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2-3章

 一週間後の土曜日、私はいつもよりも一時間早く、バイト先のメイドリフレ店に出社していた。

 ここに来るのは、実に三週間ぶりになる。

 あれから、体調を崩して一週間休み、その後同人誌作成の為に二週間お休みを頂いていたのだ。

 ここは半月毎にシフトを出すシステムなので、久しぶりに出社する前に店長に確認の電話を入れたら、いつもより一時間早く出勤するように言われたのだった。

 休んでいるうちに、秋葉原の街もすっかり秋めいてきていて、秋晴れの空の下、肌に触る風が心地よかった。


「おはようございまーす!」

 時間はお昼の十二時ちょうど。お店の中は不気味な程の静寂に包まれていた。お店は普段、午後二時開店で、一時間前から準備にかかるので、こんなに早く来たのは最初の研修以来だ。

 しばらく待つと、奥から店長が姿を現した。

「おひさしぶり、恋ちゃん。あれから体調はどう? なんだか少し痩せたんじゃない? ご飯食べてる? 夜はちゃんと寝ないと美容の大敵よ! まだ若いんだからって油断していると十年後に痛い目合うから」

「あ、あはは。店長は変わらないですね・・・・・・」

 久しぶりだったけど、やっぱり店長は相変わらずだった。でも、なんだろ? 見慣れた景色に、どこか違和感を感じる。

「そんなこと無いわよぉ。ここん所忙しくってねぇ。もうバタバタしっぱなしでお肌の手入れは出来ないわ、変な生傷は絶えないわ、この子たちの面倒もあんまり見れなくて可愛そうなことさせちゃってるし、ねぇ・・・・・・」

「そういえば、フィギュアの数が、また増えましたね・・・・・・」

 棚にあるセーラー服を着た魔法少女フィギュアの手をニパニパと動かす店長を見て、さっきから感じていた違和感の正体がやっと分かった。

 もともと受付の所に置いてあったフィギュアの数はたくさんあったんだけど、昔はまだきちんと整列されていた気がする。今日、久しぶりに見たそれは、確かに整列されていると言えばされているんだけど、何ていうか、まるで通勤時間帯の山手線みたいな感じに、お互いがおしくらまんじゅうしている。

 店長は意外と(?)きれい好きなのを良く知っているので、シフトに穴をあけて忙しくさせてしまった自分に、ちょっぴり罪悪感を覚えてしまった。

「長くお休みもらっちゃってすみませんでした。あの、それで今日は早く出勤して、何をするんですか?」

「ああ、そうなのよね。ねえ、恋ちゃん。実は恋ちゃんに伝えなきゃいけないことがいくつかあるんだけど、とっても良い話と、ちょっと良い話と、少し悪い話、どれから聞きたい?」

「え? 何なんですか、その謎かけみたいなの・・・・・・」

 店長が至ってまじめな顔で尋ねてきた。

 うーん、こういうのは悪いのから聞いた方が良いよね? でも良い話が二つあるのも引っかかるし・・・・・・

「じゃあ、『ちょっと良い話』からお願いします」

 とりあえず、優柔不断な日本人らしく、真ん中を選んでみた。こんな時に思わず、日本人のDNAを感じてしまうのは、何かのマスコミ広告に毒されている証拠だろうか? と、どうでも良いことを考えてしまう。

「そう。あのね、だいぶ経っちゃったけど、前のシフトの時、恋ちゃん、実はご主人様のおもてなしが100人になってたの」

「えっ! 本当ですか?! やったぁ、これで時給がアップですよね!」

「ええ、恋ちゃんよく頑張ったわね。時給五十円アップよ」

 うぅ、やったぁ! 初めての時給アップだ! 嬉しいよぉ!! よし、この勢いで聞いちゃえ!

「じゃあ、次は、『少し悪い話』を聞かせてください」

「ええ。あのね、悪いんだけど、恋ちゃんメイドくびね」

 えっ?

 聞いた瞬間、脳みそが単語を認識できなかった。

 うん? 今、何か聞き慣れない単語が聞こえたような?

 めいどくびね?

 ・・・・・・うまく変換できない。

 姪毒美寝?

 目井戸九尾ね?

 メイド首ね!!!

