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Freedom Road  作者: よしお
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第4章 次への決意

1894年、秋風が炭鉱町に吹き抜ける中、エイデンは十八歳になっていた。アイアンマウントに到着してから一年半が過ぎ、彼はもはや町の誰もが知る存在となっていた。落盤事故での活躍以来、若いリーダーとして多くの人々から尊敬を集め、労働者たちの間では自然に相談役的な立場に収まっていた。


「エイデン、また君に頼みがあるんだ」


食堂で夕食を取っていると、新入りの労働者ピーターが声をかけてきた。彼は二週間前に南部から逃れてきた青年で、エイデンと似たような境遇を持っていた。


「宿の主人と揉めているんだ。部屋代を不当に上げられて…君が話してくれれば、きっと聞いてくれる」


このような相談は日常茶飯事になっていた。エイデンの公正さと説得力は町全体に知れ渡り、労働者と経営者の間の調停役として頻繁に頼られていた。


「分かった。明日、一緒に話してみよう」


エイデンは快く引き受けたが、心の奥では複雑な思いを抱えていた。この町で多くのことを学び、多くの人に助けられた。しかし、同時に限界も感じ始めていた。ここでできることには、やはり範囲があるのだ。


その夜、いつものようにジェイコブと丘の上で語り合った。


「君は最近、何か悩んでいるようだな」


師の鋭い洞察に、エイデンは素直に心境を打ち明けた。


「ジェイク、僕はここでやれることはやったと思います。でも、もっと大きなことができるような気がして…」


「成長したな、エイデン。一年半前の君なら、ここでの成功に満足していただろう」


ジェイコブは優しく微笑んだ。


「君の気持ちは分かる。しかし、次の段階に進むには準備が必要だ。ただ町を出るだけでは、前回と同じ放浪になってしまう」


「どのような準備でしょうか?」


「まず、君がここで築いた信頼関係を活かすことだ。この町には、他の都市とのつながりを持つ人々がいる。彼らからの紹介があれば、次の場所でのスタートは格段に楽になる」


ジェイコブの助言に従い、エイデンは積極的に町の有力者たちとの関係を深めていった。炭鉱の技師長であるロバート・チェンバース、町の商工会会長のウィリアム・グレイ、そして教会のマクドナルド牧師。彼らは皆、エイデンの人柄と能力を高く評価していた。


「君のような青年が、この小さな町に埋もれているのは惜しい」


技師長のチェンバースが率直に言った。


「セントラル州のリバータウンに知り合いがいる。商業と工業の中心地で、君のような才能ある若者を求めている企業が多い。紹介状を書こう」


商工会会長のグレイも同様の申し出をしてくれた。


「君の調停能力は商業界でも重宝されるだろう。取引先のハートフォード商会に推薦状を書く。彼らは誠実な人材を探している」


マクドナルド牧師からは、精神的な支えとなる言葉をもらった。


「エイデン、君には特別な使命があると感じている。神は君を通じて、この世界に変化をもたらそうとしているのかもしれない」


一方で、エイデンは町の人々との別れの準備も進めていた。特に、自分と同じような境遇の若者たちには、励ましと実践的なアドバイスを残していこうと心がけた。


「ピーター、君にはリーダーの素質がある。僕がいなくなっても、みんなをまとめてくれ」


「エイデン、君のようにはできないよ」


「君には君の方法がある。大切なのは、常に正義を追求し、仲間を思いやることだ」


マリアとも久しぶりに再会した。彼女は今では町の小さな食堂を経営し、多くの労働者たちの憩いの場を提供していた。


「あなたが町を出ることは分かっていたわ」マリアは寂しそうに微笑んだ。「でも、ここで学んだことを忘れないで。多様な人々を受け入れ、協力し合うことの大切さを」


「マリア、君に教わったことは一生忘れません。いつか、この経験を多くの人のために活かします」


十一月のある夜、ジェイコブがエイデンを特別な場所に案内した。町から少し離れた小高い丘で、アルセニア全土を見渡せる景色が広がっていた。


「エイデン、君はここで多くのことを学んだ。労働の尊さ、仲間との絆、そしてリーダーとしての責任。これらは君の一生の財産となる」


「はい、ジェイク。全てあなたのおかげです」


「いや、君自身の努力と才能の賜物だ。わしはただ、少しの方向性を示しただけに過ぎない」


ジェイコブは遠くの山並みを指差した。


「あの向こうに、君の次の舞台がある。そこでも、必ず君を必要とする人々がいる。しかし、忘れてはならないことがある」


「何でしょうか?」


「どれほど高い地位に就こうとも、どれほど多くの人に影響を与えようとも、初心を忘れてはいけない。君の原点は、ここアイアンマウントの労働者たちとの日々にある」


ジェイコブは懐から小さな石を取り出した。


「これは、君が最初に働いた坑道の石だ。いつも持っていなさい。迷った時、この石を見れば、君の原点を思い出すだろう」


エイデンは石を大切に受け取った。それは単なる石ではなく、彼の人生哲学の象徴だった。


「ジェイク、僕は必ず戻ってきます。その時は、この町の人々にも恩返しができるような人間になっていたいと思います」


「君ならできる。しかし、焦ってはいけない。一歩一歩、確実に歩んでいくのだ」


出発の日が決まったのは十二月のことだった。エイデンは町の人々から盛大な見送りを受けた。炭鉱の同僚たち、宿の仲間たち、そして町の有力者たち。皆が彼の前途を祝福し、再会を約束した。


「エイデン、君はこの町の誇りだ」フランク班長が握手を求めた。「君から学んだことを、これからも後輩たちに伝えていく」


「ありがとうございます、フランクさん。いつかまた、一緒に働ける日を楽しみにしています」


駅のプラットフォームで、ジェイコブが最後の別れの言葉をかけた。


「エイデン、君の旅はまだ始まったばかりだ。リバータウンでは、新しい試練と可能性が待っている。しかし、君にはそれを乗り越える力がある」


「ジェイク、本当にありがとうございました。あなたとの出会いが、僕の人生を変えました」


「わしもまた、君という若者に出会えて幸せだった。今度会う時は、君はきっと大きく成長しているだろう」


汽車が動き出すと、エイデンは窓から手を振り続けた。アイアンマウントの人々の姿が小さくなっていく中、彼の心は希望と決意に満ちていた。


懐には三通の推薦状、師からもらった石、そして一年半の労働で貯めた資金。しかし何より大切なのは、ここで学んだ人生の教訓と、多くの人々からの信頼だった。


「次は、商業の世界で自分を試してみよう」


エイデンは心の中で誓った。炭鉱で学んだリーダーシップと人間関係の技術を、より大きな舞台で活かす時が来たのだ。


汽車はセントラル州に向かって力強く走り続けた。十八歳の青年の心には、無限の可能性が広がっていた。次の章が、いよいよ始まろうとしていた。

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