藪をつつくと蛇が出る
はじめまして
気の向くままに書いてます
よろしくお付き合い下さい
「っは、はぁ、はぁ、っ聞いてない、聞いてない…こんなのっこんな…」
「くそっ、何なんだよ!あんな魔法いつの間に覚えてやがったんだ!くそがっ!俺の腕がっ!さっさと回復しろよ!」
「…あ、あ、目が…ない、僕の目が…」
血の海の中で蠢く三つの影。
一つはぼろぼろになった漆黒のローブを纏っているが、本人の血を吸ったそれはぐっしょりと濡れ、飽和量を越えた液体は倒れ付した地面にまで赤い染みを拡げている。
一つは地面に方膝を付き、己の右腕を抱き込むように抱えているが、そこには既に抱える右腕は無く、少し離れた地面に己の右腕であったものが剣を握ったまま落ちている。
一つは元は白かった法衣を赤く染め、 顔中を鮮血に染め、己の目玉があった場所を押さえている。だが、その手が触れるのは生温かい血と、蛙の卵のようなぶにぶにとした感触だけである。
命を賭けた最期の抵抗により、最早三人には周囲に目を向ける力さえ残ってはいないが、その周囲にはあらゆる部分を切断されたおびただしい数の、かつては人間だった物が転がっている。
その中で唯一、原型を留めた亡骸。
甚大な被害をもたらす魔法を放った存在。それはかつて勇者と呼ばれていた男だった。
魔王の復活により危機に瀕した世界を救う為に、異世界から召喚された青年。
三人はその青年と共に魔王討伐の旅をし、見事魔王を打ち倒した仲間であった。表向きは。
真には、魔王討伐を果たした後で勇者を暗殺する任を受けた者達だ。
魔王亡き世界の覇権を望んだ王族にとって、使命を果たした勇者は無用の長物。勇者の名声は王族にとって邪魔でしかなく、勇者さえいなければその名声は勇者を召喚した王家に向けられる。
本来であれば魔王を討伐したその場で勇者を亡き者にし、激闘の末の殉死とするのが理想であったが、すんでの所で勇者に感付かれ、逃がしてしまうという失態を犯した。
そこで王族は今度は勇者を新たな魔王のように吹聴 した。
魔王を倒す程の力を得た勇者が、世界の覇権を欲した、と。
束の間の平穏に安堵 していた民は、面白いようにその狂言に煽られた。
救った筈の世界が掌を返したように敵になる。
誰一人救いの手を差しのべないその世界で、勇者は徐々に追い詰められていった。
いかに強かろうと、たった一人で寝ずの番を続けられる筈もない。どれ程屈強であろうと消耗していく。
そして遂に数十人の騎士と、かつての仲間に取り囲まれた勇者は、力尽きた。
勇者は三人が知る以上に手強かった。
だが、命尽きた一介の騎士達と違い、腐っても魔王討伐を成した三人は命を繋いだ。
後は後続の兵士達に救助されさえすれば、時間は掛かるだろうが傷を癒し、望み通りの報償を受けられる。
三人の顔に安堵と愉悦が浮かんだその時、場違いな拍手の音が草原に響いた。
「やぁ、面白い物を見せてもらったよ」
「…な、んで」
腕を失った騎士が見詰める先には、倒れた勇者の傍らに立つ、無傷の勇者の姿があった。
「どうしたんだ?幽霊でも見たような顔をして。ああ、これかい?」
勇者は勇者の亡骸に視線を向け、つい、と指先でなぞる。すると亡骸は見る間に崩れ、泥の塊に変わった。
「泥人形にちょいと魔力を込めた人形遊びだよ。やっぱり強い魔法を使うと壊れてしまうね」
「ひっ、ば、化け物!」
目を失った法医術師が這いずるように逃げを打つ。
目が見えない分より鋭利に感じる、先程の勇者とは桁違いの魔力を持つ勇者に、体が条件反射で動いたのだ。
「そんな…いつの間に入れ替わって…」
