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02

掌の上に竜玉を吐き出すメルレーン。

変身は解け、体を亡骸から拝借したマントで覆い隠す。

メルレーンの所属する第5兵団は騎士と弓兵や歩兵を合わせて53名で構成されていたが、生き残りは、僅か6名だった。


幸運な6名の内の1人、メルレーンと同じ時期に入団した見習い兵士のラコットがメルレーンに声を掛ける。


「出発の準備が出来たよメルレーン」

「あぁ、ありがとう、ラコット」

「少しは休めた?」

「えぇ、おかげでね。ドラゴンの積み込みは大変だったでしょう?」

「まぁね。でも、アイツに追っかけまわされるよりはマシだよ」

「よく無事だったわね・・・」

「あぁ、先輩たちが皆して庇ってくれてね。ひよっこは下がってろって。

ドラゴンの前じゃ、皆等しくひよっこみたいなモンなのにさ」

「そうだったの・・・。」


「それにしても驚いたよ。同じ見習いのメルレーンが、竜騎兵になってドラゴンを倒しちゃうなんてさ」

「私一人の力じゃないわ」

「リナリーさんか・・・」

「ねぇ。これから私一人で竜騎兵としてやってけると思う?」

「メルレーンは一人じゃないって。そりゃぁ、ボク達は役に立たないかもしれないけど次の戦いでは絶対に一人で戦わせたりしないから」

「・・・ありがとう。ラコット」


2人が重い沈黙が包む。その空気に耐えかねてラコットが口を開く。


「それにしても、昨日の昼から何も食ってないと、さすがに腹が減るなぁ。あんなに恐ろしかったドラゴンも、なんだか旨そうに見えるよドラゴンの肉って食えないのかな?」


呆れた様子のメルレーン。


「ドラゴンの肉を食べてみたいなんて恐ろしい事を言う人、初めてだわ」

「でも、誰も食べた事ないんだろう?もしかしたら美味しいかもしれないじゃないか」

「死んじゃうかもしれないよ?」

「そうかなぁ?」

「だったら試してみたら?」

「いや、せっかく拾った命だし遠慮しておくよ」

「それが賢明ね。さ。馬鹿なこと言ってないで帰りましょう?帰れば、きっと美味しいもの好きなだけ食べれるわよ」


王都に戻ったメルレーンを待っていたのは、賞賛や賛美ではなく、詰問の嵐だった。

謁見の間には貴族や高位の騎士らが並んでおり、それらの中心には王が鎮座し、左右に左大臣と右大臣が立っている。

メルレーンが王の前に跪くと左大臣が問いかけた。


「第5兵団には3つの竜玉を預けていたはずだ。その1つに貴様が適合したそうだな?」「はい」

「他の2つは?」

「騎士長のダムナウ様と弓兵隊のリナリーが試した所、ダムナウ様は残念ながら適合しませんでした。リナリーは適合したのですが、ドラゴンとの戦いで命を落としました」

「ふむ。ダムナウは不適合だったか・・・、しかし、リナリーとは?」


メルレーンの代わりに右大臣が応える。


「平民出の弓兵隊員のようですな」

「なに?!貴族ではないものに竜玉を与えたのかっ!」

「・・・はい。しかし、火急につき・・・」

「えぇい!黙れ!竜玉は子爵以上のものでなければ与えてはならぬという決まりがあるのを忘れたか!」


この国の権力者の多くは血の尊いものこそ適合するという主張する者が多く居た。

勿論、貴族でない者から出た竜騎兵による造反を恐れて、という理由も多分にあった。


「・・・」


メルレーンが応えられずにいると右大臣が助け舟を出した。


「聞くところによると、その判断を行ったのはダムナウとの事・・・この者に責はありませぬ」

「ふん!ダムナウか。奴なら確かにやりかねん」

