四話 私のお稲荷様
森に身一つで投げ出されたのが初日。
ひたすら探索をしたのが二日目。
噛み殺されて沢を発見し、中毒死したのが三日目。
今日はサバイバル四日目になる。
朝起きてまずタマモが腕の中にいる事に安堵し、タマモを置いて立ち上がり大きく伸びをする。
四日も波瀾万丈の日々を過ごせば慣れるというか麻痺してくるもので、今の状況がサバイバルゲームかキャンプの延長線上ぐらいに思えてきた。流石に楽しめはしないけど、今日もなんとかかんとか文明圏まで戻る事を目標に頑張れそうだ。いやあ朝日が清々しい。全身に当たる日の光がまるで……全身に当たる?
しまった全裸だった。
とりあえずフキ服を作り直して着る。相変わらず着心地は悪いが少し慣れた。
葉っぱの服着て二尾の狐を連れた白髪少女とか何か童話に出てくる妖精っぽい。私が妖精(笑)。ないわー。だって妖精って顔じゃな、い、とは限らないのか。体が変わった以上顔も変わっている可能性が高い。むしろ変わってなかったら驚きだ。
そういえばまだ顔の確認をしていなかった。手で顔をべたべた触って確認する。
耳が二つついている。眉毛と睫毛あり。目玉は二つ。鼻発見。唇おっけー。
パーツは人間っぽいが、さて。
触っているだけでは細かいところはよく分からないので、沢の中でも流れの無い水面を鏡代わりに覗きこみ、確かめる。
「これは……?」
どうにも表現し難い顔をしていた。美少女か不細工かで言えば美少女だし、可愛いか可愛くないかで言えば可愛いとは思う。が、見たことの無い系統の顔だった。
顔のパーツと配置は間違いなく人間。耳は尖って無いし、額に宝石がついていたり角が生えていたりもしない。白い肌の中で神秘的な翠色の瞳だけが人間離れしている。
しかし根本的に違うのは全体的な顔立ちで、東洋系でもヨーロッパ系でもアフリカ系でもない。見たことも無い人種の顔をしている。似ている顔立ちが無いのでどう表現していいのやら分からない。いや間違いなく美少女だとは思うんだけど。これは今まで一度も外国人を見たことのない日本人がヨーロッパで有名なアイドルか女優の顔を見た時に感じる感覚と似ている、と思う。たぶん。
とにかくあからさまに以前の顔と違う。なんだか剥がれない仮面をつけているようでもやもやした。見慣れない系統の顔立ちに得体のしれない不気味さも感じる。
じっと見ていると出来の良いCGを見ているようで混乱してきたので目を離した。頭を振って意識をはっきりさせる。
どうにも自分の顔とは思えない。少しずつ慣れていかないと。
顔の確認が終わったら気持ちを切り替え、水をお腹がたぷたぷになるまでしこたま飲んで空腹を誤魔化し、食料確保に移る。
セリは食べられないから、他の食べ物を。といっても知っていると思っていたセリですら毒に当たった今、もう自分の知識は信用できない。片端から食材になりそうなものを採ってきて、食べられるかどうかタマモに判定してもらう。「動物が食べている所を見る」「動物が食べた痕を見つける」というのは最も原始的な食材判別法の一つだ。
「タマモ、いこう」
眠たそうに犬歯をむき出して欠伸していたタマモのお尻を軽く叩いて数歩歩く。振り返るととっとこ着いてきていた。更に数歩歩いて振り返ってもしっかりついてきている。
ぬー。やっといてなんだけどまさかこれだけで本当に着いて来るとは。言葉に反応したのか、単に群のリーダー着いてきているのか、雰囲気を読んだのか、それとも別の要因か。よくわからないが、着いてきているので良しとする。
食べられるかどうかは分からないが、森の中にも草はそれなりに生えている。紫っぽい縁取りの葉っぱが特徴的な草とか、よく考えたらゼンマイかワラビの二択とは限らない似た種類が多すぎるシダ植物とか、毒性があったか記憶にないムラサキツユクサとか、ユリ科っぽい葉の植物とか。薄暗い森の中の木漏れ日を奪い合うようにして点々と寄り集まって生えている。
それを片っ端からむしってタマモの口元に差し出すも全て顔をそむけられる。何度もお気に召さない草を出される内に嫌気がさしたのか、タマモはふいと近くの古木の陰に移動し、根元に顔を突っ込んでもそもそし始めた。
なんだなんだと寄ってみれば、幹にもっさり生えた茶色っぽいキノコをあぐあぐやっていた。
キノコ! そういうのもあるのか。草ばかりに目がいっていて忘れていた。
キノコは素人には判別が難しく、毒キノコと美味しい可食キノコがそっくりだったりする。キクラゲやマツタケ、シイタケ、エノキダケあたりなら食べた事があるしよく見るから判別できる! という過信は危険。似たような毒キノコを食べて死にかねない。それでも狐なら……狐なら判別してくれる……!
