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魔導術とキラ

古びた画用紙のような記録でした。

背景のない画面中央、灰色の陰影を帯びた老人が、こちらに背を向け角椅子に座っています。

老いと疲労で背中は丸まり、肩は力なく落とされて、萎びた体は今にも椅子から崩れ落ちそうです。

老人の奥に、あぶり出されるようにして映像が浮き上がりました。

壁と見紛う巨大なキャンバス。

無彩色の絵の具で描かれているのは、渦巻く荒波と、それを斜めに切り裂く一条の白銀。

――最後だよ。

疲れ果てた、溜息交じりの声でした。

項垂れた老人の頭部がさらに沈み、

――私が最後の魔導師だ……。


午前五時二十二分。

目覚めた私は床から身を起こし、電脳から選出された記録について考えを巡らせます。

一分後。

無意味と判断してベッドから下り、朝の支度を始めます。

ベッドとチェスト、それにテーブルセットが置かれた自室にて。

エプロンの腰紐を締め、ヘッドドレスを被り、姿見で確認。

完璧なメイド姿に私は頷きます。

「参りましょう」

裁縫箱にしている手提げ籠に読みかけの文庫本、そして文庫本より一回り大きな黒い板―外付けの記録媒体を入れ、私は部屋を出ました。




ご主人曰く、堅固な城塞たるこの賃貸物件は、平屋の母屋に、二階建ての灯台のような別棟がくっついた古建築で、私の部屋は灯台側の二階です。

踊り場の窓から外に目を向ければ、裏手に聳える小高い山の頂に、樹木に埋もれるようにして古城が建っているのが見えます。

年季の入った尖塔と胸壁は絵画めいた荘厳さですが、お城の内部は真ん中から後ろが馬蹄状に崩れて、オペラ場のボックス席のような状態になっています。

崩落は地階にまで及び、残った建物も草木に侵食され、底は地下水が溜まって危険極まりなく、立ち入りは禁止。

見せかけだけの廃城ということで、地元ではがっかり城なんて呼ばれています。

そして我が家は、このお城を形成していた建物の一棟、召使いの住居跡と言われておりますので、軽く見積もって築八百年、辛うじて魔導術が残っていた時代の貴重な史跡だったりします。




