盗聴
ご主人とグレン警部は、鉄格子の扉に向かう通路へ入られると、手前の扉を開け、中へと入られました。
位置的に、ソファベンチが置かれた壁の向こう側に、お二人がいらっしゃる、ということです。
角に身を隠し間取りを確認、ポーチから小箱を取り出していると、
「……帰ります」
背後から、押し殺したデリクさんの声が聞こえました。
振り返る私の横を、俯き気味のデリクさんが足早に通り過ぎます。
「よろしいのですか? 拾得物を届けなくて」
声を掛けると、デリクさんは足を止め、目元に暗い影を落とした顔をこちらに向けます。
「あれは元の場所に戻しておくよ。大切な物なら持ち主が探しに来る」
「別の方に横領される恐れがございます」
「この分じゃ、警察に預けても同じだよ。それに今の話しを聞いただろう? 皆アイツに関わるのを嫌がっている。まともに捜査する気なんて端っからないんだよ」
「それは思い違いですよ」
と、これはイオナ先生です。
「グレン警部は真っ当な事を仰っただけです。捜査の内容はおいそれと口外出来ません。冷静に考えれば分かることです」
彼は教員らしい真摯な眼差しで学生を諭しますが、やはりというか、デリクさんを逆撫でするだけでした。
「……冷静に考えた結果、警察が当てにならないって分かったんです!」
言い捨てるや否や、デリクさんは床を踏み抜く勢いで歩き出しました。
「あ、君、待って!」
その後を慌ててイオナ先生が追いかけます。
「放っといて下さいっ!」
「いえっ、そういうわけには――」
揉め始めました。
「――ま、こうなるわな」
お二人のやり取りを黙って見ていたダグさんが、興醒めした顔でぼやきました。膝に手をつき立ち上がり、
「さて、俺も上がらせて貰うか。……ん? 嬢ちゃん、それはもしかしてキラか?」
私が手に持つシガーケースのような小箱を見て、ダグさんは眉をひそめます。
「はい。これはこのようにして壁に設置すると……」
『――わざわざ出向いて貰ってすまんかった。大学関係者にこの話が漏れるのはマズいのでな』
用途を説明する必要もなく、本体上部の、じょうろ口のような穴から、グレン警部のくぐもった声が聞こえました。
ダグさんは一瞬表情を消し「ぷはっ」盛大に吹き出します。
揉める大学関係者を振り返り、
「おい、お前ら。ちょっとこっち来てみ。面白い話が聞けるぞ」
「はい?」「何?」
弱り切ったイオナ校医と、きつい眼差しのデリクさんが、同時に振り返りました。
ご主人は街中で悪戯に使われたキラを回収した後、その仕組みを調べ、役に立ちそうな物はカスタマイズして再利用されています。
壁越しの音声を聞くことが出来るこのキラもその一つです。
集音範囲は限定的、かつ音声も一方通行な、いわゆる盗聴器的な物ですが、探偵の標準装備品として古来より伝わっていたような気がしますので、業務に使用しても問題はございません。
「いえっ⁈ ダメですからっ⁉」
私の解説にイオナ先生が仰天されましたが、
「先生、うるさいっ」「ちょっと黙ってろ」
と、盗聴器の周りで耳をそばだてるダグさんとデリクさんに叱責され「ええ⁈」ショックを受けておいでです。
ちなみにこれが仕掛けられていたのはアパートの外壁でしたが、裏は若い新婚さんご夫婦の寝室だったと申し上げれば、どのような目的で使用されていたのか説明する必要はないと思われます。
「こんなのバレたら大事ですよ……」
などと言いながらも、イオナ先生も盗聴器の音声を聞くべく、側に近づいてきました。
そして、盗聴器からは、このような会話が聞こえてきました。
『――デリク君と言ったか。あの教員は彼が考えるより遙かに危険な人物だ。君も探偵を名乗るなら、二ヶ月前に南部で起きた資産家一家殺人事件は知っているな? 彼があの事件の首謀者だと、当局はずっと目を付けていた』
『出し抜けにたいそうな情報量ですが、まずは事件の方から申し上げれば、ええ、勿論存じておりますよ『ミラーゾーン』に詳細が出ておりましたので』
