皮膚で隔てるあなたとわたし
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なんだか、夢を見ていたみたい。ホムンクルスも、夢を見るんだね。記憶の整理作業は眠っている間にしているって、ムラサメさんは言っていたけど……じゃあ、泡みたいに消えていったあれは、いらない記憶だったのかな。わたし、いろんなことを覚えたから。あっ、でも……ムラサメさんのことは、今日もちゃんと覚えてる。
早く触ってみたいなあ、ムラサメさん。あれ? この足音、もしかして――。
「おはよう……100回目の覚醒ね、おめでとう。今日はあなたにとっておきのプレゼントがあるのよ」
ムラサメさん! プレゼントってなあに?
「あなただけの名前よ。もう培養槽の番号で呼ばれることなんてないわ。あなたはこれから――」
わたし、今日から「セッカ」なんだって!
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体が重い。ちょっと寒いなあ。胸が少しだけ苦しいし……なんだろう。ムラサメさん、どこにいるの?
「排水完了。セッカ、肺は機能している?」
異常ありません。……ムラサメさんだ、まだ起きちゃいけないの? 今、なんだか変な感じ。
「……おはよう、セッカ。お誕生日おめでとう」
ああ、ガラスの壁がない! 外だ! わたし、外に出られたんだね! ムラサメさん……あれ? ムラサメさん?
「ふふ、はしゃいじゃ駄目よ。まずはちゃんと体を乾かして、服を着ようね」
これは――繊維。ああ、ムラサメさんがわたしを拭いてくれてる! 手は乾いたかな。ええと、ええと……ムラサメさん!
「ん? ……ふふ、それは唇よ。なあに?」
温かい! 今、わたしムラサメさんに触ってる!
「そうよ……セッカ?」
わたしね、今とっても嬉しい! ムラサメさん、もうガラスの壁に邪魔されなくていいんだね!
「ええ。さあ、これを着てね。着方は分かる?」
――問題ありません。わあ、なんだかもぞもぞする。身体中、変な感じ……。
「後で皮膚感覚の感度を調整しようね。髪は短いからすぐ乾くでしょう。じゃあ、はい」
手? ふふ、ムラサメさんの手は温かくて柔らかいね!
「いい、『あなたは私と手を繋いでいる間、ヒトに危害を加えられない』。覚えたら外に出よう、セッカ。今日からは外の世界で暮らすのよ」
入力完了しました。今日からずっと、ムラサメさんと一緒にいられるかな。
「……そうね、少しずつ慣らしていきましょう。さあ、これが外の世界よ」
初めてのラボの外、外の世界。……これは風の音。ヒトの声もする。これは――これは、なんの音?
「9番がようやく調整完了か」
「9番じゃない、培養槽から出たらセッカだろ」
「……そうだったかな。ムラサメはよくやってくれたよ」
「まるで本当の人間の子供みたいだな、それを目指してきたんだが――ちょっと気味が悪い」
「とにかく、これで一段落だ! 明日からは微調整と訓練の日々だぞ」
「お前はいいなぁ。僕なんかまだ4番の培養槽にかかりきりで、細胞の塊を突き回してるっていうのに……」
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「セッカ、起きて。今日からは朝に起きるのよ」
うん、外が明るくなる頃に起きるんだね。横になって寝るのって、変な感じ。おはよう、ムラサメさん。
「おはよう。私のシェルターの居心地はどう?」
ムラサメさんがいるから嬉しいよ! ずっと一緒にいられるんだね!
「……ふふ、よかった。はい、教えた通りに準備してね」
任せて! 顔を洗って、歯を磨いて、服を着替えるよ。ちゃんとできるよ!
「ええ。セッカはいい子ね」
「はい、髪を梳かそうね」
わっ、変な感じ! ……ええと、『くすぐったい』よ。
「そういえば、ゴタゴタしてたから感度調整がまだだったわね。今夜にしましょう。大丈夫?」
問題ありません。……ムラサメさんがわたしに触ってる。すごく嬉しいな。
「はい、おしまい。支給品のレーションしかないけど、朝ごはんにしましょう」
ごはん! 頑張るね!
「……ふふ、そうね。セッカの分はこっち」
ムラサメさんとごはん、嬉しいな。外の世界はすごく面白いね! あっ、外に鳥が飛んでるよ。あれは――ハシボソガラス!
「ごはんの時はお行儀よくしなきゃ駄目よ。ええと……今日は午後から訓練ね。午前中はお散歩しながら微調整にしようね」
やった、お散歩は好きだよ! ムラサメさん、手を繋いでね!
「ええ、もちろん。ふふ、口の周りにレーションが付いてる」
――今日はちょっと、疲れちゃった。ムラサメさん、怒ってたね。わたし、うまくできなかった……?
