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琴座亭 中庭

大蛇の正体がキラを使った幻であると暴いたことで、ご主人は一躍街の英雄に、ということにはなりませんでした。

回収されたランプと円盤付きの縄は警官に預けられ、自警団の皆さんははしずしずと後片付けに入っています。

その顔色はどこか優れません。

警官達の方は、自警団からキラを受け取り、ご主人に二、三職務質問をした後は、怖い顔をして足早に撤収してしまいました。

大蛇が偽物と分かった以上、それを使って犯行に及んだ者の捜索が急務となるわけですから、当然と言えば当然ですが、忙しないことです。

野次馬達も、見世物は終わったとばかりに散り始めています。

「ああ、探偵さん。ありがとう、本当に助かったよ」

最初に私達を発見した団員さんが、自警団の総意を携えてやって来ました。

冴えない笑顔をしていますが、ご主人への感謝は誠実なものでした。

「あのキラは警察署で預かるそうだ。え? 見たい? ……今警察は取り込んでるし、難しいと思うよ。ああ、それと、昨日のお詫びも兼ねてお昼を奢らせてくれないか? 行きつけの店があって、大通りを西に入ってすぐの琴座亭という食堂なんだが、ああ、知ってるのか。じゃあ話は通しておくよ。俺達はまだ片付けが残っているから一緒には行けないが、その方が気楽だろう」

伝えるだけ伝えると、団員さんは仲間の元へ急いで戻っていきました。

河原に取り残された私達に疎外感が漂います。

徐々に日常が取り戻されて行く光景を遠巻きに眺め、

「……何だか、便利に使われただけのように感じます」

「そういうものだろ」

ご主人はカラカラ笑うだけでした。




何はともあれ、私達は琴座亭へ向かうことにしました。

「キラだったらしいぞ」

「やっぱりなあ……」

「じゃあ、例の学生達が――」

「消えた連中は大蛇に食われたんじゃなかったのか?」

「それは、ほら……なあ?」

「いやねえ、そっちの方が怖いわよ……」

大蛇の正体がキラだったという話は、あっという間に大通りを駆け抜けていったようです。

三々五々に噂をする人々は、声をひそめて不安そうな、ですが、どこか合点したような顔をしています。

「……何だか皆さん、大蛇は偽物で、しかもその犯人に心当たりがあるような顔をなさっています」

御者台は悪目立ちしそうなので、再び座席から手綱を取る私は、切れ切れの情報に耳を傾けます。

「……学生を疑っているようですが、中街にあるのは、教育者の育成を専門とする師範大学だったと記憶しています」

「そうだな……」ご主人は座席の窓から外を眺めました。

渋い笑みを浮かべ、

「――これは思った以上に面倒な事情がありそうだ」




琴座亭は、一階が食堂、二階が宿になった旅籠です。

オレンジ色の屋根の下、二階のベランダには植物が生い茂り、良い雰囲気です。

「お邪魔するよ。今日は泊まれそうかい?」

ご主人が入り口で声を掛けると、奥で卓を拭いていた女将さんが振り返りました。

前掛け姿の恰幅の良い体を反らし、

「やあ、いらっしゃい。久し振りだねえ。部屋も厩も空いてるよ」

中街を訪れた際はよく利用していますので、常連とまではいかなくとも、女将さんには顔を覚えられています。

琴座亭の中庭にて、クルミちゃんから馬車と馬具を外し、体を軽く拭いてから、宿泊客用の厩に入れます。

飼い葉桶に餌を入れ、スタンドに掛けた馬車の座席には、キビちゃん用のお昼を用意しますが、キビちゃんは旅籠のベルさん、この辺りのシマを取り仕切るボス猫です、に、ご挨拶するために二階に上っていきました。

