2-2章
「お、終わったぁ・・・・・・」
私はバンザイをする気力も無く、イスの背に上半身をあずけた。
まぶたが重い・・・・・・
タブレットPCの明かりに慣れきった目に、鈍痛が走る。
(世界が黄色いや・・・・・・)
いつからだろう、気づけば既に窓の外は明るくなっている。完徹三日目のショボショボした目には、あまりにも刺激が強かった。いまさらのように、小鳥のさえずりが耳に入ってきた。
大きくため息をつく。初秋とはいえ早朝のひんやりとした冷気が、湯だった脳みそに心地良い。
・・・・・・ぷるるるる、ぷるるるる
スマフォが鳴る。
言う事を聞こうとしない自分の体に、必死になって「動け!」と命令をだして、机の奥に置いてあるスマフォに手を伸ばそうとする。が、
「お、重い・・・・・・」
手が上がらない。鉛のように固まった腕を、それでも何とか無理やり動かすとバキィっと変な音がした。
う、腕がぁぁ・・・・・・
スジが折れた(折れるのか?)ような激痛に襲われ、左手で右腕を懸命にさする。
うぅ、右腕が動かないよぉ・・・・・・
あれ? そうか、反対の腕使えば良いんだ・・・・・・
頭がうまく働いてくれない。でも、もう少しだ、頑張れ恋!!
ぽちっ
「も、もしもし」
「お、おはよう! ちゃんと電話に出たね、恋くん。えらい、えらい。ということは・・・・・・」
「お、終わったよぉ!!!!」
「やったね! さすが愛しの恋くん!! だから好きさ!!!」
「・・・・・・ということで、もう、ダメ・・・・・・ ねるぉ・・・・・・」
もちろん電話の声は、最高の戦友なる"まみぽよん"だ。
あれ? "まみぴょん"? だっけ? まあどっちでもいいや・・・・・・
「ちょい待つ、ちょい待つ!! 今、恋くんの家の前に来ているから、描いたデータDVDに焼いて渡して!! そしたら死ぬほど眠って良いから!!!」
「うん? 家に来てるの? どこ?」
「すぐそこだよ! 窓の所にいる恋くんもばっちり見えるし」
私は2階にある部屋の窓から外を覗いた。
すると、道を挟んだ向こう側に、止めた自転車のサドルに腰かけ、「おーい」手を振っている小柄な人影が。この時期にはいささか大げさな真っ黒なモコモコのダウンジャケットに身を包んでいるのは、間違いなく、まみぴょんだ!
「・・・・・・もしかして、結構待ってくれてたの?」
「いや、そんなに待ってないって。せいぜい二時間くらいかな」
「そんなぁ! 風邪ひいちゃうよぉ!! 電話もっと早くくれればいいのに」
「七時半って言ったのは自分だしね。カーテン越しに恋くんの描いてる姿が見えたから邪魔しちゃいけないし、ね」
「うぅぅ、、、まみびょぉん!!!!」
まみぴょんの優しさに、思わず涙腺が緩んでしまう。
「いいからいいいから、ほら、時間無いんだからさっさとDVDに焼いてちょうだい!」
「・・・・・・うううう、いつも迷惑かけてすまないねぇ」
「それは言わない約束でしょ、おっかさん! って、本気で時間無いんだから、早く!!!」
そうだった。とにかく早くまみぴょんに渡さないと・・・・・・
うぅ、でも、でも体がバキボキいってるぅ・・・・・・
「ごめん、まみぴょん、上がってきて。私は、もう、ダメだぁ・・・・・・」
「もうしょうがないなぁ、ちょっと待ちたまえ」
するとすぐに、ピンポーンとチャイムが鳴った。
遠くから「あら、麻美ちゃん、お久しぶり」、「おばさん、ご無沙汰してます。ちょっと華恋さんに用事あるんですけど」、「ああ、あの子きっと寝てるから、勝手に上がっちゃってくれる」なんて母との会話が聞こえる。
さすがは中学からの悪友。勝手知ったる何とやら。
そうしてまみぴょんは嵐のようにやってくると、机の上で置物のように突っ伏して死んだ状態になっている私をカレイに無視し、三倍速の動きでDVDにコピーする。
「ああん、まみぴょん、私を褒めて・・・・・・」
私は重いまぶたを開ける気力もなく、ゾンビのようなうめき声で語りかける。
「あー、はいはい、えらいえらい、がんばったがんばった」
「ごほうびちょうだい~」
「もう・・・・・・」
面倒くさそうな声をしつつも、まみぴょんは私の体をズルズルと椅子ごとベットに引きずってゆき、ぽいっとベッドの上に放りなげる。ポフンと布団の心地良い重みが、体に加わるのが分かった。
「はい、ご褒美。ゆっくりお休み」
そのまま頭を「良い子良い子」される、と、チュッとおでこにキスされちゃった。
「えへへ・・・・・・」
「じゃあねぇ!!」
その言葉だけを残し、台風のように去って行った。
まみぴょん、自分の時間を削って私にくれたからなぁ。きっと、1秒でも早く欲しかったのを、何も言わずにじっと待ってくれてたんだ。こんな暗いうちから、寒かっただろうに・・・・・・
うぅ、まみぴょん、愛してるよぉ!!
