そんなに好きじゃないつもりだったけどそうでもなかったらしい
キーワードの特殊性にお気付きの方、それに嫌悪を示す方は閲覧をご遠慮ください。前話のままの雰囲気で終わらせたかった方も、閲覧をご遠慮ください。続編の要望が多かった事と、構想がすでにあったので書きましたが、思った以上になんともいえない仕上がりになりました。
「基ー。宿題やってきたー?」
「沢田……丸写しをしない姿勢は偉いと思うけど、俺は君の教師じゃないよ」
ぎりぎり、と耳に不快な音が届いて、何人かが眉を顰めた。
「えー、友だちが友だちの勉強を教えるのは別に普通じゃん」
「あいにくと俺は普通に変らしいからね。あんまり続くようならきちんと報酬をいただくよ」
ぎりぎりぎりぎりぎり。不快な音はどんどん大きくなる。
「なんだよ、根に持つなんて男らしくない!」
「昨今は雄雄しいだの女々しいだの関係ないと思うけどなあ」
「めんどくさい!」
ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり――。
「やめい!」
「あだっ」
スパン、と真ん中を射抜くかのような気持ちよい音が、不快極まりない音を止めた。
「えのちゃん、痛い」
「あんたの歯軋りに周囲がおびえてるから」
「えっ、私そんな事してた?」
無意識だった私は、まさかさっきから耳に響く音が自分から出ているものとは思わず、何だろうこれはすごく嫌な音だな、なんて呑気に考えていた。そんな私に呆れながら、丸めた教科書を伸ばしつつ――さっきそれで私の頭を叩いたのか――相変わらずだね、とえのちゃんは呟いた。
やばい、当人には聞かれてないよね。私が慌てると、えのちゃんは、さすがに向こうにまで響くボリュームじゃなかったから、と頷いてくれた。それに安堵して息を吐く。そんな私から視線を逸らして、えのちゃんは私がずっと観察していたふたりへと顔を向ける。
「あんた、何だって未だにそうなわけ? もう沢田に嫉妬する事もないじゃん。個人的には眼福だけどねえ」
「腐った目で私の嫁を見るのはやめてもらおうか」
「誰がお前の嫁だ、きもい」
「あんたのがきもいわ! 言っておくけど私はそっちの属性ないんだからね! お前みたいのがいるからもれなく女はみんな腐ってると思われるんだ!」
「同族嫌悪ってやつ? やだやだ、女って」
「世の中にはそのジャンル無理な奴がいるって知れよ! 知ってください、お願いします!」
知っている人は知っている会話、その世界に造詣のない人にはまったくわからない会話。何人かは気まずそうに目を逸らし、何人かは意外そうな視線を寄越し、その他は何が何だかわからないという顔をしている。教室だった事をお互いに一瞬忘れていた。えのちゃんと私は気まずくなり、そそくさと教室を出る。
「あんたが突然素に戻って会話をするから! バレちゃったじゃない!」
「別に知ってる人には隠してないんでしょ?」
「一般人に知られるのはリスキーだってあんただってわかってんでしょうが」
「えー、まあそうだけど、わかんないでしょ今の会話だけじゃ知らない人には。知られた所で私はそっちとは関わりないし? そもそも私は既存の物に対してヒロインをさしおいてまでどっかの男といちゃこらさせるあの界隈が苦手なんだよ」
「私もそっちは好きじゃないって言ってるでしょ! あくまでもオリジナルが好きなのであって!」
「でも現実でも男性同士のああいうの見てテンション上がるじゃんよ」
「そのくらいは許してくれたっていいじゃない!」
涙目になるえのちゃんに、何が「そのくらい」なのか、基準がよくわからないが、わかったわかったとため息を吐く。
こういうオタク談義になると、お互いに喧嘩になり、やがて口汚い罵り合いとなり、泥沼になるので適当な場所でいつも会話を切っている。いや、私も別に、腐女子が嫌、とかではないよ? ただ、女のオタクってみんなそうなんでしょっていう世間の誤解が嫌なんだよ。坊主憎けりゃの世界なのはわかってるんだけど、ある程度は当事者に愚痴りたくなってしまう。というか、甘えてるんだ、この目の前の友人に。許してくれるくらいにすごく優しいって知っているから。しかもえのちゃんってオリジナルオンリータイプだから、そこも好感を持っている。いや、外の世界から見たらそんな細分化された愚痴とか知らねえよって話なんだけど。あと、女の子ヒロインを愛でる嗜好も持ち合わせてるから話が合うっていうのもある。結局は私より大人なんだよね。あ、落ち込んできた。
「急速に仲良くなった私たちを不審がるクラスの人たちいまだにいるみたいね」
「いやしょうがないよ……オープンに出来る趣味でもないしさ」
