2-7章
・・・・・・
・・・
「・・・・・・恋様、恋様!」
「うん? どうしたんだい?」
「あのー、これ、どうぞ。お体にとっても良いと聞きましたので・・・・・・」
差し出された少年の小さな手の平の中に、岩のようにゴツゴツした大きな黒いキノコが載っていた。
しかし恋は、キノコの隙間から覗く、開かれた手の方に目がいく。それを目の前の少年に悟られまいと、恋は言葉を紡いだ。
「これは霊芝だね。でも、ここら辺では山奥まで行かないと生えていないはずだ。大変だったろう」
「いいえ、全然です! 偶然、沢を歩いていたら生えていたので、恋様のお体に良いかなと思って・・・・・・」
恋は少年の言葉に、やさしく微笑んだ。
手の平には、普段見ない無数の傷跡が付いている。きっと、服の下にはその何倍もの傷が出来ているのに違いない。
自分よりも五つ若い、付き人でもある少年だ。
三年前、親を戦で無くし、ボロボロになっていたのを、兄様が文字通り拾ってきた。
恋が初めて逢った時には、すでにこの少年は死の淵に半分以上体を呑まれている状態だった。
かかり付けの医者は、もって三日と宣告した。
それを恋は納得出来なかった。
瀕死の少年には、それでもなお、生きる意志が残っている。それを何もせずに踏みにじる事は、生きる目的を見失いかけている恋にとって、到底許容出来るものでは無かった。
気を許せる友も無く、ただ、家人の監視と逃れ得ぬお役目の中にあった恋は、周囲の声を無視し、懸命の治療と看病を施し、回復した後は己の友人として、付き人の名目で近くに置くようになった、そんな関係だ。
普段見慣れぬ傷跡を見ただけで容易に読み取れてしまう。
これは、そこら辺に転がっているようなキノコではない。
十歳の幼さで、どれだけの無理をして、このキノコを採ってきたのか、想像に難くなかった。
しかし、だからこそ恋は微笑んだ。
彼が望んでいるのは謝罪じゃない。同情でもない。ただ、恋の喜ぶ姿だと、よく理解していたから。
ひょっとしたら、それは、自分の思考方法に、この年下の親友が毒されてしまったのかもしれない・・・ そんな負い目を、恋は微かに感じていたからかもしれない。
なぜなら、恋の敬愛する兄上にだったら、同じ立場ならきっと恋も同じ行動を取っていただろうから。
「ありがとう、いただくよ」
「よかった! 霊芝はお茶として煮出すと良いと聞きました! ちょっと待ってて下さい!」
恋からの感謝の言葉に、弾むような動きで、台所へ向かおうとするのを、恋は、しかし、どこか冷めた目で見ていた。
「ところで、よく霊芝なんて知ってたね。誰かから教えてもらったのかい?」
「はい! 実は白墓のおじ様から教えていただいたんです。恋様の体にとても良く効くということで・・・・・・ あっ、でも、内緒にしてくれって言われていたんです。普段恋様と仲が良くないのに、恥ずかしいって。ですから、恋さまも私が言ったって内緒にしておいてください!」
「ははっ、そんな正直に言われたら断れないなぁ。大丈夫、白墓のおじ様には内緒にしておくよ」
「ありがとうございます!」
元気良い返事を残して、少年は台所へ駆けて行った。
しかし恋は知っていた。このキノコは万病に効くと言われる霊芝ではない。
とても良く似ているが、別ものだ。あまり知られていないことだが、このキノコには微量だが毒がある。
一口、二口くらいでどうなるというものではないが、食し続けると、思考が鈍り、判断力が低下し、やがては自分の意思をもてなくなるという。恋が屋敷で見た文献によると、一年食し続けた者の脳みそが、拳大まで萎縮していていたとの記載がある。
(白墓の叔父上、そうまでして私のことを滅っそうとしているのですか・・・・・・)