思わず涙が滲み出てくる。
「ふぁーあ・・・・・・」
思わずあくびも出てきた。目がしばしばする。
ダメだ、もう動けない、、、ねる・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・ん
・・・れ・・
・・れ・・ん
・・・・・・
・・・・・・
「ぐぅぅ~」
盛大なお腹の鳴く音で目が覚めた。
外が薄暗い。
時計の針は、18時を指していた。
頭がずいぶんスッキリしている。さっき寝たと思ったのに、目を閉じてすぐ目覚めたような感じがする。
熟睡、というか爆睡。夢さえも見なかった。
「ぐごごぉごぐぅぅ~」
やばい、お腹の虫くんが、もはや乙女としてあってはならないレベルで主張している。
そういえば、ここ三日間、カラリーメイトとヨンケル以外、まともに口にしていなかったっけ・・・・・・
よいしょ、とおばちゃんのように体を起こすと、まだフラフラした。
これは早く栄養を入れて上げねば、本当に死んでしまうに違いない。
一階に下りると、リビングには妹の華純だけがいた。
「あ、三年寝たろうが起きて来た!」
「何よ、失礼な。せめて眠り姫と呼んで欲しいわね。ねえ、何か食べ物あるかな?」
「呼び方変えてもやってること一緒だけどね。もう2時間すればご飯だから、もうちょい待てば」
そういう妹は、テレビを見ながらポテチをパクパク食べている。
「もうお腹が減ってそんなに待てないって! ねえ、それちょっとちょうだい!」
「残念でした、もう終わっちゃった!!」
あああ、空っぽになったお菓子の袋を逆さにしてヒラヒラ振ってる!!
私はヘナヘナと力尽きて床にペタンを座り込んでしまった。
「もう、残りで良かったら、冷蔵庫におやつのパンケーキがあるよ」
その時の自分のすばやさを、ぜひ計測しておきたかった! きっと、3メートルダッシュの人生最速記録を叩き出したこと間違いない!
「うぅぅ、おいしいよぉ!!!」
冷蔵庫の冷気でカチカチになっているとはいえ、蜂蜜をたっぷりかけてあげると、まさしく天上の一品!
口の中いっぱいに広がる甘さのハーモニー!!
噛めば噛むほど染み出てくる甘さの泉は、まさに甘露!!!
おぉ、これがまさしくパラダイスというやつか!!!!
「もう、大げさなんだから。まあ、あんだけ寝てたらお腹も減るか」
妹があきれた表情で眺めている。
「なによ、こっちは三日間徹夜だったんだからね。少しくらい昼間寝てたったいいじゃない」
「少しって、ねえ。丸一日以上寝てるのは『少し』じゃないでしょ」
えっ?
何か妹が変なことを言った気がする。
「ねえ、今って18時だよね?」
「そうだよ、日曜日の。お姉ちゃん、34時間くらい寝てたんじゃない?」
「う、うそ・・・・・・」
ひぇぇ! やってもうた!! 大好きなアニメ見過ごしたぁ!!!
ヘナヘナと崩れおちる私は、今度こそ本当に立ち直れなくなってしまったのだった。
(いや、そうだ! 確か鈴さんもあのアニメ大好きだったはず! 録画してないか次のバイトの時に聞いてみよう!!)
次のバイトは1週間後かぁ。
そういえば、鈴さん、体調良くなったかな?




