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プロローグ 盗撮魔人と天使な妹

  プロローグ 盗撮魔人と天使な妹


 昨日の夜、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ気になって、最後にいつ使ったかどうかすら覚えていない国語辞典を手に取った。ほこりがつもっていた。


【デートdate】

一.日付

二.男女が日付を決めて会うこと「恋人と――する」


 ……、なんか、求めていたものと違う……。

 私はそっと辞典を閉じた。


 明日から後期の残り(紅葉ヶ丘学園は二学期制だから三学期じゃない)が始まってしまうという冬休みの最終日。私は早起きをして台所で格闘していた。

 手元には「誰でもカンタン! 手作りお弁当入門」と題された雑誌。先日、クラスメイトで調理部員の木下さんに貸してもらったもの。

 新年のあいさつもかねて駅前のハンバーガーショップで会ったのだけれど、手渡す時のあの子のニヤニヤ顔はたぶん一生忘れない。かわいい顔してほんとに中身の黒い子だ。

 ちなみにそのあとなりゆきで近くの神社に初詣に行った。駿以外の同世代の人と初詣に行くのは初めてだったからなんだか新鮮で、お参りをしておみくじを引いてきゃあきゃあ言っただけ(木下さんは大吉で私は末吉だった)なのに、すごく楽しかった。クラスメイトの女の子と二人で出かけるなんて、私も成長したのかなぁ。

 で、なぜ私が一人で(お母さんは「手伝おうか?」の一言もかけずにとっとと出勤してしまった。薄情者め)お料理雑誌を見ながら格闘しているかというと、先日、何を血迷ったか腐れ縁の幼馴染兼お隣さん兼クラスメイトの桃山駿に、お弁当を持って遊びに行こうと言ってしまったからだ。

 元日早々、駿はお得意の引き寄せ体質をいかんなく発揮して、居眠り妖精の国に連れて行かれた。そこに私が颯爽と助けに参上したわけだけど、異世界で高揚してしまったというか、つり橋効果(意味はよく知らないけど)が発生したというか、その場のノリで駿にそう告げてしまったのだ。

 現実世界に戻ってきて(すなわち正気に戻って)考えると、なんと恥ずかしいことを言ってしまったのかと頭を抱え(それよりちょっと前、起きた瞬間によっぽど恥ずかしいことが起きたのだが、それは忘れたいのでさようなら)、駿の記憶が消えるのをいいことになかったことにしてしまおうと思った時だった。

「なんか、卯月といっしょにお弁当持ってどっか行く約束をした気がする」

 居眠り妖精の世界から帰ってきたてで寝ぼけ顔の駿にそう言われてしまっては、さすがに行かないわけにはいかない。そう、私は駿に甘いのだ。

 ところで最近駿が退治丸(私の愛刀。名前がダサいけど先祖代々伝わるものなので仕方ない)で記憶を消しても、微妙に、ほんと微妙に覚えてたりするのだが、それも何度も異世界に放り込まれているせいだろうか。気にしたところでどうしようもないからスルーするけど。

 そうこうしているうちに、なんだかんだでお弁当が完成した。……、訂正。お弁当箱のスペースは埋まった。

 スペースの半分くらいは白ごはんに大好物ののりたまふりかけで埋まるからいいとして、残りの半分が問題だった。木下さんが貸してくれた雑誌は「入門」とか書いてあるくせに、料理べたの私にとっては弱く見積もっても中ボスくらいのレベルはあった。

 その中でもどうにかなりそうなタコさんウインナーとかほうれんそうとベーコンのいため物とかでスペースを埋めた。どうしても作りたかった卵焼きは、案の定こげてしまった。比較的被害の小さい面を上にして、ごまかす。

「うーん」

 色合い、形などなど。どれをとっても偏差値四十くらいの出来だった。

「は、はじめて一人で作ったにしては上出来なんじゃないかな!? うん!」

 自分で自分をフォローする。

 そして時計を見る。約束の十時まで、あと少ししかなかった。

「やばっ!」

 慌ててエプロンを脱ぎ捨て、自分の部屋に走る。

「あーもー、着る服決めてないよー!」

 こんなことになるのなら、昨日の夜辞書なんか引いてもんもんとした時間を過ごすんじゃなかった。って、べべべ、別に駿が褒めてくれるかもとかそんなのは期待してませんよ! いや、ほんとに! マジでマジで!