と、いうわけで、小一時間もするとキノコを主軸にしてタマモ先生が生食できると体を張って証明してくれた山菜を集める事ができた。
スーパーで見かけた事がある山菜(確かタラの芽だったはず)、ヨモギ少々、知らない野草数種、キノコ数種。二食分はあった。
沢に戻り、水を飲みながらもしゃもしゃそれを食べる。山菜の風味が活きたユニークな味だった。
まあぶっちゃけ物足りない。山菜って絶対に生で主食にしてお腹いっぱいにする食べ物じゃないよね。調味料をつけるなんて贅沢は言わないから、せめて煮るとか焼くとか炒めるとかさ、するべきだったかなー、と食べ終わってから思った。
内容は別にして膨れたお腹をさすりつつ、膝元で丸くなって昼寝体勢に入ったタマモを愛でながら考える。
いくつか食べられる野草は覚えた。これからもタマモが協力してくれるならもっと増えるだろう。食料問題は一応解決。
ただしこのままではいけない。探索の道中でそのへんの草をむしって食べながら進むというのも無くは無いが、加熱しないとそのうち絶対にお腹を壊す。ただでさえ生水がぶがぶ飲んでいるのに追い打ちをかけたら私のお腹が下痢でマッハ。
加熱ができればアク抜きをして食べられる物も増えるし、火は欲しい。食材の水分を飛ばして煙で燻し、保存食を作るという手もある。
しかし当然マッチもライターもコンロも無いから、火が欲しければ原始的な着火法に頼らないといけない。
うろ覚えの着火法の中でも、一番よく覚えていて一番簡単そうなのが「舞錐式」。
短冊状の板の中央に穴を空けて堅い棒を通し、板の両端と棒の上端を紐か蔓で結ぶ。棒の下端は柔らかい木に当てる。できるなら錘もつけた方がいい。
蔓を棒に巻き付けると板が持ち上がる。その状態から板を下に押すと、巻き付けた蔓がほどけると同時に棒が回転し、その勢いで蔓が逆方向に巻き付く。
これを繰り返せば堅い棒と柔らかい木の接触部に摩擦熱がたまり、発火する。
非力な子供や女性でもできるという謳い文句が印象に残っている着火方法だ。多分今の私でもできる。道具はそのへんの木を使えばどうにでもなる。
火はそれで良しとして、容器は……やっぱり土器だろうか。
沢があるという事は、水の流れがあるという事。水の流れは土や石を削り、運び、堆積させる。沢の近くにちょっとした粘土層が見つかる公算は高い。粘土があれば土器を作れる。なにも売り物にしようというわけではないのだから、素人でも実用性一辺倒のチャチな土器ならなんとか作れる。中一の夏の自由研究で土器を作った経験がまさかこんな所で生きるとは人生は分からないものだ。
粘土が見つからなかったり、土器作りに失敗したりしたら、最悪沢のそばに窪みを作って水を貯め、焼いた石を入れて沸騰させれば煮る事はできるし、平たい石を見つけてフライパン代わりにすれば焼く事もできる。ドングリの粉で作る縄文クッキーは石で焼いていたようだし。躍起になって探すほどのものでもないから気楽に行こうと思う。
土器作りは乾燥の手間もあるので、発火装置作成より先に粘土探しに出かける。特に合図をしたわけではないのにタマモはついてきた。
日がのぼりはじめ、森の気温は朝よりも上がっている。しっとりとした森の空気に風が吹くとひやっとした。服を着ていて良かった。全裸だったら絶対風邪を引く。風邪→薬無し食材探し不可→悪化→肺炎発症→悪化→死亡。ありそうで怖い。