「お言葉ですが、リナリーは適合者としてドラゴンと立派に戦いました!彼女も・・・」

メルレーンの言葉を右大臣が遮る。


「メルレーン!! ・・・発言には気を付けよ。これ以上は、貴殿の功績を貶める事になりかねんぞ?」


「・・・失礼致しました」


その時、重苦しい問責の空気を顧みず発言するものが有った。

王のマルクスである。


「わが国には竜騎兵が、後3人おったな?」

「さようで、殿下」

「竜玉も、確か・・・。3つほど有ったな?ああ、この者が討伐したものを含めると4つか」

「仰る通りです。殿下、それが・・・」

「では、良いではないか。早い所、宴にせんか?近隣を脅かしているドラゴンを騎士見習いのメルレーンが打ち破ったのだ。祝いの準備は出来ているよな?」

「はい、しかし殿下・・・」

「五月蠅いのぅ。ワシは腹が減ったのだ」

「・・・そうですか、では早急に」


間の抜けたような王の言い様に毒気を抜かれた為か、問題はうやむやになり、メルレーンはようやく、気分の悪い質問の嵐から解放されたのだった。


それからのメルレーンの生活は激変した。

特に変わったのは周りの者のメルレーンに対する接し方だ。

落ち目の貴族の子女であり、騎士見習いのメルレーンからドラゴン討伐の英雄であり、竜騎兵のメルレーンに。


しかし、羨望の眼差しに紛れた畏怖や奇異なものを見る様な視線には辟易としていた。

そんなだったから、今日は久しぶりの休日には、人の居る所には行く気にならず、人気のない街外れの広場に一人佇んでいた。


ここは騎士見習いの頃によく来た、メルレーンの安息の場だった。

そんなメルレーンに声を掛ける者が居た。ラコットだ。


「やっぱり、ここに居た」

「ラコット!? ・・・久しぶりね」


「メルレーンは嫌な事あると、ここに来るから、もしかしてって思って」

「・・・知ってたの?」

「ん?何が?」

「私が良くここに来てること・・・」

「あぁ。知ってるさ。竜騎兵になってから、しんどい思いをしてるってのもね」

「・・・そう。ラコットは新しい所で上手くやれてるの?」

「あぁ、第6兵団は第5兵団より、民兵の割合が多いんでね。前よりも気楽だよ」

「そうか。いいな。私の方は貴族の相手やら規則やらで飽き飽き・・・」

「でも、そればっかりじゃないんだろ?さっきも街の広場で子供たちが君の話をしていたよ。大した人気ぶりだったぞ?」

「本当に? ・・・それは嬉しいな。そういえば嫌な事ばかりでもなかったわ。ジール様に竜騎兵の心構えやら戦い方について説いて貰えたの。ジール様はラコットも知ってるでしょう?3年前に侵略してきたコテラル公王国の軍勢を一人で押し返した救国の竜騎兵・・・立派な人だった。私なんかと違って」

「そう卑屈になるなよ。メルレーンならなれるさ!立派な竜騎兵に」

「・・・そうかな?」

「そうだよ。アローニアの守り手!子供たちの憧れ!竜騎兵メルレーン!」

「・・・ありがとう。ラコット。元気が出てきた」

「それは何よりだ」


しばしの沈黙。その間に取り戻した明るい表情が曇ってしまう。

それを見たラコットが呟く。


「新しいドラゴンが現れたって?」

「ラコットも知ってたの?今度は黒竜だってね・・・」

「あぁ、噂で持ちきりさ。もう軍は本格的に動いてるらしいよ。第2兵団と竜騎兵2人が向かったってさ。今回はボク達の出番は無いんじゃないかな?」

「そうかもしれないけど、それで安心している自分も嫌なのよ・・・」

「仕方ないさ。あの緑竜は恐ろしかった。ボクだって、しっかりトラウマになってるよ。夢に見るんだ。おかげで、すっかり不眠症だよ。でも、次は・・・次こそは立ち向かってやろうと思うんだ。夜はぐっすり眠りたいからね」

