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十三話 冬ごもり

 風邪の治療以来、私は完全にお医者さんポジションに収まっていた。風邪、頭痛、下痢、怪我、骨折、とにかく何かあると私のところに来る。流石に生理で呼ばれた時はどうしようもなかったが、大抵は宝珠ぱわーで治す事ができた。

 治療しても「ありがとう」と言われるだけで何かくれたりしてくれたりする訳ではない。でもその代わりに私のお願いを快く聞いてくれるようになった。手を洗え、うがいをしろ、など、縄文人にはワケのわからないだろう儀式めいた事を口うるさく要求しても、「しかたないな、アマテラスの言う事だし」といった感じでちょっと面倒そうにしながらも素直にやってくれる。


 もっとも、言っても言ってもすぐ忘れられるのが悩みのタネだ。五回六回と言い聞かせても「あ、ごめん忘れてた」と申し訳なさの欠片も無い口調で言われると軽く殺意が沸く。勿論殺さずに脳内でズタズタに引き裂いてから優しく教え諭しているが……あまり私を怒らせない方がいいぞ、縄文人よ。

 まあ一朝一夕に習慣付けができないのは分かってたし、だんだん忘れるまでの期間が長くなっているから、長い目で見ていくべきだろう。


 治療して貸しを作り、その貸しを使って更に貸しを作る……しかし向こうは貸し借りなんて考えてないから、ほとんど私が一方的に与えるばかりの自己満足だ。しかし自己満足のおかげで気分良く暮らしていけるならそれもまたよし。損得を考えすぎて我慢我慢だと人生楽しくない。











 初雪の頃になると山の実りは粗方消え去り、薪集めをする。なんとか最後まで一人作業を貫いて自宅をでっちあげた私も森に入ってせっせと薪を拾い集めた。雪が積もりだすと途端に薪拾いが困難になるから、拾える内に拾えるだけ拾っておかないといけない。

 この季節になると素足で歩くのはキツく、麻で編んだ靴下というか靴というか、そんなものを履いて活動する。現代の靴とは比べものにならないほど酷い出来でも履かないよりはマシ。靴を履けないタマモは日がな一日新居の囲炉裏の傍で丸まってじっとするようになり、最近は一人で森を彷徨ってばかりだ。タマモはタマモで無断で私の家に入ってくる奴を追い返す番犬役もしているので、これも分業の一種と言える。


 吐く息は白く、昼に溶けた雪は夜に凍り、一見しっかりしているように見える地面でもこれがけっこう滑る。

 すってんころりんと転んで腰を打った、ぐらいなら可愛いもの。頭を打って死者が出たのには驚いた。が、すぐに納得した。現代でも滑って頭を打ってそのままお亡くなりになる方はいた。縄文人も同じだ。


 この時代に来て初めて見た人間の死体は綺麗なもので(恐らく脳内出血あたりが死因)、それなりに親交があった人だったのに、薄情な事に特に悲しみはなかった。思えば曾祖母の葬式の時もそうだった。今まであの時は幼くて「死」というモノがよくわかっていなかったのだと思っていたが、単に私はこういう性質だったようだ。

 人が赤子から子供になり、子供から大人になるように。生きている人が死ぬという事も、そんな変化の一つとしか感じられなかった。感慨がないではないんだけど。そのクセ自分が死ぬのには生々しい恐怖を感じるのだから、なんとも天邪鬼な話だ。


 黙々と死体を埋める縄文人達は、意外にも私に生き返らせてくれとは言わなかった。そろそろ調子に乗ってきてアレも治せこれも治せと強請ってくるかと思ったが、全然そんな事はない。

 考えてみれば神話でも神様はしょうもない理由で死に、生き返れない。この時代、死とは絶対的なものなのだ。心臓マッサージも人工呼吸も無いのだから、心臓が止まったら手遅れ。それが共有認識。ちなみに集落の人々は、ヒトは死ぬと土に還って大自然と一体になる、と考えているようだった。文言通りに捉えれば割と合っている。実際に意味する所は間違っているが。


 本格的に雪が降り始めると住民達は家に籠って出歩かなくなり、自然に事故も起きにくくなった。集落を二つに割る小道は除雪され、それ以外には軽く私の身長ぐらいは雪が積もった。ここが日本のどこかは知らないが豪雪地帯っぽい。東北か、北海道か。南の方に転生していたら冬も外で活動できたのにツイてない。でもその代わり夏は地獄だっただろうからイーブンだと思っておこう。


 梅雨の時期は暇を持て余したが、予め分かっていた冬ごもりは対策をしていて、暇はしていないというかけっこう忙しい。

 麻で下着を編んだりカーディガンっぽいものを編んだり紐を編んだり網を編んだり。ヨイヨイが持っていた鹿の角を貰ってちょっとしたアクセサリを彫ってみたり。双六を作ったり、ハノイの塔を作ったり。


 冬の間は縄文人達も暇なようで、麻を編む以外は下品な言い方をすると喰う寝るヤるぐらいしかしない。冬は日が落ちるのが早いが、明かり用に燃料を浪費するわけにはいかない。そこで暗闇でもできる基本的に男女二人のスポーツで子供を仕込む、と。合理的だ。夜に(たまに昼にも)悩ましげな声が私の家まで聞こえてくるのには辟易するが。いくらタテ穴住居に防音も何もあったもんじゃないから仕方ないとは言え……マジ自重。


