2-4章
「一緒にお仕事をするのは初めてなのですね。よろしくお願いしますなのです」
「あっ、こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
琴さんが、ペコリとお辞儀をしてくれた。あわてて私もお辞儀返したんだけど、
(うわぁ、こうして近くで見ると、本当にお人形さんみたい・・・・・・)
正直に白状しよう、私は思わず見とれてしまっていた。
身長は150センチも無いんだと思う。
実際の年齢を聞いたことはないんだけど、見た目だけだったら小学校高学年くらいにしか見えない。
ちょっとでも強く抱きしめたら、壊れてしまうんじゃないかって思うほど細い体。でも、何て言うんだろう、私はこんなに整った顔立ちをした女性を見たことが無い。
お辞儀から上げた顔を、サラサラと音が聞こえるかのように、腰まで届くフワフワの髪が流れ落ちる。
おっきな二重まぶたの瞳、松葉のように長いまつ毛、小さな鼻、薄い唇。まるで神様のイタズラのような絶妙な配置で「ちょこん」と配置されたその顔は、ロリータ感満載ながら、匂い立つほどのコケティッシュな魅力を放っている。
そう、この琴さんこそ、ここメイドリフレ店「もみもみめいど」でナンバーワン指名を誇る、スーパーメイドさんなのだ。
あんまりにも可愛らしくて、内心ではいつも「琴ちゃん」などと呼んでいるものの、メイド歴だけでは無く、きっと人生でも大先輩なのは間違いない。
思わず緊張に体がコワバル。
絶対に失礼な態度をとってはいけない。
基本的に土日しか入らない私とは、あまり接点が無いこともあるんだけど、お店の入り口に張ってあるメイドさん紹介のコルクボードには、指名率トップとして一番上に燦然と琴さんの写真が貼られているのだ。
メイド指名の予約表には、琴さんだけ常に、予約可能な二週間先までビッシリご主人様の名前で埋め尽くされている。
お店がオープンしてからの15分間は、琴さんの予約電話の応対をするのが、「もみもみめいど」の毎日の日課となっているという、超有名人!
当然、チラシ配りなんかで外に出ることも無いし、ご主人様の入れ替わるタイミングで、チョコっと顔を見ることくらいしか会う機会はなかったんだけど、このお店の関係者で、琴さんを知らない人がいたら、これはモグリだと断言できる!
例えば店長の顔が、生理的拒否感で脳みそから記憶が飛ぶことがあっても、この人の愛くるしい顔は一回見たら絶対忘れない、いや忘れたくない!! 脳みそが記憶を手放すことを本能的に拒否してしまう。
そんな、「もみもみめいど」のスーパーアイドルにして、隠れマスコットキャラ的存在。それがこの琴さんなのだ。
「初めてお話すると、なんだかちょっと緊張しちゃいますねです」
顔をチョコンと傾けて、てへっ、っと舌をチョロっと出しながら、琴さんははにかんだ笑みを見せる。
うわぁぁあ、カワイイよぉ!!
しかもさりげなく私のことをフォローしてくれてる。こんな気配り出来たら、世のご主人様もお姉さまもイチコロに違いない。
「あ、はい、いえ、いいえ? 私こそ、全然不慣れで初めてなので、すみませんですです・・・・・・」
やばい、緊張して琴さんの口調が移ってしまった。
「うふっ、ごめんなさいなのです。私が変なしゃべり方しているから、恋ちゃんにもうつらせちゃいましたねです。ほら、私ってあんまり特徴がないじゃないですか。ご主人様に覚えてもらうように、色々しゃべり方変えていたら、このしゃべり方が直らなくなっちゃったんです」
「!!! 絶対うそだぁ!!! 琴ちゃんが特徴無いなんて言ったら、世界中の98パーセントの人間は無個性になっちゃいますよぉ!!」
「・・・・・・ありがとうございますです。恋ちゃんは、やっぱり優しいですね」
「・・・・・・」
私は思いっきり赤面しているに違いなかった。
一瞬戸惑いの表情から、再び微笑を浮かべてお礼を言う琴さんの背景に、脳内補正で勝手に薔薇の花びら満開のスクリーントーンが貼られている。
誰かが言っていた。「可愛いは正義!」だ。
また誰かが言っていた。「女の子の笑顔は、その破壊力で決まる!」と。
その論理思考で言えば、琴さんは間違いなく世界最強の女の子で決定だ!
世界女の子選手権があれば、絶対優勝するだろう!
ミスコン? あんなスタイルやらプロポーションやらを求められるコンテストとは訳が違う!
圧倒的な「可愛い」の前には、胸の大きさなど無意味だと、私は断固として主張したい!!!
そうだ! 胸なんか最低限あればいいんだもんね!! って、ちがうちがう!!!