『あのオカルト誌め。余計な記事を書きよって』
『つまり、記事の内容は全て事実だと?』
『……にわかには信じられんだろうが、現場はあの通りだった。直に目にした儂が保証しよう』
『リゲル都市警察が管轄外の殺人事件に立ち会うとは奇態なお話ですが、当局というのが別の捜査機関と仮定するなら筋は通りましょう』
『如何にも。詳細は伏せるが、儂は王都警備局の人間だ。今回の事件の総指揮を執っている』
「――王都警備局?」デリクさんが顔をしかめると、
「テロや凶悪犯罪を取り締まる公安局の事です」イオナ先生が説明しますが、
「静かにしろ」ダグさんに注意されてしまいました。
『公安局か。そいつは驚いた』いつもの芝居口調なご主人です。
『では、件の教員に嫌疑がかけられた理由をお伺いしても?』
『被害に遭った資産家は、その教員の生家だ』淡々としたグレン警部の言葉に『ほう……』ご主人は声の調子を変えました。
『順を追って話そう。
件の殺人事件にテロの疑いがあるということでこちらに捜査が回ってきたのだが、現場の状況から、犯人は被害者と顔見知りであり、かつ、強い怨恨を抱いているということが推測出来た。
そして犯行にはキラと魔石が使用されていた。キラは被害者宅に保管されていた物だが、魔石は外部から持ち込まれた物だ。
そこで被害者の交友関係と魔石の販売ルートを洗い、浮かび上がったのが実子であるヤツだった。
師範大学の爆発事故は、その時の身辺調査で出てきた情報だ。
他にも街のごろつき共と付き合いがあることが分かっている。昼間捕らえた酔っ払いも子飼いの一人だ』
『解せませんな。ごろつきってのは大抵狡猾で、金で買収出来ても、並みの器量では飼い慣らせませんよ』
『普通ならな。だがヤツはごろつき共を手駒に、至る所で便益を強奪している。大学でもあの通りだ。街でも悶着を起こしているらしい。そのせいで、自警団と何度かトラブルになっている』
『凄腕の用心棒でも雇っていましたか?』ご主人の忍び笑いが入ります。
『調べた』グレン刑事の声はあくまで真剣です。
『だがない。ヤツが在学中に、密かに裏社会に人脈を作っていたという線も探ったが、それもなかった。そもそもヤツの人脈は大学関係者に限られている。それなりに身綺麗な連中だ。秘書なんぞ最たるものだな。他にも――』
『死体で発見された元校医』ご主人の合いの手に『その通り』グレン警部は応え、しかし訝しげな声が続きます。
『死体の身元はまだ公表していないぞ?』
『第一発見者ですから』微妙に答えになっていないご主人の返答です。
『まあいい。ともかく元校医もヤツの一味だ。正面玄関を塞いでいた札タイプのキラがあったろう。同じ物が死体のズボンから大量に出てきた。そいつを使って、事件後に何度か出入りしていたようだ。
話が逸れたな。
ともかく、ヤツの交友関係に荒事の専門家はいなかった。サロンで優雅に茶でもしながら、下世話な世間話に興じるような連中ばかりだ。だというのに、ごろつき共の親玉に収まった。
――我々はこう考えた。ヤツは故事に則り、魔石から何らかの危険生物、怪物を作り出し、それをキラで操り、邪魔者を排除している。南部の殺人事件も同じ手口が使われたのだとな』
しかつめらしい口調で言い切ったグレン警部ですが、内容に無茶がある事を承知しているのか、どこか話辛そうです。
「――怪物って、何か変な話になってないか……?」
困惑気味のデリクさんですが、それよりも、
「研究棟でお亡くなりになっていたのが元校医というのは、本当なのですか?」
イオナ先生を振り返れば、
「……ええ、まあ……」
既にご存じだったらしく、複雑そうな顔をなさっていました。
検死直後に落ち込んでいらしたのも、前任者の無残な末路を目の当たりにして、ご自分の先行きを危ぶんでいた側面があったのかもしれません。
「――黙って聞け」