ため息を吐くえのちゃん――榎本哉深に、私は苦笑いをする。実はそうなのだ。お互いに、同じ出身だというのに中学時代は知らなかったけれど、私が読んでいた小説がきっかけで、同じ趣味だと知ってから、急速に仲良くなった。
「でも、親戚だっていうのはびっくりしたけど」
「いやー、私も知らなかったんだけどねえ。小説読まないし」
「えのちゃんは専ら漫画だもんね。でも、名前の一字を貰ってるんでしょ?」
「うん、親は彼女みたいに強く自分の道をきりひらけるようになって欲しいって付けたみたい」
彼女、というのは、私が読んでいた小説の作者さん。その名前に、同姓同名の親戚が居て、私は一字貰ってるんだよって言って、えのちゃんの親に確認してみたら本当に本人だったらしいというびっくり仰天な事実を後から教えて貰ったのだ。しかし、そんな近くに有名作家がいたというのに、しかも名前を一字貰っているのに知らなかったなんてちょっと天然が入っているえのちゃんらしい。親御さんも、言ってなかったかしら? なんて首を傾げていたらしい。だからそれが原作の映画の試写会の招待券がきたんだって感動してたもんなあ、えのちゃん。
「だからって私に本人に会わせてーとか言わないあんたもけっこう変だと思うよ」
「友だちになりたいって思った人にそんな事を言うわけないでしょー。それに本人に会いたいって気持ちはなくはないけど、そこまでじゃないし。なんか作家先生て気難しいイメージあるしね」
「みっちゃん、けっこう優しいよ? まあちょっとキツイ印象あるけど」
ふうん、と首を傾げつつ、少し嬉しそうににやけるえのちゃんが可愛くて、思わず頭を撫でる。えのちゃんはちょっと対応に困ってるけれど、まんざらではない様子だ。うーん、天然てとっても罪な可愛さだ。もてるのがよくわかる。
「で、さ。どうして優花は、未だに沢田に嫉妬してんの?」
「え? いや、あははは」
「俺の嫁発言しておきながら」
「……忘れてください」
あれ、本当に失言でした。かなりいっぱいいっぱいでした。ていうかもう、どうして私はこうなんだろうか。はあ、とため息交じりに思わず肩を落とす。
沢田というのは、基くん――て未だに照れる――に呆れられていた友人のひとり。彼がクラスに馴染むきっかけを作った生徒で、私は急速に距離を詰めた沢田にものすごい嫉妬心を抱いている。俺の嫁に近付くんじゃねえ! といきりたつくらいには嫉妬している。そこでそういう発想になるのが私の残念具合がよくわかる。
「まあ、私もそういう、現実の色恋、得意じゃないけどさあ」
苦笑するえのちゃんは、しかし男性をお付き合いをした経験がないわけではないのだ。というか、異性の友人も多く、だからそういった面ではあまり苦手意識はないらしい。ただやはりもっと根本的な部分で、私やえのちゃんのような人種はどう折り合いをつけていいのかがわからないのだ。趣味を理解してもらいたいわけではない。けれど自分という存在を認めてほしい。許してほしい。しかしそれは、とてもとても難しい事だと誰よりも知っていた。えのちゃんの恋は、そういう背景からか、なかなか上手くいかない。同じ趣味同士ならば、とも思うけれど、そういう人は警戒心からなのか、えのちゃんを嫌悪する傾向が強く、そこに割って入れるほど精神は強くない、とえのちゃんはいつも肩を落とす。
――で、私は、というと。
まあ、典型的な、男性が苦手なタイプなんですこれまた。お笑い種ですけどね! 異性だと意識するとやたら緊張してしまい、上手く喋れない。そこから、誤解が生じる。所謂、大人しい文学少女なのだ、と。
否。断じて否! 私は大人しくもなければ、文学少女――じゃないとは言い切れないけれど、所謂オタクだっていう事実とはかけ離れた場所にキャラを設定されてしまう。この赤面症ともいえるほどに簡単に赤くなる顔面のせいで! 何さ男なんて、ちょっと身体がごつごつしてて声が低くて女にはないものを持っているだけの同じ人類じゃない! 何をそんなに緊張する事があるのか! と。頭ではわかっているのに。
「昔のトラウマ、まだ引き摺ってるのね」
「いやー……もう立ち直っていいと思うんだけどね。私が醜い嫉妬心を抱いている沢田だって、すごくいいやつだよなって思うし」
私は人間不信でもなんでもない。異性が苦手なだけ。それには理由があって。
よくある痛々しい話ではあるんだけど、私は、大好きだったアニメのマスコットキャラの人形がどうしても欲しくて、小学生の時、家庭科の授業の課題でひとりひとつ好きなフェルトのぬいぐるみを作るというものがあったので、何を思ったのかそれを幸いだと自作してしまったのだ。そしたら目ざとく気付いた男子生徒のひとりが、気持ち悪いと笑い出した。
――それって夕方にやってるアニメのやつだろ! 俺知ってる、日比谷みたいな奴ってオタクって言うんだぜー。きもちわりい!