「キビちゃん、お昼はここに置いておきますから、ちゃんと食べて下さいね」

下から声を掛けると、キビちゃんは屋根の端から顔を出し「キュイ」返事するように一鳴きして、行ってしまいました。

陸号さんは馬車とクルミちゃんの見張り番です。

「なんぞ起きたら、馬車は放ってクルミを安全な場所へ連れ出すように」

ご主人から命じられ、陸号さんはピシッと背を正します。

宿泊時におけるいつもの風景ですが、ご主人は先程使わなかった折り鶴をもう一度取り出しました。

羽を開き、手の平に乗せると、途端に折り紙は発光、輪郭を膨らませ、小鳥を象ります。

小鳥が羽ばたきました。

光が花びらのように振り払われ、本物と寸分違わぬスズメが姿を現します。

鳥型式と呼ばれる探査や伝令に用いる術ですが、襲撃を受けた際は、敵の攪乱にも使えます。

「さっきの大蛇はコイツと似たような仕組みだろう。光りと音で水を大蛇に造形してみせた」

ご主人の手から鳥型式スズメが飛び立ちました。

飼い葉を食むクルミちゃんの背を越えて、馬房の仕切りと天井の隙間に身を潜ませます。

「キビがイタズラするかもしれんが、まあ、保険だ」

「ご主人、何か懸念がおありですか?」

どうやらご主人は、陸号さんだけでは手に余る事態を想定しているようです。

「警官が私を疑っていなかった」

「……どういう意味でしょう?」

訝しむ私に、ご主人は振り返り、難しい顔で、

「考えてみろ。大蛇を追い払ったはいいが、街を追い出された探偵が性懲りもなく戻ってきた。しかも死骸が上がったその日にだ。そしてその探偵の助言で、大蛇はキラを使った偽物だと明かされた。――はっきり言って出来すぎだ。探偵として名を上げる為に、キラを仕掛けて一芝居打ったが上手くいかず、証拠隠滅に戻ってきたと、私が捜査をする立場ならまずそれを疑う」

「それは……」

私はゆっくり目と口を開いてゆきます。

「た、確かにそうですね。どうしましょう。本当にご主人が怪しく思えてきました。よもやご主人、私の知らぬ間にそのような犯罪の小細工を――」

「するわけなかろうが」

狼狽える私にご主人は呆れ返りますが、指摘はごもっとも。

このように警官から問い詰められる可能性は大いにあったはずです。

「それが、全く疑われなかったと?」

「ああ。向こうさんが聞いてきたのは、昨日、薬を投げるために大蛇に近づいた時、側に不審な者がいなかったかどうかと、薬の種類だけだった。難癖付けられると期待していたのに、全く、肩透かしを食らったよ」

ご主人は片手を広げて、わざとらしく嘆息します。

「歯牙にも掛けられなかったのは僥倖と言えます」

「言い方どうにかならんか?」

「常に最適な返答をご用意しています。――つまり警察は既に犯人の目星を付けているということですね」

ご主人はもう一度、今度は疲れた顔で嘆息すると、表情を改め、

「らしいな。川で発見された大蛇がキラだったことにも、それほど驚いてはいなかった。口振りから察するに、警察は最初から一連の騒動をキラを使った犯行だとみていたらしい。――この分だと、川のヤツでけりを付けそうだな」

私は「?」となりました。

「街で暴れていたのは、あのキラ大蛇ではないのですか?」

てっきり真珠様は、あのキラを使って騒動を引き起こしたのだと考えていましたが、ご主人の仰りようでは違うみたいです。

私の質問に、はたとご主人は思い出したような顔になりました。

「そう言えば、お前さんは直接あれを見ていなかったな。――ああ、そうだ。別物だ。そもそも昨日のは、ただ長大と言うだけで、大蛇ですらない、粗い粒子で作られた、黒い影のような姿をしていた」

「街の皆さんは、キラ大蛇で納得したみたいでしたが」

「建物が倒壊した衝撃で煙のように砂埃が上がっていただろう。そいつに紛れて、近くからでも姿を判別するのは難しかった。それに例え現場にいたとしても、奴さん、建物の内外の壁を吹き飛ばしながら移動していたからな。姿を目視出来た者は稀だろう」

「そうだったのですね……」

そう言えば、ご主人が私に遠くからの監視を命じたのは、素早く動く大蛇の進行方向を正確に把握するためでした。

……失敗してしまいましたが。

気を取り直して、

「では、これからどのように?」

「情報収集だな」

ご主人は即答しました。

「事件の原因を調べる必要がある。街の者はある程度事情を知っているようだ。ここの食堂で話を聞けると良いが……」

「女将さんなら、きっと色々ご存じですよ。噂とお喋りは大好きですから」

「ヒレの方が大きそうだ」

ぼやくご主人に、ふと、私は、

「そう言えば、その点は警官にはお尋ねにならなかったのですか?」

「さすがに控えた」

ご主人は苦笑し、

「それこそ藪蛇になりかねん」


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