「すみません、琴さん、何にも分からないんですけど、一生懸命がんばりますから!」
「琴ちゃん、です」
琴さんは右手の人差し指を立てると、私の唇の前に、そっと、触れるか触れないほどの柔らかさで、口止めをする。
「さっき、呼んでくれましたよね、『琴ちゃん』って。私みたいな若輩者に敬語はいらないのですよ。ね、恋ちゃん」
この瞬間、この世界にまた一人、琴さん信者が増えたのだった。
あぁぁ!! かわいすぎる!!! お持ち帰りしたいよぉ!!!!
「は、はい。よろしくお願いします・・・ 琴ちゃん」
その時見せた笑みは、薔薇ではなく、真夏の太陽の下に咲く向日葵のようだった。
「じゃあ、ちょっとこちらについて来て下さいなのです」
琴さんが入口の方に歩き出す。
私はその三歩後ろを、並々ならぬ気合いを入れて付いていく。いったい、どんなお仕事が待っているのだろうか?
「はい、じゃあ、これを持って下さいなのです」
「あの・・・・・・ 私の記憶が確かならば、それは『ほうき』と『ちり取り』なるもののような気がするんですが・・・・・・」
琴ちゃんの手に握られている物を見て、私は質問せずにはいられなかった。
「えっと、あの、確認させてもらいたいのですけど、お掃除ですか?」
「はい、そうなのです」
またそんなユリの花のような笑顔を浮かべるんだから・・・・・・
「あら、お掃除はとても大切なのですよ。きれいにするのは、メイドさんとしての基本なのです」
「それは理解出来ますけど・・・・・・ 結構気合い入れて決意してたんで、ちょっと拍子抜けしたっていうか・・・・・・」
「じゃあ、一緒にお掃除するのです」
さすが、出来るオンナは自分のペースを崩さない。全然そうと見えないのに、実は強引に話を進めるところは、きっと私も見習うべきなのだろう。
「でも、そんなにゴミ落ちてないですね」
そう、まだ時間が早いこともあるかもしれないけど、思っていた以上にお店の前の歩道はきれいだった。
「ねえ、琴ちゃん。そっちは・・・・・・ ひぃ!!」
何?! 琴ちゃんがいきなり歩いている人の頭を扇子みたいなので叩いている!!
ああぁ! 叩かれた男の人が怒って琴ちゃんを殴りかかろうとしている!!!
「だめぇ!! 琴ちゃん!!!」
「はい?」
その瞬間、琴ちゃんの持っていた扇子が開かれると、舞を踊るかのようにクルリと回転する。
一陣の美しい残像が虚空に線を引く。
その動線をなぞるかのように、スパッと男の人の首が体から離れた。
えっ?! 離れた!!
「恋ちゃん、ゴミが出来たので、片づけてくださいなのです」
「ちょ、ちょっと、琴ちゃん! ひ、人殺ししちゃってるよぉ!!」
ドサッと男の人の体が地面に崩れ落ちる。
私の足がガクガク震える。ヤバイ、私は見てはいけないものを見てしまった・・・・・・
「何がですです?」
「何がって・・・・・・ あれ?」
あれ? さっきまで男の人が倒れていたと思ったのに、気付いたら男性物の服が落ちているだけだった。
そうだ、考えてみれば、首が飛んだのに、私一滴も血を見ていない・・・・・・
「恋ちゃんは、さっきの光景、何に見えました?」
「・・・・・・琴ちゃんが、無差別殺人しているように見えました・・・・・・」
私は思ったままを、正直に話す。
それを琴ちゃんは嫌な顔一つせず、ニコニコと聞いていた。
ちなみに、美女が笑顔で人を殺す光景が、ちょっとだけカッコイイと思ってしまったのは内緒だ。
あくまでもほんのチョットだけだよ、ほんと、消費税くらい? って、地味に大きいじゃん!
「あれは人じゃないのです。現実に存在し得ない存在。恋ちゃん、気づきませんでしたです? あの人の体と影がちょっぴりズレてましたのです」
「・・・・・・すみません。全然気づきませんでした」
というより、そもそもさっき、男の人がいたことすら気づいてなかった。
・・・・・・正直に話すと怒られそうだから黙っておこう。
それより・・・・・・
「あの、ひょっとしてお掃除って・・・・・・ これ、ですか?」
「はいです。これが冥途のお仕事なのです」
「・・・とりあえず、善処してみます」
そう言えば店長、危険手当が付くって言ってたっけ・・・・・・
OKの返事するの、早まったかもしれない・・・・・・
「恋ちゃん、がんばりましょうねです」
この時の琴ちゃんの笑顔が、どこか小悪魔めいて見えたのは、きっと私の目の錯覚に違いない・・・・・・




