか笛の音が聞こえるのを感じた。
遠く、微かにだが、柔らかな春の風に乗り、確かな響きを奏でている。
「何だろう?」
「行ってみよう!」
不審に思う気持ちより、好奇心の方が勝った。
音は、屋敷から少し離れた小川の方から聞こえて来るようだった。
美しくも、どこかもの悲しい調べ・・・・・・ 恋はこの音色に聞き覚えがあった。
「兄様・・・・・・」
はたして、そこにいたのは、愛しい兄の姿だった。
小川の辺にある一本の古い桜の樹の下で、ひとり、樹の根元に座り、横笛を吹いている。
「お前たちか・・・・・・」
気付いた兄が、演奏を止める。
そこに、恋が全速力で走っていく。朝次郎は、その後を、ゆっくりと・・・・・・
「兄様! いつお戻りになられていたのですか?」
「どうした? 今日は『夢見の儀」の日だったはず?」
兄の胸に飛び込んだ恋を抱きしめつつ、疑問を呈する兄。
恋が声を出すより早く、朝次郎が答える。
「申し訳ございません、私がそそのかしました。恋様の体調がすぐれないご様子だったので、今日はお役目を休むべきだと具申させて頂きました」
「違います! 私が兄上に会いたくて、止めようとする朝次郎を押しのけて抜け出て来てしまいました。申し訳ございません」
だが、朝次郎の言葉が終わる前に、恋が口をはさむ。お互いに自分の責と譲ろうとしない。
「はははっ! そうかそうか。ならば俺は何も見なかったことにしよう」
そんな二人の変わらぬ仲の良さに、思わず笑ってしまう。
「朝次郎、変わらず恋に尽くしてくれて、いや、恋の友としていてくれて、感謝する。ありがとう」
「いえ、とんでもない! お礼を言うのは私の方です」
思いがけないお館様からの言葉に照れている姿は、年相応のものに感じた。
それは、一年前の状態を考えれば、奇跡だと思える。
あの頃の朝次郎は、他人を信じるということが出来なかった。
確かに恋達兄弟に忠誠は誓ってはいたが、それは信じたからではない。あくまでも救ってくれたことに対しての返礼。どれほど畏まろうとも、上辺だけのものだ。
しかし、今の朝次郎からは、はっきりと恋を人として信じている想いが伝わる。
最愛の者達を失い、裏切られ、ボロボロになりながらも「生」を選択した精神を、他人を信じられるまで回復させた二人の過ごしてきた時間を慮ると、涙が出る程嬉しかった。
少し、はにかみながらも、屈託のない笑顔を見せる二人の少年・・・・・・
しかし恋には、服の上からでも隠しようのないほど痩せこけているのが分かる。
滅多に会えないからこそ分かる変化。
おそらくは長い時間をかけ、ゆっくり、ゆっくりと変化していったのに違いない。
頬はこけ、手足は棒のように細くなり、かつて眩いほど光り輝いていた瞳は、濁りを帯びている・・・・・・
朝次郎が「それ」に気付けていないことに、言うべきことを言わねばならない時期が来てしまったことを痛感した。
「朝次郎、お前は『お役目』をどんなものだと思っている?」
「それはどういう意味でしょうか?」
疑問形になったのは、質問の意味が分からなかったからではない。お館様ともあろうものが、「なぜ今更そんなことを質問するのか?」その意図が分からなかったからだ。
「一族を、ひいてはこの世界を守るために、恋様のみに与えられた大切なお仕事です」
淀みない答え。それは一族皆の意識そのものだ。
だからこそ、歯がゆい! 血が逆流するような気分になる!!
その怒りの感情を発露することなく、朝次郎の背中にまとわりついていた小さい葉を手に取った。
「これが何だか分かるか?」
「はい、私が『夢見の儀』の為に、ご用意させて頂いている、神聖なる薬草の葉です」
「そう、『夢見の儀』で使われる薬草は麻の葉だ。古来より神聖なものとして一族に崇められているが、これはそんな素晴らしいものじゃない!! 燃やした煙を吸うことにより得られる幻覚、酩酊、至上の幸福感。それは夢見の力ととても相性が良いものだ・・・・・・ だが、あまりにも『夢見』に相性が良すぎる!!」
しかしどれだけ抑え付けようとも、心の深淵から発する怒りが完全に封じ込まれるはずがない。
言葉の端々から漏れ出す強烈な怒気。ただ、朝次郎は、お館様の怒る原因が分からなかった。
お役目の為に役立つのに、何がいけないのだ?