クラス中に響く大声で、小学生男子なんてその場のノリだけで生きているわけだから、仕方ないとは思うんだけど、笑い者にされて。私はそれ以来、すっかり男の人が苦手になってしまった。女の子はみんな、可愛いし持ってて恥ずかしいものじゃないし、どこが問題なの? なんて言ってくれて。その頃から女の子は可愛い、可愛いは正義、なんていう感情も芽生えたかもしれない。こじらせてんなー、自覚してます。
でも。男性が皆そんなんじゃないって、今はわかってるんです。その上で、一方的だけれどいくつか恋も経験してるんですよ。ただ、昔を思い出してどうしても緊張しすぎて、おかしくなってしまうというだけで。
「でも、クラスの女子とかもけっこう皆あんたの素を知ってから面白がってるよね」
「ああ。えのちゃんと一緒にいるようになってからみんなと話す機会増えたもんねえ」
素の私は、わりかしお調子者な傾向があって、面白いと笑ってくれる子がほとんどだ。中には引いちゃう子もいるけれど、それはしょうがない。人間だし、すべての人から好かれたいなんて思わない。しかし、中身残念なわけですよ、私は。だからこその悩み。
――私を大人しい文学少女だとすっかり思い込んでいるかもしれない想い人と、どうしてお近付きになれましょうか。
「えっ、あれから一回も接触してない!?」
「……基くん、携帯電話を持ってないんだって。だから、話すとしたら直接しかなくて。まずは間接的に距離を詰めようと思ったんだけど、それが出来なくて……そのまま」
図書室での衝撃的な出来事があってから、実に一ヶ月が経過していた。すっかり親しくなったものと思い込んでいたらしいえのちゃんは、毎日にやにやしながら私に近況を求めてきたけれど、そのたびに何も進展していないと言うのが心苦しく誤魔化していた。今日やっと事実を話せて、ちょっとすっきりしている。早く言えばいいのに、とえのちゃんは若干呆れ気味ではあるが。
「でもそっか。いきなり直接はハードル高いか」
「うん……あとやっぱり、素を隠したいわけじゃないんだよね。見せて呆れられちゃったら、それはそれで仕方ないよなって」
「そうだねえ……でも、吉村ってけっこう大丈夫そうな気もするけどなあ」
そういう事を気にしなさそう、と呟くえのちゃんに、私は何とも言えない気持ちになった。変な話、罵られる事はないんじゃないかなっていう、どこか信じている気持ちはある。勝手に理想化して、勝手に失望するのもおかしいから、あまり期待しないようにはしているけれど、私の事が受け入れられないにしても、それを責めるような人ではないんじゃないかな、という、どこか楽観的な期待だ。
しかし、しかしである。残念な自分を見せるのが怖いと思っているのも認めなければいけない。何よりも、そういう面を見せるまでに至らない。いかんせん、まったく緊張が抜けないのだから。
「優花もやっかいな男に惚れたもんだよね」
「別にやっかいなんかじゃないよ。大体、沢田はずるい。私のが全然早かったのに」
「また嫉妬かい」
むっつりと唇をとがらせる私にツッコミを入れるえのちゃんは楽しそうに笑うけれど、私は真剣だ。だって、そりゃあ、自分が何も行動していない結果だってわかってるけれど、わかっているんだけど! 先に彼に気付いたのは、私だったのに。
本を読んでいる事は、そんなに多くはなかったけれど、無機質な瞳が彩られる瞬間に、鼓動は跳ねた。彼は無感動なんかじゃない。達観した人間なんかじゃない。きちんと物語と向き合って、泣いたり笑ったりしているじゃないか。何よりもその瞳が、感動を表している。微かな変化かもしれない。けれどとても感動屋だと知った瞬間から、もっと色んな瞳が見たくなったのだ。
現実の人間に対しては、興味がないのも本当かもしれない。だからこそ、近付きたいけれど自分がその殻を破るなんて根性は出せなかった。そこは本当に情けないなって思うんだけど。すごく感情豊かなんだって知っていたんだからね! あんたが最初じゃないんだからね! 沢田この野郎! 風邪引け!
「まーた脳内で沢田に悪態吐いてるでしょ」
「べ、別に本人に直接絡んだ事とかないもん」
「沢田もその内に気付くんじゃないの? その時に変な方向に誤解されないように気を付けなよ」
変な方向とは。
私が首を傾げいてると、えのちゃんは苦笑した。普段けっこうしっかりしてるくせに、そういう所は鈍いんだからって、呆れた声で言われてもわかんないよ。はて。
「……にしても。意外だなあ」
「ん?」
「いや、吉村。向こうから何かしらアクションあるんじゃないかって思ったけどねえ」
「…………」
「ん? ちょっと、まさか?」
えのちゃんの言葉にぎくんと肩を揺らした私に、えのちゃんが険しい表情を向ける。ち、違う、誤解だ! 私は慌てて首を振った。
「べ、別に避けてたとかそんな事はしてないよ!? さすがに好いた人とお話出来る機会を逃すような馬鹿な真似はしないし! ただその。直接的な接触は無理だから」
「だから?」
「だからつまり――文通? いや、交換日記が正しいのか?」
首を傾げつつ言う私に、えのちゃんは私と同じように首を傾げた。疑問符いっぱいの顔をして。あら、ひょっとしてこの言葉、死語? 今の若い子に通じない? って私も若いじゃないですかー! やだー!
