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1 月曜日の魔法使いとバレンタイン 前編

  1 月曜日の魔法使いとバレンタイン 前編


「二月号、すなわちヴァレンタイン特集号は、我らが紅葉ヶ丘通信の中でも最も人気のある号の一つだ!」

 新堂先輩にフラれた傷も冬休みを経てすっかり癒えたのか(どうかは分からないけれど)、高杉晋太郎部長は新年一回目の新聞部定例会議でいつも通りの堂々たる演説をしていた。さすが部長兼生徒会長。

「分かっているとは思うが、今号は皆、ヴァレンタインに関連している記事かつ女子向けの記事を書くこと! いいな!」

「はーい」

「なお、今号はヴァレンタインデーのちょうど二週間前、一月三十一日発行とする。仕上げや印刷作業の時間を考えて、記事の最終締め切りは二週間後の水曜日だ。記事案は、急だが、来週の火曜に提出するように!」

「はーい」

 部員たちの間延びした返事。もちろん、私含む。駿は寝ている。

「おいおい、みんな大丈夫か? そんなんじゃ俺はおちおち引退もできないぞ」

 眉をひそめる高杉部長。

「まぁいい。ここ最近の号は生徒からも教師からもなかなか好評を博しているかな。やる気が表に現れていないだけだと思っておこう」

 私たちの態度を好意的に解釈してくれた高杉部長は、いつものように締めた。

「よし、何か質問がなければ、解散! 各々取材に励むように!」

 わらわらと散っていく新聞部員達。部室(社会科準備室)には駿と私と高杉部長が残った。会議が終わってもだいたい駿は寝ているのでいつも出遅れる。

「おーい、しゅーん」

「んー?」

 起きる。よだれの跡が。

「駿、汚い」

「あー、ごめんごめん」

 私の渡したハンカチでぬぐう。

「ありがと」

「どういたしまして」

「おい、お前ら、仲のよさを見せつけている暇があったらさっさと取材に行け」

 いつものコの字型に並べられた会議机の上座に座っていた高杉部長が、にらみながら言った。

「す、すいません」

 とりあえず謝っておく。あ、まだ新堂先輩にフラれたこと引きずってたんですね! なんて思ったけどさすがに言わないですよ。

「お、そうだ、桃山」

 何かを思い出した様子の高杉部長が駿を呼ぶ。

「なんですか?」

「あれ、どうなった。先月号で没になったやつ。クリスマスなんとか」

「クリスマスおじさんですか?」

 クリスマス直前、紅葉ヶ丘学園を少しだけ騒がせた異世界の住人、クリスマスおじさん。駿は一回だけ面と向かって会っただけだ。その後の顛末は私しか関わっていないし、駿の記憶も消したのだけど、例のごとくなんとなくは覚えていたので、適当に話は伝えてある。