 ということで、大急ぎで準備して、少し遅刻して桃山家にお邪魔する。

「しゅーん、来たぞー」

「あーい」

 いつもは迎えに行ってもだいたいまだ準備ができていなくて部屋にいるのに、今日はもうすでにリビングにいた。

「おはよー」

 コーヒーか紅茶か分からないけれど、何か優雅な飲み物を飲みながら駿があいさつした。

「お、おはよう」

 なんだ、駿、今日はやけに大人っぽいな……。

 いつも見る制服とか部屋着とかの駿とはなんだか一味違った、ちょっと男前な幼馴染がそこにいた。あ、あれだ、たぶんコーヒーカップと窓から入ってくる朝の日差しのせいだ。たぶん。相変わらずちょっと寝癖が跳ねてるけど。せめてそこまで気にしてくれよ。

「珍しいね、卯月が遅刻するなんて」

「あ、うん、ちょっとね」

 お弁当作るのに手間どった上に、服を選ぶのに悩んでました、なんて言えるかバカ野郎。

「じゃ、行こうか」

 立ち上がり、カップを流しに置く。そして玄関に向かう駿の背中を追いながら、

(なんか駿、おっきくなったなぁ)

 なんて、久しぶりに会った親戚のおばさんみたいなことを考えていた。


 きれいに晴れわたった冬空の下、駿と私は一路紅葉山公園を目指した。紅葉ヶ丘学園よりもう少し先の、紅葉山の中腹。小学校の遠足の定番で、家から歩いて一時間もかからない。

 朝方はほーしゃれーきゃくとかいうので冷え込んだみたいだけど、太陽が昇るにつれてだんだんと暖かくなってきた。いわゆる小春日和になるだろう。

「紅葉山公園って、あれ以来だね」

 少し登り坂になった道を並んでのんびり歩きながら、駿が言った。

「あれって?」

「文化祭の記事書くために取材に来たじゃん」

「あぁ」

 懐かしい。もう三ヶ月くらい前の出来事だけど、文化祭特集の記事を書くために姫先輩を追いかけて取材、もとい盗撮をしに来た。

「昔はよく遊びに来たよね」

 視線を上げて、懐かしそうに目の前の山を見上げる駿。

「そうだっけ?」

「そうだよ。卯月は覚えてない? カブトムシ捕りに来てちょっとした崖から滑り落ちて大泣きしたり、池の魚をつかもうとして落っこちてびしょぬれになったり、バッタを追いかけてたら木に激突して血を流したり」

「あー、言うな言うな!」

 幼き日の私の黒歴史の数々。

「なんでそんな恥ずかしいことばっか覚えてるのさ」

「インパクトがあったからかな」

 声を出して笑う駿。

 うーん、昔から駿の面倒を見ているのは私だと思っていたけど、もしかしたら私の方が面倒を見られてたのか……?

「ま、まぁ最近は立場が逆転してるけどね!」

 ムキになってそう言ったら、

「そうだね」

 と、あっさり肯定されたので、なんだか調子が狂った。

 しばらく無言で坂道を上る。坂道といっても、市民の散歩コースであるこの道はちゃんときれいに舗装された歩道もあるし、歩きやすい。

 そして、紅葉山公園に到着。原っぱがあったり池があったり子供向けの遊具があったり、特に目ぼしいアミューズメントのないこの町ではかなり上位に来るレジャースポット、紅葉山公園。