「ラコットは強いね・・・」


「ボクは強くないし、メルレーンだって一人で強くある必要は無いんだよ。一緒に戦おう。王都には沢山の兵達が居るし、たかが一匹のドラゴンなんて訳ないさ」

「ここに・・・王都に来るかな・・・」

「来ても返り討ちだよ!でも、精鋭揃いの第2兵団と竜騎兵2人が討伐に向かったんだ。きっと、直ぐに吉報が届くんじゃないかな」


この気休めに過ぎない予想は、あっけなく裏切られる。

それをメルレーンが知るのは、わずか1週間後だった。


「第2兵団が全滅?!」


メルレーンは右大臣から、その最悪のニュースを聞く事になる。


「そうだ。竜騎兵2名も行方が知れぬ。黒竜は依然、近隣の都市を蹂躙しているそうだ」

「では、討伐隊を新たに組織して・・・」

「いや、貴様とジールには、王都を守護して貰わねばならぬ。心しておくように」

「地方都市を見捨てるのですか?!」

「・・・そろそろ、言葉に気を付ける事を覚えた方が良いな。貴様は。

わざわざ打って出なくても殺戮に飽いたドラゴンが、どこかに去るという可能性もある。あらゆる可能性を考慮して被害を最低限に留めるのが、我々の職務だ」


絶句しているメルレーンに構わず右大臣が続ける。


「ストックしていた3つの竜玉は由緒正しきものに与えたが、どれも適合せんかった。我が国の竜騎兵は貴様とジールしかおらん。しっかり頼むぞ?」


もはや、右大臣の言葉はメルレーンに届いていなかった。

ドラゴンが飽きて、どこかに去る?!そんなわけがない。

そんな曖昧な期待を目の前の老人は本気で信じているのだろうか・・・?