「それだ。ヴァレンタインとは関係ないが、おもしろいものになるのなら書いてもいいぞ」

「本当ですか?」

「あぁ。また取材し損ねて中途半端なものを書かれても困るからな。先月号はクレームが来たんだ。いつもの連載があまり面白くなかった、と」

「そうなんですか……」

 少しシュンとなる駿。あ、今私うまいこと言った。

「あぁ。だが、クレームが来るということは期待の裏返しだ。気にすると同時に誇りに思え」

「はい、分かりました」

 そういうものなのか。なんだか高杉部長、いいこと言うなぁ。駿の顔も明るくなった。

「だから、そのクリスマスおじさんを題材にいい連載が書けるのならそれでいい」

「分かりました。ありがとうございます」

「そのかわり」

「そのかわり?」

 高杉部長はさも当然といった風で言った。

「神城の取材のフォローをしてやれ。サボらせはせんぞ」

「はい、わかりました」

 二つ返事でOKする駿。

「で、神城」

「はい」

 今度は私に矛先が向いた。攻撃されてるわけじゃないけど。

「今回もいい記事を頼むぞ。お世辞じゃなく、俺はお前が来年のエースだと思っているからな」

 突然の高杉先輩の告白(?)に、私の頭はついていけなかった。数秒たって、間抜けな声を出す。

「はい?」

「はい? じゃない。なんだその声は。お前はアホの子か。二回は言わんぞ」

「えーっと」

 私が頭をぽりぽりかいていると、

「すごいじゃん、卯月!」

 駿がかわりに興奮してくれた。

「エースってことは、来年の一面担当者だよ! そうですよね、部長!?」

 駿の言葉で、ようやく高杉部長の言葉の真意を理解する。

「えーっと、マジですか?」

「マジだ。だが、まぁ、今回のヴァレンタインの記事次第だな。心して頑張れ」

 それだけ言って、高杉部長はノートパソコンに向き直って自分の仕事に戻ってしまった。

 取り残される駿と私。

「すごいなー、さすが卯月!」

 私のかわりに喜んでくれている駿。そして、

(うわー……、マジですか……。めちゃくちゃプレッシャーなんですけど……)

 期待されることに慣れていない私は、予想もしていなかったまさかの事態におなかが痛くなってきていた。


「というわけで、調理部のバレンタイン企画を取材させていただきたかったわけですが……」

 定例会議後、私ははるばる特別棟一階端の家庭科室まで来ていた。

「なるほどー。それはプレッシャーだね」

 三年生と二年生が一年生にチョコレート作りの極意の指南をしているところで、木下さんに無理を言って少し抜けてもらっていた。ちなみに駿は、クリスマスおじさんの記事(我々の意識としては小説)をさっさと書き上げてしまうということで、部室(社会科準備室)に残っている。

「記事にしてくれるのは調理部としてはありがたいことだけど、確かにそれだけだと高杉会長の求めるものには足りないかもね」

「そう、そうなのですよ」

 クリスマスパーティーを取材した段階から、バレンタイン企画を取材したいということは話してあった。だから、取材して記事にする分には問題ないのだけれど、果たしてそれが高杉部長の求める来年のエースにふさわしい記事かどうか……。答えは、たぶんNOだ。

「どうしましょう」

「どうしましょう、って言われてもなぁ……」

 大人しめのかわいい系がそろうとまことしやかに噂され、実際大人しめのかわいい系のそろう調理部の中で最もそれを体現していると思われる木下さん(しかし私は中身の黒さを知っている)が、苦笑いを浮かべている。

「他にバレンタイン関連で取材する当てもないので、どうにか調理部関係で記事を書きたいのですが……?」

 もみ手をする勢いで、低姿勢な態度を取る。袖の下も持ってくるべきだったか?

「うーん」

 真剣に悩んでくれる木下さん。やっぱりいい子だ。黒いけど。

「あ、そうだ」

 グーにした右手で左手のひらをぽんと叩くという、何か思いついた時の古典的なジェスチャーをする木下さん。

「こんなのどうかな」

「どんなの?」

「神城さんが調理部でやるバレンタイン企画を事前に実際にやってみて、体験記事を書くの。ただ企画の宣伝をするより、説得力も出ると思うし、いいと思わない?」

「え、と、いうことは……?」

「うん、神城さん、一緒にチョコ作ろうよ」

「いやいや、無理でしょ。私、料理下手くそだし」

 木下さん、ご存じかしら? 超入門編のお弁当を作るのに三時間くらいかけてしまうような奴ですよ、私は。

「今回の企画で作るチョコ、そんなに難しくないよ?」

「木下さん、それ、私の目を見て言える?」

「あはははは」

 わざとらしい乾いた笑い。

「うーむ……」

 確かに、雑誌とかでもよく見かける体験取材。百聞は一見にしかずとも言うし、自分で体験すればそれだけ内容も濃くなると思う。しかし、しかし。

「本気で下手くそだから、恥ずかしいんだよね……」

「誰でも最初は下手だって」

「そうだとは思うけどさ……」

「どうせ、桃山君にあげる予定だったんでしょ? だったら今年はせっかくだし手作りチョコあげればいいじゃん」

「うぐっ……」

 痛いところを突いてくる。確かに駿には毎年チョコをあげている。だけど毎年市販のもので、手作りチョコなんて一度もあげたことはない。作ろうと思ったことは……、ないとは言えない。思った数だけ諦めてきたわけだけど。

