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一話 人生Hardモード突入?

 前略、階段から転げ落ちたら森の中にいた。


 頭上は鬱蒼とした古木の枝葉に遮られ空は見えないものの、普通に視界が利く程度には地上に光が届いている。気温は少々ひんやりとするが丁度良い。そんな森の中、カサカサした落ち葉が降り積もった地面に私は全裸でぺたんと座り込んでいた。

 いや……全、裸?

 自分の体を見下ろす。

 まず体格がおかしい。申し訳程度にあったはずの起伏がない。手足もおかしい。随分と小さい。


「えっ……あれ?」


 思わず漏れた声もおかしい。聞き覚えの無い、まるで年端のいかない少女のような高い声。


「テステス、ボイステストボイステスト」


 喉に手を当ててもう一度発声してみても、喉に何かつまっていたとか声が裏がえっていたとかそんな事はなく、澄み切った少女の声がでた。


「え?」


 いい歳した取り立てて特徴もない大人が何の脈絡もなく肉体を巻き戻されて森の中に。

 なるほど夢か!

 いや夢じゃない。五感も思考も鮮明過ぎる。


 夢じゃないならこれは……これは?

 え? 現実? これが? おかしい事が多すぎてどこから突っ込めばいいのやらわからない。

 だってこれ、こう、あの、だってこんなの絶対おかしいよ。脈絡がなくて、その、あれ、体が縮んで森の中に、さっきまで街中だったのに、ほんと覚えがないというか、服が消えたって事は免許証も保険証もキャッシュカードも消えたって事で警察に届け、られないよ森の中じゃ。じゃなくてそうじゃなくて、それが問題なんじゃなくて、問題なのは森の中って事で、体が子供に、あれ?


 ダメだ頭がこんがらがってる。一度落ち着こう。頭を空にしよう。

 とりあえず深呼吸する。吸ってー、吐いてー。ふむ、濃い森の匂いがする。森林浴に最適だけど今は楽しむ気にはなれない。


 よし。多分落ち着いた。一つずついこう。一つずつ考えていこう。


 まずなぜここにいるのか。記憶を辿ってみる。

 2012年十二月の日曜日、スーパーで豚汁用の豚肉と野菜を買った。うむ。雪が降っていたので、スリップしないよう慎重にバイクを運転して帰宅。うむ。買い物袋を持ってアパート二階へ続く階段を上がる途中、足を滑らせる。うむ。気持ちの悪い浮遊感と共に全身の血が一気に引いて、頭部になんか凄い衝撃が来た、気がする。うむ。

 で、瞬きするとこうなっていた……うむ?

 ちょっと訳がわかりませんね。途中まではしっかり繋がってたのに。


 記憶が確かなら私は頭部を相当危険な感じで打ったはず。たんこぶ作ったぐらいなら記憶が途切れるわけがないから、意識不明、ないしは死亡が予測される。

 ここは夢だとは到底思えないほど五感全てが鮮明で、つまり現実だから、意識不明で夢を見ているとか脳のへんな所を壊して白昼夢を見ているとか、そういう事はありえない。一度意識不明になり回復したとすれば、アパートの階段付近か病院で目覚めないとおかしい。しかしここは森。

 意識不明のセンはない。

 死亡した場合。死因からして脳死は揺るぎない。脳死した人間は思考できない。しかし今私は思考していて、矛盾する。

 死亡のセンもない。

 …………。

 あれ、可能性が全部消えた。そんな馬鹿な。


 物理科学的に可能かどうかだけで考えるなら、意識不明になった私の頭部から脳を摘出、少女の頭に移植。施術後容態が安定したら森に置き去りにする事でつじつまは合う。が、いくら医学の世界は日進月歩だとはいえ人間の脳移植は色々な意味で無理があるし、さらにそれを私にする理由がなく、生かして森に置き去りにする理由もない。やっぱりあり得ない。

 でも事実そういう状況に陥っているわけで。きっと何か私が想像すらできない理由があったという事で? えー、うーん、そういう事、なのか?


