雨とワンピース
雨が降った後の、あの独特の匂いが鼻をつく
なんて言えばいいのかな…
コンクリートの匂い?
アスファルトの匂い?
でも、僕にとっては嫌いじゃないんだよな
梅雨
1年で1番嫌いなこの季節
僕は傘をさして家に向かっていた
土曜日だというのに、なんちゃら模擬とやらのせいで午前中がつぶれてしまった
まぁ、別に用事なんてなかったんだけど…
気づけば、いつもの神社の入口まで来ていた
ここの階段を上がって行けば、なんとか神社の境内まで行ける
…なんで"なんとか"神社なのかって?
もちろん、階段前の石柱には神社の名前が彫ってある
でも…読めない
中学生の僕には難しすぎるよ…
ここから自分の家までは、あと10分ほど
いつもなら素通りして行くんだけど…思い出してみてもわかんないんだよなぁ
この日の僕は、自然と、ごく自然と階段の方に足が向いていた
小学低学年のときは、境内で遊んだ記憶もあるんだよなぁ
中学に上がってからは、みんな部活動で忙しくなって、遊びに出かけるのも大きなショッピングモールとかになって…
僕はというと…帰宅部で、行動範囲も昔とあんま変わってないんだよなぁ
それじゃダメだと理解はしてるけど…別にいいかなって
ふぅ
少し息が上がるのを感じながら境内にたどり着く
無駄に立派な本殿が出迎えてくれた
郡司さんがいい加減なのか、決して綺麗とは言えない
こま犬なんて、苔が生え放題で、その下の石がほとんど見えていない
そんな境内に響くのは、僕がさしている傘に叩きつける雨の音だけ
模擬の途中で降り始め、今がちょうどピークを迎えている
冷たい雨で、半袖では少し寒さを覚える
「っ!?………」
そんな中に、一人の女の子が佇んでいた
僕に対して背中を向け、気持ち空を見上げている
白いワンピースに、肩にかかるくらいの黒髪
そして、傘をさしていない
ワンピースも髪の毛も、十分すぎるくらい濡れてしまっている
一体、どれくらいここにいるんだろ?…
「…珍しいね、こんなとこに人が来るなんて」
僕の気配に気づいたのか、女の子はゆっくりと振り返りながら僕に話しかけてきた
雨の音に負けず、よく透き通る綺麗な声で
「…きみの方こそ、珍しいと思うけど」
その整った顔立ちと、濡れた髪の毛が醸し出す色っぽさのせいで、少しドキドキしてしまう
年は一緒くらいかな?…
「…風邪引くよ?」
近づきながら、傘を少し傾けてみる
「大丈夫、いつものことだから」
そう言って、女の子は本殿の階段に腰掛ける
そこなら屋根があって濡れないしね
「…変わってるね」
つられるように、僕は傘をたたんで女の子の隣に腰掛けた
甘い、女の子独特の匂いに余計ドキドキしてしまう
我ながら、このときの自分はウブだったと自覚する
「きみもね…お互い様」
「うん、ここ、なにもないもんね…僕が小学生のときは、遊んだ覚えがあるけど」
「そうなの?」
「うん…あのこま犬の背中にまたがって、怒られた覚えがあるから」
「ふふっ、神社の守り神なんだから、バチがあたるよ?」
「うん、1回上から落ちて怪我した」
「ほらねぇ、ふふっ」
女の子が笑う
純粋に…可愛いと思えた
「…なに?」
「えっ?」
「今ボーッとしてたよ?」
「え?あ…うん、見惚れてた」
「…透けてるからかなぁ」
反射的に出てしまった僕の言葉
それに対して、女の子はわざと見せつけるように自分の胸のあたりを撫でるように触る
ワンピースが肌にぴったりくっついて、下の…
「ばっ…バカか!」
ピンクがチラリと目に入り、視線を外しながらそう言うのが精一杯だった
今までで1番心臓の鼓動が速い
「あははっ…冗談だよん」
そう言いながら、女の子は立ち上がり、また雨が降る中へ
「また…会えたらね」
そう言い残し、女の子は階段を降りて行った
この短時間で、からかわれて終わりって…はぁ、情けないなぁ…
それにしても、一体あの子は?…
「………帰ろ」
再び傘をさして立ち上がる
僕の独り言は、雨の音が掻き消した
そして…なんとなく、あの女の子とは、また会える気がした
翌日
降り続いた雨も上がり、初夏を思わせるような日差しの中、僕は再びあの神社に来ていた
昨日の雨が汚れを落としてくれたのか、今日の本殿は綺麗に思えた
こま犬は相変わらずだけど…
「今日は…いないよな…」
いないとは予想してたけど、そこに女の子の姿はなかった
2日連続で神社に来てれば、それこそ変わりもんだもんなぁ
「また、会えたら…か」