「大丈夫大丈夫、取材の時は本番と違ってまわりには調理部員しかいないし。私が手取り足とり教えてあげるからさ」

 ニコニコしながら両手をわさわさ動かす木下さん。それは気持ち悪いぞ、おい。

「それに、今回は姫先輩、いないよ」

「え?」

 すっかり忘れていたけれど、確かに姫先輩はこんなイベントには飛びついてきて、そして「しゅんくぅん(はぁと)」とか言って率先して手作りチョコをあげそうな人だ。

「なんで?」

「バレンタインのすぐ後の週末にテニスの大事な試合があるんだって。頭を抱えてうめいてた、って、部長が笑ってたよ」

「そうなんだ」

 姫先輩がいないのならば、いるときの二千倍くらいは取材がしやすくなる。

「うーん」

「ほらほら、悩んでる暇があったら包丁を持て、って、偉い人が言ってたよ」

「その偉い人、殺人鬼とかじゃないよね?」

「何言ってるの。違うよ」

 というわけで、私は調理部のバレンタイン企画を体当たり体験取材することになった。ちなみに調理部の企画、その名も「誰でもできるバレンタインチョコ教室~手作りチョコで気になる彼のハートをわしづかみ!~」。

 ……、「誰でも」なんて言葉にはもうだまされないからな!


 部室(社会科準備室)に残っていた駿を拾って帰宅。

「どうしたの? なんか暗いけど」

 いつもの通学路の河原の道を歩いていたら、駿が言った。なにも言わずとも駿にはばれてしまったか。

「あー、いやー、別に……」

「調理部への取材オファーが断られた……、わけじゃなさそうだね。それだったらもっと慌ててると思うし」

「うん、木下さんに取材の件はOKもらえた」

「じゃあ、取材内容か。卯月が乗り気じゃないことを木下さんが押しつけた、って感じかな?」

 木下さんは好意で提案してくれた(と私は信じている)から押しつけという言葉にはなんとなく語弊があるけれど、おおむね正解。

「うん。高杉部長からの猛烈なプレッシャーを受けちゃったから、そのことを木下さんに相談してみたら、ただの取材じゃなくて私が実際体験して、それを記事にしてみたらどうか、って」

「何を体験するの?」

「えーっと……」

 ちょっと恥ずかしけど、うまいごまかし方も思いつかない。

「バ、バレンタインチョコ作り教室……」

 小声でぼそぼそ呟く。

「へー、そうなんだ」

 あら?

「頑張ってね」

 駿の反応が思いのほかかなりあっさりしていたので拍子抜けした。てっきり「マジで! 作ったの絶対俺にちょうだいね!」ぐらいは言うと思ったのに。なんだか、なんて言うか、ちょっと寂しいな。