「セッカじゃなくて、スタッフに怒ったのよ。練習用の弾でも、実銃を使うのは早いって言ったのに……」
でもほら、ケガ、もう全部治ったちゃったよ! わたし、強化済みのホムンクルスだから! 弾が当たっても平気だよ。
「治癒の度に多量のエネルギーを消費するのよ。絶対量が減るようなことがあったら、あなたの寿命に関わるのに……」
ごめんなさい、ムラサメさん。明日はもっとうまくやるよ。
「セッカは悪くないのよ。はい、息を止めて」
……! お風呂って、なんだか培養槽の中みたい。
「そうね。でも、培養液より気持ちいいでしょう?」
『気持ちいい』って、よく分からない。
「……そうだったわね。はい、もう一回お湯をかけるわよ」
……。お風呂だと、ムラサメさんも服を着ないんだね。濡れちゃうもんね。
「ええ、そうね――ん? セッカ……」
ムラサメさんは柔らかいね。もっと触っていい?
「……駄目よ、この後も調整が残ってるんだから。さあ、もう上がろうね」
……うん。眼鏡、着けてない方が好きなんだけどな。
「着けてないと、よく見えないのよ。ちゃんと体を拭いて――服は着なくていいわ」
皮膚の感度調整だもんね! くすぐったくないから、この方がいいな。
「ベッドに横になってね。今計器を着けるから」
脳波を測定するんだね。ここでするの?
「ええ、私が手で体に触れるだけよ。セッカは目を閉じていてね。じゃあ、上から――」
……ムラサメさんがわたしに触ってる。嬉しいけど、くすぐったいなあ……わ、びっくりした。
「太い血管があったりするヒトの弱いところは、同じようにびっくりするのよ。触られたくない?」
ううん、ムラサメさんならいいよ!
「……ふふ、困ったわね。他の人に触られそうになったら、嫌がらないといけないわよ」
そうなの?
「そうよ。女の子なんだから」
……ムラサメさんの手、温かいね。なんだか体温が上がってきたみたい。
「やめようか?」
ううん、大丈夫。ちょっとくすぐったくて……なんだか、頭がぼんやりする……。
「……うつ伏せになろうか」
……うん。背中、くすぐったい……。
「……セッカ、大丈夫?」
心拍数が上昇しています。……嫌じゃないよ。くすぐったい、けど、ムラサメさんに触ってもらえて、嬉しい……。
「そう。もう少しだから、頑張って。はい、もう一回仰向けになって……顔が赤いわ、本当に平気?」
問題ありません。……なんだか……変な感じ……。
「異常は――ないはず。……そうよね、こんな――ううん。セッカ、手を繋ごうか。嫌だったら、手を握ってね」
……うん。ムラサメさんの……手が、温か……くて、ムズムズする……ような……どうしたのかな、うまく……考えられ……ない――。
「……セッカ? ああ、意識レベルが――」
……ふわふわして、なんだか……。
「……ごめんね。今日はもうやめよう」
……わたし、駄目になっちゃったのかな。
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「……必要のない機能も一部は残っているのですね、ホムンクルスには」
「機械的にコピーするのが最も楽だからなあ……しかし、いつの間に神経の分布なんて確認したんだ?」
「……時間ですので、失礼します。セッカ、調整は済んだ?」
ムラサメさん! 調整は終わったけど、皮膚感覚はそんなに変えないんだね。
「特定の領域だけ上げたり下げたりするような細かい調整は、今の私たちには無理なの。ごめんね」
ううん、平気だよ! また測定してね!
「……測定……したい?」
うん、ムラサメさんが手を繋いでくれるから!
「……そう。じゃあ……また、いつかね」
「9――じゃないな、セッカ、昼の補給を済ませたら訓練だぞ」
うん! 褒めてもらえるように頑張るね。
「セッカはいい子ね」
えへへ、ありがとう。ムラサメさんに褒められるのが一番嬉しいよ。
「9番、すごい成績だな」
「毎日成長してるもんな、恐ろしいやつだ。そろそろ実戦に投入できそうだな」
ムラサメさん! わたし、褒められてるよ!
「ええ。……じっとして、治癒が済む前よ。出血が増えると時間がかかるから」
……そんな顔しないで。わたし、全然痛くないんだよ。ちょっと疲れただけだもん。
「私、変な顔してた?」
ムラサメさん、なんだか辛そうだったから。どうしたら笑ってくれるかな。
「セッカは優しい子ね……はい、これに着替えて、帰りましょう」
今日はもうおしまいなんだね。暗くなったからかな。外の世界は明るくなったり暗くなったりするけど、わたしは明るい時の方が好きだなあ。
「セッカ、どうしたの? 部屋に戻ってって言ったでしょう」
……まだ眠りたくないよ。起きて、ムラサメさんと一緒にいる。培養槽の外に出てから、起きててもムラサメさんがいない時間が長いから寂しいよ。
「……」
ムラサメさん、悲しそうな顔してる。そんな顔見たくないのに……わたしが寝ないから?
「違うのよ……ああ、本当にごめんなさい……」
そんな顔しないで! わたし、ちゃんと寝るよ! いい子にするから!
「セッカ、じっとしてて……」
――わたし、ええと……抱き締められてるんだね。ムラサメさん、温かくていい匂いがするね。でもわたし、ちょっと体温が上がってるみたい。このまま一緒に寝てもいい?