そして、やはり都合の良い展望は裏切られるのだ。

行楽日和の休日。

王都の中心に飛来した黒竜を最初に見たのは行楽客目当てのパン屋だった。

その男はドラゴンが怒り狂っており、その憎悪が人間全てに向けられていると瞬時に悟った。


そして、こう思った。


「もう誰も逃げられない」と。


広場に集められた王都の戦力は、第1と第6兵団およそ150名と竜騎兵2人。

下された命令に兵たちがざわめく。

内容ではなく、王と貴族達の避難が最優先という、その優先順位に。

若い騎士が異論を唱える。


「街で暴れているドラゴンの所に行かせてください!あそこには市民たちが」


右大臣が応える。


「駄目だ。皆には混乱を与えぬために、敢えて伝えなかった事が有る。

アレの討伐に向かった者たちの末路だ」


第2兵団と竜騎兵2名の事である。


「竜騎兵2名は行方不明と伝えたが、2人とも死亡しておる」


ざわめく。


「伝令の話では2名とも瞬殺だったらしい。私は急ぎ、あの黒竜の事を調べさせた。あれは昨年、隣国で蹂躙の限りを尽くした黒竜だ。隣国は、なす術も無かったらしい」


ざわめきは更に大きくなる。隣国の軍事力は決して低くない。


「諸君らに結果の分かっている戦いに挑ませる訳にはいかん」


異論を唱えた騎士が歯痒そうに応える。


「・・・わかりました」

「では、他に異論ないな?」


肯定の印として、持っている武器を石畳に打ち付ける。

そうしないものも何名か居たが、少数であった。

その中にはメルレーンとラコットも居た。


「とはいえ、あの黒竜を足止めする者が必要だ。ジール、メルレーン。やってくれるな?」


恐怖と使命感の入り混じった心境のメルレーンに代わってジールが応える。


「拝命致しました」

「コテラル王国の侵攻を押し留めた、3年前の奇跡を、また見せてくれる事を期待しているぞ?」

「お任せ下さい」


「おぉ!そうだ!ジール様なら、きっとやって下さる!」


周りの兵たちから雄たけびが上がる。

それまで、沈黙していた王が目を伏せたまま口を開く。


「・・・ジール。皆も。頼む。」

「さぁ、行け!アローニアの騎士たちよ!」


右大臣の言葉を最後に皆、広場から、それぞれの戦場に向かって行った。


死地に向かうジールとメルレーン。


「2人とも功を焦ったのだろう。実力は申し分ないが、若すぎる2人だった」


黒竜に返り討ちに会った2人の竜騎兵について、このようにジールは語った。

その言葉に次の様に続ける。


「ワシなら上手くやれる。時間稼ぎが目的なら何とかなるだろう。オヌシは竜騎兵になったばかりだ。メルレーン。オヌシは無理に参戦しなくても良いのだぞ?」

「ジール様・・・。見くびらないで下さい!私だってアローニアの竜騎兵です」

「しかしな・・・」

「それに実戦経験だってあります。緑竜との戦いだって生き残ったのです。時間稼ぎが目的なら何とでもなります!」

「・・・覚悟は十分のようだな」

「はい!」


2人は懐から取り出した竜玉を一気に飲み下し、街に向かって駆けてゆく。


尋常ならざる脚力で街に到着するジールとメルレーン。

黒竜は、まだこちらに気付いていない。

メルレーンはジールを横目で見る。

ジールの竜騎兵としての姿を見るのは初めてである。

両腕の腕甲が大きく広がっており、巨大な盾のようだ。

装甲も全体的にメルレーンのそれよりも重厚で防御力の高さが伺える。


「・・・あやつ。何かを探しているように見えんか?」


ジールが黒竜の様子を見て呟く。

確かに逃げ惑う人々には目もくれず、時折、咆哮を上げている。

まるで散らかった部屋で玩具を探す幼児のようだ。


「何を探しているかは知らんが、あのように巨体で街を散らかされてはかなわんな。出来れば早々に御帰り願いたい所だが・・・」

「早速仕掛けましょう!あれが探し物をしているだけのつもりでも、街の人や建物は堪りません」

「ふん。震えている割には気が早いな。いや、だからこそか?」

「こ、これは」

「焦るな。メルレーン。よく見ろ、あの巨体を」


言われた通りにドラゴンを見据える。・・・大きい。普通のドラゴンの3倍ほどであろうか。


「あれは巨体だ。それに対して我々は矮小かもしれん。しかし、それだけ的が小さいとも言える。挑発しつつ、逃げ回れば街の外におびき出せるかもしれん」

「確かに・・・」

「作戦はそれだけだ、ワシが先に仕掛ける。良く見ておれ」


そう言って、屋根の上を飛び回り黒竜の前に立ちはだかった。


黒竜は苛立っていた。

ここは今まで探してきた人間どもの街の中でも大きい。

きっと、ここに緑竜は居るだろう。

捕えられているのか、それとも、もはや命を奪われているかは解らない。

どちらにしても、アレはオレのものだ。

人間どもに奪われたままでは我慢できない。

・・・しかし、どこに居るかもわからない連れ合いを探すのも飽いてきた。

そう考えていた矢先、ジールとメルレーンが黒竜の前に立ちはだかった。

竜騎兵と呼ばれる彼らが、暇つぶしに打ってつけの”少し”頑丈な人間である事が解ると、黒竜は探し物を中断し、不意に現れた小さな友人と戯れることにした。

・・・なるほど、やつらは、あの丘に建つ一際大きい建造物には近づけたくないらしい。

その建造物・・・王城とは反対方向に誘導しようとする2人の意図は直ぐに読み取れた。

いいだろう、いいだろう。遊ぼうよ、小さき友人よ。


2人の内、少し大きい方は頑丈な様で、小突いても壊れることなく

向かってくる。

もう一方は小さな槍で突いてくる。こちらは少々すばしっこい。

槍を持つ方の動きを追うのに夢中になっていると、つい、大きい頑丈な方を見失ってしまう。

そうすると、不意に現れた大きい方の攻撃をまともに喰らってしまう。

これが、中々に痛い。そんな事が何度か続くと、段々と苛立ちが募ってきた。

よし、もう終わりだ。この前に遭遇した2人よりは長く遊んでやったし、

ここらで良いだろう。

ピョンピョンと飛び回る、小さい方を右手で石畳に叩きつけ、大きい方を噛み砕いてやった。

探し物の続きに戻ろうと踵を返す黒竜の背後に物音が響いた。

小さい方が立ち上がっている。素早いだけでなく意外と頑丈なようだ。

直ぐに止めを刺してやろうと、歩を進めると首の後ろにチクリと痛みを感じた。





朦朧とした頭でメルレーンは事態を整理していた。

目の前に黒竜。自分の後方には血を流して倒れているジールが見え、頑丈そうに見えた甲冑はバラバラに噛み砕かれている。


そうだ、黒竜の動きが急に機敏になって、あっという間に叩き伏せられたのだった。

直ぐ近くに迫っている黒竜に終わりを覚悟するメルレーン。しかし、目を閉じて待っていても終わりは振り下ろされない。


恐る恐る目を開け、黒竜を見上げると、その背に誰かが乗っていた


「メルレーーン!逃げろぉ!!」

「ラコット?!」


唯一、黒竜より背の高い建物である教会の屋根から飛び降り、その背に槍を突き立てたラコットは丁度、黒竜の手の届かない位置におり、黒竜は首の後ろの無礼者を叩き落とせずに居た。