「あ、うん、頑張る」

「この前のお弁当はすごくおいしかったから、きっと大丈夫だよ」

「ごはんとお菓子は全然違うみたいだけどね」

「そうなんだ」

 この後も他愛もない話をしながら私たちの住む団地に到着。お隣同士、じゃあまた明日と言って同時にドアの中に入った。

 いつも通りの駿なような、いつもどおりの駿じゃないような。

 なんとなくモヤモヤしながらいつもどおり靴下を適当に脱ぎ捨てたら、珍しく早く帰ってきていたお母さんに怒鳴られた。


 元日の居眠り妖精以来特に何も起きていなかったからすっかり忘れていたけれど、そういえば私は退魔士とかエクソシストとかその他いろいろな名称で呼ばれる存在だった。

 なぜそんなことを急に思い出したかというと、翌日の教室できな臭い(使い方あってるかな?)噂を耳にしたからだ。

 噂の出所は、我が二年A組の中でもイケイケ系に属し、かつなぜか私のことをうっちんと呼ぶ篠本さん。

「ねぇねぇ、聞いた?」

 二限目の休み時間、木下さんの席(私の後ろ)にやってきた篠本さんは、開口一番目的語を言わずにそう訊ねた。

「何を?」

 至極真っ当な返しをする木下さん。

「アレだよ、アレ。今噂になってるアレ」

「あー、アレね聞いた聞いた。昨日塾で、第二中の子が言ってた」

 えっ、「アレ」で通じるのかよ。なんだこの二人。熟年夫婦か。

 少し気になったのでちらちら後ろを見ていたら、それに気付いた篠本さんが今度は私に訊ねた。

「ねぇ、うっちんもアレのこと聞いた?」

「えーっと、たぶん聞いたと思うけど、確認のために一応なんのことか聞いてもいいかな?」

 無駄な見栄を張る私、カッコワルイ。

「神城さんが聞いたってことは相当だね」

 と、木下さん。なんか私が相当バカにされてる感があるけれどとりあえず無視しておこう。

「で、そのアレとは?」

「アレって言ったらアレしかないよね。月曜日の魔法使いの噂」

「月曜日の魔法使い?」

「あ、なんだ。神城さん、やっぱり知らなかったんだ」

「ぐっ」

 篠本さんの言葉に明らかにぽかんとしていたら、さっそく見栄を張ったのがばれてしまった。

 しかしそんな細かいことは気にしていられない。

「わ、私が聞いたのとは違う噂だっただけだよ。で、その月曜日の魔法使いって、何?」

 恥を忍んで教えてもらおう。

「私も本物を見たわけじゃないし噂自体また聞きだから細かいことはよく分かんないんだけど」

 そう言いながら、篠本さんの話はずいぶん具体的だった。

「今、下に月曜日の魔法使いが出没してるんだって」

 「下」というのは紅葉ヶ丘学園用語で山のふもとの駅とか中央公園周辺の繁華街のこと。

「十一月ごろかららしいんだけど、第二中のあたりで変な噂が流れ始めたんだって。なんでも、人を思い通りに操ることのできる薬がある、って」

「ふーん」

 適当に相槌を打つ。木下さんは内容を知っているらしく微笑を浮かべながら黙って話を聞いている。

「私が第二中の知り合いに聞いた話だと、その薬をくれる人を魔法使いって呼んでるんだって。好きな相手を振り向かせたり、嫌いな相手に自分への関心をなくさせたり、親に使っておこづかいを増やさせたり。使い道は何でもありらしいよ。でもちょっと怖いよね、まだ犯罪とかに使われてはいないみたいだけど」

「で、なんで月曜日の魔法使いなの?」

「もちろん、その魔法使いが月曜日にしか現れないから。今週はまだ冬休みだったし、来週も祝日だから今年はまだ現れてないのかもね」

「へー」

 聞きながら、私は確信していた。

(また不思議アイテムが出回ってるのか)

 月曜日の魔法使いの話で盛り上がっている木下さんと篠本さんを眺めながら、私は考えていた。

(黒瀬の一件以来だけど、同じ魔法使いが関わってるのか?)

 後期中間試験のときの魔法の鉛筆事件。記憶を消す前の黒瀬が教えてくれた、悪い魔法使いの存在。すっかり忘れていたけれど、ここにきてまた登場したか。ほんと、何がしたいんだか。迷惑にも程がある。

 黒瀬のとき以上に厄介そうなのは、篠本さんの話を聞くに不思議アイテムがもう既に相当出回っている感じがするところだ。もとを絶たねばどんどん広がってしまうかもしれない。今のところ被害の報告は何も聞いていないけれど、ことが大きくなる前にどうにかしなければ。

(あー、めんどくせ)