そこに浮かぶのは、怒りではない。ただ、ひたすらに悲しみだけが心に募る・・・・・・
だが・・・・・・
「恋さま、出来ました!」
疾風のような速さで戻ってきた少年のお盆の上には、先ほどのキノコを煎じたお茶が載っていた。
「ありがとう、いただくよ・・・・・・」
そう、この愛する友人が「自の為に」必死になって採って来てくれたという時点で、恋には「断る」という選択は無かったのだ。
例えそれが毒であろうとも。
それが、恋が生まれて最初でおそらく最後であろう唯一の友に対する、恋の誠意であり、矜持であり、生き様だった。
微塵の躊躇いも見せず、湯呑みを飲み干す。胃の腑に熱い湯と共に、痺れるような苦味が広がる。
「あの・・・・・・ どうでしょうか?」
「ああ、よく効くな・・・・・・ 体の痛みが和らいでいくようだ」
その言葉に嘘は無い。
このキノコはそうやって体の感覚を鈍らせて行くのだ。しかし、そんなことはどうでも良かった。
「ああ、良かった! 早くお元気になって下さいね!」
そう言って無邪気に喜ぶ大切な友人の笑顔を守る為なら、この命すら惜しく無い。
「そうだね、xxxxxx、早く治して、また遊ばないとね・・・・・・」
・・・・・・
あれ?
この少年の名前が出て来ない・・・・・・
何故だ、何故だ!
恋の心が絶叫を上げる。が、その声は音を形作る事無く、ただ、心の中で悲鳴を上げ続ける・・・・・・
「恋様! 大好きです。絶対に私より早く死なないで下さいね・・・・・・」
少年の最後の声が、覚醒する意識の片隅で、微かに届いたのを、恋は、どこか他人事のように感じた。
「すまない・・・・・・」
だから何故謝罪の言葉が脳裏に浮かんで来たのか、確かめようも無かった。
心のどこかが、この約束が決して守られないであろう事を、誰も聞こえない場所で、寂しく叫んでいた。
・・・・・・
・・・
「・・・・・・次は、終点、千葉~ 千葉~」
えっ!
遠くから聞こえる電車のアナウンスに、私は飛び起きた。
すかさず窓の外を見るが、見慣れない風景が飛び込んでくる。
やっば、寝過ごした!
・・・・・・
・・・・・・?
あれ?
うーん、何か大切なことを考えていた気がしたんだけど・・・・・・ 何だったっけ?
慌てて起きた反動で、完全に脳みそからはじき出されてしまった・・・・・・
思い出せない。
まあ、夢なんてそんなものだ。
私はとりあえず、総武線の終点である千葉駅まで行って、降りることなく、折り返しで戻るのを、ぼけーと待っていた。
そこに、何だか見慣れたものが目に入ってきた。
「あれ? 恋くんじゃないか! こんな所でどうしたんだい?」
「あぁ! まみぴょん!! って、まみぴょんこそ、なんでこんな所にいるの?」
「私は、ほら、原稿を製本してもらいに出しに行ってきた帰りだけど・・・・・・ 恋くん、今日は秋葉原でバイトだよね。ははーん、寝過ごしたとみた!」
「ううっ! なぜ私の秘密を見破ったのだ!! さては禁断の魔法を使ったな、魔王め!!」
「ははははは、貴様の行動原理を推測するなど、魔法を使うまでもないわ! この無添加百パーセント果汁娘めぇ!」
「な、何よ、その無添加百パーセントって!」
「ほら、『天然』でしょ」
「・・・・・・山田く~ん、座布団全部持っていっちゃって!!」
相変わらずのノリの良さに、どちらからともなく笑いだしてしまう。
うーん、こんな気の置けない感じは、やっぱり最愛なる悪友だ。どんなに疲れていても、なんか元気になる。
ひとしきり笑った後、不意に真面目な顔になって、まみぴょんは尋ねてきた。
「・・・・・・でも、いくら疲れていても、恋くんが寝過ごすなんて珍しいね。風邪とか? 体調大丈夫かい?」
