第六話 混血児
墜落から三日が経った。
エメ、ヒルダ、ラシードの三人は、来るはずのない救助に絶望しながらも、飛行機の残骸を寄せ集めて簡易の寝床を作り、昼の灼熱と夜の冷え込みをやり過ごしていた。
死臭は日ごとに濃くなり、眠りは浅い。頼みの綱であった飛行機の貨物庫は地面に埋もれ、入口を開けることができない。食料と水は 乗客が客席に持ち込んだ物で燃えずに残っていたものを食いつないでいたが、それもそのうち尽きようとしていた。
――三日目の早朝。
「……こっちだ」
「食べ物、まだ残ってるかもしれない」
聞こえてきたのは子供の声だった。
死臭よりも先に、その響きが三人を目覚めさせた。ラシードが誰よりも早く残骸の外へ飛び出し、エメとヒルダも慌てて続いた。
そこにいたのは、自分たちと同じ年頃の子供たちの群れ。痩せ細り、擦り切れた衣服をまとい、獲物を狙うような鋭い目をしていた。彼らは死体の懐を探り、座席をひっくり返して物資を漁っていた。
髪や肌の色も皆異なっている。おそらく混血児の孤児達だろうか。
「動くな!動いたらこいつを撃つぞ!!」
ラシードの声が鋭く響いた。彼は群れの中の小柄な子の腕を掴み、銃を構えて威嚇する。空気が凍りついた。
群れの奥から年長の少年が前に出てきて、百メートル程離れた砂丘の頂上を指差し 静かな声で言った。
「銃を下ろしてくれないかい?」
彼が指さした先、砂丘の稜線には伏せた影があり、古びた狙撃銃の照準がこちらを捉えていた。
「……でもどうかな?」
ラシードが低く吐き捨てる。「撃たれても、こいつは道連れだ」
緊張を裂くように、鋭い女声が響いた。
「やめなさい!」
残骸の影から堂々とした足取りで少女が現れた。群れの子供たちが自然と道を開ける。
「私はこの子たちのリーダー、。ここで争っても無駄よ」
ラシードの目は険しかった。
「リーダー? 死体を漁りに来た連中が?」
「生きるためよ。でも今ここで血を流せば、誰も得をしない」
アーデルヘイトは毅然とし、一歩も退かなかった。
「……信用できないな」
少女は即座に提案した。
「じゃあ条件ね。ここにある死体の埋葬を、私らが手伝う。それでどう?」
「ラシード、もうやめて!」
ヒルダが声を張り、エメも必死にうなずいた。
しばらくの沈黙のあと、ラシードは短く息を吐き、銃を下ろした。掴まれていた子はすぐに仲間のもとへ駆け戻る。張りつめた糸が、ようやく緩んだ。
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朝日が昇り切るころ、作業が始まった。
エメは震える手で布をかけ、ヒルダは祈るように目を閉じ、ラシードは無言で遺体を運んだ。三人にとってそれはあまりに重く、息苦しい作業だった。
一方で、混血児三十二人の動きは対照的だった。
眉ひとつ動かさず、慣れた手つきで遺体を抱え、砂に運び、淡々と並べていく。幼い子でさえ手足を掴み、ためらいなく砂をかけていく。
それは冷酷さではない。日常に「死」が入り込んでしまった者の所作だった。
エメは胸の奥に重さを感じながらも、必死で手を動かした。
その昼、エメは父の遺体を見つけた。
右手には、いつも着けていたはずの黒い手袋がなかった。
崩れた機体の後部で、煤けた黒い手袋を拾い上げ、胸に抱きしめる。
「……父さん」
それは唯一の形見となった。
夕暮れが近づくころ、砂丘の一角にはいくつもの盛り土が並んだ。粗末ながら確かに「墓」と呼べるものだった。
汗と砂にまみれた子供たちは、敵でも味方でもなく、同じ死者を見送る者同士になっていた。
そして、同時に砂を掘り起こし貨物庫の扉を開けることにも成功した
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夜――焚き火と名乗り
砂漠の夜。焚き火を囲み、三十五人の子供たちは初めて同じ輪に加わった。
炎に照らされ、一人ひとりが名を告げる。
「……私はアーデルヘイト。この群れのリーダー」
「俺はハキム」
「……コヴァルスキー」
「ジャマル」
「ミラ」
「サミュエル」
「アフサナ」
「ダリウス」
「リナ」
それぞれの声に、それぞれの過去が滲んでいた。
エメ、ヒルダ、ラシードも名を告げ、ようやく全員が“顔と名前”で結びついた。
その時、夜空を裂く閃光が走る。
ひとつ、ふたつ――やがて数え切れない流星が尾を引き、大地へと降り注ぐ。
「……第二波だ」
誰かが呟いた。
群れの中から、ひときわ強い十の光が真っ直ぐ彼らの頭上へ落ちてきた。
轟音と砂煙。
「大丈夫か!?」
エメが叫ぶ。
砂の向こうから次々と声が返る。
「……うん!」「こっちは無事!」
幸い誰も傷ついてはいない。
だが、どれだけ探しても流星の欠片はどこにも見つからなかった。
「……たしかにここに落ちたのに」
ヒルダが呟く。
答える者はいない。
三十五人は再び夜空を仰いだ。
流星群の尾はまだ天を駆け、闇を淡く照らしている。
それは祝福か、あるいは予兆か。
誰も知らないまま、砂漠の夜は更けていった。