 チョコレート作りが目の前に待っていてただでさえ憂鬱なのに、さらに憂鬱にさせるとは。悪い魔法使いめ、許すまじ。

 その噂のさらなる広がりを実感したのは、放課後に駿からも月曜日の魔法使いについての話をされた時だった。

「ねーねー卯月、アレ聞いた?」

 ふたりで部室(社会科準備室)に向かっているときに、駿が言った。

「アレって、月曜日の魔法使いのこと?」

「そう、それ。アレで分かるとか熟年夫婦みたいだね」

 私と駿の思考回路が全く同じということが分かった。

「誰から聞いたの?」

「クラスの男子から。下だとけっこう有名な話らしいね」

「そうみたいだね」

 明らかにわくわくした駿の顔。こいつは自分の引き寄せ体質が絡んでいるかもしれないなんて知る由もないのだ。お気楽な奴め。

「記事のネタにするの?」

「もちろん。おもしろそうじゃん。あわよくば会って薬をもらってみたいなー」

「誰にどういう目的で使うの?」

「うーん」

 しばらくななめ上の何もない空間を眺めながら考える駿。

「分かんない。思いつかないや」

「なんだそれ」

 私は、別にいらないかな。人の頭の中に手を突っ込んで考えを変えてみたいなんて、怖いし気持ち悪いし。……、おこづかいアップはちょっとだけ魅力的だけど、まぁお母さんに使ったところで一瞬ではね返されて逆におこづかいダウンの刑に処されるのは目に見えてるし……。


 木下さんと新堂部長と相談して、体験取材日は来週の水曜ということになった。

「私も手取り足取り教えてあげるから、期待しててねー」

 木下さんと同じく手をわさわささせながらそう言った新堂部長。なんなんだ、調理部員たち。まぁ、調理部のエース新堂部長と時期エース候補の木下さん(篠本さんと本田さん談)に手取り足取り教えてもらえたら、さすがの私も失敗はしないのではないかとプラスに考えられるようになってきた。というか、無理やりそう考えることにした。

 というわけで、記事の方は予定が立ったので、今週末は月曜日の魔法使いの調査をすることにした。こんな感じで週末は調査にあたったり一日ゲームでつぶしたりする中二の私。学生の本分勉強は私の本分ではない。三月頭の学年末試験で苦しむのは目に見えているけれど、まぁどうにかなるでしょう。駿とか木下さんとか、素晴らしく頭のいい方々が助けてくれると思うし。あはは。

 さて、バスに乗って、繁華街へ。最寄りのバス停を降りて少し歩くと、お目当ての第二中学校に到着した。

 土曜日なので公立の第二中はもちろんお休み(紅葉ヶ丘学園は隔週で授業がある。高校になると毎週。本気でやめてほしい)。怪しまれない程度にふらふらしてみる。フェンス越しにのぞくと、校庭ではサッカー部、体育館ではバドミントン部が練習していた。朝からご苦労さまです。

「うーん」

 とりあえず学校のまわりを一周回ってみたけれど、特になんの手がかりもなかった。「月曜日」の魔法使いと言われているくらいだし、まぁ、いきなり何かあるとは思ってないからいいんだけど。

 正門に戻ってきた。晴れているとはいえ真冬の一月。おしるこでも飲むか、と思って正門前のコンビニに入る。奥の棚から缶のおしるこを手に取って、レジに向かったとき。

「あれ?」

 何気なく視線をやった窓の外の道路の向こう。

「駿じゃん」

 駿がいた。学校指定のじゃない私服用のコートを着て、正門前に立っている。いつの間に。ナイスタイミングと言うべきか、バッドタイミングと言うべきか。たぶんというか間違いなく月曜日の魔法使いの取材にでも来たんだろう。それ以外に駿が第二中になんて来る理由がない。さっさとお会計を済ませて駿の所へ行こうとしたら、まさかの事態が発生した。

「ふぇっ?」

 コンビニの自動ドアの手前で、間抜けな声が出た。

(どどどどどど、どういうことだ!?)

 正門前に突っ立っていた駿のもとに、見ず知らずの女の子が駆け寄ってきた。そして、何かしら言葉を交わした後、ふふふ、ふたりで歩きだしたのだ!