「脳内で暴走しないで会話をせんか」
「いだっ」
ぱしっとはたかれて、私は頭をさする。いかんいかん、つい悪癖が。
「つまりはね? 文章で親交を深めているわけなんですよ」
「……さすがに何なのかはわかってるよ。あまりにも予想外だったから驚いただけ」
「ああ、まあ、そうだよね」
会うととにかく赤面ばかりでまともに話せない私を見かねてか、基くんが提案してくれたのは、交互におすすめの小説や、その他に相手に質問したい事なんかを文章に纏めて会話をしないか、というものだった。最初は手紙形式にしていたけど、保管も困るしノートにしようとなって、つまりは交換日記のような形態に落ち着いたわけだ。今時、私たちの親世代だって若い頃にこんな事をしていないかもしれない。そう考えると実に古風なまわりくどい交流だといえるだろう。そりゃ絶句もしますわ。
「しかし、本格的にカウンセリングを受けた方が良いレベルなんじゃないの?」
ちょっと心配そうに眉を顰めたえのちゃんに、私は慌てて日常会話程度ならば本来は支障がないのだと補足説明する。いやほんとに。あそこまで赤面するのも、滅多にないんだよ、最近は。
「その……もしかするとなんだけど、相手が基くんだからなのかも」
「ああそっか。好き過ぎて意識しちゃうみたいな事?」
「…………うんまあ」
「照れるなよ」
「だって――まさかこんなに好きだとは、自覚してなかったんだもんよおおおおお」
「お前いまだいぶ恥ずかしい発言してるぞ」
えのちゃんのツッコミに気付かぬふりをして項垂れる。何とでも言ってくれ。私は愛に生きる孤独な旅人なのさ……って言っててわけがわからないけど。
なんかなー、だってなー、ここまで好きだとは、あの瞬間まで本当に自覚してなかったと思う。こう、半ば諦めてて、見てるだけで幸せ、なんて思ってたし。沢田の一件があって、吉村くんて良くない? なんて言い出した女子生徒がちらほら現れてからは、おい沢田てめーふざけんな横断歩道で転べとか物騒な事を思ったりもしたんですけどね。てへ。
「誰かが隣に並ぶのかもしれないと思ったら――ねえ」
嫌だなって。思っちゃったのは自然なのかもしれない。それだけ、自分で自分を守る為に気持ちをおさえこんでいたのだろう。
「だったら尚更、会話出来るようにならないとだねー。脈はあるみたいだし頑張れよ!」
「う、うん」
背中を叩かれて励まされて、赤面しながら頷く。そうなんだよね。名前を覚えてくれていた事といい、交換日記を提案してくれた事といい、憎からず思われている程度には自惚れてもいいよね? 基くんの場合、それは恋とか愛とかそういうんじゃなく、純粋な人間としての興味かもしれない。ていうか、そっちの可能性が高いと思う。今まで人に興味が抱けない自分に苦しんでいたんじゃないかって、何となく思うから。それも沢田と接してる態度で思ったんだけどね、チッ。でも、それでもいいんだ。興味ない人間の名前は覚えないけれど、私はそのハードルを越えている。だから、他の女子生徒よりも距離は近いはず。それにはまだ恋愛要素なんてなくたっていい。焦らないで、まずは今日よりも明日、彼に近付ける自分になろう。
しかし――具体的に何をすれば良いのだろう。今までは文章で会話も楽しかったけれど、最近は人気が急上昇している基くんの様子に、若干の焦りも出てきている。とんびに油揚げは沢田だけでじゅうぶんだ。
うーん。
「…………何とも思ってない男子となら、すぐに会話出来るようになるかなあ」
「ん?」
「いや、リハビリじゃないけど。そしたらひょっとすると基くんとも普通に会話出来るまでの時間が縮むんじゃないかなって」
「ああ、いいかもねそれ」
なるほど、と頷くえのちゃんは、誰か友人を紹介しようと言ってくれた。
「最近やたらと機嫌がいいな」
「うるさいよ。それに触ったら二度と宿題を見せない」
予告なく訪問するにしても、部屋に勝手に上がり込み、なおかつ人の物を勝手に漁ろうとするとは。相変わらずがさつな幼馴染みだ。拓真は俺の言葉に本気を感じ取ったのか、浮いていた腕をさっと引っ込めた。
しかし、自分でもうかつだと思った。優花さんとのノートを机に出しっ放しにしておくとは。帰って来てすぐに読むのが習慣になっていたとはいえ、拓真の奇襲は今に始まった事ではない。管理はしっかりとしておくべきだった。俺は鍵付きの引き出しへとそれをしまうと、何事もなかったかのように改めてベッドへと腰かけた。拓真は地べたに座りつつ、ポケットから携帯電話らしきものを取り出してそれを眺めていた。
「で。なんか進展ないのか?」
「拓真……別に親のように心配しなくてもいいんだよ」
「いや、純粋な好奇心」
手元を動かしていたがやがてそれも終わったのか、ポケットに機械をしまい直して、こちらへと瞳を向ける。
「あと、宿題わかんないから教えて」
しまってあった折りたたみの机を取り出すと、拓真が勉強道具を鞄から出し始める。こいつ、夕食をたべていくつもりだな。おばさん、今日はパートだって言ってたっけ。
「まったく、お金を取りたいよ」
「ああ、信が言ってたよ。かなり助かってるって」
「沢田ってノブって言うの?」