昨日、あの短時間だけだったのに、このときの僕は寂しさでいっぱいだった
一目惚れ…したことないけど…多分それとは違うなにか
純粋に、会いたい
純粋に、話がしたい
こんなに、誰かに興味持ったことなんてなかったんだけどなぁ
「また…会えますように」
礼儀作法なんてわかんないけど、とりあえず神社にお祈りして、僕はその場を後にした
心地よい、涼しい風が、木々を揺らしていた
その後、梅雨も明け、学校は夏休みに入った
白球を追いかける選手をなんとなく見て、ちゃっかりラジオ体操は皆勤賞で、しっかり宿題は7月中に終わりにして…
いつもと変わらないんだけど…雨の日だけ、僕は出かけていた
そう、あの神社に
僕なりに調査したところ、雨の日に、神社であの女の子に会える確率は100%だった
僕が神社に行かなかった晴れの日に、実は女の子が来ていたかもしれないけど…
僕が神社で女の子と会う日は、毎回雨だった
最初は傘さして行ってたんだけど、女の子はいつも傘持ってなくて
不思議だったけど、僕も付き合うことにして
定期的にずぶ濡れで帰ってきて、母親は不自然がってたなぁ
そして、僕もよく風邪を引かなかったもんだ
今日も僕は、神社にやってきた
もちろん雨
そして、隣にはやっぱり白色ワンピースの女の子
特にこれといって、話題がある訳じゃないんだけど…
むしろ話していない時間の方が長いんじゃないかって
でも、僕にとっては心地いい時間だった
「もうすぐで、夏休み終わっちゃうなぁ」
気づけば、もう8月後半に入っている
小学校のときは9月から学校だったのに、中学に上がってから8月最後の数日前から2学期が始まる
その分冬休みが長いらしいけど…気持ち的に…ねぇ?
「…今なんて言った?」
僕の独り言に、女の子は反応を示してくれた
なんか…いつものように透き通る声なんだけど…少し気を張ってる感じが伝わってくる
「ん?夏休み終わるなって…早かったなぁ」
「そっか…うん、そう、だね…」
段々と弱々しくなっていく女の子の声
でも、このときの僕は特別気にしてなかった
誰だって、学校が始まる前はテンション下がるし、そういうものかなって
空を見上げ、まだ分厚い雲から落ちてくる水の雫を眺める
…どれだけそうしてたかな?
ふと、大事なことに気がついた
僕、この女の子の名前を知らない
そして、僕も今まで名乗ってなかった
結構大事なことなのに…なんで今までそこに疑問を持たなかったんだろ?
「あのさ…って、あれ?」
隣を見る
そこに、女の子の姿はなかった
周りを見渡しても、やっぱりいない
ついさっきまで隣にいて、どこか行ったような感じはなかったのに…
階段の登り口まで行き、見下ろしても…
「…帰っちゃったのかな」
まぁ、会話もないのに、僕と一緒にいたって楽しくないよなぁ
はぁ…
「えっ?…」
ふと、本殿を見上げる
その先、そう、さっきまで分厚い雲が覆っていた空
その雲の隙間からは、太陽の光がこぼれていた
そして、その光は急速に広がり、辺りを眩しいくらいに照らし出す
真夏らしい、綺麗な青空が顔を見せる
「…変な天気だなぁ」
さっきまで濡れていた服が、段々と乾いていくのがわかる
蒸発現象で、当たり前なんだけど…
女の子がいなくなって、雨も上がって
「偶然…じゃ、ないよな…」
もう、女の子とは会えない気がしてならなかった
名前も知らない、白いワンピースを着た、女の子に…
雨が降った後の、あの独特の匂いが鼻をつく
大学生になった僕にも、その匂いの元はわからないままだった
高校出て、一人暮らし始めて、県外の大学に行って…
実家に帰ってきたのは、3年半振りか
相変わらず、ここの田舎は変わらないなぁ
コンビニからの帰り道
冷たい雨が降る中、僕は傘をさして家に向かっていた
気づけば、いつもの神社の入口まで来ていた
相変わらず、神社の名前は読めない
ここも、変わらないなぁ
懐かしさを覚え、僕の足は、自然と、一段、また一段と階段を上がっていく
「っ!?」
境内にたどり着き、僕は言葉を失う
そこには、一人の女の子…いや、大人の女性が佇んでいた
僕に対して背中を向け、気持ち空を見上げている
白いワンピースに、肩にかかるくらいの黒髪
そして、やっぱり、傘をさしていない
ワンピースも髪の毛も、十分すぎるくらい濡れてしまっている
僕は…嬉しかった
「…珍しいね、こんなとこに人が来るなんて」
女性は、振り返りながら僕に話しかけてくる
雨の音に負けず、よく透き通る綺麗な声だった