首無し兵士
とある王国におかしな口癖を持つ兵士が居た。
「もしも俺がこの国を守れなかった時は俺の首を落として下さい」
という内容で、聞き様によってはとんでもない台詞なのだが、その兵士は王国に対して稀に見ない忠誠心を持っており、おかげで兵士として仕える事を許されているような……大分変わった兵士であった。
そんな変わった所に好奇心が湧いたのか……不思議兵士は姫のお気に入りとなっていた。
「今日も見回りお疲れ様」
「は。」
「何も起きなかった?」
「はい。至って平和そのものでした」
「そう。いつも王国を守ってくれてありがとう」
「いいえ。しかし姫様、 もしも俺がこの国を守れなかった時は俺の首を落として下さい 」
例の口癖を言われて、やっぱり言った!と楽しげに微笑む姫。すると、丁度通り掛かった軍の隊長に「また言ってるのかコイツは、罰として素振り1000回して来い!」と怒られてしまった。
慌てて姫が弁明しようとする前に、不思議兵士は姫に一礼をして訓練場へと走って行ってしまった。
「全く、変わった奴だ……」
「でもとてもいい人よ」
まだ文句の言い足りなさそうな隊長の横で、姫は微笑む。去って行く兵士の後ろ姿を愛しげに見詰めながら…………。
そんな平和な日々が暫く続いたある日の事、姫に急な縁談の話が舞い込んだ。
相手は隣国の王で、聞く噂は悪い噂ばかりの最低な男であった。
……姫の父である王はこんな男に姫をやれる訳が無いと縁談を断り、それが隣国との戦へと瞬く間に発展していってしまうのだった…………。
街が、燃えていた。
隣国の軍勢が放った炎だ。
あの卑しい王は盗賊や罪人をも雇い、王国に攻めて来たのだ。
…………このままでは城に火の手が回るのも時間の問題……姫だけは隠し通路から逃げる様に指示をされた。
涙を堪え、両親である王と王妃の元へ戻りたい気持ちを抑え、姫は止まらずに通路を進んでいた、その時……
「姫様、ご無事で」
通路の奥に居たのはあの兵士だった。
この隠し通路を知っていたのか、しかし今はそれよりも、
「貴方も一緒に逃げるのよ……!」
腕を掴んで言う姫に、兵士は首を横に振った。
「俺はこの国を守れなかった、俺の首を落として下さい」
「今はそんな、貴方を責めるような時じゃないの!」
大粒の涙を散らして言う姫に、それでもやはり兵士は首を横に振り、己の腕を掴む姫の手をそっと解いた。
そして、兵士が次に手を取ったのは隠し持っていた短刀だった。
「なに、を………」
「姫様、俺の我侭でお見苦しいものをお見せする事になり申し訳ありません。ですが、最後はどうしても貴方に見届けてほしかったのです」
兵士の手にした短刀が自らの首に向けられ、躊躇い無く横に切り裂いた。
広がったのは兵士の赤い血ではなく、黒い闇だった。
「どこに、何処に居るの……、……!」
何が起きたのかわからない闇の中、手を伸ばして姫は兵士を探す。両親を失い、最愛の兵士をも失いたくなかった。
…………闇が空気に溶ける様に消えていく。
その先に姿を現したのは鎧を纏った首の無い兵士の姿だった。
「貴方、は…………」
驚いた表情で見上げる姫に答える事無く、首無し兵士はその場から一瞬の内に姿を消してしまった。
姫の前から首無し兵士が消えた後、首無し兵士は城に攻め込んで来た兵を瞬く間に一掃し、一人で王国全てを救ってしまった。
…………程なくして、王国には元の平和が訪れる事となった。
首無し兵士が王国を救ったその日、姫は昔裏庭であった出来事を思い出した。
幼い頃、こっそり城を抜け出して訪れた裏庭で見た事の無い宝石を拾った。その時、宝石が手の平の上から消えたかと思うとあの首無し兵士が現れたのだ。
『姫は俺を魔女の封印から解き放ってくれました。どうか貴方のお役に立たせて下さい』
そう話した首無し兵士に、
『じゃあ、私の大好きな人達が居るこの国を守って!』
と、無邪気に幼い姫は答えたのだ。
「貴方は約束を果たしてくれたのね……私はその記憶すら無くしていたのに……」
姫は記憶に残る傍らにあった兵士の姿を思い出し、一人静かに涙を流した。
首無し兵士の伝説が残る王国で、姫は己の愛した首無し兵士がいつか帰って来る日を待ち続けている。
終