【五話】 少年、常連となり、その後街へと繰り出す
ガツガツガツガツ
気づけば、ドラグは皿にがっついていた。
既にドラグの近くには3枚の大皿が、その上に乗せられていたであろう料理を平らげられ、無造作に重ねられていた。
それにもかかわらずドラグの食べるスピードは変わらなかった。
別にドラグが大食漢というわけではないのだが・・・それだけカレンの腕がいいようだ。
「気に入ってもらえたみたいで嬉しいわ」
ドラグの前でもう一皿作ろうとしているカレンの顔はとても満足気だ。
「お母さん料理の腕はイース1番です!」
「こんなにおいしいもの食べたの初めてかもしれない・・・」
「おおげさね、そんなに褒めても料理しか出てこないわよ?」
「料理はでてくるんだ!?」
暗闇に包まれた外とは違い、店には明かりが灯り、柔らかな光が木造の店全体を優しく照らしていた。
わいわいと笑いながら話す3人のまわりはとても楽しそうな雰囲気が漂っていた。
ドラグが4皿目を食べ終えるとすぐに、カレンが5皿目をカウンターに差し出した。
「はい!『店主おすすめ!大盛りナポリタン』」
「でかい!!」
人の顔よりも大きい、平たい皿にこれでもかというほどのナポリタンが山盛りにされている。
ここでようやく、ドラグがあることに気付く。
「・・・あ!すいません!調子に乗っていっぱい食べちゃって」
「え?あぁ、いいのよ、全然。お礼なんだから」
「いやでも・・・」
今更ながらも罪悪感が湧き始めたドラグは先ほど自分が書けたメニューの札に書いてある値段を確認する。そこにはかなりの額が・・・
「あれ?安い」
書かれていなかった。そこには格安の、激安の値段表示がされていた。
「や、安すぎませんか!?」
その値段は利益があるのか心配になるほどだった。
通常酒場で一食とると、メインの食事一つと酒一杯だけでも500ペレルほどとられる。しかしここの食事は、一皿200ペレル前後ほど。破格であった。
ドラグのその言葉を聞いて、カレンはニヤリと笑った。
「ちょっとした裏ルートがあるのよ。企業秘密だけど」
ドラグは初めてこの幼女(本当は成人)をこわいと思った。その笑みは、いたずらを考える子供のようでありながら、人を欺こうとする策士のもののようでもあった。
「こんなにおいしくて安かったら大盛況でしょう?」
ドラグがナポリタンを食べながらぽつりと聞いた。
すると目の前で料理器具を片付け始めていたカレンは残念そうな顔をしながら
「それがそうでもないのよ。なにせこんなに大通りから離れた路地裏にあるからね」
といった。
確かに、もうそろそろ冒険者たちが、自分の行きつけの酒場に行って、店内で今日の武勇伝を語っている時刻だろう。しかし、この集いの酒場にはドラグ以外に誰もいなかった。
路地裏は確かにあまり治安のいい場所とは言い難い。安全とは決して言えないだろう。
冒険者は、つまりは荒くれ者の集まり。薄暗い路地裏での争いごとやカツアゲ、裏取引など毎晩、いや、昼夜問わず常時行われている。
そのようなところにわざわざ入っていかなくても、大通りに面している酒場などそこらじゅうにあるのだ。人がこないのもうなずける。
「じゃあ、俺、今日からここの常連になります」
「「!?」」
ドラグは不意にそんなことを言った。
「料理はおいしいし、値段も安い。それにこんなにかわいい女の子が料理人だなんて通うしかないでしょう?」
「かわいい女の子なんて呼ばれる歳じゃないわよ!」
カレンは即座につっこんだ。
歳はそうなのかもしれないが、見た目完全に 幼女なのである。かわいい女の子といわれても致し方ないはず。
「それにしてもうれしいわ!うちに常連さんが一人増えて。
これからも集いの酒場をごひいきに、ドラグ君!」
「はい!」
こうしてドラグは、集いの酒場の常連となった。
~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~