ダグさんに小さく叱責され、盗み聞き再開です。
ご主人は楽しげに、
『公僕とは思えない柔軟な発想ですな』
『茶化すな』グレン警部は不愉快そうに言って、
『信用のおける筋からの情報だ。それに目撃者もいる』
『――目撃者の方についてお伺いしても?』
『自警団の団員だ。自警団はヤツを危険人物として警戒し、ヤツの自宅周辺を頻繁に夜回りしていたが、その時、庭先に怪物がいたのを目撃している。危うく丸呑みにされかけたのを、這々の体で逃げたと話していた。一応、口止めはしておいたが』
『街ではかなり噂になっていましたな。失踪者も出ていると聞きましたが……もしや新聞社の某か?』
『ご明察』グレン警部は感嘆し、
『事務所で夜勤中だった記者と事務方、合わせて四人が一度に消えている。その二日後、新聞社に血で汚れた失踪者の身分証明書が投げ込まれた。数日前の朝刊に、南部の殺人事件に大学関係者が関わっている事を仄めかす記事を掲載したのが原因だとみている』
『成程、分かりやすい脅しだ。道理で新聞が大人しい』
『それが決定打となり、容疑者としてヤツに目をつける事になったのだが、挑発的な行動を取るだけあって、凶器である怪物どころか死体も出ない』
ご主人の忍び笑いが入りました。
『それで開かずの研究棟か。あそこでキラや怪物を作り出していたと考えていたわけですな?』
『キラに傾倒し、研究所として建物を一棟与えられるといった破格の優遇を受けるヤツの教え子達。臭いと睨んでいたよ。魔獣か。本当にいたそうじゃないか。それにヤツの手下が獣に食い散らかされたように死んでいた』
『死体処理中にヘマをしたと? だとすれば、学生達も教員の手下だったことになりますな』
ご主人の声は何だか楽しげです。
「はあっ⁈」
とんでもない事を言い出すご主人に、デリクさんが素っ頓狂な声を上げられました。
「何言い出してっ――」
「静かにしろっ!」「バレちゃいますっ」
大人二人に小声で窘められ、デリクさんは慌てて口を塞ぎますが、気持ちは分かります。
爆発物を投げ込まれた件もあるというのに、学生達が共犯など、ご主人、どういうお考えなのです? という、私の疑問が届いたかのように、
『爆発も、足が付きそうになった拠点と手下を切り捨てるための工作だったとお考えか?』
……恐ろしい事を平気で口になさるご主人。
完全に悪党の思考です。
ドン引きする私の横で、デリクさんは、開いた口が塞がらない様子です。
『ああ、そうだ』グレン警部は否定なさいませんでした。
『大学が研究棟の捜査を渋る理由も、それらを把握し、隠蔽しようと企んでいる、と、まあ、警察はそう考えますなあ?』
やけに朗らかにご主人は仰いました。
「……冗談じゃないぞっ……!」
とうとう、デリクさんが激怒なさいました。
お二人の元へ乗り込もうとするのを、私とイオナ先生が両脇から腕を掴んで止めます。
「離してくださいっ!」
「ダメですってっ!」
「どうぞ冷静に」
何だか最初のやり取りに戻っています。
人を疑うことがお仕事の警部はともかく、ご主人までもが学生達を犯罪者扱いなさるとは思いませんでしたが、研究棟を開く前であれば、これらの推理に矛盾はなく、反証は難しいと思われます。
『この事故についてリゲル都市警察に確認したところ、爆発の直前に、ヤツが事故を予見するような発言をしていた事や、研究棟の屋根に不審な人影を見たといった証言を複数の大学関係者から得ていたと回答があった』
「――っ」デリクさんの体が強ばりました。
口を引き結び、グレン警部の言葉を聞き逃さぬよう、耳を澄ませています。
『ヤツがごろつきを使って爆発を起こした可能性は、当時から考慮されていた。だが、大学は事故の二次被害や人事異動のゴタつきを理由に介入を拒み、都警も都警で、未だ過去の失態を引きずっているのか、大学への対応は慎重だ。