「駄目よ、あなたの部屋はあっち。私はちゃんとモニターから見てるから、安心して眠るのよ」
ええ、だめなの? あっ、今、なんだか50回目の覚醒の時みたい! ムラサメさん、あの時初めて眼鏡を外してくれたよね。それから、顔を培養槽にくっ付けて――。
「……あの時のことは、もう忘れて。さあ、もう眠る時間よ」
忘れる……忘れるの? わたし、あの時のことは――あれ、なんだろう、変な気持ち。でも、ムラサメさんが触ってくれたから、もう眠るね。おやすみなさい、ムラサメさん。
「おやすみなさい、セッカはいい子ね」
また一人ぼっちになっちゃった。カメラだけがこっちを見てて、なんだかラボの中みたい。でも、ちゃんと眠らなきゃ。『おやすみ』、これは――。
睡眠中に記憶を自己整理します。言語、地形図、海図、星図、磁場の分布、剛性、靭性、弾性、展性、粘性、モース硬度、解剖学、生理学、神経学、系統分類学、最大射程、弾道計算、発火点、統計学――他のことも、ちゃんと覚えてる。あっ、あの時のことは忘れないんだよ! そう、忘れちゃだめ、ムラサメさんのことは。まだ記憶量に余裕があるんだから。ちゃんと専用の領域に、話したことと、一緒に見たものを覚えておけるもん。近傍の記憶を整理します。皮膚感覚の測定結果――そうだ、あの時は確か……ムラサメさんの指が、わたしに触って……どうしたんだろう、体が熱くて、ムズムズする。ムラサメさん、ムラサメさん……。
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ムラサメさんより早く起きるの、初めてだなあ。それに、ムラサメさんより上位の権限のヒトに連れて行かれるのも初めて。今日は、このヒトの言うことを聞けばいいのかな。銃を持った男のヒトばっかり。わたし、今日はムラサメさんとお散歩する約束だったんだけどなあ。いい天気だね。
「セッカ、丘の向こうが見えるか?」
見えるよ! たくさんテントが張られてるね。
「そうか、詳しく報告しろ」
銃を持ったヒトが20人立ってるよ。テントの中には全部で488人いる。みんな殺しちゃうの?
「そうだ。お前は俺がこの笛を吹くまで側にいろ」
うん。うまくできたら、褒めてくれるんだよね!
「よし、各中隊の長に告ぐ! これより――」
ヒトは脆くて弱いんだよ。ちょっと押したり引いたりしたら、すぐ駄目になっちゃう。それに、今日は武器もあったし。……でも、あんまり楽しくなかったなあ。あんなにヒトを殺したかったのに、どうしてだろう。眠いなあ、血液の匂いがする……。
「――どうして無断で連れ出したんですか! 私の許可なく管理区域から出さない規定のはずです!」
あっ、テントの向こうにムラサメさんがいる? ムラサメさん、怒ってるのかな。どうしたんだろう。
「有事の際には我々が法律だよ、主任研究員。君らのアレのお陰で随分損害が少なくて済んだ、礼を言う。アレは天幕の中にいる。多少損傷しているが、すぐ治るんだろう」
「今後は必ず私を通してください! 失礼します――」
ムラサメさん! 迎えに来てくれたんだね。
「セッカ……怪我したの?」
損傷は軽微です。全て治癒しました。あのね、わたし219人も殺したよ! さっきのヒトも褒めてくれたんだ。でも、ちょっと疲れたかな。
「……帰りましょう」
ムラサメさん、褒めてくれないの。わたし、もっと頑張らないといけないんだね。
「……」
服が皮膚に張り付いて、変な感じ。髪の毛も固まっちゃったみたい。
「帰る前にシャワーを浴びて着替えようか。確か、向こうのテントに――」
ムラサメさん、手、を……やっぱり繋がなくていいよ。血液で汚れちゃうね。ヒトは血液が嫌なんだよね。
「服、脱げる? 処分させるから、破いても構わないわ」
じゃあ破いちゃうね。ムラサメさんも早く脱いで!
「ええ、ちょっと待っていて……」
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……なんだかふわふわしてる。シャワーを浴びながら寝ちゃったんだっけ。ここはどこかな。ムラサメさんはどこ?
誰もいない、真っ暗。わたし、一人ぼっちなの? ムラサメさんに置いていかれちゃったのかな。でも、ムラサメさんの匂いがする。下から――あれ、わたしが着てるの、ムラサメさんの服みたい! 大きいなあ、ムラサメさんの服。なんだか抱き締められてるみたいだし、ムラサメさんが触ってくれてるみたい。じゃあ、寂しくないね。寂しく……ない?
なんでだろう、すごく寂しいよ。匂いがするのに、全然嬉しくない。ムラサメさんに触りたい……どうして? このまま一人でいたくない。早く、早く……。
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「――きゃっ⁉︎」
あれ? ムラサメさんだ、どうしてわたしの下にいるの?
「ひとりでに覚醒した……? ううん、それより、眠ったまま動いたの? セッカ、脳に異常は――」
異常ありません。わたし、ムラサメさんに触りたいって思ってたんだよ。触っていい?