「ええええ!!! 何ですか、それ! 何で首にならなきゃならないんですか!! 時給アップしても意味無いじゃないですかぁ!!!」

「あああ、うるさいわね! ちょっと落ち着きなさい。メイドを首って言っただけで、バイトを首って言ったんじゃないんだから、早とちりするんじゃないの」

「??? あれ? うちってメイド以外のお仕事ありましたっけ?」

 思わず大声を上げる私。頭の中は、クエスチョンマークでいっぱいだった。

「まあ、簡単に言っちゃうと、正義の味方みたいなお仕事よ。・・・・・・まあ、悪の味方かもしれないけど」

「店長、そのギャグつまらないですよぉ」

「あら? 面白くないかしら? まあ、でも、似たようなものよ・・・・・・」

「どこの世界に正義の味方やってるメイドがいるんですか?」

 思わずあきれ声になってしまう私を店長は正面からじっと見つめる。

 長い、長い、沈黙。

 それは、私の混乱した脳みそを、急速に静寂化させる。

 店長は大きく、ひとつ、ため息をつくと、さっきまでとは別人のような深い声で語りだした。

「ねえ、不思議に思ったことはない? 何で秋葉原に、こんなにメイドがいるの?」

「えっ? それは、やっぱり、オタクの聖地だから・・・・・・ かな?」

「じゃあ、なんでオタクの聖地になったの? 不思議だと思わない。秋葉原の場所は、江戸時代だったら日本の中心として栄えていた、将軍のお膝元。その後、色々あって、電機大学とか色んな大学が出来て、その関係で電気屋街になった。このどこに、メイドが絡む要素があるか、疑問に思ったことはない?」

 言われてみると、確かにそうだった。

 ううん、あんまりにも当たり前すぎて、考えようとすら思わなかったことに、いまさらながら気づかされる。

「・・・・・・なんで、でしょうね? すみません、考えたことなかったです」

「その答えが、これよ。ごめんね、鈴ちゃん。恋ちゃんの新しい制服を持ってきてちょうだい」

「はい、店長」

 鈴さんの声が、隣の控え部屋から聞こえ、まもなくしてクリーニング袋に入った洋服を手にして私に渡してくれた。

「はい、恋ちゃん。これがあなたの新しい制服ですわよ」

 にこっとした笑顔とともに。

 お嬢様風な鈴さんが笑うと、思わず女の私でも見とれてしまう、そんな素敵な笑顔。

「開けてみてちょうだい」

「・・・・・・はい」

 店長の指示に、私はクリーニングの透明な袋を丁寧に開いた。折り目正しく、きれいに畳まれた服を広げると、現れたのは見事な漆黒のメイド服。でも・・・

「えっ? これ? 何ですか? すっごいスベスベしてるし、すっごい軽い。あの、もしかしてこれって絹ですか?」

「そう、絹よ。まあ、それだけじゃないんだけど、これが恋ちゃんの新しい制服よ」

「あの、すみません。これって何のコスプレなんですか? 生地が絹でも、これってメイド服ですよね? こんなの汚れたら大変じゃないですか? いったい何のお仕事をするんですか?」

 しっかりとした存在感を放ちながら、羽のように軽いこのメイド服は、しっとりとした光沢を放っていて、はっきり言って、私が自分で持っているどの服よりも高そうな気がする。

 しかも、なんていうか、メイド服というよりは、そう、むしろ巫女さんとか、平安時代の貴族とか、昔の高貴が人が着てそうな服に見えてくる。

 私はそれらの疑問を片っ端から店長に投げかけた。

 イッタイ、コレハ何ナノカ??

 その疑問に対する店長の回答は、ニッコリとした笑顔と、ウィンクだった。

「正解よ。これはある意味、巫女服と同じ。清められた、霊験あらたかな正装。そしてそれが、さっきの答えでもある」

 聞きなれたはずの声が、トンネルの奥深くにいるかのように、なぜかエコーがかって聞こえる。

 店長の姿がぼやける。

 不思議なことに、店長が外見はそのままに、まったく別人になったような気がした。

 ううん、「別人」というより、むしろ「別の存在」?

 すぐ目の前にいるのに、とても遠く感じるような、変な感覚。

 何より、普段から変な店長が変に感じるという、この異常さ!

 やだ、まじめな顔の店長って、なんか怖い・・・・・・

 そんな自分でも整理がつかない思考が、グルグルと私の頭の中を駆け巡る。口の中がカラカラに乾いている。舌がひりついて、何も声に出すことが出来なくなっていた。

「ねえ、不思議だと思わない? この大都会東京の中心で、電気街としてこれだけ栄え、ついでにオタクの聖地とまで崇められている秋葉原に、場違いな程に、なぜいまだに古めかしい建物が存在しているのか?」

「・・・・・・それって、神田明神のことですか?」

「ええ、そう。でもそれだけじゃないわ。湯島天神に、湯島聖堂。この狭い地域に、なぜこれほど密集しているのか、疑問に思ったことは無い?」

「それって、でも、だって昔からある建物だし、文化財ですし・・・ 確か神田明神は江戸の鎮守で、湯島天神は学問の神様を奉ったやつですよね。湯島聖堂?って何でしたっけ?」

