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異形研究所  作者: 海猫
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研究者→白衣の男、研究対象→リン

 漆黒に支配された空間。


 鉄の匂いだけが漂い、あらゆるものの輪郭が曖昧なそんな空間。


 ただ聞こえるのは、1つの息遣いだけだ。


「気分はどうだい?」


 そんな空間に男の声が響き、それとともに電気が付き、部屋の半分の姿だけがあらわになった。


 壁際に置かれた心電図らしきものや0と1の羅列が表示されたいくつかのパソコンのディスプレイ、その近くの棚には名前も聞いたことのない薬品がいくつも並び、その隣の机には薬品を調合するようのフラスコやビーカ、顕微鏡などが置かれている。


 この部屋を見た人は十中八九何かの研究室と答えるであろう部屋、しかしそれはこの空間の半分の印象のみで、未だ暗闇に包まれたもう半分の空間は鋼鉄の格子によって隔たれていた。


 それだけで残り半分の空間が牢屋か檻であるということが分かる。


 そんな研究室の唯一の出入り口である、粗末な鉄の扉。

 そこに先ほどの声の主である白衣の男が立っていた


 男は二十代後半、髪はボサボサ、あごに無精髭を生やしており、お世辞にも清潔とは言えない風貌をしていた。

 ただ、その身に纏うのは白衣であり、そんな見た目から彼がこの研究室の主であることがうかがえる。


 男は自分の問いかけに何も答えない鉄格子の向こうの闇に包まれている誰か、もしくは何かに対して何も言わず鉄格子に近付く。


 そして、男が鉄格子まであと五歩ぐらいの所で闇の中で何かが蠢いた。


「怯えているのかい?まったく、今の君は僕ごとき人間を恐れることもないだろうに」


 男の半分笑ったような言葉に対する返事はない。


 それに対してか男はため息を一つ吐くと、白衣のポケットからリモコンを取り出し操作した。


 それにより闇に支配されていた鉄格子の向こう側が光に照らされる。


 牢屋の中に居た者の姿があらわになる。

 少女であった。


 中学生か高校生に上がったばかりに見える少女。

 ただ、彼女を普通と呼ぶのには疑問が残るであろう。


 その理由はその手足だ。

 彼女の腕と足は黒くゴツゴツした鱗に覆われており、そこから伸びる爪は硬く鋭く刃となっていた。


 男の居る場所からでは見えないが少女の後ろでは腕や足と同じ材質の爬虫類の尻尾が生え、床にだらしなくたれている。


 それらの明らかな違いだけでなく、その紅の瞳や口の中の鋭い犬歯なども彼女が人外であることを証明していた。


「あいも変わらず、君は美しいね」


 男の賞賛の言葉、それに対する少女は返答代わりに男を睨みつける。


 相手はただの少女ではなく、見るからに人外の存在であり、その睨みようはある種様になっていた。


 もし、何の事情も知らない人間であったら、恐れを抱くほどに。


「おっと、怖い顔をしないでおくれ、リン」


「私はリンなんじゃない!!」


 リン、そう呼ばれた少女はそう叫び否定する。


「そうか、なら名前を聞こうか?」


 必然的に返ってきた男の問いにリンは黙り込み、そして、返答の代わりに叫ぶ。


「私をこんな姿にして、記憶まで消したのは貴方じゃない!!」


「ふふ、それは正しくない。姿を変えたのは僕だが、記憶を消したのは僕ではない」


 男の弁解、しかし、少女には関係ないことだ。


 記憶を消したのは男自身でなくても男が関係しているは事実であるし、自らの姿を異形へと変えたのは男自身が言った通り彼だ。


 そこにどんな事情があろうとも男がリンの憎悪の対象になるのは必然だ。


 それを全て分かっているといわんばかりに男はリンの悪意を受け流し、時にはそれすら美しいものだと嘯く。


「さて、食事の時間だ」


 いつも通りの問答を終えると、男はそう告げ、部屋へと押して入って来た台車から大皿を取り出す。


 その皿を鉄格子の下に付いていた小さな扉を開けて中へと入れる。


 皿の上に乗っかっているのは程よく脂身が付いた生肉。


 人の子なら、それを食べ物だと認識しないだろう。


 しかし、リンの口の中はよだれが溢れていた。


 どれだけ、そのことに嫌悪して、それから目を逸らそうとも、結局は大皿に乗せられたソレに視線が縛られる。


 食べたい、という欲求がリンの心を支配していく。


 そして、それを理性が抑えきれなくなったところでリンは肉に飛びつき、手も使わずに獣のようにかぶりつく。


 生肉の中に残っていた血があふれ出し、リンの口周りを紅く染める。

 その鉄の味ですらリンには食事のスパイス程度にしか感じない。


「流石に一週間も経つと順応するね。一週間前は食らうことすら拒んだ君が今はそうやって醜く食らいついている」


 男の言葉にハッとしたようにリンの動きが止まる。

 しかし、もう既に皿の上にあった2キロの肉の塊は跡形も無く、リンは皿の上に残った血液を舐めている最中だった。


 もはや、当然となった自らの食事とその食らい方にどれだけ嫌悪感を抱こうとも、リンの心の大半を占めるのは空腹が満たされたことに対する幸福感でしかない。


 相反する二つの感情を抱き、リンはこらえきれず涙をこぼす。


「やれやれ、前言撤回だ。食事のたびにそれでは、大変だろう」


 男のそんな言葉にも、何の反論もせず、リンは己のゴツゴツとした鱗に覆われた腕を枕に地面にうつ伏せ、ただ涙を流し続けた。


 そんなリンの様を楽しげに笑みを浮かべながら眺め、男は研究室のパソコンの前へと座る。


「まあ、安心したまえ。すぐにお友達が出来る」


 そう言い、男が見つめた先にあるパソコンのディスプレイには品種名;人、個別識別名称;リサの文字と1人の少女の顔写真が表示されていた。

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