「ああ、違う違う。君達と旅をしてたのも魔王を倒したのもこの人形で間違いないよ?人形にすり替えたのは召喚された時だからね」
「な、ん…!?そ、んな…」
勇者はクスクスと楽しそうに笑う。
「そもそも前提から違うんだって」
勇者はよいしょ、と血塗れの地面に腰を下ろす。
「俺を召喚した魔法陣は太古の昔に封印されていた遺物だろ。それに何百もの魔法使いの血を吸わせてやっと稼働させる事に成功した。っていうかそんな禍々しいものから出てくるのが勇者とか、怖くない?」
勇者は切り離された戦士の右腕を拾うと剣を捨て、その右腕を枝代わりに地面に円形を二つ描く。
「あれは確かに異世界間の転移魔法陣で間違いないんだけど、何のためにあんなに厳重に封印してたと思ったの」
指示棒のように戦士の右腕を操るそれはまるで出来の悪い生徒に丁寧に教えるようであった。
「こっちは魔法があるけど科学の無い世界。あっちは科学はあるけど魔法の無い世界。なのに何で俺に魔法が使えると思う?」
「は…?」
魔法を使える事が当たり前だったこの世界の人間である魔法使いには、勇者の言わんとする事が理解出来ない。いや、かなりそれ以前の辺りから理解出来ていない。
そんな魔法使いに勇者はかつて見せていた仕方の無い弟を見るような瞳で苦笑する。
「俺は元々こちら側。っていうかあの魔法陣作ったの俺だし。ちょっと異世界に散歩に行った隙に向こうの世界に封印されちゃってさ。」
勇者はあちらの世界では極々普通の人間であった。
それは己の力の源である魔力が存在しなかったから。莫大な魔力を喰らい莫大な力を発揮するその存在の在り方さえも変えた。
「主様、余興はその位でよろしいでしょうか?」
いつの間にか勇者の背後に立っていた男に、少なくとも視力のある二人は息を飲んだ。
「魔、王!何で!?死んだはずじゃ…っ!!」
堪らず叫んだ魔法使いは、勇者の傍らにある勇者であった泥の塊に言葉を失った。
「何で俺が俺の可愛い臣下を殺すのさ」
魔法使いの脳裏を過った余りにも恐ろしい考えに、解答を出すように勇者が笑う。
かつて浮かべていたお人好しな雰囲気の笑みとは種類の違う、どこか艶やかなそれ。
戯れに猫を撫でるかのように魔王の冷利な目元をなぞる勇者の指は、長い戦いの旅で身に付いた筈の剣だこも傷も、何一つ無かった。
まるで神の天恵でも得ているような恍惚の表情を浮かべる魔王は、恭しく勇者の体を抱き上げる。
「普通の人間、っていうのもそろそろ飽きてたんだ。ふふ、その点は愚かな人間にも感謝かなぁ」
魔王の腕の中で勇者が指を振れば、遠くで山が一つ消え去った。
「楽しい余興のお礼に、俺も全力で御返しするよ」
楽しみにしててね、と。
その言葉を最後にそこに勇者の姿も魔王の姿も無かった。
草原にはただ、三人の絶望の叫びだけが響いていた。
主人公。他称勇者。自称はしないので何であるかは不明。封印される前は一応神様みたいな存在だったが、人間に封印されたので飼い犬に手を噛まれた気分。従順で一心になついてくる魔族が可愛いので今は一番近いのは魔神とかかなぁ、と本人は思ってる。
魔王。主人公がフラリと異世界に散歩に出掛けた隙に主人公が作った魔法陣を封印され、部下達と共に怒り狂って人間に攻め入った。
能力的にはめちゃくちゃ強い訳では無い。本物の勇者が現れれば一対一なら殺されちゃうかも知れないねー、大国の軍隊とか普通に死ぬし!!くらい。なので長い間人間の管理する魔法陣に近付けなかった。
魔法使い、戦士、法医術師。王族の口車に乗って勇者暗殺に加担した。順調に成功したとしても今度は王族お抱えの暗殺者に殺される役処。
王族。捕らぬ狸の皮算用。