 私が小学生時代に勉強した知識を必死に思い出しながら伝えると、店長はあきれた顔をした。

 だって湯島天神と湯島聖堂って、同じ神社のことじゃなかったっけ? 行ったことないけど・・・・・・

「まあ、細かいことはいいわ。すっごく簡単にいうと、これらはこの土地を守っているの」

「守っている?」

「そう、。もっと正確に言うと、この東京を、日本を、そしてこの世界そのものを守っている。そして、代々巫女たるものがそれを守護している・・・・・・」

 店長は大きなため息を吐いた。重い、重い、地面の奥底深く沈みこんで行くかのような、底知れぬ深さのため息を。

「ううん、守護していた、というのが正しいわね」

 いつの間にか、隣の部屋にいたのだろうか? よく知っているバイトメンバーが、みんなそろってメイド服に着替えていた。そう、私が手にしているのと同じやつを。

「あれ? 蜜さんに、苺さんに、蜜柑さんに、琴さんも・・・・・・ どうしたんですか? 勢ぞろいしちゃって・・・・・・?」

「皆も、メイドから配置変えしてもらったのよ。まあ、恋ちゃん以外は実は前から兼任してもらってたんだけど、さすがに最近、片手間じゃいかなくなってきちゃってね・・・」

「ちょ、ちょっと何を訳のわからない事言っちゃってるんですか? 意味不明ですよ? ちゃんと現実的なこと言ってください!」

 その時の、店長の表情を私は忘れない。驚いた顔色を見せながら、どこか泣きそうな目の色を浮かべていた。それは、まるで、大切なものをなくした小さな子供のようにも、決して取り戻せない過去を嘆き悲しむ年老いた老人のようにも見えた。

「ねえ、恋ちゃん。現実って、なに?」

「えっ、何って」

「現実を、信じている?」

「・・・・・・質問の意味が良くわからないですが、信じるか信じないかだったら、普通信じていますよ、みんな・・・・・・」

「じゃあ、質問を変えるわ。恋ちゃん、寝てたら夢を見る時あるでしょ? 今いる世界は、夢? それとも現実?」

「そんなの、現実に決まっているじゃないですか・・・・・・」

「その根拠は?」

「だって、ほら、ほっぺたつねると痛いですし」

「そんなの、痛い、っていう夢なだけかもしれないじゃない? 

 いいわ、質問を変えてあげる。

 人間みんな、いつかは死ぬわ? 恋ちゃんもきっと死ぬでしょ?

 じゃあ、死んだ後の世界はどうなっているの?

 死んだ瞬間にひょっとしたら夢から覚めたとしたら?

 『あーよく寝た』って起き上がって、そこから現実が始まらないとは?

 そんなことが絶対無いって断言できる?」

「え、そ、そんなこと、あるわけ・・・・・・ ないじゃないですが・・・・・・」

 私の声は、だんだんと小さくなっていた。

 現実が、現実である証拠?

 ちょっと考えれば誰だってわかることだ。ううん、私だって小学生位の時、必死になって考えていたことがある。死後の世界はどうなっているのか? 私は死んだらどうなるのか? 私が生まれる前は何だったのか?

 その問いに気づいてから、どれほど悩み、苦しんだだろう・・・・・・

 どれだけ、生きることに恐怖しただろう・・・・・・

 その答えは、結局いまだに見つけられていない。

 いつからか、成長して、知識が増えて、自分自身をごまかすことが出来るようになったけど、でも、そう、単にごまかしているだけだ!!

 私は知らない。

「現実」というものの正体も、世界の真理なんていうものも。それこそ、今いる自分が、「夢」じゃないという証明も・・・・・・

「いい、秋葉原にあるこれらの神社は、太古の昔から、この世界が『現実』として存在するために、その礎となる根幹を守ってきた。何百年、何千年とね。それを守護するため、古来よりこの地には多くの選ばれた者たちが務めを果たしてきた・・・・・・

 メイドとは冥途。本来、現実にありながら、現実でない世界を旅する者の呼称。このメイド服には、特別な糸が使われていて、現実と冥途の狭間を行き来することが出来るようになる、とても神聖で霊験あらたかなものなの」

「そんな・・・・・・ だって、だって、『守護』って具体的に何をしてきたんですか?」

 店長の語る話の荒唐無稽さと、それに反する真剣な声音に、私は馬鹿馬鹿しいと思いながらも、何も言い返すことが出来なかった。弱弱しく、顔をうつむいてしまう。

 そんな私の前に、蜜さんが立っていた。右手の人差し指を、私のあごの先に添えると、クイっと指を曲げ、顔をあげさせる。驚いて見開いた目の、ほんの10センチ先に、宝塚の男役のように凛々しい蜜さんの大きく濡れる瞳があった。

