第21章 戦時大統領の決断
1908年1月21日、就任から二日目。エイデンは戦時大統領として、人生最大の試練に直面していた。レプブリカ連邦軍は既に国境を五十キロメートル内陸に進軍し、首都アルセニア市に迫っていた。
「大統領、緊急軍事会議を開催します」
国防長官マーシャル将軍が急いで報告した。
「敵軍の進軍速度は予想を上回っています。このままでは四十八時間以内に首都が射程内に入ります」
エイデンは冷静に状況を分析した。就任からわずか二日で、国家存亡の危機を指揮しなければならない現実に、改めて身の引き締まる思いを感じた。
「我が軍の動員状況はどうですか?」
「第一師団と第二師団の動員が完了しました。しかし、全軍の完全動員にはあと三日は必要です」
「国際社会の反応は?」ハリソン国務長官が補足した。
「隣国ヴェルディア王国は中立を表明していますが、人道支援は約束してくれています。旧宗主国からは遺憾の意が表明されましたが、軍事支援は期待できません」
厳しい現実だった。アルセニアは事実上、単独でレプブリカ連邦と戦わなければならなかった。
「国民の士気はどうですか?」
「意外にも高いです」内務長官が報告した。「昨日の大統領演説の効果で、国民の結束は強まっています。各地で自発的な防衛組織が結成されています」
午前十時、エイデンは家族を安全な場所に避難させる決断を下した。
「サラ、子供たちと一緒に東部の安全地帯に移ってほしい」
大統領官邸の居住区で、エイデンはサラに真剣に頼んだ。
「本当に必要なの?」
「敵軍が首都に接近している。万が一のことを考えれば、君と子供たちの安全が最優先だ」
三歳のマイケルは状況を理解していなかったが、両親の深刻な表情を見て不安になっていた。
「パパ、一緒に来ないの?」
エイデンは息子を抱き上げた。
「パパはお仕事があるから、もう少しここにいるよ。でも、マイケルはママとエミリーを守ってくれるかな?」
「うん、僕が守る!」
マイケルの純真な答えに、エイデンは胸が締め付けられた。
「サラ、必ず勝って迎えに行く。約束する」
「私たちも待ってるわ。無事に戻ってきて」
一歳のエミリーを抱いたサラとマイケルを見送った後、エイデンは完全に戦時指導者としての役割に集中した。
午後、第一回戦時内閣会議が開催された。
「現在の戦略を説明してください」
マーシャル将軍が地図を指しながら説明した。
「敵軍は三方向から侵攻しています。主力は西部幹線道路沿いに首都を目指し、別働隊が北部と南部から包囲を試みています」
「我が軍の対応は?」
「首都防衛線を主軸に、段階的後退戦術を採用します。敵軍を消耗させながら、完全動員までの時間を稼ぎます」
エイデンは戦略を承認したが、同時に政治的な判断も必要だった。
「国民への情報公開はどうしますか?」
「真実を伝えるべきです」エイデンは即答した。「隠蔽や嘘は長期的に信頼を失います。厳しい現実も含めて、正直に報告します」
夕方、エイデンは二回目の国民向けラジオ演説を行った。
「国民の皆さん、状況は確かに厳しいです。しかし、我々は決して諦めません」
「敵軍は数において我々を上回っていますが、我々には正義があります。祖国を守る強い意志があります」
「この戦いは、我々の理想と子供たちの未来をかけた戦いです。必ず勝利します」
演説は全国に勇気を与えた。各地から志願兵の申し出が殺到し、軍需工場では自発的な増産体制が敷かれた。
その夜、重要な軍事行動が開始された。
「大統領、夜間奇襲作戦を提案します」
若い将校のジョン・パットン中佐が作戦を説明した。
「敵軍は昼間の急進軍で疲労しています。少数精鋭による夜間攻撃で、進軍を遅らせることができます」
「危険ではありませんか?」
「確かに危険ですが、このまま敵軍の進軍を許せば、首都が包囲されます」
エイデンは深く考えた。政治家として、兵士の命を危険にさらす決断は重かった。
「パットン中佐、作戦の成功率はどの程度ですか?」
「六割程度です。しかし、失敗しても大きな損失にはなりません」
「分かりました。作戦を承認します。ただし、無理は禁物です。兵士の安全を最優先にしてください」
深夜、奇襲作戦が実行された。選抜された二百名の精鋭部隊が、敵軍の前線基地を攻撃した。
「作戦成功です!」
午前三時、パットン中佐から報告が入った。
「敵軍の補給基地を破壊し、進軍を十二時間遅らせることに成功しました。我が軍の損失は軽微です」
エイデンは安堵した。初めての軍事決断が成功したことで、少し自信を得た。
翌朝、思わぬ展開があった。
「大統領、重要な情報です」
情報部長官が緊急報告を持参した。
「レプブリカ連邦内部で反戦デモが発生しています。一部の州で政府への抗議活動が起きているようです」
「詳細を教えてください」
「我が国への侵攻に反対する市民運動が拡大しています。特に知識人層と若者の間で、『不当な戦争』として批判が高まっています」
これは予想外の朗報だった。エイデンの社会改革への取り組みが、レプブリカ連邦の市民にも影響を与えていたのだ。
「この情報をどう活用しましょうか?」
エイデンは慎重に考えた。
「相手国の内政に直接介入するべきではありません。しかし、国際世論に訴えることはできます」
午後、エイデンは国際向けの声明を発表した。
「我々は平和を愛する国家です。隣国レプブリカ連邦の市民の皆さんも、平和を望んでいることを知っています」
「この戦争は一部の軍事指導者による暴走です。両国の市民が対話によって解決策を見つけることを願っています」
この声明は国際的に高く評価され、レプブリカ連邦政府に圧力をかける効果があった。
夕方、戦況に変化があった。
「敵軍の進軍が停止しました」マーシャル将軍が報告した。
「なぜですか?」
「おそらく国内の政治情勢を考慮したのでしょう。反戦デモの拡大により、軍事作戦の継続が困難になったと思われます」
エイデンは希望を感じた。軍事力だけでなく、外交と民意の力が戦況を変える可能性があった。
その夜、サラから電話があった。
「エイデン、大丈夫?ニュースで戦況を聞いて心配していたの」
「君と子供たちが安全な場所にいてくれて安心している。こちらは何とかやっている」
「マイケルがパパに会いたがってるわ」
「僕も会いたい。でも、もう少しだけ待っていてくれ」
「分かってるわ。気をつけて」
家族の声を聞いて、エイデンは改めて戦う理由を確認した。
三十二歳の若き大統領は、就任三日目にして既に重要な軍事的・外交的成果を上げていた。しかし、本当の試練はこれから始まろうとしていた。
戦争の行方は、まだ予断を許さない状況だった。