沢というものは大小さまざまで、季節によって枯れたり現れたり、雨の日だけ出現したり、一端地中に潜って下流でまた出てきたり、途中で地面にしみこんで消えたりするものも多い。
沢を上流へ辿る事三十分ほど。粘土層は思いの外あっさり見つかった。
地面が盛り上がった場所を沢が貫き、流れに削られて露出し高いところで二メートルほどの崖になっていた。その崖の断面に灰色の粘土が覗いている。
じゃぶじゃぶと足を濡らして沢に入り、藻がついてつるつるした石で滑らないように慎重に歩いて崖の前に立つ。その間タマモは前脚で石を転がして沢ガニを捕まえていた。タマモさんマジ食材ハンター。後で私も獲ろう。沢ガニなら煮れば食べれる気がする。
崖を疎らに覆う地衣類を手ではがし、爪で引っかいて粘土を少し手にとる。湿ったそれを指で潰すと、ぐにゃりと変形して指紋の跡がついた。
ふむ。使えそうだ。たぶん。
土器を作るためには量が必要だが、爪で削っていては何日もかかる。道具を使おうと足下の沢に沈む石から尖ったものを探した。
が、十分ほど探してみたが見つからない。
ま、まあ尖った石がごろごろしてたら今頃足は血だらけ。文句は言うまい。
仕方ないので先人の知恵、もとい原人の知恵を借りる事にした。
沢から手頃な大きさの石を拾い上げ、平たい大きな石を沢辺に置き、その上に一回り小さな角張った石を置く。そしてなんとか持ち上がる大きさの石を両手で持ち上げる。ちょっと足下がぐらついた。ぬぬぬ。バランスをとって、狙いをつけて……
「そおい!」
かけ声と共に気合いを込めて叩き落とす。
ガコンと堅い音がして、二つの石に挟まれた角張った石は目論見通り砕けた。その中から尖った欠片を選んでナイフ代わりにする。
即席石器を粘土層に突き刺すと、貧弱な腕力でも予想以上に簡単に削れた。打製石器、侮れん。
三十分ほどかけて片手で抱え込めるサイズに削り出す。そして石の裏に隠れた沢ガニを数匹捕まえてから粘土塊と石器を持ってフキの自生地まで戻った。
沢辺に粘土塊を下ろし、一息つく。太陽が上にのぼっていたので昼食代わりに水をがぶ飲みする。水で空腹を誤魔化すこの虚しさといったらないねもう。タマモはキノコ生で食べてるけど、生でキノコを食べるのは怖い。さっさと土器を作ってしまおう。今日の夕食はガッツリ食べたい。
ちょっと気持ち悪くなるぐらい水を飲んだら早速土器作りに取り掛かる。土器作りにはいくつか工程がある。
まず粘土を採取したら、それをよく練り、十分水気を含ませた上で日陰で一週間ほど放置する。そうする事で粘土の中の空気が抜けるのだ。この工程を省くと焼いた時に空気が膨張し、ひび割れたり欠けたりする。
次に空気が抜けた粘土を土器の形に成形し、更に一週間ほど日陰で自然乾燥する。これは確か熱で急激に水分を抜くと変形するとかなんとかそういう理由だった気がする。
最後に焼く。焼成温度は高い方が良いが、釜や高熱を出せる燃料なんぞ用意するつもりはない。野焼きだ。
後は灰を被せてゆっくり温度を下げればできあがり。
しかし今回は時間に余裕がないので、空気抜きを省略し、乾燥も短縮する。まあ焼いた時に粉々に砕け散る事もあるまい。ちょっと欠けたりひび割れたりしても粘土を詰めてまた焼けばいい。雑な造りだろうがなんだろうが使えればそれでよかろうなのだ。
粘土塊を沢べりの平たい石の上に起き、水をつけながら揉みほぐしていく。最初は頑固に形を変えようとしなかった塊も、少しずつ水が染み込むにつれて崩れだす。粘土に混じった根っこを除けながらぐにぐにぺたぺたと粘土を練る。堅い部分を潰しながら滑らかになるように丁寧に丁寧に。