「信弘な。お前、名前くらいおぼえろよ。日比谷はつくづく特別枠なんだな」
「まあね」
あっさりと認める俺をにやにやしながら眺める拓真に、勉強するつもりがないなら明日は好きなだけ教師に説教されろと言えば、すいませんでした、と頭を下げてきた。……やっぱり沢田と拓真はよく似ている。
進展か。
まあ、現状を話すつもりはないけれど。進展と呼べるのかどうかはわからない。ひょっとすると変な方向へ進んでいるのかもしれないし。けれど、他の男子生徒よりは近しくなっていくのではないかという希望的観測にすぎないかもしれないが、そういう目論みではいる。最終的には誰よりも近くに居たいわけなので、現状に満足するつもりはないが。
「なんか、悪い顔してんな」
「……そう?」
「うん、なんか企んでる顔」
「そうかもね」
まじまじと見つめて言われて、思わず苦笑がもれる。変な所で勘がいいやつだな。まあ、まさかここまでの欲望を抱くとは思わなかったけれど。執着とか、恋情とか、そんなものとは無縁な世界にいたわけだし。脈があるのかもしれないなんて一回でも期待出来る立場になったら、本当に恐ろしいな。留まる所を知らずに次へと進みたくなる。逃がしたくはない。だから、この先どうしたものかと考えているけれど。
「まあ、変な虫がいたら容赦はしないよ」
「うわあ、日比谷逃げてー」
「失礼だな」
今出来るのは、ライバルの排除くらいだろう。大人しい彼女であるから、同じく好かれるのは大人しい人種が多い為、今の所は安全だけれど。たまに、世慣れている男が彼女を気に入る事がある。そういう奴は絶対に近寄らせないと決めている。どんどん侵食されていく。感情に。けれど、そう悪い気分じゃない。
「――やっぱ機嫌いいなあ、基」
「そうかもね」
拓真の言葉に、俺は笑って頷いた。
確かに。
確かに、紹介してくれるとは言った。異性の友人を、紹介してくれるとは言った。言ったけど。
「えのちゃん?」
「いやあ、ほら。変に普通の人とかだとやっぱ緊張しちゃうかしらと思ってさ。だったらいっそ嫌われてもいいくらいの相手のが適任ではないかと」
「おい榎本、どういう意味だよ」
困惑した様子の沢田が、私とえのちゃんを交互に見ている。それはそうだろう。お昼を食べ終えて、まだ昼休みが終わらない少しざわついた様子の図書室というこの場に、呼び出された理由もきちんとは知らされていないらしいのだから。
「あ、言っておくけど、あんたの事を好きで紹介してくれって頼まれたとかではないから。それ百パーないから」
「何度も念押しするなよ! 傷付くだろ!」
「あ、そこは念押ししたんだ」
「これでもかってくらいにね。だって、うっかり惚れられたらやっかいじゃないの」
いや、私相手にそんなほいほい惚れないと思うけど。きょとんと私がえのちゃんを見ると、えのちゃんは最近お馴染みのちょっと呆れた様子でため息を吐いた。沢田もなぜか微妙な視線を寄越してくる。
――見るんじゃねえよ、沢田のくせに。
「え!?」
「え!? やば、声出てた?」
「ばっちりと」
目を剥いて驚愕する沢田の様子に、しまった、と口元をおさえたがもう遅い。えのちゃんは、いいからもっと話しかけろ、なんて笑っている。いや、さすがにかわいそうだよ、サンドバッグじゃないんだから……。ていうか私も、普通に会話すればいいんだよね、罵る前提じゃなくね。
「あのさ、沢田――くん」
「いや、沢田でいいよ。あの、それで、何で俺呼び出されたの?」
「ええと、洗いざらいこうなったら話そうかなって思うんだけど」
事情が事情だし、私の異性への苦手意識を克服するのに付き合ってもらうにしても、どうしてこうも沢田へと攻撃性を露にしているかの理由を話さないといくらなんでも理不尽だろう。人間性は信頼出来るし、本人にもらす事はないと思うし。えのちゃんも、その辺を信用しての人選だろう。
「それはいい、けど…………あの、日比谷、さん?」
「私も日比谷って呼び捨てでいいよ」
「うん、ひび、や…………く、苦しい」
――私は無意識に沢田の首を絞めていた。
「ごめん、まじでごめん。無意識」
「いや、無意識のがこええんだけど。俺、いつか殺されたりしないよな?」
「ごめんごめん、あのさ、沢田、とりあえずビンタしていい?」
「よくねえよ! おい榎本、どういうことだよおおおお!」
半泣きで叫ぶ沢田に、えのちゃんはさすがにここまでと思っていなかったのか、ごめんごめんと軽い感じで詫びる。沢田は混乱の極みからか、えのちゃんの背中へ縋りつき、助けてくれ、とそこから動かない。なんと情けない。こんな男が私の嫁を、一気に衆目が集まる場へと押しやったのだ。裏庭にひっそりと咲く野花を、その手で手折り、花屋へと売り飛ばしたのだ。その後どうなるかなど考えもせずに。なんと浅はかな。その罪はあまりにも重い。
「優花めっちゃきもい」
「え? やべ、声に出してた?」
背中にへばりつくのをやめた沢田は、えのちゃんの横に並ぶと、首を傾げる。
「花って――ひょっとして、基の事?」
「俺の嫁を気安く呼ばないで貰おうか」
「だからそれやめろ、きもい」
「あだっ!」
えのちゃんが容赦なく私の頭をはたく。やめて、そんなに出来の悪くない頭がいよいよ残念になるからやめて!