「心拍数が――セッカ、いい子にして、私の上から退きなさい!」
……どうして、触っちゃいけないの? ムラサメさん、わたし、わたしね。
「殺人衝動なんてまさか、朝あれだけ――待って、ちゃんと計測させて!」
体が熱い。なんだかクラクラする。ムラサメさんの手、ヒンヤリしてるね。
「セッカ、これで少しは落ち着く?」
ううん、抱き締められるとドキドキする……ムラサメさん、あのね。
「……うん?」
手で触って。どんどん熱くなって、駄目になっちゃいそう。
「そう……そうよね、ホムンクルスだって、生物なんだから」
……どういうこと?
「なんでもないのよ。セッカ、他の人には触られていない?」
うん。ムラサメさんじゃないと嫌だし、こんな気持ちにはならないよ。わたし、駄目になっちゃうのかな。
「大丈夫、そんなことにはさせないわ。じっとしていてね、今服を脱がせるから」
このままでいいから、早く触って。ムズムズして変な感じだよ。
「そう。セッカ……」
……ムラサメさん、辛そうな顔してる? わたし、わたし……なにも考えられない。
「……すごく熱い。体温を下げたほうが――」
だめ、やめないで。もっと触って。ムラサメさん、もっと――。
「――セッカ、こっちを向いて」
頭の中が真っ白。でも、ムラサメさんの声はちゃんと分かる。あれ、ムラサメさん、眼鏡を外してる。そっか、こうやって顔をくっ付ける時に、ぶつからないように、するんだね。ムラサメさんの唇、柔らかくて――。
「――ごめんね、ごめんなさい。でも、何も分からないままでいて。私一人が勝手に苦しんでいるだけなんだから……」
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あれ、もう明るくなってる! ムラサメさん、これってお寝坊さんっていうんだよね。
「あら、おはようセッカ。今日はお休みよ、昨日頑張ってくれたから、そのご褒美ね」
そっか! 昨日はちょっと遠くまで行ったもんね。あと、ちょっと遅く寝た……のかな? どうしたのかな、うまく思い出せないよ。
「これは何回目の覚醒?」
119回目です。うーん、118回目の記憶がはっきりしないよ。ムラサメさん、側にいてくれた?
「前回はね、夜中にひとりでに覚醒したのよ。時間も短かったし、特別なことは起こらなかったわ」
……そうなんだ。でも、今日はすごく頭の中がスッキリしてるよ! どんどん学習できそう! ムラサメさん、外に出ようよ!
「ふふ、セッカは元気ね。じゃあ、今日もお出かけしようか。どこに行きたい?」
高いところ! 記憶した地形図との整合性を確認したいんだ。
「あら、衛星写真のデータに不備があった?」
ううん、本物を見てみたいの。どこがいいかな。
「そうね、電波塔にでも登ってみる?」
うん! お出かけ、楽しみだね!
わあ、展望室だと遠くまで見えるね! ええと、ムラサメさんのシェルターはあっち! それで、あっちは海! 今日は大潮だから、海岸線はおよそ――。
「ふふ、セッカが楽しそうで嬉しいわ」
え? うん、楽しいよ! あっ、ムラサメさん、PDAが鳴ってるよ。
「そうね、ちょっとお話しさせて。……はい、ムラサメです。はい、ええ……そうですか、構いませんが、今回は……はい、ご協力感謝します。では、また」
あっ、シラサギが飛んでる! ここからだったら、投石で落とせそう!
「野生動物をむやみに傷付けては駄目よ。セッカ、明日またお仕事だからね。この前と同じ隊長さんについて行ってね」
うん! 明日も頑張るよ。今日は早く寝ようね!
「そうね。そろそろお昼にしましょうか」
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隊長さん、霧が出てるよ。向こうがよく見えないね。
「そうか、お前にも見えないのか。どちらにせよ霧が晴れるまで待とう」
うん。今日は何人いるのかな? 早く帰って、ムラサメさんとごはん食べたいな。
思ったより早く終わっちゃった。手の指が折れちゃったけど、もうすぐ治るかな。ちゃんと一人でシャワーも浴びたし、隊長さんにも褒めてもらえたし、ムラサメさん、喜んでくれるかな。早く会いたいなあ……。
……また体が熱い。ムラサメさんのことを思い出してたからかな。テントの外はもう暗くなっちゃったよ。ムラサメさん……。
「待たせてごめんね、セッカ。怪我してない?」
完全に治癒しました。ムラサメさん、早く帰ろう。ムズムズして変な感じなの。
「――そう、もう少し我慢してね。自分で立てる?」
平気だよ。でも、なんだかぼんやりしてて……。
「きっと、セッカはお仕事の後にはそうなるのね。大丈夫よ、私が治してあげるから」
……治せるの? わたし、ムラサメさんに――。
「触ってほしいでしょう?」
うん。わたし、どうしたのかな。
「もうすぐ着くわ。そうしたら、沢山触ってあげる」
……うん。早く……。
さっき……わたし、痙攣してた……けど、大丈夫……なの?
