術と記憶
台所の壁際に置いた木箱には、ストーブの焚きつけ用として、古新聞を溜めています。
『キラによる風紀の乱れは目に余ること甚だしく、当局による規制が急がれる』
『科学全盛の時代に、全くけしからん風潮である』
などと、一番上になった記事が、もっともらしくほざいておりますが、一体どこの新聞が焚きつけたと思っているのやら。
けれど、規制すべきという意見には同意します。
もしくは専門家による対策本部を設置して広報すべきです。
『音が鳴る、勝手に動く、止まらない。
こんなキラの被害でお困りでしょうか?
そんな時は、慌てず騒がず、まずは落ち着いて連絡を。
専門家がどのような相談にも即日対応、パパッと解決いたします。
――一人で悩まないで』
という文言付きで。
ですが、オカルト流行が証明するように、超常の力などないものとして扱われているこのご時世、本物の専門家など、一般に認知されるはずもなく。
古の魔導術を履修した本職であれば、魔導術由来のキラの解除などお手の物だというのに、迂闊に名乗れば、間違いなく、その辺のペテン師と同じ扱いです。
だからご主人も、面倒を避けるために探偵を名乗っているわけですが、悪貨は良貨を駆逐するというか、ペテン師が大手を振って歩く中、本職が鳴りを潜めるというのは何だか釈然としません。
当のご主人は「探偵の看板の方が何かと理解を得やすい」と気になさっていませんので、侍従の私は口出しいたしませんけど、本当にこれでいいのでしょうか?
ご主人がこういった理不尽を気になさらないのは、目的があるからです。
流出した魔導書の収集。
ご主人が郷里から遠く離れたこの国を訪れたのも、古代帝国の遺産を求めてのことです。
といって、これまでご主人に持ち込まれた依頼は、人捜しや身元調査といった定番のものばかり。
いずれも足を使った地道な調査で解決しています。
街中で悪戯に使われたキラを見かけた際などは、こっそり解除していますが、お気の毒なことに、魔導書に繋がるような物品にも、解術師として本領発揮するような事件にも巡り合っておりません。
魔導術と縁深い素振りをお見せになった貴人、真珠様より依頼を受け、ご主人のテンションが上がったのも、無理からぬ事です。
しかしこう説明すると、ご主人、何だか他国の情報を盗む怪しい人ですが、ご安心を。
侍従として、しっかり監督する所存です。
「では」
早速、朝のお仕事です。
まずは居間の納戸をノックします。
きぃ、と扉が開いて、中から子供のような、三頭身の人影が三つ、わらわらと出てきました。
麦わら帽子にシャツと吊りズボン。
お面の顔に、陸号、漆号、捌号、と毛筆書きされた彼らは、ご主人がお作りになった人形達です。
何分古い建物ですので、管理に人手は必要です。
「おはようございます」
横一列に並んだ人形達の前に立ち、しっかりと脇を締め、姿勢を正して朝礼です。
「本日な外出予定となっていますので、朝のお仕事は手早くお願いします」
厳かな私の物言いに、人形達は「はーい」とでも言うように、手を上げました。
ぎぃ、と奥の扉が開き、
「――おーう、おはようさーん……」
のっそりとご主人が部屋から出てきました。
「おはようございます。ご主人、目の下がひどい事になってますよ」
「何、薬の調合が明け方までかかってな……」
乾燥した笑みを浮かべ、ご主人は厩の仕事をするために、フラついた足取りで玄関から外へ出て行きました。
三体の人形達も、ご主人を手伝うべく、後に続きます。
居間に残った私は朝食の準備に取りかかります。
普段なら一般のご家庭と同じく、台所用のストーブに火を入れる段ですが、外出を控えた今朝は鍋敷きを使用します。
勿論、ただの鍋敷きではございません。
幾何学模様が描かれたタイル製のこちらは、ご主人が術を施したコンロです。
水を入れたヤカンを置いておくと、物の数分で沸騰です。
具材を入れた鍋と掛け替え、煮立ったところで卵を四個割り落とせば、あっという間に落とし卵のスープが出来上がり。
「あら?」
開けっぱなしの戸口から、捌号の面をした人形が入ってきました。
私の足元に近づき、見上げてきます。
「キビちゃんのご飯ですね」
干しぶどう入りのパテと木の実が入った器に、落とし卵を一つトッピングして人形に渡すと、人形は一礼して踵を返し、再び外へ出て行きました。
厩の仕事が終わったらしく、隣室の灯台一階から扉を開閉する音が聞こえます。
そろそろ配膳に入ります。
円卓に食器を並べ、コンロに網を乗せてパンを焼き、お茶を入れたところで、浴室で体を流したご主人が、人形達と一緒に戻ってきました。
皆揃って朝食です。
有機素材を使っているため、私も円卓でご主人と同じメニューを摂取します。
人形達は上がりの縁に腰掛け、燃料の入った竹筒を両手で握って充電です。
「馬車の準備をしてくるよ」
食後、そう言って、外に出られたご主人達が戻る間に、後片付けを済ませます。
使用済みの食器を水を張った流しに漬け、これまたご主人が術を施した蓋を被せて起動ボタンをポチリと押せば、流しの水がきめ細かく泡立ち、食器はたちどころに洗浄されます。
ちなみにこの蓋は、元はただのお盆です。
そして床の掃き掃除は、ひっくり返したバケツにお任せします。
底に付いた摘まみを捻れば、自動で床を移動して、埃を吸収してくれます。
部屋の隅など狭い場所は、縁に仕込んだハタキが高速回転、抜かりなく埃をかき出し、後はバケツ内に溜まったゴミを捨てるだけ。
「便利……」
滑らかに床を移動するバケツの仕事振りを、しばし見守ります。
このように日用品に便利機能を付与する技術は、魔導術から派生した一系統で、ご主人の郷里、超常を扱う界隈では、ごく単純に術と呼び、これに長けた者を、解術師と呼んでいるそうです。
探偵業に不満はないご主人ですが「本業の仕事がないと腕が鈍るわ」とぼやきながら、家の中の物品に術をかけて回っておいでです。
よって、我が家の文明度は余所様よりも一段階高くなっております。
快適なのはよきことです。
洗濯などもご主人の術がなければ、洗濯板を使った重労働になっていたのでしょうが、樽に仕込んだ術により、洗濯物を浸けた水は自動で回転、驚きの洗浄力を発揮します。
正に全自動洗濯機。時代を先行く最新機器です!
……けど、洗濯機って、もっと便利な機能が沢山付いていたような気がします。
洗濯だけでではなく、脱水、乾燥、洗濯槽の除菌や予約タイマーが付属して、洗濯物を放り込んでおけば、後は全部やってくれたような……?
時々ですが、知識にない情報が私の記憶に差し込まれることがあります。
ご主人も、私の体に使われた部品の残存情報かもしれないと首を捻っておりましたが、さしあたって問題はなさそうなので、あまり気にしないようにとの仰せでした。
私の制作者である博士なら何かご存じだったかもしれませんが、もうお話を聞くことは出来ません。
――窓の外から鳥の囀りが聞こえます。
がらんとした洗濯室と、樽形の洗濯機の前で佇む私の胸に、空虚に反響するようでした。
「――アニス、行くぞ」
裏口の戸締まりついでに、洗濯室をチェックしていた私は、表玄関から響くご主人の呼び声に、
はっと顔を上げました。
馬の嘶きがして、そうでした。
これから真珠様の依頼をこなす為に、ご主人と一緒に家を出る所でした。
「すぐに参ります」
再度施錠を確認すると、鞄を背負い、私は玄関へと急ぎました。