手のひらの油分が粘土に吸われ、あっという間にパサパサカサカサになった。我慢我慢。
一時間ほど練っていい感じになったので、早速成形。形状は円筒。底面積を広く。
成形は特筆すべき事もなく、普通に終わった。模様も取っ手もないただの円筒だから手間取る方がおかしい。
できた土器を日向に置く。陰干し? 知らんなあ。RPGだったら「使い古された」とか「ボロボロな」とか「粗末な」が頭に付きそうな土器でも私は一向に構わんッ! クオリティを犠牲にしてとことん時間を短縮する。
土器作りを終えたら薪集めに精を出す。子供の短い腕で持てる量は限られているので、何度も沢とその周辺を往復して薪の山をせっせと高くした。手頃な蔓は見つからなかったので、柔らかい若木の細枝を何度も折り曲げて更に柔らかくし、蔓代わりにする。
薪集めをしていると、途中からタマモが枝を咥えて持ってきてくれた。褒めて褒めて! とぶんぶん尻尾を振るのでここぞとばかりに撫でくり回す。よーしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし良い子だー。
狐は人を騙したり忠告したりと知性を垣間見せる昔話に事欠かない動物で、動物にしては賢い分類ではある。が、これは流石に常軌を逸している。狐にあるまじき賢さだ。
やっぱり尻尾が増えて頭の方にも変異があったんだろうか。思い当たる原因はそれぐらいしかない。霊格? が上がったとか? よくわからない。偉い学者さんにテストしてもらえば何か分かるかも知れない。
でもタマモを研究材料に差し出す事に抵抗を覚え始めている自分がいる。こんな短い付き合いで情が移るとは、タマモ侮りがたし。狐好きの性癖が愛着の原因の九割な気がするけど。
日暮れまでの半日で、拠点周辺の薪は大体集まった。これだけあれば土器を焼くにも煮炊きするにも十分だろう。私の身長ほどに積み上がった薪の山に満足する。
乾かしておいた土器を確認すると予想通りひび割れだらけになっていたので、隙間に水分少な目の粘土を押し込み、ぎゅっと押し固めて応急処置をしておく。土器はこれでOK。次はたき火の準備だ。
落ち葉が積もった森の中で火を使うのだから、怖いのは火事だ。森が火に包まれたら100%焼け死ぬ。そうなれば焼け死んで生き返って焼け死んで生き返って……想像したくもない。
そこですぐに消火できるように沢の近くに竈をつくる事にした。燃えやすいカサカサした落ち葉をどかし、その下の湿った腐葉土を露出させる。更に延焼を防ぐために沢から石を持ってきて円形に積んだ。これでよし。
チャチな竈を作成したら、発火装置を作る。
薪の中から平たい板っぽいものを選び、打製石器で抉るように削って真ん中に穴を空ける。板の両端に若木で作った蔓を結び、堅い棒を穴に通す。
で、これを柔らかい木に当てて。全力で! 板を! 上下させる!
そい! せい! うー! ニャー!
少女の筋力は情けなくなるほど貧弱で、全力を込めても思ったように棒は回転しなかったが、それでも四十秒ほどでくすぶりはじめ、更に三十秒でパッと赤い小さな火が出た。
つ、ついた! ほんとについたよ! 軽く感動!
えーとこの種火を大きくするために火がつきやすいものを当てるんだ。揉んで粉にした枯れ葉を当て……ウワァァァ消えたァァァ! 粉の量が多かったか!