捜査を望む学生は多かったが、容疑者に対する不満がそうさせたのだろう、先程のデリク君のように、感情的な訴えが目立った。客観性を欠いた証言を真に受けるわけにはいかん。
それに屋根にいたという不審者の風体も、曖昧なものが多かった。
故に、大学の報告を額面通り受け取ることで収拾しようとした、とのことだ』
グレン警部は重く溜息を吐きました。
『亡くなった学生達の身の上を考えれば、適当に処理しても後腐れは少ないと考えたのでしょうな』
晴れやかな口調で、ご主人がとどめを刺してくださいました。
「……ふざけやがってっ!」
デリクさんは完全に茹で上がってしまいました。
「デ、デリク君っ! 落ち着いて下さいっ!」
「ご主人の言葉に惑わされてはいけませんっ」
「ふぎぎっ!」
左右から縋り付く私達をものともせず、デリクさんは無理矢理前進、私達の方がズルズルと引きずられてしまいます。
「……お前ら……」
こめかみに青筋を立てたダグさんが、ゆっくり振り返りました。
鬼の形相で、
「――黙れ」
「「「……す、すみません……」」」
すんと三人揃って静まります。
とにかく、最後までお話を聞きましょう。
『言葉を選びたまえ。と、言いたいところだが、その怠慢がヤツをつけあがらせ、南部の殺人事件へと繋がった』
『魔石とキラを使った犯罪に味を占めた?』
『だろうな。ただ、ヤツを逮捕するに至る決定的な証拠がなかったのも事実だ。そんな状況の中、大蛇騒動が起きた』
『進展があったのですね?』
『ヤツの自宅を警戒中だった自警団員と巡回中の警官が、建物の裏手からナメクジのような物が伸び上がるのを目撃している。そいつが屋根を越えバルコニーを突き破って屋内へ侵入、再び姿を見せた時には、青黒い煙で出来た大蛇のような姿になったと話していた』
『最初はナメクジか……』独りごちるご主人に、
『怪物に変わりはない』
この点は問題視していないのか、グレン警部は素っ気なく仰います。
『――その大蛇騒動について、警察はどう解釈なさっているのですか?』
『ヤツが飼育していた怪物が逃げ出したと考えた。怪物の死骸が上がったことで、事件解決の糸口となると思ったが……、どうもな、あのキラは本件とは無関係らしい。……捜査は振り出しに戻った』
『ははっ。それはお気の毒に』
苦々しく告げるグレン警部を笑い飛ばすようなご主人です。
大変嫌みったらしく聞こえます。
ああ、もう、やっぱりお一人にすべきではございませんでした。
『笑い事ではないっ! 結局怪物は始末出来なかったのだぞっ! ……と言うか、昨日の時点で君がとどめを刺しておれば面倒はなかったのだが?』
『おっと、藪蛇でしたな。――それで、警部殿は実際に研究棟をお調べになり、どのようにお感じになりました?』
『あ? ああ、学生達は完全に白だ』グレン警部はきっぱり言い切りました。
『キラだろうが魔石だろうが、そんな訳の分からん物がどれだけ介在しようが、あそこに犯罪の痕跡なんぞ一ミリもない。学生達は完全に被害者だ。嬢ちゃんにやったような脅迫まがいの妨害を、学生達にもやったのだよ。君が見つけた日誌は証拠としては弱いが、捜査に触発され、ヤツの手下が尻尾を出した』
『逃亡したようですが?』
『黙らっしゃい。ヤツらが逃げ込んだのは、馬車では小回りがきかん裏路地だ。直に部下が確保する。これで大手を振ってヤツをしょっ引ける。
――だが怪物だ。ヤツの手元にまだいるのだろう。それを土壇場で使ってくる公算は非常に高い』
『相談というのはそこですな?』
『そうだ。昨日のような騒ぎを起こすわけにはいかん。そのために君に来て貰ったのだ』
――お話が一区切りしたようです。
「……そういうことだったんだ……」
デリクさんがようやく体の力を抜きました。
私とイオナ先生も、ほっとして彼の腕から手を離ますが、直後。
「――これで納得したかい?」
音もなく、廊下の角からご主人が姿を現したので、私を除く、その場にいた全員が飛び上がりました。




