06
砦の前に展開したコテラルの軍勢は大軍と言って良いほどの数だった。
だが、人間の兵士の数は強固な砦の防壁の前では大した問題ではない。
問題は竜騎兵の数だ。今回はコテラルの総力である8名が参列していた。
既に竜騎兵の姿のメルレーンとジールが砦から出てくる。
「やぁ、出てきましたね。怯えて出てこないかと思いましたよ」
クアラフタが挑発する。
「ふん!そちらこそ黒竜の恐怖は克服したのか?」
ジールが挑発し返す。
「あの黒竜をどうやって手懐けたか知りませんが、黒竜が現れたとしても充分な戦力を用意しました。今度こそ我々の勝利は確実です」
「確かに大軍だ。だが、竜騎兵の数は8名か?前回から2名増えただけではないか?あの黒竜が、それで何とかなるかな?それとも、まだ竜騎兵の数は増えるのか?」
「ふふふ。こちらの手の内が知りたいようですね。特に隠すつもりもありませんが、どうせ直ぐに解ります。ただ、それまで貴方は生きていないでしょう。ジール。私は貴方との一騎打ちを望んでいます。友人の体を使ってのうのうと生きている貴方は私自身の手で葬ってやりたいのでね!」
クアラフタの槍がジールを襲う。それをジールは鉤爪で防ぐ。
両者が打ち合う鈍い金属音が何度も響く。
2人の一騎打ちを見守るメルレーンに近づく者が有った。
「クアラフタ殿はジールには手を出すなと仰ったが、貴様は別だ。このオレの手柄にしてやろう!」
「貴様!抜け駆けする気か!」
結局、功を焦ってメルレーンに群がったのは3名の竜騎兵だった。
他の者は静観を決め込んでいる。
3人のうちの1人が、ゆっくりとメルレーンに歩み寄ってきた。
全身から高温を発しており、陽炎が揺れている。
「さぁ、まずはオレだ。熱い抱擁を交わそうじゃないか」
と、そう言う竜騎兵の背後から何かが放られてきた。
それはメルレーンの足元に落ち、そして、爆発した。
咄嗟に盾を構えるも、吹き飛ばされるメルレーン。
「おいっ!グリーチ!危ねぇじゃねぇか!オレまで吹き飛ばす気か!?」
「へっへっへ。マハッド。オレ達が行儀よく順番待ちしなきゃいけねぇ決まりなんかねぇわな」
グリーチと呼ばれた竜騎兵の右手には先ほどの爆発物が握られている。
「グリーチの言うとおり・・・」
そう言いながら両手を巨大な鋏のように変化させた竜騎兵が素早くメルレーンの元に走る。ようやく立ち上がったメルレーンに鋏を繰り出す。
「あっ!ジギドまで! ・・・手前ぇら、火傷してもしらねぇからな!」
灼熱の竜騎兵マハッドもメルレーンを襲う。
2人の挟撃を受けながらも、例の爆弾魔にも注意を払うメルレーン。
鋏の攻撃は素早いが、メルレーンの甲冑の様な外殻には致命的な傷を付ける事は出来ず、灼熱の手は鋏に遠慮してか、どこか消極的でメルレーンを掴むことは出来なかった。
爆弾は灼熱以上に消極的だった。
口ぶりの割には仲間思いだな。とクスリと笑いが込み上げる。
だが、容赦はしない。私はお前たち以上に仲間が大切なんだから。
3人の連携は稚拙で隙が有った。わずかに連携から外れた灼熱の竜騎兵を左手の盾で殴り飛ばす。
少しの間、触れただけなのに熱で拉げた盾を見てゾッとしながらも、
鋏の竜騎兵を右手の槍で横殴りにする。
次は爆弾の竜騎兵だ。とばかりに駆けるメルレーンの足を何かが掴む。
つまづくようにして倒れるメルレーン。
足を見ると、地面から生えた手がメルレーンの足を掴んでいた。
「何だ?手!?」
槍で突いて外そうとすると、自分から離れ、地面の中に逃げてゆく。
周りを見回すと、静観していた竜騎兵の1人の腕に目が留まる。
にやにやと笑うそいつの腕は、片方だけが不自然に長く伸び、地面に潜っている。
倒れたままのメルレーンに鋏の竜騎兵の鋏の切っ先をメルレーンの背中に突き立てられる。
「あぁっ!!」
痛みに絶叫するメルレーン。
「こいつ固い・・・!鋏が・・・刺さらない・・・」
「なら退け!ジギド!オレが焼き殺してやる!」
「いやっ!オレが吹き飛ばしてやる!」
灼熱の竜騎兵が一瞬早く、メルレーンに飛び掛かる。巻き添えはゴメンとばかりに飛び退く鋏の竜騎兵。
だが、同時にメルレーンも飛び退いたせいで地面相手に抱擁する羽目になる。
無様な様子の相手に反撃の機会を見出したメルレーン。
(出し惜しみは無しだ!相手は目の前の3人だけじゃない。素早く確実にやらなければ)
竜玉の力を発現させるメルレーン。白い光は未だに這いつくばっている灼熱と、その先に居る爆弾の竜騎兵を包んだ。