「大丈夫よ、正常な反応だから。意識ははっきりしてるわね、もう大丈夫?」
まだ体温と心拍数と呼吸数が……あれ、眠くなってきちゃった……。ムラサメさん。
「なあに?」
わたしを触ってた時、ムラサメさんも……心拍数が上がってたけど、大丈夫?
「――ええ。セッカ、もう眠っていいのよ」
……うん。そういえば、うまく思い出せないけど……いつか、顔をくっ付けてくれたよね。
「……」
あれは、もうしないの?
「……そうね。本当はいけないことだから」
そうなんだ。でもわたし、すごく嬉しくて……ムラサメさんが、好き……って……。
「セッカ、もう……ああ、眠ったのね。明日になれば、きっと忘れてる。そうじゃないと、私が――」
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訓練が早く済んだし、わたしがムラサメさんを迎えに行こうっと! ムラサメさん、こっちにいるんだよね! 建物の地図も覚えておいてよかった。
「――どうしても駄目ですか」
「本当にごめんなさい。今は自分の仕事で精一杯なんです」
あ、ムラサメさんだ! 男のヒトと話してるんだね。お仕事かなあ、邪魔しないほうがいいのかな。
「でも、僕はずっとあなたを見ていたんです! これからだって、支えになるくらいできますよ!」
「お気持ちはありがたいのですが……なっ、なにを……!」
あれ? 壁の向こうだから見えないけど、ムラサメさんは嫌がってるのかな。助けなくちゃ!
「……やめてください!」
そのヒトは誰? どうしてムラサメさんに触ってるの? 嫌、やめて!
「え――セッカ⁉︎ ホムンクルスです、私から離れてください!」
「え?」
ムラサメさんから離れて! わたし、殺さないことだってできるんだから!
「うわっ! ……あ、これが噂の9番槽か。本当に培養槽の外に出てる……」
ムラサメさん、大丈夫? ムラサメさんの嫌なヒト、全部殺しちゃうよ。
「駄目よ、彼はラボのスタッフだから安心して。すみません、セッカをシェルターに送らなければなりませんので」
「……はい、また」
ムラサメさん、本当に大丈夫なの? わたし、なにか間違えた?
「私は大丈夫よ。セッカは私を助けようとしてくれたのよね。ありがとう、いい子ね」
よかった、褒めてくれて嬉しいな。でも、さっきのヒトは嫌い! ムラサメさんに触ってたし……あれもお仕事なの?
「お仕事ではないわ。さあ、シェルターに帰ろうね。手を繋ぎましょう」
うん! ムラサメさん、あのヒトに触られるのは嫌だった?
「そうね、嬉しくはなかったわ」
わたしが触るのも嫌なの?
「セッカは――ホムンクルスだから、特別よ。2人だけの時なら、嬉しいわ」
そうなんだね! 2人だけの時かあ、ヒトは複雑だね。
「そうよ。でも、セッカは分からなくてもいいのよ」
そっか、わたしホムンクルスだもんね。強化されてる分、ヒトとは違うんだ。ムラサメさんとも違うんだよね。違うって、不思議だね。
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……今日もお仕事だった。でも、今日は前と違って、最初からヒトが戦ってるところに呼ばれた。途中で脚がちぎれそうになっちゃったから、ここに戻ってきたんだっけ。うまく思い出せないなあ。記憶が損傷してるのかな。治癒が済んだら、確認しなくちゃ。頭がぼんやりする。
「セッカ、しっかりして! 私が分かる?」
ムラサメさん! ムラサメさん、ごめんね、まだ左脚が治ってないから、今は立てないの。……あれ、ムラサメさん、泣かないで! うまくできなくてごめんなさい!
「謝らないで、あなたはうまくできたのよ! 私は……平気だから。治癒に集中して」
ムラサメさん、すごく辛そうだよ。わたし、ムラサメさんには笑っていてほしいのに。どうしたらいいの、胸が痛いよ……。
「セッカ、手を繋ごうね。治るまでここにいるわ」
本当? 嬉しいな。もうすぐ治っちゃうよ。
「……えっ、もう立てるの?」
ムラサメさんが悲しそうにしてるから、早くシェルターに帰らなきゃ、って思って。その前に、シャワー?
「待って、治癒は終わったの?」
内臓を修復中です。平気だよ、早く帰りたいよ! わたしね、ムラサメさんに触りたいんだもん。
「分かった、じゃあもう帰りましょう。シャワーは帰ってからでいいわ」
ああ、眠くなってきちゃった……でも、またムズムズしてきたし、わたし――ムラサメさんに……。
「セッカ、大丈夫? もうシャワーはやめる?」
ううん、まだ少し髪が汚れてるから。ねえムラサメさん、しゃがんで。
「どうしたの、これでいい?」
うん。どうかな、これでもう悲しくない?
「抱き締めて……くれるのね。セッカは優しいね……ありがとう」
ムラサメさん、震えてるよ。寒い?