「覚えているかい? 恋さんが倒れてしまった日のことを・・・・・・」

 蜜さんの甘い息遣いが、私の顔に触れる。

 整った顔立ち、バラの花のように深紅の唇。

 女同士なのに、どうしようもないほど心臓がドキドキしてしまう。

「あの時、恋さんは出会っているはずさ。顔の無い、人の形をした存在に」

「っ!!!」

 その瞬間、私の体温は一気に下がる思いがした。

 血の気が失せるほどの恐怖。夢だとばっかり思っていた、ううん、夢だと言い聞かせて忘れようとした、でも決して忘れられなかった記憶・・・・・・

「神田明神は、『現実』を守護している。覚えているかい? あの日、神田明神に落ちた雷を。あの雷が、大切な封印の力を弱めてしまっているんだ」

「・・・・・・そ、それと、顔無しの人と、何が関係するんですか?」

「店長が言っていたはずだ。いいかい、この世の中に、『現実』を証明出来るものなんて、存在しないのさ。それは言い換えれば、『現実』世界に『現実じゃないものが存在』していても、誰も気づかないってことさ」

「それって、つまり・・・・・・?」

 私はなんとなく、その先の答えに気づいた。気づいてしまったけど、でも、怖くてその答えを言うことが出来なかった。

「そう、彼らは、『現実として存在し得ぬ者』達。そんな存在が、実はこの世界にはたくさんいるんだ。でも、勘違いしないで欲しい。彼らは決して『悪』ではない。『悪意』ですら無い。実は、彼らすら、自分の存在を証明し得ぬ者達なんだ。それは、『現実』の証明すら出来ない私たちと、何ら変わらない存在なんだよ」

「で、でも、あの時、店長も蜜さんも、顔無しさん達と喧嘩してましたよね?」

「あら? 喧嘩じゃないわよ。単に、お引取り頂いただけよぉ」

 ここにきて店長が口を挟んできた。

 いや、私ははっきり覚えている!! あの時店長は顔無しさんに向かって、変なプロレス技かけていた!!

「それ、何が違うんですか?」

 店長の言葉に、思わず胡散臭げな目を向けてしまった私に、今度は鈴さんが話しかけてきた。

「恋ちゃんは誤解されていますわ」

「何が誤解なんですか?」

「彼らは、自分で自分の存在に気づけていないんですの。それは、彷徨える魂と同じ。夢は夢と気づかせて差し上げなければいけない。そうしなければ、彼らは、自分で自分の存在を認められず、苦しみ、悲しみ、暴れ、それは彼等自身も、周りの私たちも、皆を不幸にしてしまう。だから私たちは、彼らに気づかせて上げただけ。そしてそれが、冥途であるメイドのお仕事ですわ」

 そう言って微笑む鈴さんの顔をみていると、荒唐無稽なことなのに、納得できてしまっている私がいた。

 自分でも不思議だったけど。

「とりあえず、納得できないですけど、納得しました。納得しましたけど、これって時給五十円アップくらいじゃ割に合わないですよね、絶対!!」

 そう、これだけは譲れない! これでもか弱き乙女なのだ!!

「あら、それは大丈夫よ。時給は今言った通りだけど、そこに危険手当がつくから、日当にして一万円位アップしてるわよ」

「えっ? えっ!! 一万円ですか!!」

 ということは、そこに普通のバイト代も入る訳だし・・・・・・ これで欲しかったペンタブレットが買える!!

 実を言うと、無茶した使い方したせいで、ペンタブレットの反応がおじいちゃん並みになってしまっていた。とてもじゃないけど、いつ動かなくなってもおかしくない状況だった。

「わかりました! いえ、内容分からないですけど、でも、やります!! やらせてください!!」

「そう、良かった。とりあえず仕事は琴ちゃんと一緒にやって覚えてもらうことになるけど、まあ、恋ちゃんなら大したことないから大丈夫よ!」

 うーん、その「大丈夫」の根拠はどこにも無いんだけど・・・・・・ まあ、いいや。とりあえず、今の私にはお金に勝るものは無い!!

 あれ? そう言えば何か大切なことを忘れているような・・・・・・

「あっ! そういえば、聞くの忘れてましたけど、『とっても良い話』って何なんですか?」

 店長も忘れていたのだろう? 一瞬、キョトンとした表情をしていたんだけど、すぐにニヤッと笑った。

「そうそう、とってもいい話を忘れてたわ。あのね、今日は実は、私のお誕生日なの!!」

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

「ということで、みんな、ぷれぜんと、期待しているからね」

 そう言うと、店長は「うっふん」と投げキッス皆に浴びせてきた。

 その光景は、もはや悪夢以外の何者でもないものだったのは、言うまでも無いだろう・・・・・・


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