光が止む。
「・・・これが、体を入れ替える力ってやつか?まさか、敵に使うとは」
静観していた1人が冷静に呟く。
冷静で居られないのは体を入れ替えられた2人の方だ。
その隙をついて止めを刺すのがメルレーンの狙いだった。
竜玉の奇跡を使うのは、これで3度目だ。勝手が分かってきたとはいえ、力の消耗が激しいらしく、やはり足元がおぼつかない程だ。
だが歯を食いしばり、足に力を入れ、止めを刺すべく灼熱の竜騎兵を見る。
「おいっ!マハッド!熱い!どんどん熱くなる!どうやって止めるんだ!?これは!」
体を火柱が包み、尋常ではない高熱を発している。
これでは突き刺した槍も溶けてしまいそうだ。
それではと、爆弾の竜騎兵に向かって駆ける。
「おい!グリーチ!敵がっ!敵が来たっ!どうやって爆弾を出すんだよっ!」
突進してくるメルレーンに狼狽えながら元の体の持ち主に問うが、グリーチに答える余裕はない。
仕方なく逃げ出そうとする背中をメルレーンの槍が貫いた。
ようやく1人。と、背中越しにか細い声がメルレーンに届く。
「熱い・・・。熱い・・・。どうなってやがる、この体・・・ちくしょう」
火柱を上げながら、よろよろとメルレーンに歩み寄るが、足がボロボロに焼き崩れ、その場に倒れこみ、そのまま動かなくなった。
「自滅したか。これで2人・・・」
その様子を見ていたジールがクアラフタに向かって挑発する。
「これで6人になってしまったな。じきにワシの目の前の竜騎兵も死んで5人になるかな?」
「っ!こいつ!調子に乗りおって!」
クアラフタは静観している竜騎兵の方に向かって叫んだ。
「ザパル!ロコ!貴方達の力を見せる時です!アローニアの竜騎兵達に絶望を!」
その声に反応したのは、今回初めて姿を見せた2人の竜騎兵だった。
「やれやれ・・・。早いって。オレ達の力を使うのは黒竜相手じゃなかったのかよ。
・・・おい、ロコ行ってやれ」
「あいよー」
ロコと呼ばれた竜騎兵がゆっくりとメルレーンの方に歩いてくる。
そして、無警戒にメルレーンの目の間で立ち止まる。
「初めまして。アタシ、ロコ」
妙に丁寧に挨拶をしてくる敵に驚きながらも「我が名はメルレーン。アローニアの・・・」と名乗りを上げるが直ぐに遮られてしまう。
「あぁー!いいのよ名乗らなくたって!アタシ、人の名前を覚えるの苦手なのよ」
名乗りを遮られて釈然としなかったが、メルレーンがやるべき事は決まっていた。目の前の敵を倒す。それが出来なくても黒竜・・・ラコットが来るまでの間、敵を引きつけておく事。
体を入れ替える能力を警戒して、敵が1人ずつ向ってくるのはメルレーンにとって好都合だった。
「ならば言葉は無用!」
一旦、後方に飛び退き、槍を構えて突進する。
「ひっ!」と小さく叫び、メルレーンの槍を避けるロコ。
避けるというよりも、怯えて縮こまるような動作だ。
結果、メルレーンの槍先は肩口を深く抉る事になる。
まるで戦闘訓練を受けていない一般人のような反応に逆に警戒したメルレーンは再度、ロコと距離を取る。
「いったぁぁーい!痛い痛い痛い!遠くで見た時は、もっとゆっくりに見えたのに!避けられると思ったのに!怖いじゃない!痛いじゃない!うえぇぇぇぇん!」
子供のように泣きじゃくって地団太を踏むロコ。
顔を上げてメルレーンを睨む、その眼から涙が溢れる。
ギョッとするメルレーン。
涙が黒い。そして、流れ出ている量も尋常ではない。
涙は地面に落ち、一旦は地面に染み込んだ涙だったが、流れ出る涙と合わさって次第に人の形を成してゆく。
普通の人間と同じくらいの人間になった頃にはロコも悲壮な表情から余裕の表情に変わり、涙も乾いていた。
「ふぅー・・・!すっきりした!結構痛かったのに。出来たのは1体だけね。でも、まぁいいわ。さぁ、行きなさい!黒人形!」
ロコから生み出された黒い人形がメルレーンに迫る。
槍を繰り出すが、涙が元で出来た人形には効果が無い。
泥濘のごとく、一時的に形が歪むが直ぐに人の形に戻ってしまう。
人形の方はと言うと、メルレーンに絡みついたり、纏わりついたりと、体力の消耗はするものの、振り払うことが出来るので、こちらも決定的なダメージにはならない。
「あぁー!もう!解ってるけど、黒人形は駄目ね!肩の痛いし!イライラする!」
的外れな怒りを振り撒きながら、またも涙を流しだすロコ。
だが、先ほどとは涙の色と量が異なっていた。
先ほどよりも量は少なく、色は赤い。程なくして3歳くらいサイズの赤人形が出来上がる。