「いいえ、違うのよ。セッカがいい子だから、嬉しくて……」
そっか、えへへ。わたし、ムラサメさんが好きだから。ずっと笑っててほしいんだよ。
「……ありがとう、私も――ううん、セッカ? 膝が震えてる! ここに座って!」
……シャワー、さっきよりぬるいなあ。ええと……そうじゃないね、わたしが熱くなってるからなんだ。ムラサメさんに触ってたから……。
「帰ってからでよかった……セッカ、ここで触ろうか?」
ううん、お部屋まで我慢するよ。だから、ベッドで……。
「分かった、もう少し待ってね」
――また忘れちゃうのかなあ。ムラサメさんに触られてる時のこと、知ってる気がするのに、全然思い出せない。頭が真っ白になって、力が入らなくなって、それで……ムラサメさんが顔をくっ付けてくれる、気がする。でも、次の朝には全部忘れちゃう。覚えておきたいのに、また、すぐ――。
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「――戦死者が増えてきたな。セッカが出てから劇的に減っていたのに」
「セッカは力不足ですか?」
「まさか、最初に培養槽から出たホムンクルスがこれなら大いに後発にも期待できる、って上が大はしゃぎだったよ」
「それなら……いいのですが」
「ムラサメもよく頑張ってるじゃないか。若い君が活躍してくれると、我々も負けてはいられない、と思うよ」
「ありがとうございます。それで、お願いしていた件ですが――」
「なんとか調達してみたよ。ヒトの治療用なんだが、本当にいいのか? 全体的なパフォーマンスの低下が心配なのだが」
「お手数をおかけして申し訳ありませんでした。最終的には本人と相談して決めます」
「……立ち入ったことを聞くようだが、これまでは――その、君が?」
「……ご想像にお任せいたします。では、訓練の時間がありますので」
ムラサメさん、遅いなあ。訓練が終わったら一緒に鳥を見に行きたいのに。
「セッカはムラサメ研究員が好きなのね」
うん、大好き! 先生もムラサメさんの次に好きだよ。
「あらあら、嬉しいわねえ。はい、測定終わったわよ。骨密度問題なし。さすがホムンクルスちゃん」
えへへ、褒めてくれてありがとう!
「すみませんドクター、お待たせして……セッカ、嬉しそうね」
うん! 先生が治癒した左脚を診てくれたんだよ。褒めてもらっちゃった。
「私もホムンクルス並みの健康体が欲しいわ。それで、お願いって?」
「その前に、セッカと話させてください。セッカ、お仕事した後に体がムズムズするでしょう。あれが収まる薬をもらったのよ。注射で済むけど、投与しようか?」
注射したら、ムズムズしなくなるの?
「そうよ。いつも……大変でしょう?」
そうしたら、ムラサメさん……わたしに触ってくれなくなるのかな。
「セッカ……」
「ムラサメ、自己処理させたら? そちらの課長は能力低下を心配してるようじゃない」
「いえ、私は――」
わたし、ムラサメさんに触ってほしいよ。ムラサメさんじゃないと嫌。
「……」
「ムラサメ、私もセッカと少し話すわ。あんたが恥じらってるとこを見るのもやぶさかじゃないんだけど、ちょっと外してて」
「ドクター、なにを……」
「大丈夫よ、ちょっとヒアリングするだけだから!」
先生、わたしとお話ししたいの?
「そういうことよ! よその事情に首突っ込むのはデリカシーに欠けると思うけどね、私もムラサメ研究員とセッカが好きだから」
そっか! よく分からないけど、お話ししようね!
ムラサメさん! 先生が呼んでるよ!
「結論から言うと、自己処理は無理ね。ムラサメ、あんた自身が負担に感じてる?」
「いえ、そういうわけでは――ただ、毎回辛そうなセッカを見ていると……」
「それだけ?」
「……な、なんでしょうか」
先生、ムラサメさんをいじめないで!
「はい、ごめんね。あんたまさか、同僚に言い寄られてんのになびかなかったのってそういうこと?」
「わ、私はそんな……!」
先生、いじめちゃだめだってば!
「ごめんごめん、セッカは本当に可愛いのね! そういうことなら今回はやめときなさい。薬は私が預かっておくからさ、もしセッカと離れ離れになるようなことがあったら――その時はまた、ね」
「……はい」
「さ、訓練の時間よ? セッカ、今日も頑張れ!」
うん! 先生、またね!
「失礼します……ねえセッカ、ドクターになにを聞かれたの?」
ええと……ひみつ! ムラサメさんが恥ずかしがるから黙ってて、って。
「……そう。セッカは恥ずかしかった?」
『恥ずかしい』って、よく分からない!
「そうだったわね……ああ、もう……」
ムラサメさん、恥ずかしいのかな?
