2章
「でも、そんな偶然なかなか無いよ」
そうつぶやいた私の声は、思いがけず、どこか寒い色をしていた。
「いいや ――」
でも、そいつは笑ったまま、それでいて少しだけ真面目な顔をして尋ねてきた。
「―― 日本の人口が、どれくらいだか知っているかい?
今、日本には1億2千万人以上の人間がいるとのことだ。
そのうちの1300万人が東京にいて、毎日20万人以上の人が秋葉原の駅を乗り降りしている。
そんな中、ぼくは君と出逢えた」
「―― ただの偶然じゃない」
そいつはあくまでも真面目な口調だが、それに反比例して私の声はあきれている。
20万分の1。これがどのくらい低い確率か知っている。でも低いからこそ、偶然以外の何物でも無い。
「違うな。1日20万人だ。君の年齢を、うん、例えば仮に19歳としよう。独りで普通に電車に乗り出す中学生以降と考えても7年間、ここでは毎日20万人の人がすれ違っている。7年×365日×20万人の答えは5億1100万人。こうして出逢えた確率は、宝くじで1等があたるよりずっと低い。これが偶然の一言で済ませられるかい?」
そう語る口調は変わらず静かなものなのに、目の奥がやけにキラキラしているように感じる。
「じゃあ、運命?」
その得たいの知れない迫力に押されながら、私は反射的に答えた。
「その言葉は嫌いじゃないが、あまり使うのは好きじゃない。こういうのは、もっと良い言葉がある」
そのまま、右手の人差し指を口の前に立てると、若干声を潜める。
「キセキさ」
風が吹き抜ける。
6月の梅雨晴れの青空は、東京の淀んだ空気さえ、一刻、洗い流したのだろうか?
少し湿り気を帯びた風が、妙に頬に気持ち良かった。
「じゃあ、約束」
私は小指を立て、そいつの顔の前に突き出す。
「では、約束です」
するとそいつは立てたままの人差し指を絡めてきた。
その時、私はどんな顔をしていたのだろう?
信号が変わり、動き出す雑踏。
そいつは私に背を向けると、後ろ手にヒラヒラ振りながら、信号を渡っていく。
それと入れ替わりに、見慣れたメイド服の女の子が信号を渡ってくる。
「チラシ配り、交代に来ました」
「あ、はい、ありがとう」
その、目を外した一瞬の隙に、そいつは視界のどこにもいなくなっていた。
「どうかしました?」
「え、あ、ううん。なんでも無い。って、何で?」
反射的に答えてしまったが、よくよく考えると聞かれた意味が分からない。
「う~ん、なんだか楽しそうだったから?」
聞かれた彼女も、深い理由はなかったみたいだ。
「そう? そうかな? そうなのかな?」
「”そう”の3段活用ですね!」
「ち、が、い、ます!」
「そこに”そうである時”、”そうならば”、”そうであれ!”が入れば完璧ですね!」
「だから何が!?」
「あ、やっぱり最後は”そう~なんす!”ですかね?」
「だから、何の話なの?」
いつの間にか、五段活用からポケポンにすり替わってるし・・・・・・
「・・・・・・え、何の話でしたっけ?」
どちらからともなく、笑みがこぼれる。
うん、確かに何か、楽しいことが起こるのかもしれない。