「ううん、そんなの全然無いから。大丈夫だよ! ちょっとバイト先の仕事内容が変わって、慣れないことやったから疲れちゃったんだ・・・・・・ それより、やっと製本に出したんだね」
「『やっと』じゃないよ! 『やっと』になるまで追い込んだのはどこの誰かね!」
うぅ、墓穴を掘ってしまった。
「ははー、ワタクシめのせいでございます。申し開きもございません・・・・・・ で、結局まみぴょんは何を描いたの?」
そう、実は今回、お互いに別のものを描くことにしたのだった。
もちろん、テーマは決めている。
ううん、決まらなかったから決めたと言った方が正しいかもしれない。
お互い、BLを描くことは一致している。そんなのイマサラ確認するまでもない。
でも今回に限って、その先が異なってしまった。まみぴょんは、「美しくも悲しい結末」を希望し、私は、「苦しくも幸せなハッピーエンド」を望んだ。
その意見は、最後まで歩み寄ることが出来ず、最終的な妥協点として、お互い別々に描こうとなったのだ。
「ふっふっふっ、まだ内緒だよ。製本が出来上がるのを楽しみに待ちたまえ」
「えぇー、なんでぇ? ケチ!! その手に持っているの、そうじゃないの?!」
私はまみぴょんの手に持っているトートバックを掴もうと、体を乗り出した。
「まだ、だーめ! って、恋くん、変わったファッションしているね?」
「うん? 何が?」
「ほら、ここの所。このボタンだけ、真っ赤な糸で縫いつけられているよ」
「あれ? ホントだ! こんなんだったっけ・・・・・・?」
確かに、上着の第二ボタンだけ、真紅の糸で縫いつけられている。
自分では見えにくい場所にあるので気付かなかったけど、他のボタンが白い糸で縫われているだけに、いったん気付くと気になってしょうがない。
「もう、ほら。ちょっと胸貸して!」
「ちょっ、何? 胸貸してって!!」
「いいからウダウダ言わない! ほら、ジッとしている!!」
まみぴょんはバックから小さなポーチを取り出すと、その中から可愛らしいソーイングセットが出てきた。
小さなはさみで赤い糸をチョキンと切ると、着たままの状態にもかかわらず、器用にボタンを縫い始めた。
「ちょっと、まみぴょん、胸さわらないでよ!」
「ぐへへへ、良いではないか良いではないか・・・・・・」
「お代官様、ご勘弁を~!」
「ええい! 暴れるな!! こんな貧そうなモノはおっぱいではないわ! って、ちょっと、本気でバタバタしないの! 危ないったら!! こらっ!!! いい加減、ジッとしてないとおっぱい刺すよ!!!」
びっくりするほどの大声に、周りにいた人達がいっせいにこちらを向いた。
まずい、まみぴょんの目がマジだ。
しかもそれ以上に、周囲の視線が痛い。痛すぎる・・・・・・
「・・・・・・すみません、ちょっとふざけ過ぎました。ジッとしてるから、刺さないで・・・・・・」
「分かればよろしい・・・・・・ はい、出来た!」
「ありがとう! って、まみぴょん、これ糸が黒だよ!」
「許してくれたまえ。ちょうど白い糸がなくてね。まあ、赤糸より黒糸の方が目立たないでしょ?」
てへっ、とブリッコポーズを取るまみぴょん。
ハッキリ言おう、君にそのポーズは似合わない・・・・・・
「ってか、赤も黒も変わらんわ!!」
「ごめん!!」
いやはや、謝り方が男らしい。
まったく、まみぴょんたら、相変わらずなんだから・・・・・・
バカなやり取りをする二人を乗せ、電車が動き出す。
空けられた窓から、秋の風が入り込み、車内を包み込む。
切り捨てられた赤い糸の切れ端が、所在無さげに風に揺れ、そのままどこかへと飛んで行った・・・・・・