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あっ、ツバメが飛んでるね。今日はいい天気でよかった、遠くまでよく見えるよ。
「……様子がおかしいぞ、セッカ、あの陣地が見えるか?」
うん! ヒトは1人もいないよ。でも、ライトは点けてあるんだね。
「まずい、偽の陣地か! 本部に連絡を――取れない⁉︎ クソ、やられた……!」
あれ、どうしたの? まだ1人も殺してないのに、もう帰っちゃうんだ。もうおしまいかな。
……シェルターが燃えてる。ムラサメさんのシェルターも……ムラサメさん、今日はラボに行ってるかな? ムラサメさんが燃えちゃったらどうしよう、燃えちゃったら……そんなのは嫌。
「セッカ、周りを見ろ! 敵影はあるか!」
あっちにヒトがいる! わたし、先に行っていい?
「よし、ただし確認したらすぐ帰ってこい!」
うん。炎の中だって平気だよ、肺が焼けたってすぐ治癒するもん! ヒトが倒れてる、みんな死んじゃったんだ。あれは……ええと、識別票がないから、殺していいヒトだ!
「おい、子供がっ――」
「こいつ、例の――」
このヒトたちがシェルターを燃やしたんだ! ええと……20人、これで全部かな? 隊長さんのところに帰らなきゃ。
「全滅させろとは言ってないぞ、全く……」
ううん、何人か生きてるよ。お話しするかなあ、と思って。
「よし、学習の成果だな。こいつらは向こうへ――」
ムラサメさん、ムラサメさん……どこにいるの? 燃えちゃってないよね。
どこまで行っても、火が出てばっかりでよく見えないなあ……ずっと治癒してたから、少し疲れちゃったし。ムラサメさん、どこかなあ。
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……ムラサメさんの匂いがする。泣いてるみたい、どうしたのかな。
「セッカ……あっ、目が……セッカ! 大丈夫なの?」
ムラサメさん! ムラサメさんだ! よかった、やっと会えたね! ここは……あ、前わたしがいたラボだね!
「そうよ、9番培養槽の置いてあった部屋。外はひどい爆撃を受けてね、ほとんど……なにも……」
ムラサメさん、泣かないで! ほら、抱き締めてあげる。
「……セッカが無事でよかった……」
うん! わたし、皮膚と呼吸器の治癒でちょっと疲れただけだよ。隊長さんがこっちで好きにしてていいよ、って言ったから。
「そんな……セッカを置いて行ったってことは……」
ムラサメさん、大丈夫? どこか痛い?
「いいえ、私はどこも怪我してないわ。それより、セッカ……髪の毛が」
あ、焼けちゃってるね。これは治せないなあ。
「培養槽で再構成しましょう! 必要な栄養素も補給できるし、汚れも落とせるわ」
そっか! また培養液の中に入るんだね。久しぶりだね。
「……気分はどう?」
再構成も終わったし、元気が出てきたよ。ガラスの壁越しのムラサメさん、久しぶりだなあ。
「そうね、初めて会った時のことを思い出すわ」
外、静かだね。他のヒトたち、燃えてないかな。
「……」
大丈夫だといいね。スタッフのヒトとか、先生とか、隊長さんも。みんな強化されてればよかったのにな。……あっ、ねえ、ムラサメさん。
「ムズムズしてきたの?」
……うん。培養槽から出てもいい?
「ええ。もう十分そうだし、今出してあげる」
ラボの中は、外よりヒンヤリしてる。暗くて夜みたいだけど、外も暗いのかな?
「はい、体を拭こうね。今日はここで一晩過ごすつもりだったけど――ベッドなんてないし、そうね……」
……ムラサメさん、体が熱いよ。
「もう少し我慢して。そうだ、備品室……」
わ、真っ暗。電気は点けないの?
「……ああ、発電設備が駄目になったのね。ラボは自家発電で稼働できるから……でも、これでいいわ。ええと……あった、暗幕。さあ、ここに寝て……もう少し待ってね、私も服を――」
脱いじゃうの、どうして?
「あのね、もしかしたら……これが最後かもしれない。だから……」
……ムラサメさん?
「……泣いてる顔を、セッカに見せたくないの。暗いままで許してね」
どうして? ムラサメさん、わたし……ああ、まただ。また……頭の中が。
「セッカ……」
……熱いけど、ムラサメさんの体も、同じくらい――。
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……暖かい。あれ、わたしどうしたのかな? ここ、真っ暗だけど、どこなんだろう。あっ、ムラサメさんだ! 眠ってるのかな。一緒に寝ちゃったんだね。起こさないように……あっ、服を着てない! ムラサメさんもだ、燃えちゃったのかな?
「……ん……?」
あ、ムラサメさん! おはよう。
「おはよう、セッカ……」
わたしの服、燃えちゃったんだっけ? 新しいの、あるかな。
「あ……! ごめんね、ここにはないわ。私の替えの白衣を着てくれる?」
ムラサメさんと一緒だね! ふふ、嬉しいな……わ、どうしたの?
「ここから出る前に、セッカを抱き締めたくなったのよ」
えへへ、ムラサメさんは柔らかいね! ねえ、顔をくっ付けていい?
「え――ええ。じっとしてて……」
ふふ、ありがとう。これで、忘れないですむよ。
「あ……! セッカ、その、今のは……ううん、いいわ。覚えていてね」
うん! じゃあ、服を着たら外に出よう。
「投降か?」
「……はい」
銃を向けてくるヒトだ! すぐ殺しちゃうのに、手を繋いだままなの?