「えーと…………?」
さすがに処理しきれないのだろう、情報量が多すぎるのだ。私はさすがに冷静さを取り戻すと、ばつがわるくなって頭をかいた。
「ごめんね、実は私、ずっと沢田に嫉妬してたんだ。基くんが素敵な男性だって知ってるの私ひとりだと思ってたから。その事実を、他の人にまでわざわざ親切に教えてくれやがった沢田が、ついでにずっと呼びたかった名前でやすやすと呼びやがった、パーソナルスペースにあっさり侵入しやがった沢田が憎くて憎くて憎くて憎くて」
「わかった、すげーよくわかった、もういい」
こわい。
またも半泣き状態の沢田に、気付けば私はゼロ距離で詰め寄っていたらしく、慌てて距離を取る。沢田は安堵の息を吐くと、つまり、と頷いた。
「俺に嫉妬するほど基が好きなんだな、日比谷は。それはわかったけど、今日の呼び出しは何? 協力してほしいとかそういうの?」
図書室の、しかも本棚が並ぶ奥まった場所へと連れて来られれば、そりゃあ何事だと思うだろう。私とえのちゃんは揃って再度詫びの言葉を告げた。そしてやっと、真意を伝える。
「いや、協力には違いないんだけど、その――私が男子に対して妙に緊張しちゃうたちなのって知ってる?」
「あ、やっぱそうだよな? 俺の勘違いかと思ってたけどそうなんだよな?」
「いや、うん、本来は。ごめんね、なんか怒りが緊張を凌駕するらしく、沢田に対しては全然大丈夫みたいだわ」
私の言葉に沢田が何と言っていいものかわからずに閉口していると、とにかく、とえのちゃんが続きを引き継いでくれた。
「個人的な接点はすでにあるのよ、優花と吉村くん。ただ、赤面症が治らなくてまともに会話を出来なくてね。リハビリじゃないけど、話し相手になってやってくれない?」
「そういう事か。いやまあ、かまわないけどさ……俺にはもう大丈夫なわけだし、あんま意味なくないか?」
「そこだよね……」
まさかこんなに完全な素を出せるとは思ってもいなくて、私はもとよりえのちゃんも眉根を寄せて考え込んでいる。沢田と会話を重ねたところで、私の苦手意識は克服されていくのだろうか。
「でも日比谷っておもしれーなあ。普段からそういう感じで全然いいのに」
「沢田いいやつすぎて涙出てくる……ごめん、嫉妬してごめん……風邪引けとか思ってごめん……一週間くらい学校休めとか思ってごめん……!」
浅ましい人間は私だ! 沢田すまん! なんかおごる! 泣きながら私が詫びると、沢田は慌てて首を振った。
「別にいいよ。友だちがそこまで好かれるの悪い気しないし、実害はなかったんだし。これからはもうちょっと嫉妬しないでくれるとありがたいけど」
「ううう……沢田……なんて、なんて神々しいんだ……! 自分の醜さがよくわかる!」
「沢田、あんたもうちょっと考えて生きないとこの先とんでもない目に遭うわよ」
「まあそれもいい勉強なんじゃないの?」
あっけらかんと言うこの男、あまりにもいいやつすぎて心配になるレベルだ。えのちゃんは天然なところもあるけど基本的にしっかりしてるからお似合いなのではないか。彼ならえのちゃんを受け入れてくれそうだ。貰ってくれないかな俺の第二の嫁。
「あんたさっきから思考がダダモレてんだよ!」
「あれっ!?」
またしても頭を容赦なくはたかれて、沢田がけらけらと笑う。
「いやー、俺みたいな奴じゃ嫌だろ榎本は。もてるじゃん、おまえ」
「え? いや別にそんな嫌とかないけど! さ、沢田こそもてるし、もっといいひといるでしょ」
「え? いや、俺こそそんな。むしろ光栄だけど」
え、え。何かなこの空気。私、退散するべき? もじもじしながら、じゃあ、今度どっかふたりで行く? とか言ってるし。おい、私をさしおいて一足飛びで仲良くなるなよ、さみしいじゃないか。末永く爆発しろとか言った方がいい?
