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Freedom Road  作者: よしお
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第8章 暗闇からの銃弾

1897年の初秋、エイデンは全国講演ツアーの最中だった。二十一歳になった彼の影響力は、もはや一州にとどまらず、アルセニア全土に広がっていた。今夜の会場は、南部コットンシティの市民ホール。保守的な土地柄で知られる地域での講演は、これまでで最も困難な挑戦となるはずだった。


「エイデンさん、この地域での講演は危険です」


地元の進歩的な活動家、ジョセフ・ターナーが心配そうに言った。


「昨日も脅迫状が届いています。『二度と南部の土を踏むな』という内容でした」


エイデンは冷静に答えた。


「脅迫を恐れて声を上げることをやめれば、真の変革は起こりません。むしろ、このような場所でこそ対話が必要なのです」


会場の外では、既に抗議者たちが集まっていた。「秩序破壊者は帰れ」「現状維持こそ正義」といったプラカードが掲げられている。しかし、エイデンを支持する人々も少なからず集まっており、緊張した雰囲気が漂っていた。


講演は予定通り午後七時に始まった。会場は満席で、支持者と反対者が入り混じっていた。エイデンは慎重に言葉を選びながら話し始めた。


「皆さん、今夜は貴重な時間をありがとうございます。私は敵として来たのではありません。同じアルセニアの未来を考える一人の市民として来ました」


会場は静まり返っていた。エイデンは自分の生い立ちから語り始めた。この南部の地で生まれ、差別の現実を体験してきたこと。しかし、憎しみではなく希望を抱いて旅立ったこと。


「私は復讐を求めているのではありません。より良い社会を、皆さんと一緒に築きたいのです」


講演が進むにつれ、会場の雰囲気は徐々に和らいでいった。最初は敵意に満ちていた一部の聴衆も、エイデンの誠実な言葉に耳を傾け始めていた。


一時間の講演を終え、質疑応答に入った時だった。


「君の理想論は現実を知らない空論だ!」


会場後方から年配の男性が立ち上がった。彼の周りには明らかに同調者と思われる数名の男たちがいた。


「ご意見をありがとうございます」エイデンは冷静に答えた。「どの部分が現実的でないとお考えでしょうか?具体的に教えていただければ」


男性は一瞬言葉に詰まったが、やがて声を荒らげた。


「我々の伝統的価値観を破壊しようとしている!秩序を乱す扇動者は出て行け!」


会場がざわめき始めた。しかし、エイデンは毅然とした態度を保った。


「伝統も大切です。しかし、すべての人が尊厳を持って生きられる社会こそ、真に価値ある伝統ではないでしょうか」


質疑応答が終わり、エイデンが会場から出ようとした時、事件は起こった。


会場の外は既に暗くなっていた。街灯の薄明かりの中、エイデンは支援者たちと歩いていた。宿泊先のホテルまでは歩いて十分ほどの距離だった。


「今夜の講演、素晴らしかったです」ジョセフが興奮気味に言った。「最初は敵対的だった人たちも、最後は真剣に聞いていました」


その時だった。


パン!


鋭い銃声が夜の静寂を破った。エイデンの左肩に激痛が走り、彼はよろめいた。


「狙撃だ!」


「エイデンさん!」


周囲は一瞬パニックになった。ジョセフがエイデンを支え、安全な場所まで運んだ。幸い、銃弾は肩をかすめただけで、命に別状はなかった。


「犯人は逃げました」駆けつけた警察官が報告した。「建物の陰から狙撃したようです」


医師の手当てを受けながら、エイデンは複雑な思いに駆られていた。これまで言葉による批判や妨害はあったが、実際に命を狙われるとは思っていなかった。


「エイデンさん、当面は講演を中止した方がいいのでは」ジョセフが心配そうに言った。


しかし、エイデンは首を振った。


「中止すれば、暴力に屈したことになります。それは私の信念に反します」


翌朝、暗殺未遂事件は全国の新聞で大きく報じられた。サラ・ホワイトは緊急に現地に駆けつけ、詳細な取材を行った。


「なぜ危険を冒してまで講演を続けるのですか?」


「サラさん、恐怖に屈して黙ってしまえば、真の変革は永遠に来ません。暴力は決して正義ではありません」


エイデンの毅然とした態度は、予想外の効果をもたらした。暗殺未遂事件は、多くの人々に衝撃を与え、同情と支持を集めたのだ。


「あの若者を殺そうとするなんて、やりすぎだ」


「彼の言うことに耳を傾けてみてもいいのではないか」


これまでエイデンに無関心だった人々も、事件をきっかけに彼の活動に注目し始めた。皮肉なことに、暗殺未遂は彼の影響力をさらに拡大させる結果となった。


数日後、エイデンは予定通り次の講演地に向かった。肩の傷はまだ完全に癒えていなかったが、彼の決意は揺るがなかった。


「怖くないのですか?」随行記者が質問した。


「怖くないと言えば嘘になります」エイデンは正直に答えた。「しかし、恐怖よりも大きな使命感があります。私一人の命よりも、多くの人々の未来の方が大切です」


しかし、事件の影響は思いのほか深刻だった。夜、一人になると、エイデンは銃声の記憶に悩まされた。暗闇に人影を見ると、身体が硬直した。理性では理解していても、恐怖は簡単には消えなかった。


ある夜、エイデンはアダムス教授に長い手紙を書いた。


「教授、私は今、大きな試練に直面しています。理想のために活動することの意味を、改めて考えさせられています。暴力に対して、私はどう向き合うべきでしょうか」


教授からの返事は温かく、そして深い洞察に満ちていた。


「エイデン君、恐怖を感じることは人間として自然です。勇気とは恐怖を感じないことではなく、恐怖を感じながらも正しいことを続けることです。君の歩む道は険しいですが、それだけ価値のある道なのです」


事件から一ヶ月後、予想外の展開があった。犯人が自首してきたのだ。


「なぜ自首を?」警察の取調べで犯人は語った。


「あの後、エイデンの講演をもう一度聞いた。彼が憎しみではなく、本当に社会を良くしたいと思っていることが分かった。自分のしたことが恥ずかしくなった」


この出来事は、エイデンにとって大きな転機となった。暴力に対して暴力で応えるのではなく、対話と理解によって人の心を変えることができる。それが真の力だということを、身をもって体験したのだ。


年末に行われた全国講演ツアーの最終講演で、エイデンは事件について初めて詳しく語った。


「暴力は決して問題を解決しません。しかし、私たちは暴力に対して暴力で応えるべきでもありません。真の勇気とは、困難に直面しても信念を曲げないことです」


会場は深い静寂に包まれていた。多くの聴衆が涙を流していた。


「私は今後も活動を続けます。なぜなら、一人でも多くの人が尊厳を持って生きられる社会を作ることが、私の使命だからです」


大きな拍手が会場を包んだ。暗殺未遂事件を乗り越えたエイデンは、以前よりもさらに強い指導者として、人々の心に刻まれたのだった。


二十一歳の青年は、暴力という最も困難な試練を乗り越え、真のリーダーとしての資質を証明した。彼の影響力は、もはや誰にも止められないほど大きくなっていた。

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