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学術都市リゲル(修正)2

駅馬車の停留所で休憩を挟み、出発より三時間後。

再び訪れた学術都市は、川岸に大蛇の亡骸が打ち上げられたという大ニュースに沸いておりました。

「十メートルはあるぞ」「黒と黄の斑があるって」「桟橋のとこだ」「引き上げられんらしい」

恐れと好奇で浮き足立つ人々の会話を、私達は馬車の上で拾います。

「ご主人、これはどういうことでしょう?」

休憩の後、御者台へ移動した私は、後部の覗き戸から座席内のご主人に尋ねます。

ご主人は軽く首をそらせ、にやりと笑い、

「さてな。行ってみるしかないだろう」

噂の川岸へと、馬車を進めます。




学術都市リゲルは、ウルミ山脈の裾から続く森林とアイジロ川に挟まれた、南北に細長い街です。

その名の通り、王立大学付属の三つの単科大学と、その周辺に栄えた北街、中街、南街に人口が集中しています。

特に南街は、新しい街道と王都行きの東西鉄道が開通してから、大変な賑わいとなっています。

昨日は蚤の市が開かれていた地元の街から鉄道に乗り南街へ移動、そこからアイジロ川沿いを走る軽量鉄道に乗り換え、大蛇が現れた中街の北外れへ向かいましたが、今回、私達が利用した旧街道は、中街に直通しています。

現場に近い街とは言え、

「いきなり大騒ぎですね」

川と鉄道を跨ぐ三之大橋を渡りながら、周囲を見渡します。

高欄には、手で庇を作ったり、身を乗り出したりして現場を眺める人々が途切れ途切れに並び、常歩で進む私達の馬車の横を、走って追い越して行く人もいます。

キビちゃんと陸号さんも、興味津々といった様子で籠から川を見ています。

イタチ似のキビちゃんはともかく、動く人形に誰もおかしな目を向けないのは、陸号さんの外出着に人目を避ける術がかけられているからですが、それはともかく。

川を見れば、遠く、桟橋の上にて、しゃがんだり腰を曲げたりして川を覗き込む警官達の背中が見え、周辺の河原は自警団と思われる青年達が棒を手に見張りに立っています。

護岸には野次馬が群がり、さらに駆け寄る人々がいて、数はまだまだ増えそうです。

私は視覚レンズの望遠機能を起動しました。

桟橋をズーム、視界は話し込む警官達の口の動きを視認出来るまで拡大されましたが、肝心の大蛇は桟橋の向こう側らしく、この位置からは死角です。

私は嘆息しました。

「波乱の予感しかございません」

「なに、話が早くて良いじゃないか」

座席から身を起こし、川の向こうを見ていた主人は気楽に笑いました。




現場付近の道は、馬車の進入が制限されていました。

護岸には荷車が停車しており、荷台の上から自警団の方が野次馬達に目を光らせています。

仕方なく、馬車を路肩へ移動させ、

「どうなさいますか?」

御者台から野次馬の人垣を眺め、私はご主人に尋ねます。

「あまりお勧めしませんが、大蛇退治の立役者だと名乗り出れば、現場へ入れるかも知れません」

私の適当な提案に、馬車を降り、クルミちゃんの口を取るご主人は、ふふっと悦に入るように笑いました。

「そんなことをすれば今以上の大騒ぎになるだろう」

「自惚れはともかく、本当に大蛇の亡骸でしょうか」

「別の大蛇が現れでもしない限り、偽物だろう。――鳥を飛ばすか」

そう言って、ご主人は袖口に指を入れ、畳んだ折り鶴を取り出します。

と、折り鶴に興味を示したキビちゃんが、籠からご主人の肩に飛び移りました。

腕を伝い下り、すんすんとご主人の指に挟まれた折り鶴を嗅いでいます。

「キビちゃん、鳥が好きなんですね」

主に食用としてでしょうが。

「これキビ。やめんか――ぶ」ご主人は腕を伸ばして折り鶴を遠ざけていますが、いいなー、私もあんな風にキビちゃんに肩に乗って貰いたい……後ろ足で頬っぺた踏まれるのはちょっと嫌ですが……。

などと、無防備に話し込んでいると、

「あっ、昨日の探偵っ!」

見張りの方に見つかってしまいました。

その声に反応して、野次馬達が一斉に私達を振り返ります。

ご主人もキビちゃんも涼しい顔で受け流しましたが、私はたじろぎました。

どう見積もっても、御者台にいる私が一番目立っています。

昨日の今日ですので、しょっ引かれるかもと危ぶみましたが、一日経って、街の皆様の頭は冷えていました。

「あれが大蛇を退治したっていう探偵?」「異人かしら?」「メイドが御者やってるぞ」「イタチ飼ってるのか?」怪訝そうにさざめく住民をかき分け、見張りとは別の団員さんが駆け寄ってきました。