それから汗を垂らしながら試行錯誤する事三回、種火を大きくする事に成功する。火熾し開始から五分、竈に無事火が入った。疲れた。
数分火を大きくしながら休んで、勢いが安定したので土器をチェック。濃い灰色だった土器は乾燥して表面が白っぽくなっていた。細かいひび割れも増えている。ぎゅっと押してみるとまだ柔らかさが残っていた。流石にこれを焼いたら粉々に砕け散りそう。
ひび割れに粘土を詰め込み、表面を擦って接着面を誤魔化し、たき火の近くに置く。いきなり火に放り込むよりはいいはず。
そこまで終えて空を見上げると、いつの間にか星が出ていた。見たこともないほど鮮やかに、写真でしか見た事が無いほどの数の星が一面に輝いている。
自分で言うのもなんだけどあまり感受性が強い方ではないから「キャーステキーロマンチックー!」とまで興奮はしなかったが、午前二時に望遠鏡を担いで天体観測をしに行く人の気持ちは少し分かった気がする。確かにこれは観たくなる。
ぼーっと星を見ていたら危うく火を消しかけ、慌てて枝を追加する。タマモはたき火に興味津々のようで、四方八方から近づいてたき火に触ろうとしては熱に押されて撤退していた。動物のクセに火を恐れないあたりにも普通の動物を超えた何かを感じる。
しばらくして土器が乾いたので、焼成に入る。
竈の底には灰がたまっている。この灰が地面との間で断熱材の役割を果たす。灰の上の中心に枝を使って空間を作り、土器を置き、その周りにぐるりと薪を組む。土器はすぐに赤い炎に包まれて見えなくなった。
炎の熱気で空気と肌が乾く。沢の水を飲んだり浴びたり肌に塗りたくったりしながら火の勢いを落とさないように薪をくべ続ける。煙がそよ風に棚引いて流れてくるので、風向きの変化に合わせて風上を陣取り続けた。それでもけっこう煙い。タマモを一度じゃれつくようにぴょんと跳んで煙に頭から突っ込み、ヒャウンと哀れっぽく鳴いて慌てて私の膝に飛び込んで目をしぱしぱさせていた。
火は先端の方が温度が高いので、本当なら棚か何かで高低差を作って下から炙るように焼いた方が良いのだが、そんな設備を作る材料も時間も無い。本当に単に焼いただけの極めて原始的な土器だ。その分お手軽でもある。
三時間ほど焼いて、竈の端に明かり用の小さな火だけ残して火勢を弱める。土器が埋もれた灰は火が消えても近づくだけで熱い。
自然に温度が下がるまでの間、煙の匂いと煤が着いた体を洗い、また服を新調した。フキ服は素材が葉っぱなだけあってすぐボロボロになる。たき火の熱で乾いてパリパリになった古着をかえない理由はない。
竈用に石を引っ張り出したため、沢はその分窪んで深いところが何カ所かできている。そこにタマモを入れて丸洗いした。タマモは激しく抵抗して水をはね飛ばしたが、大体綺麗になったのでよしとする。
たき火の場所に戻り、灰の山に手をかざすとまだかなり熱が残っていた。
灰山のそばに座り込み、濡れて重くなった髪を乾かす。タマモもぶるぶるっと全身を震わせて水を飛ばしてから、お気に入りらしい私の膝上で丸くなって毛皮を乾かした。ナデナデシテー、という目で見上げてきたので、顎を指先でくすぐると気持ちよさそうに目を細める。ブルスコファーとか鳴かなくてよかった。
更に二時間ほど経つと、灰の熱も大体収まった。木の枝で灰をかき回し、中から土器を引っ張り出す。灰まみれの土器をフキの葉で拭うと、薄紅色と黒の斑に焼き上がっていた。縁の方にちょっと皹が入っているが、水漏れする位置ではない。おっけ、及第点。
早速灰まみれの土器を何度かすすいで綺麗にし、水を入れて竈に設置。火を大きくする。
やがてというほどの間もなく、水はぐらぐらと沸騰した。濁りもほぼない。
よーしよしよし。
土器に沢ガニとフキ、キノコを投入。フキの葉を折って作った蓮華のようなものでアクをすくいながら十数分煮込むと、即席鍋が出来上がった。
木の枝で作った箸を伸ばし、煮えてくたりとダレているフキとキノコを取る。ゴクリ……
期待半分不安半分で食べた山菜は美味しかった。空腹は最大の調味料というからそれが大きかったとは思うが、美味しいものは美味しい。舌が敏感になっていて、素材の味がダイレクトに分かる。
沢ガニを殻をバリバリ噛み砕きながら食べている内に不思議と涙が出た。ありがとう、ありがとう。生きてる。私は今、猛烈に生きてる。生きるって事は食べるって事なんだ。贅沢でもなんでもない料理なのに、ただ噛みしめるだけで心に熱いものがこみあげた。
お腹いっぱい暖かな食事をとった後はぽかぽかする体でもこもこのタマモを抱きかかえ、生まれ変わってから一番満たされた気持ちで落ち葉にもぐって眠った。