 あっ、でもそうなると私を森に置き去りにした「何者か」がいないといけない。


「誰かー! 誰かいませんかー! おーい!」


 鬱蒼とした森の奥に、両手をメガホン代わりにして叫ぶ。腹の底から精一杯絞り出した声は木々の間に吸い込まれて消えていった。

 そのまま数分待つ。反応無し。

 今度は右に九十度回った方角へ叫ぶ。が、これも反応無し。更に九十度、反応無し。もう一度九十度。反応、無し。


 そこはかとなく膨らんでいた期待感がみるみる萎びて風化した。べ、べつに期待感といっても七十、いや五十……三十パーセントぐらいだったし。大丈夫、私は落ち込んでない。

 「何者か」が立ち去って時間が経っているのか、それとも聞こえているが無視して監視しているのか。

 一応周囲に手がかりが無いか探してみる。座り込んだままガサガサと落ち葉を引っかき回し、周辺の木を何本か見上げたり幹をじろじろ観察しながらぐるりと回る。

 見つかったのは落ち葉と名前も知らない昆虫と羽虫だけだった。メモの一枚も食料の一つもない。


 どういう意図で私をこうして置き去りにしたかはわからないが、「何者か」は私が死んでもいいと思っているらしい。

 白っぽい地衣類がへばりついた木々の幹や伸び放題の枝を見ている限り、森林公園の類とはとても思えない。恐らく本当にどこかの天然森林地帯。

 道を見つけて人里に下りればなんとかなるかも知れないが、地図を持って歩くはずの登山者ですら遭難する事があるというのに、現在地不明装備皆無専門知識なしとくればもう死ねと言われているに等しい。


 あるいは「何者か」は私が死んでもいいとは思っていないが、不測の事態が起きて、私を置き去りにせざるを得ない状況に陥ったのか。

 どちらかと言えばこちらの方がしっくりくる。人間の脳移植手術の成功と言えば医学界に激震が走る。発表するなら生かさないとダメだし、隠しておくなら私を放置して自由にさせるより、監禁するか殺してしまった方がいい。野放しになっているという事は、そういう事なのだろう。


 つまり私はアパートの階段で頭を打ち、どこかの病院のような場所に運ばれ、なぜか脳移植手術を受け、驚くべき事に成功し、何者かの手によって搬送される途中、何かが起きて森の中に放置される事になった、と。

 なんという不確定要素のオンパレード。なんだか凄く無理がある気がするけど、何か手がかりが見つかるまではこう考えておく事にしよう。


 次、ここはどこか。

 一見、森に見える。名前は分からないが木が生えていて、落ち葉がつもっている。葉の特徴からして広葉樹。現代の舗装された道路やフローリングに慣れた身としては虫や菌が潜んでいる落ち葉の上に腰を降ろしているのには違和感と忌避感があるが、他に座る場所もないので仕方ない。

 植生は……よく分からない。木を見ただけで地域を正確に特定できるほど植物知識はない。ただ、落ち葉の間にちらほら生えている雑草は名前は分からないまでも見たことがある種類のもので、木も同じ。従ってここは日本か中国かそのあたりの東南アジア圏と推測。アパートで頭を強打した時点では冬だったはずが春か秋ぐらいの気温になっているが、手術を受けている間に時間が経過したとかそんな理由に違いない。


 では具体的にどこなのか。人里が近ければ森を出て交番にかけこめばいい。白神山地とか富士の樹海とかだったら最悪。十中八九のたれ死ぬ。

 とりあえず木に登って高所から現在地を確かめてみる事にした。立ち上がり、近くに生えていた節と枝が多く背の高い木に手をかけて……手、ちっさっ。足みじかっ。力よわっ。本当に身体能力まで少女に……いや、今は考えるな。一つずつ解決するんだ。

 もたもたと枝にしがみつき、はりついて、ぶらさがり。木のてっぺん近くまで登れるだけ登り、周囲を見回す。


「あああああ……」


 失望の声が出る。周辺には森しかなく、遠くにも山しかなかった。道路が見えるとか電波塔が見えるとか、そういう事は全くない。

 うわあああああ、いきなりほとんど詰んだ。どうしろってーの? 三日で飢え死にするわ。ツキノワグマにガブッとやられて死ぬ可能性もある。食べられる野草知識もないから、そのへんの草食べて飢えを凌ごうとしても毒にあたって死にかねない。運良く食べれる野草を見つけても、全裸の上に住居なし。雨に当たって体力を奪われ、夜風に当たって風邪をひき、暖もとれずに衰弱死。十分ある。