 今日の私たちの目的は紅葉山公園のどこかでお弁当を食べることなので、それまでは適当にぶらついて時間を潰すことにする。

 世間一般冬休みの最終日の今日、公園はお母さんと子供という組み合わせがけっこう多く見受けられた。

「お母さんとここに遊びに来た記憶ってないなぁ」

「そう?」

「うん。お母さん放任主義者だし。お父さん、お母さんにいじめられるから釣りばっかり行ってるし。駿と来た記憶しかないや」

「そういえば、俺もそうかも」

 他愛もない話をしながら、私が落ちた池のそばを通り過ぎ、階段を上る。そして私が激突した木のそばを通り過ぎる。……、紅葉山公園、もう来るのやめようかな。

 そんな感じでふらふらしながら、もう一度階段を上った先にある広場にたどりついた時だった。

「あ」

 駿が声を上げた。つられて私も駿の視線を追う。

「あ」

 そして、私も声を上げた。そして。

「マジかよ……」

 舌打ちしなかっただけ、私も大人だ。たぶん。

「あら、駿くんじゃない!」

 新年早々、相変わらずお美しい。長い髪を頭の高い位置で一つに結んで、そして高そうであったかそうな白いコートをまとった紅葉ヶ丘の妖精、姫宮円先輩。

「こんなところで会えるなんて、奇跡ね! 運命ね!」

 駆け寄り、抱きつかんばかりの勢いでこちらにやってきて、苦笑いする駿の手を取る。図らずもそんな運命的な奇跡を演出してしまった私のことはまるで無視。どんどん姫先輩の悪役度が増していく。

「あ、あけましておめでとうございます」

 苦笑いのままで新年のあいさつをする駿。

「おめでとーございまーす」

 棒読みで私も。

「あら、神城さん。いたの」

 いたの、って。さすがに見えるだろ、おい。

「はい、いました。最初から。ずっと」

「あ、そう」

 きれいな顔で冷たいことを言われるとなんだかゾクッとするね、じゃない。

「こんなところでどうしたの、駿くん?」

 かわいい目をくりくりさせながら上目遣いで駿にたずねる姫先輩。

「えーっと、卯月と、冬休みももう終わっちゃうし、遊びに行こうか、ってことになって」

「そうなの」

 一瞬私をちらっと見てキッと睨んで続ける。必要か、今のこれ。

「ほんと、偶然ね。素敵。奇跡みたい。運命ね」

 まくしたてる姫先輩と、戸惑う駿。そんな二人を目を細めて(悪い意味で)眺めていたら、突然かわいい声がした。

「おねーさまー!」

 三人一斉に声のした方を向く。

 そこには、なんと、天使がいた。冗談抜きで天使だった。ほんと、マジで。

「あら、ごめんね、直。放っておいちゃって」

 姫先輩が、駿に見せる笑顔とはまた一味違った笑顔でその天使にこたえた。そして、駆け寄ってきた天使をしゃがんで抱きしめる。

「ひひひ、姫先輩?」

 私は思わずたずねてしまった。

「そ、その天使は一体……?」

「天使?」

 私の質問に一瞬きょとんとした姫先輩は、すぐに得心した顔になって教えてくれた。

「あぁ、この子のことね。この子は直。私の妹よ」

「直、ちゃん」

「ほら、直。この子が駿くんよ。自己紹介しなさい?」

 私のことはガン無視で直ちゃんにそう言う姫先輩。もう慣れた。

「姫宮直です」

 姫先輩の手から離れた直ちゃんは、しゃんとした姿勢で駿と私を交互に見ながらそう言った。

「八歳の、小学二年生です。お姉さまがいつもお世話になっています」

 そして、ぺこりとお辞儀をした。

 やばい、鼻血出るかも。隣の駿も、にやけ顔が隠し切れていない。これはしょうがない。許す。

 直ちゃんは、姫先輩の妹という遺伝子をいかんなく受け継いでいた。つやつやの髪の毛は姫先輩そっくり。顔は、姫先輩が妖精のような繊細さとどことなく妖艶さを持ち合わせているとすると、まさに万人から愛される天使のかわいさだった。

