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バチッと見つけた蛹アイドル! 「紫﨑〈しざき〉 帳〈とばり〉」 

 紫﨑帳は急いでいた。いち早くもこの人ごみのなかから抜け出したいからだ。


 昔から自分は、目立つ。


 嫌なほどに目立つ。


 目立って、目立って、目立って、勝手に幻想される。



(まさか近くでアイドルのコンサートがあるなんて......いつもはこんなに混んでないのに!)


 大人びた顔つきとスラっとした体形。身長も同年代の女子と比べると、ひときわ高いため、一目で居場所が分かる。


 川が流れるように綺麗に伸びた長い髪は、一度切ったことがある。お姫様のようだと周囲に囃し立てられた挙句、一部の女子から顰蹙を買ったからだ。髪を切ると、今度は王子様のようだと言われ騒がれた。どっちにしろ何か言われるならと、今は伸ばしている。


 そんな自分を隠すように、フードを深く被り、身を縮こませ、長い髪はフードに押し込んだ。


 人ごみを掻き分けるように小走りで進んでいた帳は、前方から来る女性に視線がいった。腕を振り、少々大股で、やる気に満ち溢れた自信満々の表情を、眩しいと感じた。


(私とは正反対な人だな)


 うらやましい。


 そう続けようとした瞬間、すれ違いざまにその女性と目が合った。


「あっ......」


「……ねえ、あなた」


「ごめんなさい!」


 咄嗟に逃げ出してしまった。

 ここは自宅の近所だ。住宅街の小道も家への近道も子どもが通りたがる道なき道も知っている。とりあえず公園まで行こう、あそこまで行けば大丈夫なはず!


「はぁ、はぁ、はぁ......ここまで来れば」


「勝手に見つめておいて逃げるなんて、失礼なんじゃない?」


「へっ?」


 なぜいる。


「勝手に追いかけてごめんなさいね?」


「あの......私、随分変な道を通って来たと思うのですが……」


「もちろん、猫が通るような塀の上や人一人がやっと通れるような家と家の間のはざまや茂みに不自然に空いたトンネルのような道をあなたに続いて走って来たわ」


 この人、やばい人なんじゃないかな?


「ところで、あなた!」


「な、なんですか......」


 帰りたい、逃げたい、話したくない、怒られたくない。不安から服の袖をつかんだ手に力がこもる。


「アイドル、興味ない?」


「……え?」



☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆



「私、アイドル事務所ニジゾノでプロデューサーをしている矢黒のどかと申します。私たちと一緒に、アイドルやってみませんか!?」


「アイ、ドル……」


 怒られると思ったらスカウトされた。こういう時はなんていうべきだろう。棚から牡丹餅?


 それはそうと、アイドルは好きだ。素敵だと思う。今日外に出たのも、アイドルのCDを買うためだ。


「今スカウトされると、もれなくニジゾノ第一号のアイドル候補生になれます!」


 いいんじゃない? 受けても。


 今の私が引っ込み思案なのも、目立ちたくないのも、人に会いたくないのも、勝手に私の内面を決めつけられるからだ。


 いっそのこと、


「決めつけられる前に自分を知ってもらえればいいんだよ、とばっちゃん!」


 ふと、友だちだった子の声がよみがえった。


「あ、あ......ごめんなさい。ダメ、です」


「駄目? 何が駄目なの?」


「ダ、ダメなんです! 私がアイドルになったら、ダメなんです!」


「ちょ、待って! 私今崖っぷちなの! アイドルの原石、逃がすものですかっ!」


「は、離してっ!!」


「え、ちょっ! ぎゃっ」


 矢黒のどかの手を全力で振りほどき、紫﨑帳は走って逃げた。


「あー、かばん忘れてるわよー……」


 矢黒のどかが掴んでいたのは、紫﨑帳のかばんであった。



☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆



「わ、たし......今日......すごく走ってる......」


 走り続けて疲れが出ると、少し冷静になれた。


 取り乱してしまった。悪いことしたな。


 そう思うのもつかの間、何かを忘れている気がする。そこはかとなく、軽い。


「ん? ......ぁ」


 かばんがない。



☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆



「ち、違うんです! 誤解なんですよ刑事さん!」


「俺、刑事じゃないけど」


「信じてくださぁい!」


「半泣きのとこ悪いけど、そこまで疑ってないよ?」


「前科だけは......前科だけはぁっ!」


「話聞いて?」


 公園近くの交番では異常な光景が見られた。


 矢黒のどかは、紫﨑帳が残したかばんを取り合えず交番に届けたまでは良かった。が、状況説明をする際に、矢黒のどかはテンパっていた。


「その、アイドルのスカウトがうまくいかなくてですね。逃げられ、交渉決裂? いやでも最初は嫌そうじゃなくて......あ、あの! かばん、取ったわけじゃないんですよ決して!」


 交番に辿り着いた紫﨑帳は、非常に入りづらいと思った。


「ちょっとお姉さん落ち着いて、もういいから。あれ、どうかしましたか?」


「私はやってないんだああああああああ! ......ぁ?」


 矢黒のどか、紫﨑帳。数分ぶりの再会である。



☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆



「さっきは取り乱してすみません」


「いやまあ、私の方が取り乱してたから何ともいえないですはい」


 交番から出た二人は、公園のベンチで改めて会話を始めた。


「どうしてアイドルは駄目なの?」


「......中学に上がった頃、アイドルのオーディションを受けたんです。友達と一緒に」


 逃げ出した負い目と知り合いじゃないことからか、話し始めてしまった。恐らく長い間、心のどこかで誰かに聞いてほしかった部分もあるのだろう。


「私は付き添いで、記念受験みたいなものだったんです。でも、」


「あなたが受かったのね」


「はい、それで私......辞退したんです」


 のどかの目が見開き、驚きと少しの怒りを含んだ表情が帳に向けられた。


「は? なんで?」


「聞いちゃったんです。友達が二番目だったって。だから、私が辞退すれば」


「繰り上げ合格ってこと?」


「はい」


 少しの間、静寂が続いた。


 その時の私は、私以上にアイドルになりたい人がアイドルになるべきだと思ってた。だから辞退した。


 決めつけられる前に知られていれば良い。そう言って私をオーディションに誘ってくれた友達。芋虫みたいに縮こまって、そのうち蛹のように閉じこもってしまうだろう私を心配してくれたから、羽ばたかせようと誘ってくれたのだろう。