「何故来たのですか?!」

「今度は一人じゃ、戦わせない!一緒に戦うって約束しただろう!」


しかし、黒竜はいつまでも無礼者を背に乗せておくつもりはなく、体を揺すり、引きずり下した。


そして、地面に落ちたラコットを無残に踏みつぶした。


悲鳴を上げるメルレーン。

悲鳴を雄たけびに変え、黒竜に特攻する。

しかし、先ほどと同じように地面に叩きつけられる。

更なる特攻。黒竜の迎撃。


「ラコット!今、助けますから!」


その為には黒竜を退かせなければならない。

決死の特攻を繰り返すが、黒竜は一歩も下がらない。

それどころか、急に活きの良くなった獲物に満足そうな笑みさえ浮かべている。


「下がれ!下がれ!サガレェェェッ!」


メルレーンの突撃は、ついに尾の一撃で吹き飛ばされてしまう。

立ち上がろうとするメルレーン。だが、足に力が入らない。

その時、か細いが、やけにハッキリとラコットの声が聞こえた。


「君だけでも逃げろ。メルレーン。ボクはそのために来たんだ。君を助ける為に」

「・・・嫌です。一人ぼっちは嫌!一緒に逃げよう。ラコットも!ジール様も!」


立ち上がるメルレーン。

しかし、ラコットの声が届いたのはメルレーンだけではなかった。

足元で哀れな人間が呻いているのを聞きとげた黒竜は、それを踏み潰そうと足を持ち上げた。それに気付いたメルレーンが絶叫する。


「っ!!やめろぉぉーーー!!」


白い光が辺りを包んだ。メルレーンの胸の甲殻が開き、竜玉がせり出している。

竜玉が放つ光が黒竜とラコットを包む。

光が止むと、メルレーンは力尽きたように膝から崩れ落ちた。




そして静寂。



ラコットは体から痛みが消えているのに気付いた。

ああ、実に安らかだ。これが死か。

さっきまでの全身がバラバラになりそうな痛みを思い出した。

あんなのは、もうごめんだ。


しかし、首の後ろ辺りがチクチクと痛むのに気付いた。


死んでいるのに痛覚が残っている事を不思議に思いながら、触ってみると何やら棘のようなものが刺さっている。


手で払ってみると、傷は浅いらしく棘はポロリと取れた。

不思議に思いながら、痛みの原因だった棘を手探りで探す。

手に取ってみると、見覚えがある。


・・・いや、これは棘じゃない。槍だ。小さくなってる。

・・・いやいや、槍には見覚えがあるが、それを持つ手には見覚えが無い。

・・・いやいやいや、これは黒竜の手だ。間違いない。

・・・いやいやいやいや!足も体も黒竜のものだ!


「何が起きた?いや、何も起きなかったのか?」


混乱したラコットの頭に、メルレーンの声が届く。

メルレーンは黒竜ラコットを真っ直ぐに睨んでいる。


「メルレーン!違う!ボクだ!ラコットだ!」


ラコットはそう言ったつもりだったが、メルレーンにはガウガウという音にしか聞こえない。


「黒竜め・・・。何としても、そこをどいて貰うぞ・・・」


足を引き摺りながらラコットとの距離を詰める。

そして、槍の届く距離に辿り着くと、黒竜の足に何度も突き立てる。


「いたっ!痛い!メルレーン!微妙に痛い!やめて、やめっ・・・」


そう言いながらラコットは、健気に槍を繰り出すメルレーンの意識が殆ど無い事に気付いた。


ラコットが後ずさると、支えを失ったメルレーンの体がグラつき、倒れてしまった。


僅かに意識を繋ぎとめたメルレーンがラコットの体を庇うように覆いかぶさると、完全に意識を失ってしまう。


メルレーンの口から竜玉が零れ落ち、少女の姿に戻る。

暫く、その場に佇むラコット。

意識を失って尚、自分を守ろうとするメルレーンの姿を複雑な気持ちで見つめる。


ふと、周りを見ると、遠巻きだが黒竜を取り囲むように兵隊たちが集まっている事に気付く。貴族や市民の避難は済んだのだろう。

皆、今は恐れて手は出さないが、何とか竜騎兵を救いたいと言う気概が伝わってくる。


じきに兵達は行動に移すだろう。

ラコットは、ここに居られない事を認め、街の外に出て行く事にした。

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