手に棒を持った青年は、弱り切った顔で、

「すまん、ちょっと来てくれ。死骸が動かせないんだ」




団員さんに馬車を預け、野次馬を迂回して、大蛇が打ち上げられた桟橋近くへ案内された私達は、目の前の光景に唖然となりました。

「……」

「これはこれは」

絶句する私の横で、肩にキビちゃんを乗せたご主人は楽しそうな声を漏らします。

大蛇は桟橋の橋脚に引っかかっていました。

それも、横転した川舟に胴を巻き付けて。

頭と尻尾は反り返って水中に沈み、まるで舟を締め上げている最中に力尽きたような姿です。

波打つ川面の下に、大口を開けた恐ろしげな大蛇の頭が逆さまに揺れています。

見開かれた目玉に鋭い牙。

胴体は成人男性がギリギリ抱えられるぐらいの太さでしょうか。

水面上の蛇皮が陽光にぬらぬらと光って、肌が総毛立ちました。

生理的な嫌悪と申しますか、無理です。

これ以上、一歩も近づきたくありません。

ご主人は偽物と仰っていましたが、到底信じがたい質感です。

上流から別の大蛇が流れてきたと考えるべきです。

「どうした? 顔色が悪いぞ?」

「……どうぞ、ご心配なく」

隣のご主人が底意地悪い笑顔でこちらを見下ろしてきましたが、私は冷静に返答します。

顔が強ばっている自覚はございますが、ええ、これ以上近づかない限り、問題はございません。

「そうか? なら、コイツを頼む」

ご主人は頭の上のキビちゃんを首根っこ掴んで引き剥がすと、私に押しつけました。

すかさず両腕で胸に固定。

キビちゃんのしなやかな感触に、心がほんのり和みます。

「全く、人の頭を踏み台にするんじゃない」

不服そうに頬を膨らませるキビちゃんに言うと、ご主人は髪をなでつけながら振り、

「それで、こいつはいつからここに?」

「二時間ぐらい前だ」側に集まっていた団員のお一人が答えました。

「川を流れているところは誰も見ていないというから、この近くに沈んでいたのが浮き上がったんだと思う」

「触ろうとすると妙な力に押し返されるんだ。引き上げようにも重くてびくともしない」

「死んでいるのは間違いないと思うんだが……」

口々に状況を説明し、桟橋に渋面を向けます。

桟橋の上では、警官達が胴体の隙間に棒を差し込もうとしていますが、何度も試して失敗しているのか、諦め気味のご様子です。

「……ふうん」

しばらく様子を観察し、ご主人はごく簡単に、

「水面に出ている胴体を直射日光から遮ってみろ。一部で良い。日影になった内側に何か見えたら、そいつめがけて大きな石を落とせ」

「ええ……?」

ご主人のアドバイスに団員さん達は困惑して顔を見合わせましたが、本当に手詰まりだったらしく、すぐに行動に移しました。

河原に足場として敷いていた大きなベニヤ板を一枚持ち上げると、頭上に担いで桟橋に移動、警察に取り合い、舟に巻きついた大蛇の、真ん中付近にかざします。

板の下に何人かが頭を入れ、ややあって「見えたっ」「あったぞ!」「石持ってこいっ!」声が飛びます。

大きな石を抱えた一人が板の下に入り、間を置いて、ドボンと石が水に投げ入れられる音がして、ゴンと重い物同士がぶつかる鈍い音が、やけにくぐもって続きます。

ベニヤ板が外されました。

直後、大蛇の表面をなめるように光が走り、体が淡い金色に発光。

「何だ⁈」

警官や団員の方々が驚いて身を引き、野次馬からどよめきが起きます。

びっちりと舟に密着した蛇体の下から、大量の水が流れ落ちました。

急に舟が浮き上がり、横回転、上を向きます。

川面が大きく波打ち、桟橋に飛沫が飛びました。

何だ何だと誰も彼もが泡食ってる間に、大蛇の表面が小さな光の粒になってばらけました。

それはあたかも、大蛇を形作っていた蛍の群れが、一斉に飛び立ったような光景でした。

人々が呆然と見上げる中、光の粒は陽光に溶けるようにして、跡形もなく消えてしまいました。

正に夢幻のような一瞬の出来事。

「――キラだ!」

その一声に、人々は現実に引き戻されました。

舟に下り、中を調べていた団員さんが、船底から拾い上げた何かを桟橋の仲間に手渡します。

受け取った団員さんが立ち上がり、片手のそれを後ろに引きながら高く掲げると、縄が引っ張られ、等間隔に取り付けられた円盤状の物体が小刻みに震えました。

そして掲げられた本体。

大蛇の幻を作り出したマジックアイテム、キラ。

「……あれは」

一輪挿しのような火屋ガラスの卓上ランプ。

同じ物を、直近で見た記憶がございます。

私の視界にガイドが入ります。

記録保存領域から、昨夜の映像を静止画として抽出、視界の右横に開きます。

真珠様の背後に立つ侍従、その腰に吊り下げられたランプを拡大、現実の視界と比較、精査。

「――型は同じですが、真珠様の侍従がお持ちになっていた物ではありません」

断定し「……ですが」私は声を潜め、

「察するに、事を収拾させるために、先様がわざと設置したものだと考えるのが妥当と思われます」

小声とは言え、さすがにこの場で真珠様の名前を口にするのは憚れます。

私の見解に、ご主人は「……ふむ」顎に指を掛け、暫し思案。

やがて、ふっと肩の力を抜き、

「――まあ、これで街の者が大蛇の再来に怯えることはなくなったな」

おどけるようにお笑いになりました。




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