生存者
「え?」私は思わず声を漏らしました。
あれ? なら、研究棟の遺体は……?
「古本屋でバイトをしていた時でした。裏口の方から男女の言い争う声が聞こえたので様子を見たら、女の人が一方的に男の人を責めている所でした。分かりやすく痴話喧嘩だったからすぐに店に戻ったんですけど、暫くして、男の人が先輩に似ていると気付いたんです。それで急いで外に出たんですが、もう二人の姿は見当たりませんでした」
「ただの人違いではないのかね?」
「――これを」
デリクさんはポケットからハンカチ包みを取り出し、テーブルに広げました。
中に納められていた物に私は息を飲みます。
滲むような真白。白銀の細工。
間違いありません。真珠様が依頼料としてご主人に渡したイヤリングの片割れです。
「二人がいた場所を調べたら、これが落ちてました。普通に考えたらその女の人の落とし物なんですけど」
デリクさんは困惑した眼差しをイヤリングに向けています。
「資産家が学生を支援する時、さっき話した都市伝説にあやかって、本当に宝飾品を渡す事があるそうです。先輩達も真珠のアクセサリーを貰ったと人伝に聞いていたので、気になってずっと持っていました」
言うべき言葉を見つけられないまま、私はイヤリングを見つめました。
学生達を支援していたのは、真珠様か、あるいは彼女の近親者と断定しても良い気がします。
……大蛇騒動と研究棟の事件が繋がるような気がしました。
それはとても単純で真っ直ぐな一本線。
何の捻りも面白味もない物語に帰結しそうな、そんな予感。
ご主人も同じ思いを抱かれたのか、ひっそりと吐息なさいました。
「――先輩はあの事故から逃げる事が出来たんじゃないかと考えています。援助してくれた資産家に、今も匿って貰っているんじゃないかって。街であなた方を見かけた時、それを調べて貰おうと思って追いかけたんですが、依頼出来るようなお金はないし、結局声を掛けることは出来ませんでした」
何となく察してはいましたが、思い詰めた顔をしていたのは、金銭的な余裕のなさからでした。
「……成程」ご主人は頷き、
「彼の名前を聞いても?」
「アルフレッド・サマーと言います」
「――アルフレッド・サマー」
ご主人は、その名前を噛みしめるように繰り返し、
「彼は大蛇騒動に関与していると疑われているが、その辺りについて、何か知っていることはないだろうか?」
デリクさんは難しく眉を寄せました。
「……先輩がキラを使ってアイツに復讐しようとしてる、俺も最初はそれを疑いました。大蛇が現れた北外れには、アイツの家があったから」
「あの豪邸は教員の自宅だったのか」
「ええ、実家の持ち家だそうです。けど、違うと思います」
「ほう? 何故そう思う?」
「あの時俺は現場の近くまで行ったんです。イヤリングの事もあったし、先輩がいるかもしれないと思って。途中で自警団に止められましたけど、あれの姿は直に見ました。蛇と言うより、どちらかと言えばナメクジを引き延ばしたような感じで――」
デリクさんの表情が強ばります。
「――あれは作り物でも、ましや生き物でもない。……怒り狂った本物の化け物に見えました。……その」
言い辛そうに言葉を切り、
「貴方が退治したんですよね? あれは何だったんですか? キラで色々やらかしたせいで先輩が犯人みたいに言われていますけど、正直、先輩とは無関係の、別のオカルト事件だと思うんですが……」
デリクさんは当惑気味にご主人に意見を求めますが、ここで真珠様の件を持ち出すわけにはいきません。
ご主人は返答を避け、別の話題にすり替えます。
「警察が研究棟の捜索を急いだのも、その点を調べたかったのだろうが、当てが外れた顔をしていたな。――ところで君は河岸に漂着したキラ大蛇の方は見たかね?」
「あ、いえ。そっちは出遅れてしまって」
「――成程」ご主人は背もたれから身を起こしました。
話の締めに入るみたいです。
「さて、君の依頼を受けるかどうかはさておき。――アニス、現在の時刻は?」
「十八時二十分です」
「頃合いだ。行こうか」
「え? どちらへ?」
ご主人は立ち上がり、にっと笑いました。
「警察署だ」