 多分、同じオーディションを受けたのが間違いだったのだろう。


「サイテー」


 それが最後の会話だった。絶交されるなんて、考えてもいなかった。


「一回アイドルを蹴った私がもう一度アイドルを目指すなんてお門違いってこと? それともその友達になんて言われるか分からないから怖いの?」


「そう、ですね……」


「あと、他の人の夢を奪ってしまうからかしら?」


「え」


 そんな偉そうなこと思ってない。


「行動はそう語っているわ。あなた随分と傲慢よね」


「ち、ちが」


「でも私、傲慢な子好きよ。愛してる」


「……え?」


 矢黒のどかは大げさに立ち上がり、紫﨑帳の前に立つと、右手を差し出した。


「矢黒のどかにあなたをプロデュースさせてください。少しでも興味があるなら、私のために今度こそ一歩足を踏み出してみて」


 興味、確かにアイドルは好きだ。かばんにはアイドルのCDが入っている。歌やダンスに勇気をもらって、何とか今を生き延びている。


「私があなたを最高のアイドルにしてみせる!」


 紫﨑帳は矢黒のどかの右手を取り、立ち上がった。風が吹き、帳のフードが脱げる。しっかりと立ち、髪が風に揺れる。


「紫﨑帳です」


 改めて紫﨑帳は矢黒のどかを見つめる。


 矢黒のどかは、初めて本当の紫﨑帳を見つめた。


 美しいという言葉が最も似合うだろう顔立ちも、地味な服装でも目を引くスタイルも、自分よりも高い身長も初めて見た。


 私が見ていたのは蛹にすぎなかった。


「私......アイドルになりたいんです!」



☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆



「ここがニジゾノ事務所よ!」


「こ、ここが?」


「文句なら今しか受け付けないわよ」


「……幽霊とか出ませんよね?」


 私、紫﨑帳は矢黒のどかのスカウトを受け、アイドル事務所ニジゾノのアイドル候補生第一号となった。それからは、人手が足りない事務所の掃除をしたり、歌やダンスのレッスンをしたり、あさひちゃんとヒルネちゃんがスカウトされたりと目まぐるしい日々だった。


 でも、そんな日々が一番楽しい。


「ん......」


 ガタンと電車が強めに揺れた。その揺れで眠りから起きる。次、降りないと。


 さっき見たアイドルの広告を一瞥する。


 ドームツアーかぁ。そこまで行くにはどうすればいいんだろう。取り合えず今はクビにされないよう頑張らなくては。


「よし、頑張っていこう」


 電車が次の駅に着き、紫﨑帳は立ち上がって電車から降りた。



☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆



「もしもし、プロデューサーさん。どうかしましたか?」


「ごめんね、こんな時間に。明日の集合時間一時間遅くしてもいいかな?」


「私は構いませんよ、大学ですか?」


「そうそう! だいぶやばくてね~。ま、パパっと課題やっつけちゃうから安心して」


プロデューサーから電話がかかってきて、帳は引っかかっていたことを聞いてみた。


「あの、プロデューサーさん」


「どした?」


「どうしてあの時、私のことをスカウトしてくれたんですか?」


「あーそれね」


 内心ドキドキしながらプロデューサーの返事を待った。自分をスカウトした理由が今まで不明瞭だったのだ。この人はあの時、何を思っていたのだろう。


「ズバリ、目力! かな」


「め、目力?」


「うん! バチッと目があった時、帳が輝いて見えたのもあるよ。久しぶりの感覚だったから、これだってなった。でも、一番は目力」


「私、そんなに睨んでましたか?」


「いやそういうんじゃなくてさ……」


 少し悩んでから、プロデューサーは次の言葉を続けた。


「見た人を釘付けにするような、吸い込まれるような力が帳の瞳にはあるんだよ。帳の顔も体形も十分武器になるよ? 今でも分かりやすい武器だしね。でも、プロデューサーとしては帳の目力がいつか切り札になるんじゃないかと思う」


 目、か。初めて言われた。


「天性のものだよ、これは」


「......ありがとうございます、プロデューサーさん。私のこと、しっかり見ててくれたんですね」


「もしかして、適当にスカウトしたと思われてた?」


「内緒です。ではおやすみなさい、プロデューサーさん」


「うん、おやすみ。帳」


 帳との電話が終わった。矢黒のどかは、手を組み大きく伸びをした。


 そう、久しぶりだったのだ。あの眩しい感覚は。


「やっぱり偶然なんかじゃない。私の目は正しい」


 部屋に貼られたポスターに目をやる。ポスターでは、スポットライトに照らされたトップアイドルが、私を指さしている。


 あの場所には行けなかった。いや、行かなかった。紫﨑帳をとやかく言う資格は私にはない。


 だからこそ私は、私が、


「最高のアイドルにしてみせるわ」


 夢破れた元アイドルは、自分に言い聞かせるように口にした。

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