「やだ、直、お世話になってますだなんて、どこで覚えたの?」

 そう言って、微笑みながら妹の頭を撫でる姫先輩。この妹なら、妹バカになる気も分かる。格が違う。

「駿さん」

「は、はいっ!」

 突然直ちゃんからかしこまった声を掛けられて、駿は気をつけの姿勢になった。

「お姉ちゃん、困ったことしてませんか? 家で、いっつも駿くん、駿くんってばっかり言っているので」

「えー、あー、べ、別に……」

「そうよね、駿くん!」

 おい、駿、はっきり言えよ、こら。

 蹴りを噛まそうと思ったけれど、妖精と天使の前なので自粛。こんなところでそんなことしたら私のいやしさが増してしまう。

「と、ところで」

 直ちゃんから放たれるかわいい視線と姫先輩からのあいかわらずの熱い視線を受け続けて困り果てていた駿が、どちらからも目をそらしながらたずねた。

「直ちゃん、どうしてこんな恰好をしているんですか?」

「確かに」

 落ち着いて見てみると、明らかにおかしい。天使の顔に、首から下は袴姿。それはそれでミスマッチがかわいすぎてまた鼻血が出そうになるけれど。

「あぁ、これね。直、自分で教えてあげられるわよね?」

「はい」

 袴の前をぱんぱんと払って、再び姿勢を正して教えてくれた。

「居合の訓練をしていたんです」

「「居合?」」

 私と駿は同時に聞き返した。

「はい、居合です。お父様が居合の先生なので、私も習っているんです」

 なるほど、そういうことか。姫先輩のご実家は武道的な何かの道場をやっているということだった。てっきり空手とか剣道とかかと思っていたけれど、居合だったとは。

「でも、剣を持ってないよね?」

 駿がたずねると、

「はい、私はまだ小さいので、お父様の前以外では持たせてもらえないんです。今日は天気がよかったので、お姉さまと一緒に紅葉山公園で、型の練習をしていたんです」

「そうだったんだ」

 頷く私。しかし、この直ちゃん、わずか八歳というのになんてしっかりした子なんだ。私がこのくらいの時なんて、池に落ちたり崖から落ちたりしていたぞ。

「てことは」

 ふと、私は気付いてしまった。

「姫先輩も、できるんですか?」

「何が?」

 首を傾げる姫先輩。

「もちろん、居合ですよ。直ちゃんの練習見てたんですよね?」

「あぁ、そんなこと」

 肩にかかった髪を払い、得意気に、堂々と言った。それでも嫌味さがないのが姫先輩の姫先輩たるゆえんだ。

「もちろん。師範の免許状も持ってるわよ」

「す」

 ごい、と言いかけたが、どのくらいすごいか分からない。たぶんものすごいんだと思うけれど。

「あら、もっと驚いてくれてもいいのよ?」

「あ、はい、すいません」

 本当に、変な人だ。

 と。

「ねぇ、お姉さま」

 直ちゃんが姫先輩のコートの裾を引っ張る。かわいい。

「なぁに?」

 再び視線の高さを直ちゃんに会わせる姫先輩。いいお姉さんだなぁ。私、一人っ子だからちょっとこういうの憧れるかも。

 という私のほっこりした気持ちをよそに、当の直ちゃんの顔はなんとなくくもり気味なものになっていた。

「どうしたの?」

 姫先輩も少し不安げな声色になる。

「なんだか、嫌な感じがするんです」

 どういうことだ? 私も駿も首を傾げる。

「また?」

 姫先輩は、ぐるりと周囲を見回した。広めの原っぱで周りは木に囲まれている。空はあいかわらず雲一つない冬晴れ。

「はい、なんだか、見られてる気がするんです」

「うーん……」

 あごに手を当て首を傾げる姫先輩。

「どうかしたんですか?」

 駿がたずねる。

「あのね、たぶん気にしすぎなだけなんだと思うんだけど」

 そう前置きした上で、姫先輩は言った。

「直、よく誰かに見られてる気がするとか、変な声が聞こえるとか、そういうことを言うの。すぐにまわりを確かめても誰もいたこともないし、そもそも人の気配だったら私の方が察知しやすいと思うし」