 呆然とする私。

「お嬢ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」

 さぞかし間抜けな顔をしていたのだろう。店員のおじさんが心配した顔で声をかけてくれた。

「あ、え、は、ひゃい」

 かんだ上におしるこを落とした。


 駿と謎の少女は、第二中の正門から繁華街の方に向かって歩き始めた。一年半以上にわたる新聞部の活動を通して得た尾行スキル(たまに役立つ)を駆使して、私はこそこそあとをつけた。

 バス停を過ぎ、少し歩いて中央公園の方へ。並んで歩く二人は何かしら会話をしている。遠目に見ると、か、かか、カップルみたいに楽しげではないのがせめてもの救い。実際なんの話をしてるのかはさっぱり聞こえないけど。

 そして二人は、中央公園近くのチェーンのコーヒー屋さんに入った。

「おいおい、中学生がそんな店入っていいのかよ」

 小心者な上にコーヒーが飲めない私にとって、こんなハイソなお店はハードルが高すぎる。

 自動ドアがものすごく堅牢な門扉のような気がしておろおろしているうちに、二人は注文を終えて二階に上がっていた。

「あー、うー……」

「あらあら、どうしたの? 大丈夫?」

 自動ドアの脇で頭を抱えてうなっていたら、お上品なおばさんに声をかけられた。

「おなか痛いの?」

「あ、え、う」

 テンパって、頭の中が真っ白になる。

「すいませんっしたっ!」

 なぜか謝って、自動ドアに突撃。ちょうどカップルが出てきたところだったので、そのまま店内に入ってしまった。

「あー……」

 もう後には引けない。きっかけをくれたおばさんに心の中で会釈をして、私は恐る恐る注文をするところであろうカウンターに向かった。

 以下、恥ずかしいので中略。

 数分後、私の手もとにはよく分からない横文字の飲み物があった。一口すすってみてそれなりにおいしかったので、よしとしよう。四百八十円はちょっと高いと思うけど。

(さて)

 さすがにこの異空間にも慣れてきた私は、ようやく落ち着いて考えを巡らせられるようになってきた。

(とりあえず、上行くか)

 階段を上り、ばれないように少しだけ顔をのぞかせて駿と謎の少女を探す。

 いた。奥の二人席。ラッキーなことに、駿はこちらに背中を向けている。少女は私の顔は知らないはずなので、少しくらい見られてもばれないだろう。

 ついたてを挟んでかなり近くまで接近した。すぐ背後には駿。こうでもしないと声が聞こえない。

「……るほどねー」

 駿の声。

「うん、ごめんね、桃山君」

 謎の少女の声。なかなかかわいらしい声だな。うらやましい。

「ううん、こちらこそ。知らなかったとはいえ、女の子の小鳥さんをわざわざ呼び出しちゃって、ごめん」

 なっ!? こ、小鳥さん!? もう名前を呼ぶ仲なのか!?