集いの酒場に通い始めて3日目、ドラグは・・・
「ねぇねぇ、そこのお姉さ・・・」
「だが断る!」
「まだ何も言ってないけど!?」
あいも変わらず女に振られ続けていた。
毎日大通りでナンP・・・お手伝いの申し出をしているためか、ドラグは最近この街の、特に女性に有名になっていた。「駆け出し姿のナンパ男」として。
この頃は話しかた瞬間に断られるようになってきていた。
「はぁ、心折れそう・・・」
そんな女好きの心なんて早めに折れてしまっていいと思う。
そんな心を癒しに集いの酒場に行くことがドラグの最近の習慣になりつつあった。
時間は昼、日が高く、街を明るく照らしている。そのおかげか、今日もイースの街は活気があり、とてもにぎわっていた。
その時ドラグの腹が鳴り、ドラグは自分が腹を減らしていることに気がついた。
「もうそんな時間か・・・お~い、そろそろ戻ろう!」
そしてドラグは、このメインストリートの真ん中にできた人だかりに声をかけた。
その人だかりは女性で構成されていた。老若女女って感じで、女の子からマダムまでもがその人だかりにいた。そして皆、一様に「かわいい!」と叫んでいた。
そんな人ごみの中からドラグの声に一生懸命返事をするものが一つ。
「わかりました!今そっちに向かいます!ちょ、ちょっとすいません!通してください」
数秒おいて、その人だかりの足元からひょっこりと金色の頭が出てきた。
「大丈夫か?シャル」
「すいません・・・なんとか」
ドラグは少し疲れた顔のシャルに手を貸す。
シャルと行動することも、ドラグの習慣になりつつあった。
ドラグが店の常連になった夜、ドラグたちは大いに騒ぎ、そのまま店で夜を明かしてしまった。
その次の朝、ドラグが店を出ようとすると、シャルがあのぶかぶかハードアーマーを着て、「いっしょについて行ってもいいですか」と必死な顔で、ドラグに頼んできたのが始まりだ。
どうやらシャルは、モンスターから助けられた時に、ドラグをとても強い先輩冒険者として頭にインプットしてしまったらしい。ただのナンパ男なのだが・・・
何度も懇願してくるシャルにドラグが折れ、「取り合えずそのアーマーは外してこい」といったのだった。
さて、なぜシャルが女性たちに囲まれていたのかという話だが、シャルのその容貌は、いわずもがな可愛い。そこら辺の女の子より可愛い。しかし今のシャルの格好はアーマーの下に着ていた男の冒険者が着る服のため、周りからすれば「女の子みたいにかわいい男の子」という、女性からしたらたまらない神ポテンシャルを手に入れていたのだ。
そういう原因で、シャルは街に出るたびに女性に囲まれていた。
「「はぁ・・・」」
二人のため息が重なる。
「うまくいかねぇもんだな・・・」
「本当ですよ。あんなに囲まれていたらドラグさんが何をしているのか見えません」
「いや、別にみて学ぶことはないと思う・・・」
どうやらシャルは、ドラグの強さの秘訣を見て盗もうと思っていたようだ。
「お前、この街でどうやって生きてきたんだ?毎回こうも人にたかられてたら身がもたねぇだろ?」
「基本一人で街に出ることは、オークの森に行くことしかなかったので、ハードアーマーを着ていました」
「あぁ・・・なるほど」
たしかにあれを着ていれば、シャルも動きやすかっただろう。何せ顔まですべて覆われているのだから。
「にしても、シャルのおかげで女の子が集まっているのに、一人もつかまらないなんて・・・」
ドラグは別に容姿が悪いわけではない。が、その軽い、そして弱そうな風貌は、血気盛んな女性冒険者からは見向きもせれなかった。
「ドラグさんはどうして女性のお手伝いをしようとしているのですか?」
「ん?」
シャルがドラグの足元で、本当に不思議そうな顔をしてドラグに向けてそういった。
「そりゃ、『男子たる者、女を追いかけるのが使命』だからだ!」
「おぉ・・・!」
ドラグは救いようのないアホであった。