それが分かるからこそ、さらに怒りが増す。
「夢見の力は人間には余る力だ。『正しく律すれば』何とかなるのかもしれんが、麻の葉は『律することなく』、人を夢の中に誘う、引きずり込む。そこに己の意思は存在しない。強制的に、無理やり見せられる『夢見』の力は、虚弱な人の魂など、いとも容易く破壊してしまう・・・・・・」
いま、恋が見ている世界は、夢なのだろうか? それとも現なのだろうか?
ハッキリとやせ細っているのは、肉体が現実から遠のいている証拠。その虚ろな瞳は、はたして自分の意思通りの世界を見えているのだろうか?
夢見の本質は、その境界を無くすこと・・・・・・
しかし無くした後、本人が現に戻ってこれるかどうかは別問題だ。
「俺も外を知るまでは分からなかった。だが外では、麻の葉を使い、人間を獣のように変貌させる魔性の薬として扱っている国も存在する。本来夢見の力は女人のみに許されたもの。それを男である恋に使わそうとするならば、無茶なことを考える者もいるだろう。朝次郎よ、お前、白墓の叔父上に何か言われたのではないか?! だが、こんな葉で、俺の大切な恋を壊させはしない!」
ここに至って、初めて朝次郎は気付いた。
お館様の怒りは自分の不甲斐なさに対してだと思っていた。それは当然のことだ。かつて、「守る」と宣言し、恋に一番近くにいる自分が、実は何も「守れていない」のだから。
しかしそうではない。そうさせている一族を、それを知りながら止めさせる力の無い自分自身を、激しく怒っていたのだ。
「お館様! 申し訳ございません! この朝次郎の無知が為に、恋様を危険にさらしておりました!!」
「いや、お前を責めている訳では無い。俺も知らなかった。だがな、無知とは『してしまった』理由にはなろうとも、自分を正当化するものではない! 無知とは、恥ずべきものだ!! 責められるとすれば、俺も含めた一族全て! だが、白墓の叔父上は違う! 奴は全てを知っていて、恋にやらせている!!」
「・・・・・・私は、どうすれば良いのでしょうか?」
朝次郎はある時を境に、最初に申し付かった量の三倍もの麻の葉をいつも用意していた。
それは確かに白墓の叔父からの助言。ひとえに、恋を想ってのこと。思うような成果を出せず、悩む苦しむ恋に、少しでも、恋のお役目がうまく行く為の力になりたかったから。
だが、その無知なる行為がどれほど恋を傷つけていたか、朝次郎は己の心臓を小太刀で貫きたい衝動を抑えることが出来なかった・・・・・・
「今まで通り、恋の傍にいてくれ。麻の葉は、使い方さえ違わなければ、役となる面も大きいのも事実。大切なのは、恋が『お役目」として正しい道を歩き、そしてその道を我々が守ることだ!」
「私は、朝次郎、お前がいてくれないと、困る。一緒にいて欲しい・・・・・・」
恋が口を挟む。
だが、その言葉は弱々しい・・・・・・
恋とて阿呆ではない。自分でも薄々感じていた。感じながらも何も言えなかった。何も行動に移せなかった。その自覚が、恋の言葉から力を奪っていた。
しかし朝次郎は知っている。理解している。その恋の想いの根源は、我々に対する気遣いだ。
自分が一族にとって反逆に近い行動をとった時、敬愛する兄に、親友である朝次郎に、迷惑を掛けないための、気高い意志だ!
ならば朝次郎の返答は決まっている!
「承知仕りました。ただし、私は自分の不肖を許せない・・・・・・ この朝次郎、恋様より頂いた大切なお名前ですが、今後は『麻次郎』と改名し、常に己の戒めとして、今まで以上に恋様の為に、粉骨砕身、力の限りお守りすることを誓います!」
言われた言葉を思い出す。
無知は恥だ。もう二度と、自分の無知を言い訳にはするまい。そうやって大切なものを失うのは、もう二度とごめんだ!!
