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05

木漏れ日が心地よい。ここはケラーネの巣。

巨木の中腹辺りに丁度良く枝が張っており、黒竜の巨体でも悠々とくつろぐことが出来る。

ラバレウの巣にも案内してもらったが、火山の麓にある殺風景な洞窟でケラーネの巣の方が断然、気に入って居ついてしまっているのだ。


でも、これじゃまるでヒモだな。などと考えているとケラーネが戻ってきた。

近くの湖で水浴びを楽しんできたようだ。


「御帰りケラーネ。また湖へ?」

「あ、うん。ラコットも行ってきたら?今日は天気もいいし、気持ちいいよ?」

「あぁ、後で行こうかな。ところで・・・」

「あの人間たちの巣なら無事だよ?さっき見たばかりだから安心して?」


人間たちの巣と言うのはメルレーンたちが常駐する砦の事だ。

最初、砦の危機に駆けつけたのは偶然だった。


元の体(でなくても、せめて人間の体)に戻りたくてメルレーンを探してアローニア上空を飛んでいたラコットは砦が攻められている所にたまたま出くわしたのだ。


アローニアの要所でメルレーンが居る砦の危機にいつでも駆けつけたいと悩んでいるラコットにケラーネが出した助け舟が彼女の能力だった。


彼女にはリュナシィの複眼のように「見る」事に特化した力が有った。

「千里眼」である。その力によって人里から離れたケラーネの巣から

砦の様子を見て、いざとなったら飛んで駆けつけようという者だった。

姉のリュナシィとは違い、戦闘には不向きな力ゆえ、ラバレウには軽んじられていた彼女だったが、今はラコットに重宝されて内心満足だった。


しかしラコットの行動は、かつてのラバレウとはかけ離れすぎている。

ラバレウは、どんな人間も区別なく皆殺しにして来た。

そんな彼が人間を守っている。


彼女の千里眼のお蔭で砦の危機に駆けつけた回数は既に3回を数えていた。

今では、砦の人間たちは歓声を上げて黒竜を迎えるくらいだ。

以前の彼とは違いすぎる。


しかし、引っ込み思案の彼女は「貴方は本当は誰?」という問いが切り出せずにいた。

ラコットの方も居心地の悪さを感じていた。


ケラーネにとって、自分の行動は不可解である事は明白だ。

あぁ、今も何か言いたそうにモジモジしている。

ケラーネの協力は必要不可欠だ。無用な不信感は避けたい。

そこでラコットは正直に打ち明ける事にした。


「あー・・・。その、ケラーネ?」


飛び上がるケラーネ。


「は、はい!」

「その・・・。ボクさ・・・そうだ・・・! ボクも湖に行ってこようかな・・・」

「あ。そうっ?そうだね。今日は天気もいいし・・・」


巣の出口辺りで立ち止まり、頭を掻き毟る様な仕草をするラコット。


「あー!もう!そうじゃなくて!」


くるり、とケラーネの方に向き直り、観念したように口を開く。


「ケラーネ!」

「ど、どうしたの?!湖は?」

「後にするよ。・・・それよりも言わなきゃいけないことが有るんだ。キミに」

「・・・うん」

「それじゃ、言うよ?」


息を大きく吸い込んで


「騙していてゴメンナサイ!ボクはラバレウとは別人なんだっ!」

「そ、そう・・・」

「え?そうって、それだけ?!」

「だって、それは、何となく・・・解ってたから」

「・・・え?そ、そうなの?」

「だって、違いすぎるもの・・・。ラバレウとは・・・。ラバレウは私にゴメンナサイなんて言わないもん・・・」

「そ、そっか」

「でも、どうして、そんなにそっくりなの?ラバレウに」

「そっくり?あぁ、そうじゃないんだ。この体はラバレウのモノさ。入れ替わってるんだ・・・中身が」


目を大きく見開いて驚いた様子を見せるケラーネ。

しかし、次第に平静に戻る。


「そういえば、体と中身を入れ替える力を持ったドラゴンが居たっけ。・・・でも、そのドラゴンは人間に討たれたって聞いたけど・・・。」

「・・・そう。やったのは多分、そいつの竜玉で竜騎兵になった人間だ・・・。そして、ボクも実は人間なんだ」


その言葉に先ほど以上に驚いた様子を見せるケラーネ。


「えぇっ!?・・・それが一番驚いたわ」

「だからさ、人間だった頃の仲間が居る砦を守りたい。それに、そこに例の竜騎兵が居るんだ、メルレーンって言うんだけどさ、メルレーンなら、ボクを人間に戻すことが出来るかもしれないんだ。だから、今まで通り千里眼の力を僕に貸してくれないか?」


頭を深々と下げるラコット。


「勿論、構わないよラコット・・・」

「えっ?!本当に?」


ケラーネの言葉を聞き、すぐさま顔を上げるラコット。


「ラバレウは私に酷い事しかしなかったけど、貴方はオルメドから守ってくれたから・・・」

「ありがとう!ケラーネ」

「でも、私が出来るのは、見る事だけだよ?その人間の居場所は解るけど、それ以上の事は・・・」

「・・・それで十分だよ」


だが、ラコットは思い悩む。ドラゴンの口では思いは伝えられない。

でも、出来れば慣れ親しんだ元の体に戻りたいものだ・・・。元の体?