 絶望的な結果になったが、今できる現在地把握は終わった。暗澹たる思いを抱きながらもたもた地上に下り、ごつごつした木の幹に背を預け、膝を抱えて座り込む。


 最後、体の確認。

 胸から腹、足の先までつぶさに見る。体毛がまったく生えておらず、剃った痕もない。肌は白く人間の皮膚とは思えないほどスベスベしていて、適度に脂肪がついている。押してみると凄くふにゃっとしていた。軽くひっかいてみるとすぐに赤くなる。


 体にかかった腰まで届く白髪は脱色したようには見えない天然色で、絹糸のように細くサラッサラしていて、生え際を手で触ったり引っ張ったりした限りではヅラではなく頭皮の毛根から生えているように思う。この時点でもう単純な若返りではない。私はずっと黒髪だったし、染めた記憶は一度もなく、親類にこんな髪の人はいない。頭皮をまさぐっただけでは手術痕らしき痕は分からなかった。術後に手術痕が消えるほど時間が経過している? それとも施術者の腕が良かったのか。医者ではないからよくわからない。


 腰は微妙にくびれ、胸は膨らんでいるとはっきり言える程度。一度立ち上がって確かめた身長や頭身のバランス的には多分7~9歳、いっても10歳ぐらい。腰と胸からして第二次性徴にさしかかっているようだから、早熟らしい。先ほどの木登りの体験から推測するに筋力は肉体相応。


 体中を押したり引っ張ったりしてみる。どこにも違和感はない。位置探知用のチップが埋め込まれているとすれば皮膚近くではなく体内か。

 それにしても元々この体だったかのような違和感のなさ。そもそも大人がそれまでと全く違った体の子供になって即座に木登りができるという時点で何かおかしい。視点もバランス感覚も変わるから、もっとフラフラしないとおかしいはず。睡眠学習でもさせられていたのだろうか。


 結論、髪の色以外大体一般的女子小学生のスペック。


 まとめてみよう。

 何者かに改造手術を受け、森に置き去り放置された。救援の見込み無し。

 現在地は東南アジア圏の深い森。近辺に人工物無し。

 身体スペックは女子小学生。頭脳は社会人、サバイバル知識無し。物資無し。


「終わった……!」


 私は座り込んで頭を抱えた。

 ゲームだったらコンティニュー前提、死んで覚えましょうレベル。なんなの? 馬鹿なの? 死ぬの? 考えてる内に混乱は収まったけど絶望的な状況だと分かって気分はどん底。遭難したら下手に動かず救助を待ちましょうって聞くけど、これ遭難ってレベルじゃないもの。もし生還できたら十週連続ベストセラーの自伝が書けるレベルだもの。


 今日日サバイバルゲームでもこんなハードモード無いよ。あのロビンソンなクルーソーだって装備アリだったじゃないですかー! 他にも仲間がいたりさ、サバイバル経験があったりさ! それがナイフ一本どころか服すらないなんて!


 例え生還できても仕事はクビになってるだろうし、身元を保証できるものは記憶しかないけど、体が変わってるから記憶は本人に教えられたものであって本人ではない、という扱いを受けるのが目に見えている。コツコツ貯めた貯金はパァ、友人知人家族とは他人になって、うまい事孤児院に入れてももう一度小学生スタート。やったー強くてニューゲームというより精神年齢が違い過ぎて孤立する恐怖しかない。

 まあそれもこれもまず生還できないと意味が無いんですけど。ここが日本なら人里にたどり着けばなんとかなる。他国なら国によっては娼館に売られる可能性もあるけど。

 いや、前向きに考えよう。できない事を考えるよりもできる事をできるだけ片付けていこう。うん。なるようになる。


 そういえば喉が渇いた。水、水。

 えーと、水道、は、無いね。ペットボトル、も、無いね。

 ……えっ?

 あ、まずい。このままだと干からびて死ぬ。


 勢いよく立ち上がる。心臓がばくばく脈打っていた。私はどうしてすぐに水を探さなかったんだろう。

 人が生存できるのは水無しで三日、水有りで一週間と聞いた事がある。勿論これは死ぬまでのタイムリミットだから、これよりも早く動けなくなる。救援の見込みが無い以上、動けなくなったら詰む。深い森の奥で誰にも気付かれずひっそりと死を待つしかない。

 絶望と空腹に溺れながらじわじわ死ぬなんて絶対嫌だ。できれば今日中、最悪明日には水を見つけないと。

 私は急いで水を探しに森の探索にかかった。


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― 新着の感想 ―
クロルさんがおなごを主人公に据えるだと!?ものどもであえであえー!明日は槍が降るぞー!!
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