「何をしてるの?」
え!?
予想外な声に驚いて固まる。先ほどまで浮かれた空気を出していた場が、一気に緊張感に包まれた。沢田とえのちゃんは、私の背後に視線をやって、驚愕に目を見開いている。
「あの、ど、どうなってる?」
「基がめっちゃ睨んでる」
「え、やっぱ、まじで、基くん立ってる?」
「うん、まじまじ、振り返ってみ」
「いや、なんか背中が寒くて勇気がわかな」
「――ねえ、優花さん?」
ひいっ!
聞いた事もない、とんでもなく低い声。一体どうして、私はそんな声音で背後から声をかけられているんだろう。思わずえのちゃんと沢田の方へと逃げようとしたら、素早く背後の彼に腕を掴まれた。
「俺の質問を無視して、どうして沢田なんかと話すの? しかも、普通に会話してるね。俺とはまともに目も合わせてくれないのに」
「え、う、あ」
やばい、本当に基くんだ。生だ、生基。どうしよう、何か言わなくちゃ。言わなくちゃいけないんだけど、何も思いつかない。唇を動かそうにも、まるで何かに邪魔されてるみたいに、声が出ない。
「そんなに――俺が嫌い?」
「そんなわけあるかあああ!!!」
あまりにも傷付いた瞳で言われて、私は反射で返した。しかしどうした事か。基くんは、まるでそう返ってくるのがわかっていたかのように、壮絶な色気を纏った笑みを浮かべている。
あれ? おかしいな、基くんの背後に何かどす黒いものが見えるぞ。私の嫁はこんな雰囲気を纏っていただろうか。固まっている私を別段気にするでもなく、背中に腕を回してまるで抱きしめているかのような形を取る基くんに、私は赤面するしか出来ない。
「沢田、今回はいいけど――必要以上に優花さんに近付いたら容赦しないよ」
圧のかかったその声に肩を揺らす沢田が視界に入り、私は思わずかばうように声を荒げた。
「え!? 違うよ! 沢田には私から頼んだんだよ! あいつは悪くないし神々しいほどいいやつで」
「――へえ、そうなの?」
しまった。なんか、下手うったっぽい。沢田が、もういい、といわんばかりに涙目で首を振っている。私もごめん、と眉尻を下げると、ぐい、と顎を掴まれた。
「目と目で会話とか。いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「え? あの」
「まあ、沢田が悪くないってのはよくわかったよ。おいで」
「ちょっと吉村! 傷付けたら容赦しないからね!」
私を連れ去ろうとする基くんに、えのちゃんが釘を刺すように待ったをかける。まじ女神。心の友よ。しかしそんなえのちゃんの発言に、基くんはさらっと流すかのような笑みを寄越した。
「――善処するよ」
「は!? ちょっと! 確約を」
「優花がいい子なら、傷付けたりなんかしないよ」
「ひっ!?」
ね、と顔を覗き込まれて震える私にまたも壮絶な笑みを見せて、結局は引き摺るように連れて行かれた。
「……ま、まあ、大丈夫だろ。両想いだろうし」
「いやそうなんだけど……優花はあっち方面、純粋培養なのよ……」
免疫がなくて心配、と呟いたえのちゃんの言葉に、沢田はあの時は何を返したらいいかわからなかった、と苦笑して教えてくれた。これはまあ、ずっと後の話だ。
「あ、あの、基くん、本当に別にその、沢田とは何ていうか何がどうこうってわけではなくて」
「うん、そうみたいだね」
「ど、どこ行くの?」
「ふたりきりになれる所かなあ」
迷いなく歩く様子は見当がついているのかいないのかよくわからない。やがて校舎の端まで来た所で足を止めた基くんは、当然のようにそこの扉を開いた。
「ここ、鍵が壊れてるんだ。使われていない空き教室だし、一部の生徒にしか知られていないからきっと見回りも来ないよ」
あ、次の授業をさぼる前提に話してる。いけませんよ、基くん。優等生ってわけではないかもしれないけど、基本的に真面目でしょう、あなたは。
腕を引っ張られて大人しく入ったけれど、ふたりきりという事実を認識して妙な緊張感が生まれる。どうしよう、どうしたらいいんだろう、どうでもいい事を考えている場合じゃなかった。
「で、沢田とは何の話をしてたの?」
「え!?」
「頼んだって言ってたでしょ? 何を頼んだの?」
「あ、や、それは、その」
さすがにそれを言うと、色々と芋蔓式に話さないといけなくなるし。いやでも、あれか? さすがに急に告白なんて勇気はないから、男子への苦手意識を克服したいと話せばいいのか?
「そもそもどうして、沢田とは普通に話せるの? 確か、俺だけじゃなく、男子全般話すの苦手だったよね?」
うわああああそれ答えられない質問じゃないですかあああああああ! 俺の嫁空気を読めええええって韻踏んでどうすうううう!