そうだ!元の体はどうなってるんだろう・・・。

あぁ!メルレーンに聞きたい事、言いたい事が沢山あるのに、それを伝える方法が無いなんて!


「どうしたの?大丈夫?ラコット」

「あ・・・あぁ、大丈夫だよ。でも、ちょっと悩み事が有ってね・・・」

「・・・そうだ!アリュメット様の所に行ってみようか?」

「え?」

「私じゃ、ラコットの助けにはならないかもしれないけど、アリュメット様ならラコットの悩みを解決する方法を知ってるかもしれないよ?」

「ホントに!?じゃあ、早速行ってみるよ。ありがとう!ケラーネ!」


はしゃぎながら巣の出口に向かうラコット。

その背中に向かってケラーネが呟く。


「なんだ・・・、人間に戻っちゃうんだ・・・」

「え?何か言った?ケラーネ」

「う、ううん!ま、待って私も行くから。だって、ラコット、場所を良く知らないでしょう?」

「・・・あ。それもそうだ。ありがとう。頼むよケラーネ」




アリュメットの館に着くと、ラコット達は出迎えてくれたメイドに用向きを伝えた。


「人間に伝えたい言葉が有る。という事ですか?」

「そうなんだ。何か良い方法は無いかな?」

「ありますよ」


あっさりとメイドが答えた。


「私なら人間と話が出来ますから、通訳して差し上げられますよ」

「ホント?!やった!」

「ただ私はアリュメット様のお世話が本分ですから、直ぐにという訳にはいきません。私の都合の付く時、という事で宜しいですね?」

「勿論だよ!ありがとう・・・えっと・・・」

「レメスとお呼び下さい」

「あぁ、レメス。ありがとう!・・・ところで、レメスって何者なの?ただの人間じゃなさそうだけど・・・」

「私も貴方と同じドラゴンですよ?竜玉の力で姿を変えているのです」


そう言うと、レメスは姿を変えた。

純白の美しいドラゴンだ。


「ただ、アリュメット様をお世話するのに都合が良いので、普段は人間の姿でいるのです」


いつものメイドの姿に戻る。


「へぇー・・・。そうなんだ。アリュメット様も人と同じ姿だもんな」

「ところでラバレウ様?」

「んん?なんだい?レメス」

「せっかくお出でになったのです、アリュメット様に”供物”を献上していかれては如何でしょう?」

「あぁ、そうだね。あはは!頼みを聞いて貰うだけじゃ申し訳ないと思ってたところだ」


以前と同じくアリュメットの傍に立ち、竜玉から”供物”を取り出す。

以前と同じくスープ皿に”供物”が満たされる。ラコットは、その光景に違和感を感じる。

どす黒かったスープの色が、少し赤黒い。


「あら、珍しい。”恐怖”や”絶望”以外の感情が混じっているようですね」

とレメスがそんな事を言う。


「何年ぶりでしょうか?このような”供物”は・・・。良ければ、どうしたか事情を教えて頂けませんか?」

「え、えぇと。何だろう・・・。身に覚えがないんだけど」


困惑しているラコットに構わず、レメスが早口で捲し立てる。


「人間の事を理解して”恐怖”以外の感情を抱かせることが出来るドラゴンは数少ない貴重な存在です。ごく稀には居ますが・・・しかし、この色は・・・何でしょう。私も初めて見ます・・・」