魔導術。

神代に栄華を極めしまほろばの古代帝国。その繁栄を支えた超常の力。

そのように称えられたのも今は昔。

古代帝国は神話の帳に隠れ、栄光遮られた魔導術は、誤解と偏見の埃を被って霞んでいくばかり。

それでも古の記憶を受け継ぐ人々によって、神秘の業は細々と継承されてきました。

魔導師、錬金術師、そして解術師。

今なお、彼らは人の世の片隅で、消えゆく技術の研鑽をひっそりと続けているのです。

――何てお話を聞くと、とっても神秘的なイメージを持たれるかもしれませんが、ご主人曰く、

「ただの偏屈な伝統工芸家共だ」

だそうな。

魔導術も、呪文を唱えたり、杖を振ったりして超常現象を引き起こすといった華やかなものではなく、物理法則にほど近い、堅実なものが多いとか。

科学との違いは、この力を習得するには適正と才能に加え、かなりの修練を積む必要があるという点だそうです。

魔導術が衰退したのも、この辺りに原因がありそうです。

では、科学技術の発展著しい昨今、科学と互換性のある、しかも地道な努力を要する力に需要があるのかと問われれば、実のところ、そこはかとなくあったりします。

ここ数年、巷では、これまで説明が付かなかった不思議な現象を科学的に解明しようという動きが盛んになっています。

そして行き着いたのがオカルト流行。

本末転倒を地で行くようなお話ですが、物事の黎明期には、こういった右往左往はありがちです。

よって、都市部には霊媒師や心霊家といった詐欺師まがいの輩が蔓延り、比例するようにトラブルが頻発しています。

こういった事件は警察も面倒がって、まともに取り合ってくれません。

結果、詐欺を暴くことを目的とした探偵がもてはやされているわけですが、その探偵も詐欺まがいの者が多いとかで、世知辛い話です。

そしてこのトラブルには分かりやすい原因があります。

マジックアイテム、キラ。

今、世の中は、この不思議なアイテムによって少々混乱気味です。




被害に遭われた方々の証言をご紹介しましょう。

「デートの最中に、恋愛成就のペンダントからいきなり変な音が鳴り出したの! それも大音量よ! 彼氏の前で赤っ恥かいちゃったわ!」

「魔除けの札から竜巻が吹いて、部屋が滅茶苦茶だ!」

「暖炉棚に飾ってた水晶玉がゆっくり浮上して、天井に張り付いたのです。きっと開運の証に違いありません……!」




――オカルト流行にかかわらず、幸運や魔除けのお守りは普遍的な人気を誇りますが、最近、それらのアイテムが本当に超常の力を発揮したという驚くべき報告が、数多く寄せられています。

それもアイテムの制作者すら把握していない現象だと言うのですから、とんでもない話です。

暴走したら誰も対処出来ません。

何故このような代物が市場に出回ることになったのでしょうか。

原因は文化財の流出にあります。

科学技術の発達による社会構造の変化は、旧態の貴族に大打撃を与えました。

従来の領地経営が立ちゆかなくなり、生活に困窮して家財を手放す貴族が続出、土地や家屋敷は言わずもがな、彼らが長年保管してきた古代帝国にまつわる貴重な文化財さえも質流れしてしまったのです。

後に国が大慌てで回収したそうですが、殆どの遺産は世に紛れ、何処かへと消え去りました。

残されたのは、木箱にぎっしり詰められた目録のようなカードだけ。

真っ黒で、一部が四角く剥離出来る大量のカード。

それは魔導術を封じ込めた、本物のマジックカードだったのです。




当初は骨董屋の店前にて、木箱単位で叩き売りされていましたが、オカルト隆盛の機運に乗じて一山当てようと企む某の目に止まったのが事の発端だといいます。

カードから剥がし取った四角い欠片、正方形のチップを、適当に作ったお守りの内部に仕込み、古代帝国の秘宝と銘打って売り出そうとしたそうですが、魔導術なぞただの絵空事としか考えていなかったその御仁、適当に作ったパチ物が、まさか本当に超常の力を発揮するとは露とも思わなかったのでしょう。

チップに込められた超常の力が何かの弾みで発動、露と散ってしまったのです。

死因は凍死でした。

太陽照りつける夏真っ盛りに、アパートの一室が氷漬けになるというこの怪事件は、世間の関心を大いに引きました。

そうなるとやる気を出すのは新聞です。

『古代の叡智を求めた探求者の悲劇』

各社、美しく盛り付けた見出しと共に、アクロバティックに曲解した事件の記事を一面に掲載、国中にばらまきました。

超常の力を表す、本物のマジックアイテムが存在する。

探求者の悲劇とやらはそっちのけ、この胸躍るような報道に、世は静かに沸き立ちました。

空前のマジックアイテムブーム、到来です。




骨董屋に投げ売りされていたマジックカードの、怒濤の買い占め合戦から始まり、それが一段落すると、今度はチップを仕込んだお守りやアクセサリーやらが露店の店前を席巻です。

これが売れに売れて、大ヒット。

表通りの雑貨屋にも、手の込んだ商品が並ぶほどの人気を博しました。

当然、チップが入っていない、あるいはカードの切れ端や偽造されたチップが入った偽物の方が圧倒的に多く、また、例え本物のチップが仕込まれているからと言って、必ずしも超常の力を表すわけではありません。

ですが、誰の目に明らかな不思議を起こす本物のが、確かに混ざっているのです。

誰が名付けたのか、本物は超常を表す際、表面にレース編みのような不思議な模様が浮かび上がるところからキラと呼ばれ、今では真贋問わず、マジックアイテムの呼称として定着しています。

大抵の人は超常の力に懐疑的ですが、面白半分、運試しに購入する者は後を絶たず。

信じる者は、本物を引くまで取り憑かれたように散財し。

こうして古代魔導術を源泉としたマジックアイテム、キラは世に氾濫していったのです。


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