「えーと、その、あのですね」
「うん?」
だめだ、これ、何かしら答えないとそれこそどえらいめに遭うと私の本能が告げている。
「何でだか、沢田に苦手意識がなくてですね、それで、他の男性とも普通に話せるようになりたくて協力を仰ごうと」
「つまり、男性への苦手意識を払拭したいと? 克服する為に、沢田に頼んだ」
「そ、そう!」
「なるほど、それはわかった。でも――質問の答えになってはいないよね? 『何でだが』苦手意識がないなんて妙な話だ。沢田は別に女性っぽいとかいうわけでもない。理由もなく赤面症もなく話が出来るなんてちょっと納得しかねるかな」
「え、あ、わ、私にも、よく、わからな」
「ふうん?」
ずい、と距離を詰めた基くんに、私はもう勘弁してほしくて涙目だ。その理由を告げるのは、彼に告白するも同じなのだ。それだけは本当に勘弁してほしい。せめて、私がどういう中身をしているのかを知ってから。せめて、もうちょっとまともな会話が成立するようになってから。
「ねえ、わからない? 俺は嫉妬してるんだよ」
「――え」
「好きな女の子が、自分以外の男と親しくしてる、しかもそいつ限定で親しくしてるなんて、嫉妬するに決まってるでしょう? ひょっとすると俺を憎からず思ってくれているのかも、なんて期待していたならなおさら」
「え、すきって」
「優花の事に決まってるじゃないか。俺は、君が好きだよ」
は?
いやいやいやいやいや。んなわけないでしょ、こんな残念な女を好きとか、そんなわけないでしょ、あ、いや、残念な中身って知らないんだっけか、文学少女とか思われてるんだっけか、残念でしたー私でしたーって何だそれって話なんですけど。私はオタクだし、小説も好きだけど漫画もアニメもゲームも好きで、発言はとっても残念だし、基くんの事を俺の嫁とか言っちゃうし、基くんと一足飛びに親しくなった沢田が憎くて仕方なくていっつもにらんでは怨嗟の念を送っていたし、だからこそ、怒りが緊張を凌駕したからこそ沢田との会話が成立した残念具合だし。でもあいつまじでいいやつすぎて私の汚らしさがより露呈したというか――。
「そこまで」
「えっ?」
「やっぱりちょっと嫉妬するなあ。そこまで強い感情を沢田に向けられると」
「え、今の――声に出してた?」
「ばっちりと」
叫びにならない叫び声を上げた私を、基くんはおかしそうに笑う。
「よかった、俺たちどうやら両想いみたいだね」
「え? だって、待って、私は、こんな中身なんだよ?」
「うん、だから?」
「だって、だってこんな、詐欺みたいな」
「いや、文章で会話してる時点でけっこう面白味は出てたと思うよ? その暴走具合がまた可愛らしいなあなんて思ってたし。まあ、実際に話してみるとより面白くて興味をそそられるけど」
「えええええ……!?」
そんなまさか。まさかの、マニアックな趣味の方ですか。信じられない。ていうかそうか、ちょっとばれてたのかすでに。うわあ、いらん心配をしてたのか、私は。うわあ。
ずるずるとその場にへたりこんだ私を、大丈夫? と首を傾げて覗き込む基くん。ちょ、ちょっと、近くないですかね!?
「ねえ、まだ聞いてないよ」
「え?」
「俺は優花が好きだよ。優花は? 俺の事をどう思ってる?」
「え、あ、う」
「できれば、きちんと言ってほしい」
「…………」
深呼吸して、私は何とか精神統一する。ここで言わなきゃ、いつ伝えるのか。もて、もってくれ、私の心臓!
「私は」
「うん」
「も、基くんが」
「うん」
「――すんごく、好きです」
あなたの友人に、嫉妬してしまうくらい。
「わあ……すごい反則的な破壊力だ」
「え? あ、後半も声に出てた!?」
「ばっちりと」
うわあ! と慌てる私をおかしそうに笑いながら、基くんがぐいん、と私を引っ張った。倒れ込むように懐へと飛び込んだ私を、基くんが抱きしめる。
「俺、普通に面倒らしいから、よろしくお願いします」
「え、あ、わ、私も、残念女子だけど、よろしくお願いします!」
私の返しに笑った基くんは、それじゃあ、と急に爽やかだった空気を変えるかのように、何かを含ませた。
「優花がとってもいい子だったから、優しくキスしてもいい?」
お前、ついこの間まで人間に興味なかったはずなのにどうしてそんなに百戦錬磨の空気感あるんだよ!
脳内で叫んだ言葉は、ばっちりしっかり外にもれていたらしいけれど、基くんはどんなに色気のある空気を霧散させても、逃がしてはくれなかった。
「初心者なんですお手柔らかにお願いしますうううう!」
「だから優しくするよ。あと初心者なのは俺も同じだからね?」
言い聞かすかのように話すのやめてくれませんか。怖いよこのひと! 鬼畜要素あるとか聞いてないけどそんなところも好きだ私の嫁。