「その子供は?」
「セッカ、大丈夫?」
うん!
「おい――」
このくらいなら、全然疲れないよ。
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「――ムラサメ、君が無事でよかった」
ね。でも、隊長さんたちは死んじゃったんだよね。
「おかげで戦争が終わったのよ」
そっか。もうお仕事はないんだね。わたし、兵器だから。
「ああ。戦時体制が解かれたので、我々も解散だな。ホムンクルスも速やかに処分するように」
「――」
わたし、処分されちゃうんだね。こういうの、仕方ない、って言うんだっけ。
「ムラサメ? どうした、方法なら君が考案したのがあるじゃないか。君にしかできないんだぞ」
ムラサメさん、わたしムラサメさんになら処分されてもいいよ。そのために作られたんだもん。
「ほら、聞き分けのいいやつじゃないか。3日以内にしろとの通達だから、頼んだぞ」
「……はい」
ムラサメさん、お別れだね。会えないのは寂しいけど、わたしがいなくなっちゃえば、わたしは寂しくないから。
「……セッカ」
そんな顔しないで。笑って。
「セッカ、私ね――」
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……あれ、わたしまだ生きてる。培養液の中に薬を混ぜたら、それで全部なくなっちゃうんじゃなかったのかな。ムラサメさん、どうしたの?
「セッカは、私がいなくなったら寂しい?」
うん。でも、大丈夫だよ。ムラサメさんはここにいるもん。
「私……私もね、セッカがいなくなるのは寂しいの。だから……」
そうなんだ。ごめんなさい、わたしが兵器だから。
「あなたは悪くないのよ。お願い、聞いてね……ずっと一緒にいてくれる?」
うん! でも、わたし処分されちゃうんじゃないの?
「できるわけないじゃない、あなたは大切な――ううん、あなたが兵器でなくなれば、きっと許してもらえるから」
そんなこと、できるのかな。
「……きっとね。ヒトと全く同じにはなれないけれど、それでいい?」
ずっと一緒にいられるなら!
「記憶の一部が引き出せなくなるけど、許してね」
うん、大丈夫だよ。ムラサメさんのことは、ちゃんと覚えておくもの。他のことは忘れても、大好きなムラサメさんのことは――。
「ありがとう。私もセッカが好きよ」
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ムラサメさん、起きて! お仕事に遅れちゃうよ!
「……ん? ああ、本当ね。起こしてくれてありがとう」
おはよう、ムラサメさん!
「おはよう、セッカ。ふふ、髪の毛がくすぐったいわ」
ちゃんと服を着てから寝なきゃ、風邪引いちゃうよ。ヒトは風邪を引くんだから!
「そうね、気を付けるわ。朝ごはんは何がいい?」
ふふふ、先生が教えてくれたから、わたしが作ってみたんだよ! 鶏の卵を焼いたのと、パンを焼いたの! うまくできたと思うよ、見て見て!
「えっ、セッカが? ……待ってて、今服を――ああ、本当に朝食ができてる! えらいわ、いい子ね」
えへへ! ね、新しいことを覚えたから、ご褒美……くれる?
「ふふ、今夜ね。楽しみにしてて」
やったあ! はい、顔を洗って、歯を磨いてきてね。座って待ってるから!
「ええ、すぐ戻ってくるわ――そうだ、セッカ!」
なあに?
「150回目の覚醒ね。おめでとう。そのお祝いの分も……たっぷりしないとね」
わたしとムラサメさんが新しいシェルターに来て、わたしは兵器じゃない、ただのホムンクルスになった。ヒトを殺したくなると、何をしようとしてたか忘れちゃうようになったんだって。ムラサメさんは薬を作る研究所で、仲良しの先生と一緒に働くことになったんだけど、わたしは薬の効き方を調べる実験体にしてもらったから、ムラサメさんと一緒に新しいラボに通ってるの。これも人類の希望、なんだって。わたしの今度のお仕事はあんまり疲れないし、体がムズムズしたりもしないけど、ちょっとだけ退屈だから、新しいことをたくさん覚えるようにしてるんだ。だって、ここには入力装置がないんだもん!
先生が言ってたんだけど、わたしとムラサメさんは……家族? ってことになってるんだって。だから、名前を聞かれたら「セッカ・ムラサメです」って答えないといけないんだよ。ムラサメさんじゃないのにムラサメって、変な感じ。
ムラサメさんはよく笑ってくれるようになったし、毎日嬉しいことがいっぱい。それに、時々いい子でいられたご褒美をくれるんだ。ご褒美の中身は、ムラサメさんが恥ずかしがるからひみつ! ……ひみつなんだけど、先生は「分かっちゃった」って言ってたなあ。
「セッカ、お仕事に行こう」
今日も頑張ろうね。オートロック異常なし、今日もいい天気だね!
「ええ。はい、手を繋ごうね」
うん! ムラサメさんと手を繋げるの、嬉しいな。
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小さな希望は小さいまま、大きな希望は大きいまま。割れずに残って、これからも続く。