風が吹く。
満開の桜の花びらが舞い、三人を包み、そのまま夜の闇へと舞い散って行く・・・・・・
「そうか、ならば俺もこの桜の大樹に誓おう」
そう言うと、腰から小太刀を抜き、己の手首に浅く傷をつける。
太い血管を切ったからであろうか、浅い傷に反して、大量の血が桜の樹の根元へと零れ落ちる。
「この桜の大樹は、千年の昔より生きながらえていると聞く。そしておそらく、今後の千年も生き続けるのであろう・・・・・・ ならば、我が血に載せた誓いを、その記憶として刻み付けるがいい! 我ら三人、一族の為でも、己の為でも無く、ただその絆の為に、未来永劫お互いを守り続けることを!」
一際大きな風が、桜吹雪を舞い上げる・・・・・・
古来より、桜の紅は、人の血を吸った証だと言われている・・・・・・
ならばこの大樹は、どれほどの人の生を知り抜いているのか・・・・・・
どんな存在になろうとも、守りたいものがある、守らねばならぬものがある・・・・・・
その為ならば、この命すら、惜しくない。
・・・・・・
・・・
目が覚めた時、華恋は部屋のベッドに一人で寝ていた。
頭がクラクラする。体中が、変な筋肉痛にでもなったかのように、ギスギスした痛みを持っている。
無性に喉の渇きを覚え、机の上に置いてあるジュースを飲むと、その横にメモが置いてあるのに気付いた。
「血で汚れちゃったので、シャワー借りるね!」
やっぱりさっき有ったことは夢じゃなかったのか?
よくよく見たら、私の体も酷い有様だ。
とりあえず、散らかった部屋を片付けようと見渡すと、まみぴょんが持って来た、我らが同人誌の見本が目に入った。
そうだった。最初の目的をすっかり忘れていた・・・
いつも二人で一緒に原案を考えているからこそ、まみぴょんが一人で考えたストーリーがずっと気になっていた。
まみぴょんいないけど、先に見させてもらおうっと。
開いて目に入ったのは、ラフな絵だった。
ううん、最初から最後まで、全部ラフ。
まみぴょん、やっぱり時間が無かったんだろうか?
ストーリーは、ガチガチのBLというよりは、むしろ友情物語・・・
十代半ばくらいの身寄りの無い病弱な少年が、記憶を失くした少年と出逢い、仲良くなり、友情を深めていくお話・・・・・・
二人は、永遠の友情を誓って、でもその約束は守られることが無い・・・・・・
身寄りの無かった少年が、兄弟が生きていることを知り、二人で必死になって兄の居場所を探し見つけた時、しかし、ただでさえ病弱だった少年はその為に寿命を縮めてしまう。
最後に生き別れた兄と出逢えて、ホッとしてしまった少年は、そのまま天へと召されてしまう。
後に残ったのは、記憶を失くした少年、ただ一人・・・・・・
そこで終わっていた
私は、知らないうちに、涙を流していた。
感動とかじゃない・・・・・・
ただ、胸が痛かった・・・・・・
大きな石が乗っかって、押しつぶされそうなほど、痛かった・・・・・・
自然とつぶやきが漏れる。
「こんなの、可愛そうだよ・・・・・・」
「可愛そうと思うから、可愛そうなんだよ。本人は、そんなことを望んではいないさ」
・・・・・・まみぴょん?!
振り向くと、いつの間にかドアが開いていて、シャワー上がりでバスタオルを纏っただけのまみぴょんが立っていた。
一瞬分からなかったのは、メガネをしていなかったからだ。
そういえば、さっき壊れたんだっけ?
でも、私はその顔を見て、心臓がドキドキと大きな鼓動を打つのを感じていた。
なに? なに? なんなの?
そのスッピンの顔に見覚えがある! ううん、当然まみぴょんなんだから知っているのは当たり前なんだけど、そういうことじゃなくて・・・・・・
「きっと、残された少年はこう思ったはずさ。『大切な親友の想いを遂げられて、満足だった』って。それと、『例え生まれ変わってでも、必ずまた、この大切な親友と逢って、今度こそは必ず守り通す』って」
その声に、別の声がダブって聞こえる・・・・・・
私に向かって歩き出したまみぴょんの、巻いていたバスタオルが落ちる。
その下には何も付けていなかった。
女子大生としては、「ささやかな」主張をしているバストは、どこか少年を連想させる。
一糸纏わぬ、少年のような綺麗な肢体・・・・・・
私はその胸から目が離せなかった。
白い肌は湯上りで桜色に染め上がり、左乳房の下に、一本の傷痕をクッキリと浮かび上がらせている。
記憶が交錯する
何も覚えていないのに、体が勝手に反応する
「麻美、ぴょん? ・・・・・・麻、美? ・・・・・・麻?」
何で忘れていたのだろう? 何で思い出せなかったのだろう!
こんなに大切だったのに!!
大切にしたいとずっと思っていたのに!!!
「・・・・・・麻、次郎?」
何も記憶が無いのに、想いだけが溢れかえる。
「恋、久しぶり!」
その笑顔に、時が、場所が交錯し、何かが頭の中でガチャンと音を立てて噛み合った!!
私は素っ裸の麻美に向かって、全力で思いっきり抱きしめたのだった。
「・・・・・・ごめんね!!」