 乳幼児の死亡率が高いから、産めるだけ産む必要があるのは理解してる。仕方ない。仕方ないんだけど壁ドンしてやりたい。










 ある日の事、私がタマモを膝に乗せて囲炉裏にあたりながらもくもくとサイコロを削っていると、イレニカが遊びに来た。イレニカはハンガラの姪にあたる子で、冬になってからよく遊びに来る。例に漏れずブサカッコイイ顔で額の傷痕が勇ましい。将来は逞しい漢女に育つ事だろう。


「おじゃまします」

「はいいらっしゃい」

「ハノイのとう、かしてください」

「どうぞ」


 形式的なやりとりをかわし、イレニカは嬉しそうに私の隣に座っておもちゃを弄りだした。タマモが来客に薄く目を開けて鼻をひくつかせたが、すぐに興味を失ってまた寝に入った。

 ハノイの塔は大きさの違う円盤を特定のルールに従って積んだり崩したりするパズルの一種で、間違いなく縄文時代にはなかったものだ。いい頭の体操になる。イレニカは子供の頭の柔軟さですぐにルールを覚え、毎日嬉しそうにやっている。

 イレニカの前にはハンガラの息子のハアディンが一時期ハマっていた。イレニカはハノイの塔に飽きたハアディンの紹介で来たらしい。やっぱり遊びに関しては子供の方が食いつきがいい。大人勢は秋に教えた網作りに熱心だった。


「……わかんなくなっちゃった。アマテラス~」

「ん、どれどれ……あー、これはこれがこっちで、こう、こう、こう、こう」

「あっ! 分かった分かった! 待ってつづきはわたしがやる!」

「はいどーぞ」


 時々つっかかって私に聞いて来るイレニカを見守りながらほくそ笑む。調教は順調に進んでいる。

 まず娯楽らしい娯楽がないこの集落に、独楽やハノイの塔、おはじきなどの感覚的な傾向が強い遊びを広める。それが十分に広まったら、双六や石取りゲームなど、数と計算が絡んでくるゲームを教える。数を覚えたら将棋あたりで文字というものを認識させ、カルタで単語を覚えさせ。最終的には小学生レベルの日本語を覚えてもらうのが目標だ。

 単純に教えるよりも、遊びに絡めて覚えてもらった方がずっと効率がいい。全てはいつか私と一緒に遊べる人材を育成するため……! 携帯ゲーム機の再現は無理でもTRPGぐらいなら! 今からルールブックでも作っておこうか。


「ふふふふふ……」

「!?」


 ニヤニヤしながらイレニカを眺めていたら引かれた。


 私は毎日三食食べているが、縄文人は昼と夜の二食しか食べない。私の貯めた食料を食いつぶされてはかなわないので、夕日が沈む頃にイレニカを帰らせた。

 夜以降は冷え込む事もあって集落の外出者はいなくなる。ここから寝るまでの短い時間はちょっと見られると困る実験をする。


「タマモ」

「……くぁん?」


 昼頃からずっと寝ていたタマモを起こすと、私の視線に気づいて上を向いて口を開けた。もう最近は日課になっているので、お互い迷いはない。私は磨製石器(ハンガラに習って打製からランクアップした)で手のひらを浅く切り、流れる血をタマモの口に垂らした。十数滴垂らしたらすぐに宝珠を当てて治療に入る。


 もちろんリストカットに目覚めたとかタマモが吸血に目覚めたとかそういうオチはない。実験と予防線だ。


 タマモは私を喰い殺して進化した。前にも考えた事だが、熊や狼が私を何度も私を喰い殺して進化し、進化によるスペックアップが私の耐性上昇ペースを上回った場合、世にも恐ろしい人知を超えた怪獣を誕生させる事になる。

 私もできるだけそうならないように気をつけるが、予想外の死因で何度も死んでいる以上油断はできない。その予防線として、冬になってからタマモの強化実験をしている。私自身は非力でも、強化しタマモを護衛につければ猛獣に襲われても安心だ。


 私の血に直接的な特殊効果が無いのは分かっている。夏に散々蚊やノミに刺されたが、巨大化・狂暴化した蚊やノミは生まれなかった。

 私を殺害する事にも多分直接的意味はない、とも推測される。こじつけに近いが、私を殺して進化するなら私を毒殺したセリ(?)が急成長なりなんなりしていないとおかしい。

 これらを踏まえた上で考える。タマモは私を喰い殺して、血肉を喰らった。そしてその直後に進化した。つまり「殺害する」「血肉を喰らう」の両方を満たすのが進化条件なのではないだろうか。これなら蚊が進化しなかったのもセリ(?)が普通だったのも説明できる。


 「殺害一回+お食事=1LvUP」だとタマモのこれ以上の進化は諦めるしかないが、「殺害で条件を達成し、後は一定量の食事をするたびにLvUP」ならこうやって毎日血を飲ませていればその内進化してくれる。してくれないかも知れないけど、してくれれば大変助かる。進化したかどうかのチェックは尻尾を見れば分かる。多分次は三尾だろうし。


 期待を込めて口の周りを舌で舐めているタマモを見るが、今日も残念ながら変化はない。ぬーん。無駄な事やってる気がする。でももっと飲ませれば進化するかも知れないし、タマモに害は無いし、少しずつなら宝珠のおかげもあって貧血にならないし。手を切る時は痛いけど。

 気長にいこう。何事も。


 私は手の傷が完治したのを確認し、一日のシメに食べ飽きた魚の燻製と自然薯のスープを煮はじめた。












 そして長い長い冬が明け、春が来た。


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