【四話】 父と夢
「お母さん、持ってきたよー」
カウンターでこうべを垂れ、顔を青くしているドラグのもとに、話のネタであったシャルが、大きなカゴいっぱいに食材をつめて店の奥から戻ってきた。
はっきり言ってその食材の量はシャルと同じ見た目の男が持つにはたいてい不可能なものであった。そういったところで、その体に流れるドワーフの血を感じさせるシャルであった。
「ありがとう、シャル。ついでにそれ全部もの別に分けてしまってくれる?」
「はーい」
シャルはドラグなどの他人には敬語をうまく使うことができるよくできた子だが、母の前ではやはり子供に戻るのか、見た目相応の話し方になる。
十二歳で大人と一部の種族では言われている。人間も十二歳になれば親元を離れ自分の道をゆく者が多い。事実上の成人といえよう。
しかし、それでも心は年相応なもので、やはりその12~3の子供たちもシャル同様、子供に違いないのだ。
シャルはカゴをキッチンの空きスペースにドサッと置き、肉、魚、米、野菜をそれぞれの場所に片付けていく。
パッと見、まだ幼い女の子2人がおままごとで遊んでいるようにしか見えないだろう
しかし、ドラグの前で絶えず動いているカレンの手、その手つきは、やはり料理を人にふるまう職業をしているのだなと感じさせるもので、とても手際が良い。しばらく信じがたい事実を突き付けられ呆然としていたドラグも、次第にその無駄のない動きに見とれていった。
ふとシャルの方を確認すると、もうとっくに食材の片づけを終え、メニューが書かれているだろう札を壁に掛けていく、が・・・
「ふんっ!ほっ!えいやっ!」
(届いてない・・・)
頑張って跳んで、札をかけようとするが、その掛けるためのでっぱりまで、あと少しで届いていない。その姿はまるで猫じゃらしで遊ばれている猫のようだった。
その姿を見たドラグはカウンターから立ち上がり、悪戦苦闘しているシャルのいるテーブル席の方へ行き、
「ほれ」
シャルの横に立ち、すっと右手をシャルに出す。
「?」
「俺がやるよ」
「!?いや、そんな!」
「いいからいいから」
ドラグは札を渡そうとしないシャルの手から札をスッと取り上げ、壁のでっぱりに掛けていく。
「あ、ありがとう、ございます」
「!?お、おう・・・」
少し顔を赤らめながらペコリと頭を下げるシャル。大方、背の届いていない、その姿をドラグにみられたことを恥ずかしく思っているのではないだろうか。
(これが13の男がする顔か!?詐欺だろ!)
その姿はまるでか弱い女の子を幻視させるほどに可愛かった。
こいつは男、こいつは男。俺はホモじゃない、俺はホモじゃない。ドラグはそんな風に心の中で叫んで心を落ち着かせながら、何か話題はないかと、ない頭を働かせる。
「シャルはさ、なんでオークの森にいたの?」
「えっと、恥ずかしながら、冒険者にあこがれてて・・・」
「へぇ、それはまた、どうして?」
「ん~、そうですね・・・」
ドラグはなんとか話題を見つけられたようだ。
シャルは少しの間をおいて話し始めた。
「一つの理由としては、僕の両親は昔、冒険者だったんですよ。もう15年以上前の話らしいんですけど。
父も母も、そこそこに強かったらしいですが、ある戦いで父が左腕をなくしてしまったんです。それで今は二人とも冒険者をやめて、ここで小さな店を始めたらしいんです
父はその、冒険者だった時の話を子供のころよくしてくれたんです。地獄のような場所のこと、モンスターのこと、仲間のこと、自分のことなど本当にいろいろ。その過程で、僕も冒険者になりたいって思ったんです」
「『あこがれ』かな?」
「たぶん、それは僕の『夢』です。父や母のような冒険者になりたい、超えるようなすごい冒険者になりたいと思ったんです。」
シャルは正面少し上を遠い目で見ていた。
「父が話してくれた話の中でも一番よく聞いた話があるんです。
父は言いました、「魔境の中の魔境の、さらにその奥地に、どんな宝石よりも綺麗な宝があるんだ俺は、それを一目見るのが夢なんだ」って。
今でも言うんです。「俺はまだあきらめてないぞっ!」って」
片腕を失えば、攻撃防御ともに、戦闘力が1/2以下になる。今までどおりには戦えない。日常生活に支障が出るんだ。当り前だろう。
それでも見たいとシャルの父に言わせるその宝にドラグは興味を持つとともに、自分の夢を片腕失っても追い続けるシャルの父に会ってみたいと思った。
「僕はその宝を見つけて、父を超えるんです。そして父にその宝物を見せてあげたいんです。それが僕が冒険者になりたい理由の一つです」
「そうか」
「まぁ、家計が厳しいから生活費の足しに、という二つ目の理由が主なる理由なんですけどね」
シャルはドラグに向かって笑って見せた。それと同時に、ドラグがメニューの札をすべて掛け終える。
(夢か・・・)
キッチンからカレンの声がした。どうやら夕飯の支度ができたらしい。
「行きましょうか?ドラグさん。母の料理は絶品ですから」
「あ、あぁ」
自分に笑いかける少年を見てドラグは
(相変わらずこいつが男とは思えない・・・)
と考えていた。
店にはおいしそうな匂いが漂っていた。