 さらりとすごいことを言った。

「だから、たぶん直がちょっとだけ神経質すぎるだけなんだと思うんだけど……」

 そう言うものの、やはり心配そうな顔をしてまわりをうかがう姫先輩。直ちゃんも、姫先輩のコートの裾をつかんだまま不安げな表情を浮かべている。

「うーん、確かにちょっと気味悪いですね」

 一緒になってまわりに目をやる駿。

 そんな三人を見ていた私には、もうだいたい予想はついていた。

「えーっと」

 空気を読めない子みたいな感じになってしまうけど仕方ない。

「す、すいません、ちょっとお手洗い行ってきます」

「あ、うん。いってらっしゃい」

 ダッシュでその場から逃げる私。三人からは死角になる位置に隠れ、コートのポケットに手を突っ込んでアレを取り出す。

「よし」

 白根眼科謹製、魔法の(嘘ですごくごく普通の)眼帯を装着。

「あー、いたいた」

 原っぱを取り囲む木の陰。そこに、数体の奴らがいた。

「やっぱり盗撮魔人かー」

 カメラを抱えた、人の形をした何か。数体ひとグループでしばしば街中に現れては、かわいい人、きれいな人、カッコいい人などなどを手当たり次第に激写していく。まぁ、激写と言っても実際撮られた側は全く気付かないのが普通だし、人間界に出回る可能性もゼロなので実害がないといえばないのだけれど、私みたいにこいつらが見えてしまう側からしたら気持ち悪くて仕方がない。……、私は一度たりとも撮られたことないけどな。

「はぁ、あいつら嫌いなんだよなー……」

 魔人という名前は付いているけれど別にめちゃくちゃに強いというわけではなく、単に執念深くて気持ち悪い奴らなのだ。退治しようと近付くと、奴らの言語で猛烈に文句を言われる。

 というわけで。

「よろしくー、退治丸」

 盗撮魔人どもがしっかりと視認できるところまでこっそり近づいて、リュックの中から退治丸を取り出す。そして、念を送って、形を変える。退治丸との付き合いも十年以上になるので、最近はかなり色んな形に変わってもらえるようになってきた。今回は、遠距離攻撃用ということで、ライフル銃。

「ライフルって、こんな形だったっけ?」

 私の頭の中にあるものしか形にできないので、なんとなく微妙なライフルになってしまったけれど、気にしない。誰にも見られないし。

「じゃ、一体目ー」

 と言ったものの、さすがに人型を銃で撃ち抜くのには抵抗というか罪悪感がありすぎるので、脅かして追い払う程度にしておこう。

 私は盗撮魔人たちの隠れている木を狙って打った。

 命中。人間には聞こえないし見えないけれど、奴らにしたら突然木がはぜて大慌てだ。もう一発、今度はカメラを狙って……。

 うまいこと一匹の持っていたカメラに命中。うん、なかなか私上手いじゃん。名刀退治丸補正が入っているとはいえ、シューティングゲームとかたまに行くゲーセンとかで狙撃スキル(?)を鍛えたかいがあった。

 面白くなってばんばん連射しているうちに、魔人どもはびゃーびゃー騒ぎながら三々五々散っていった。

「よし、ミッションコンプリート」

 ライフルを構えたまま、ちょっとかっこつける私。……、誰も見てないし。


「ごめんごめん、遅くなりました」

 退治丸をしまい、眼帯を外して三人のもとへ戻る。三人は、直ちゃんを間にして近くのベンチに座っていた。遠くから見たときに気付いてムッとしたけれど、戻ってくるまでの間に頑張って何も感じてない風を装った。