無言でスープを口に運ぼうとするアリュメットだったが、その途中で手が止まる。

それにレメスが気付き、「アリュメット様?」と声を掛ける。

それと同時に扉が大きな音を立てて開いた。


ずかずかと横暴な態度の侵入者がアリュメットの前に立つ。


「お久しぶりです。アリュメット。覚えておいでですか?アッシェです」


すかさずレメスが叫ぶ。


「様を付けろ!この下郎!」

「きさまこそ弁えろ!ドラゴン風情が!我は神人だぞ!このアリュメットと同じ・・・いや、このアリュメットに代わり、ここを治める新しい神人アッシェ様だ!」

「貴様!懲りずにまた、そんな事を・・・」

「ふふふ・・・。ここ数十年で随分と力を失ったようじゃないですか?これが、人に直接関わるのを止めた神人の末路とはね・・・」


突然の出来事に呆気に取られていたラコットが我に返る。


「えっと、それじゃ、ボク帰りますね。なんだか立て込んでいるみたいなんで・・・」


面倒事はゴメンとばかりに、そそくさと帰ろうとするラコット。


「まてぃ!貴様にも用が有る!」

「えぇっ!?」

「貴様!なぜ人間どもの戦争を邪魔するような真似をする?」

「なんだよそれ。それがアンタにどんな関係が有るってんだ?」

「あれは我が扇動した戦争だ。いくつかの竜玉を片方の国に与えれば、人間どもは勝手に、もう片方の国に争いを仕掛けるのだ」

「なっ!なんでそんなことするんだ!」

「愚鈍なドラゴンには思いつきもしない事だろうが、戦争は上質の”供物”を生み出す。その”供物”は我に力を与えるのだ」


次第にラコットの表情が不愉快を表してゆく。


「とにかく!暫くは人間どもに手を出すな。我が謀略の邪魔をするならば次は容赦せんからな」


ここに居るのがラバレウだったら、アッシェのいう事は半分も理解できなかっただろう。

しかし、ラコットには心当たりが有った。


「なぁ、アンタ、さっきから何言ってんだ?戦争を起こす?」

「貴様も口のきき方を知らんな。まぁ、いい。その通りだ愚鈍なドラゴン」

「何のためにそんな事するんだよ?」

「先ほども言ったが・・・戦争が生み出す上質な”絶望”が我が力となるのだ」

「でも、それで沢山の人が犠牲になるじゃないか。それでも神様なのかよ」

「沢山の人?それがどうした?我が力の苗床となる地を這うウジ虫どもがなんだって?」

ラコットはアッシェと話しながら思い出していた。

どこか余所からやってきた竜騎兵がコテラルとの戦争の先陣を切っていたことを。

ラコットの父は、その戦争で死んだ。

次におきた戦争が起きた時は兄が死んだ。

だからラコットは居なくなった一家の稼ぎ頭となるべく軍隊に入ったのだ。

そうしなければ一家は1日に一回の食事すら、ままならないのだから。

ラコットの家のように貧困に喘いでいる状況はアローニアでは珍しくなかった。

度々起きる戦争とドラゴンの襲来がアローニアの人々を苦しめていたのだ。

アッシェの口上でじわり、じわりと満たされてゆくラコットの不快感が、苦い記憶と混じりあって爆発的な怒りとなった。


「冗談じゃねぇぞ!この思い上がり野郎がっ!!」


ラコットはアッシェを叩き潰そうとするが、アッシェは事も無しに片手で受け止める。


「話が途中だぞ?無礼なドラゴンめ」

「貴様の都合で戦争を起こそうって言うのか?!貴様が戦争の原因だってのか!」


ギリギリと力を入れるが、アッシェは相変わらず涼しい顔をしている。


「何に激高しているか解らんが、今ここで殺してやろう。先ほども言ったが、貴様は邪魔者なのだからな!」


ただならぬ気配に飛び退くラコット。


「ふむ。勘だけは良いようだな・・・」


その時、入口の扉が開く。

扉を開けたのはケラーネだった。中の尋常でない空気の重さに戸惑いながらも

意を決して口を開く。


「ラコット!あの砦がっ!」


狼狽えているケラーネの様子を見て、不安に駆られるラコット。

直ぐに砦に向おうとするが、それを良しとしない者が居た。


「この私に無礼を働いて、そのまま行かせるか!」


再び高まるラコットとアッシェの緊張感。

そんな中、アリュメットは手にしていたスプーンに満たされたスープを口に運ぶと

ゆっくりと飲み下した。そして、スプーンをスープ皿に戻して立ち上がる。


「・・・アリュメット様」


メイドが普段とは様子が異なる主人を見つめる。

しかし、ラコットとアッシェは、そんなアリュメットにお構いなしに戦いを続ける。

あまりに大きさの違う両者だったが、その力の差は体の大きさに反比例していた。

ラコットの渾身の一撃を涼しい顔で受け止めるアッシェ。

その受け止めた手を軽くふり払われるだけで壁に叩きつけられるラコット。

それならばと、放った尾の一撃はアッシェを捉えることは無かった。

アッシェは忽然と姿を消していた。

困惑するラコットの耳に、か細い声が届く。


「成したい事を成しすといい・・・黒竜。彼は私が遠くに飛ばした。彼がここに戻るまで暫く猶予が有る。今の私に出来るのは・・・それくらい」


驚きの表情で言葉の主、アリュメットを見つめるラコットだったが、直ぐにアリュメットに対して一礼し、メルレーンの待つ砦に向かった。

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