「出来た!やっぱり小さいわね。でも、充分だわ。行きなさい!赤人形!」
赤人形は黒人形に纏わり付かれて思うように身動きの取れないメルレーンに弾丸のようなスピードでぶち当たった。
吹き飛ばされ、仰向けに倒れたメルレーンに馬乗りになり猛烈な速さで殴打を繰り返す赤人形。
盾で弾き飛ばすが、黒人形と同じく、直ぐに元の形に戻ってしまう。
「これは・・・、さすがに不味い・・・元を絶たなければ・・・」
立ち上がりながら、先ほどの殴打でデコボコになった外甲を摩りながら呟く。
そんなメルレーンに、先ほどと同じ勢いで赤人形が迫る。
不意を突かれた先ほどとは違って、冷静に盾で攻撃を逸らす。
続いて迫る黒人形には対処が遅れ、取りつかれてしまうが、身動きの取りにくいままの状態で、何とか再び襲いかかる赤人形を槍で撃退する。
そんな様子を静観しているロコ達だったが、何度かの応酬が繰り返される毎にメルレーンがロコとの距離をジリジリと縮めている事に気付く。
それは人形たちの動きに慣れてきたのと、体を入れ替える事で消耗した体力を取り戻しつつあるためだった。
ロコが焦りの表情を浮かべ始めた時、クアラフタの苦痛の混じった叫びが周囲に響いた。
それは、ジールとクアラフタの勝敗が決した報せでもあった。
「メルレーン!随分と手間取ったが、今、助勢するぞ!」
ジールは気絶したクアラフタへの止めを後回しにして、ロコに向って飛ぶ。
メルレーンもまた、遂に人形達を振り切り、ロコへ突進する。
「ひぃぃぃ!2人がかりなんて卑怯よぉ!!」
ロコは恐怖に引きつらせた表情を浮かべて青い涙を流している。それはやがて、青い人形となり、ロコを守るように両手を開いてメルレーンとの間に立ちはだかった。
一瞬、警戒して立ち止まるメルレーン。
赤人形と黒人形を躱しつつ、隙を伺うが、青人形がロコの元を離れる様子は無い。
ジールの方を見ると、別の竜騎兵に行く手を阻まれている。
ならば青人形が、どんな能力を持っていようが関係ない。
得体の知れない青人形ごと槍の一撃をロコに喰らわせてやろう!
意を決して再度、突進を敢行する。
しかし、再び地面から飛び出した手に足を掴まれ、つまづくメルレーン。
「また、この手かっ!!」
倒れたメルレーンに黒人形が纏わりつき、身動きが出来なくなる。
その様子を見ていたザパルが叫ぶ。
「そのまま、そいつを捉えておけ!ロコ!赤人形は下げておけよ!そいつにオレの力を使う!」
「ええっ!?こんな奴にぃ?」
「そんな奴にビビったのは、何処のどいつだ?お前に青人形を出させる程なら充分だろうが」
「あれは・・・。後ろからも敵が来てたからで・・・」
「その前から泣かされてただろうが・・・。ま、後は任せとけ。オレとコイツにな」
ロコの肩を押しのけ、メルレーンの目の前に立つザパル。
「よぉ、まずは健闘を称えるぜ。アローニアの竜騎兵。オレの名前はザパルだ。長い付き合いになるかもしれないから覚えておいた方が良いぜ?」
「なんだと・・・?どういうつもりだ・・・?」
「ま、いいから。直ぐに解るさ」
ザパルの胸の甲殻が開き、顕わになった竜玉が光り出す。
光が止むと、そこには虚ろな表情をしたメルレーンが居た。
そのメルレーンに向かって語りかけるザパル。
「お前はオレの下僕だ。オレの為に力を使え。解ったな?」
「・・・はい」
「ロコ!ゲイル!離していいぞ!」
拘束を解かれ、虚ろな表情のまま立ち上がるメルレーン。
「まずは、あそこの翼を持った竜騎兵だ。アレを倒せ」
「・・・はい」
巨大な角を持った竜騎兵バウトスとジールとの戦いはジールが優勢だった。
バウトスは角をジールに向け突進する。それを躱しながら鉤爪で肉を抉るジール。
何度も繰り返されたやり取り。それでも、怯まないバウトスにジールは焦りを感じていた。メルレーンを助けに行かなければ。
懲りずにジールに向かって突進するバウトス。
それを飛び上がりながら躱すジールをメルレーンの槍が襲う。
バウトスを踏み台にしてジールの翼膜を貫く。
大穴があいたジールの翼は、風を捉えることが出来ずに墜落してしまう。
「メルレーン!何をする!」
地面に墜落したジールを踏みつけ、無言で止めを刺そうと槍を構える。
「無駄だぜ?翼の竜騎士よぉ。オレの竜玉の力は洗脳。そいつは、オレの言う事しか聞かないって訳だ」
「なんだとっ?!メルレーン!」
ジールが死を覚悟した時、黒く大きな影・・・ラコットが飛来した。