「遅かったわね」

「トイレが見つからなくて」

「何度も来てるのに」

 駿が言った。

「いやぁ、すっかり忘れてたよ。あはははは。で」

 直ちゃんを見る。

「直ちゃん、変な感じ、どうなった?」

「あ、そうでした」

 直ちゃんはぽんと手を合わせた。いちいち仕草のかわいい子だ。連れて帰りたい。

「駿さんとお姉さまとお話をしていたら、すっかり忘れていました」

「直、もう何も感じない?」

 立ち上がり、まわりを見回す直ちゃん。そして。

「はい、もう大丈夫みたいです。変ですね。いつもは夜に寝るときまで見られている感じが続くのに」

 これだけ天使なら、盗撮魔人にとってもさぞかし恰好の被写体だろう。かわいく生まれるってのも大変だなぁ、と同情してしていたら。

「ありがとうございます、神城さん」

 その一言に、凍りつく私。駿と姫先輩は、首を傾げる。

「直、なんで神城さんにお礼を言うの?」

「えーっと」

 照れたように頭をかく直ちゃん。

「なんとなく、です」

 そして、いたずらがばれたみたいな感じで笑う。

「変な直」

 言いながら直ちゃんの頭を撫でる姫先輩。えへへと笑う直ちゃん。いまいちピンと来ていない駿。そして。

 私は必死で顔に堅い笑顔を張りつけながら、背中に冷や汗が流れるのを感じていた。


「ねぇ、卯月、どうしたのさ」

 ついて来ようとする姫先輩を振り切り、そして駿の袖口を引っ張りながら歩く、歩く、歩く。

「ねぇってば」

 紅葉山公園の最上部。私たちの住む町の街並みが一望できる展望スペースまで来ていた。

「あ、ごめん」

「どうしたの?」

「なんでもない」

 なんだか直ちゃんの近くにいたくなくて、逃げてきてしまった。あの子、何者だ? 得体の知れなさが怖い。

「そう」

 普段は超が付くほど鈍感なくせに、たまにこうして空気を読む駿。さすがに相談できることじゃないので、ありがたい。

「そうだ、駿」

 空気を変えるために、私は努めて明るい声で言った。

「もうお昼だし、ご飯食べようよ」

「うん、そうだね」

 眺めのいいベンチに並んで座る。そして、リュックから二つのお弁当箱を取り出す。これが入っていたから、さっき盗撮魔人相手に暴れ回りたくなかったというのもある。前回の反省を活かす私、偉い。

「じゃーん」

「おー」

 私のありきたりな効果音に、ぱちぱちと拍手をする駿。

 直ちゃんのことは一度忘れよう。せっかくのお弁当が、おいしくなくなる。……、もとからあんまりおいしくないというツッコミはなしの方向で。

「じゃじゃじゃーん」

 さらに効果音を被せてふたを開ける。といっても、そこにあるのはあまり恰好のいいものではないけれど。こんなことでもしていないと恥ずかしいのです。

「おー」

 お弁当を覗き込む駿。

「はい、こっち駿の」

「これ、卯月が作ったの?」

「うん」

「全部?」

「うん」

 ちょっと焦げたタコさんウインナー(墨吐いたタコっていう設定なんです!)を箸でつかみ、口に運ぶ。

「うん、うまい」

「さすがにタコさんウインナーで失敗するほど料理べたじゃないよ」

 照れ隠しにそう言うけれど、実は十匹ぐらい闇に葬り去られているというのは内緒。

 その他のおかずも食べてはうまいの繰り返しで、しまいには白ごはんまでうまいうまいと言ってくれた。褒められすぎて逆にお世辞を通り越して嘘じゃないかって心配になるぞ、おい。

「それにしても」

 半分くらい食べ終えて、駿が言った。

「俺の知らないうちに、卯月も成長してるんだね」

「成長って、バカにしないでよ」

「してないって」

 真面目な顔で首を振る駿。

「俺も成長しなきゃなー」

「どう成長したいの?」

「うーん」

 考え込む駿。

「分かんない」

「なんだそれ」

 それ以上、駿は何も言わなかった。

 しばらく黙々と箸を動かすだけの沈黙が流れたけれど、嫌な空気じゃなかった。

(成長、かぁ)

 私、成長してるのかな。してなくはないと思うけれど、してるという実感もない。それどころか、前に進みたくないと思っている自分もいる。

(ま、いいか)

 あんまり考えても仕方がない。私、頭悪いし。こういうのは気にしないに限る。

「ねぇ、駿」

「何?」

 食べ終えてペットボトルのお茶を飲んでいた駿に声をかける。

「明日から三学期だね」

「そうだね。実際は後期の残りだけど」

「三学期って言ったほうが慣れてるし。小学校六年間そうだったんだから」

「確かに」

 そして、一拍置く。

「楽しみだね」

「何が?」

「三学期が。二月号はバレンタイン特集号だし、生徒会選挙もあるし、何より高杉部長たちが引退して新聞部が私たちの代になるんだよ」

「確かに。早いなー」

「うん。早いね。ここまで、あっという間だった」

「高杉先輩たち、盛大に送り出してやろうよ」

「うん、そだね」

 眼下に広がる街並みを眺めながら、これから待っているであろう色々なことに思いを馳せる私と駿。楽しいこともあればめんどくさいこともあるし、辛いことも悲しいこともあるだろう。直ちゃんのこともちょっと気になるし。

 でも。

「楽しみだなぁ」

 その言葉に、決して嘘はなかった。


 そして、三学期(正確には後期の残り)が始まった。


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