「ごめんだなんて、そんな、謝らないでよ。私の情報役に立てばいいな」

「ううん。すごく役に立ったよ。本当に会ったかいがあったな。紅葉ヶ丘学園にこもってても何も進展しないからね」

「そう言ってもらえるとうれしいな(はぁと)」

 小鳥さんの顔が赤らんでいるのなんて見なくても分かる。ぐぬぬ。何が「うれしいな(はぁと)」じゃボケ。姫先輩か。

「それにしても、けっこう噂になってるんだね。ウチだけじゃなくて、紅葉ヶ丘でも知ってる人がいるなんて」

「まぁ、紅葉ヶ丘学園の生徒でもこのあたりの塾に通ってる生徒けっこういるみたいだし」

「確かにそうだね。私の友達にもいるな。それに、月曜日の魔法使いなんて名前、一度聞いたら忘れないもんね」

 やっぱりそうか。

「うん。誰がつけたんだろうね。そのまんまだけど」

「私がこの話聞いた時にはもうこの名前がついてたよ」

「いつぐらい?」

「十二月の初めくらい」

「そうなんだ」

 こんな感じで月曜日の魔法使い絡みの話を続ける二人。特に目ぼしい情報は出てこないから、この小鳥さんとやらもそれほど詳しく知っているわけではなさそうだ。

「ところで桃山君」

「ん?」

 話が途切れたかと思ったら、小鳥さんが不自然に切り出した。

「あの、えっと、その、また、何か聞きたいことがあったら連絡してね!」

「あ、うん。その時はよろしく」

「ていうか、何か聞きたいことがなくても連絡してもらえたら嬉しいな!」

「? うん?」

「ていうか、何もなくても私から連絡してもいいかな!」

「? 別にいいけど」

「ほんと!? やった!」

 っておいおい、駿よ、姿の見えていない私でも分かるぞ……。いくらなんでも鈍感すぎるだろう……。

 その後も喜ぶ小鳥さんといまいち状況がつかめていない駿とのなんとなくかみ合わない話が続く。小鳥さん、マジで嬉しそうだな。

「桃山君て、第二中でも人気なんだよ」

「え、マジで?」

 え、マジすか。

「うん。マジでマジで」

「なんで?」

「なんで、って、かっこよくてスポーツができて頭も良くて……」

「いや、そうじゃなくて、なんで第二中と全然関係ない俺が、第二中で、その……、に、人気になるの?」

「女の子の情報網を甘く見ちゃいけないよっ(ほし)」

「は、はぁ……」

 小鳥さん、いや、巷の女子、恐るべし……。

「ま、実際は、紅葉ヶ丘に通ってる友達から情報が流れてきたからなんだけどね。アクティブな子たちは桃山君目当てで体育祭とか文化祭にも行ったりしてるんだよ」

「……」

 ポカンと口を開ける駿の姿が想像できる。

「い、言っちゃおうかな……」

 急に小声になる小鳥さん。たぶんかわいらしくもじもじしてるんだろう。

「よし、言っちゃおう! 実はね、私もこの間の文化祭に行ったんだ!」

「そ、そうなの?」

「うん。桃山君が劇で主役やるって聞いたから、我慢できなくて。でも、勇気出して行ってよかった。桃山君、すごくかっこよかったよ!」

「あ、ありがとう……」

「そんな憧れの桃山君からいきなりメールが来て、私、本当に心臓が止まるかと思っちゃった!」

「ご、ごめん……」

「目の前で話してる今も夢なんじゃないかって思ってるくらいだよ!」

「げ、現実だから……」

「あー、幸せだなぁ。桃山君に呼び出してもらえたってこと、みんなに言いふらしたいけど、でも、心の中にしまっておくね!」

「ど、どうぞ……」

「言ったら殺されちゃいそうだし」

「き、気をつけてね……」

 こんなに押される駿を見るの(見えてないけど)初めてだ。申し訳ないけど、おもしろい。

「あ、そうだ、桃山君」

「な、何?」

 駿の声に怯えが混じり始めている。

「私なんかと二人きりで会ったってこと、彼女にばれたらどうするの?」

「彼女?」

 彼女、だ、と……?

「うん、彼女。いつも一緒にいるっていう、幼馴染の子」

「えっ」

 えっ。

「神城さん、だっけ?」

「う、卯月のこと……?」

 って、神城なんて名字の知り合い、他にいないだろ! どう考えても私のことだろ!

「う、卯月は、えっと、その……」

「うん」

 あの、とか、その、とか、うー、とかいう声をもらしながら、最終的に駿が絞り出した言葉がこれ。

「か、彼女じゃ、ない、です……」

「え、そうなの!?」

「う、うん。ただの、幼馴染……」

 ただの、幼馴染、ね。そうですよね。うん、そうですよ。あぁそうですよ。私から見た駿だってただの幼馴染なんですから。何か問題ありますか?

「そうなんだー! やったー、いいこと聞いた!」

 はしゃぐ小鳥さん。駿は黙り込んだまま。私は、なんていうか、その……、帰ろうかな……。

 もうしばらく小鳥さんが一人でしゃべり続けて、そして解散ということになった。

 二人が横を通る時はばれないように存在感を消す。

「今度は私から誘うね!」

「う、うん……」

 噂の「彼女」が存在しないことを確認してからの小鳥さんは積極的だった。駿の学校生活について色々聞いたり、聞かれてもいないのに自分の学校生活について話したり。そしてしまいには、

「バレンタイン、楽しみにしててね! きゃっ、言っちゃった!」

 とのことです。

 階下に消えていった二人の背中を完全に見送ってから、もう冷え切った名前も覚えていない元ホットの甘い飲み物をすする。

「まず……」

 その後何を考えていたかはさっぱり覚えていないけれど、気が付いたらすっかり陽も暮れてしまっていた。


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